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Dream.27 夢くれし人 〈2〉

 夢現空間“秋”。

 どんどんと巨大化していく白月の下、月に呑み込まれ始めている夢現空間の中で、旭は特に焦りの色も見せずにまっすぐに前方に立つ利九を見つめていた。

「日が貴方の愛する方を、奪った?」

 利九が発した言葉を繰り返し、旭が少し眉をひそめる。

「どういうことでしょうか」

 問いかける旭に煩わしげな表情を見せながらも、月が空間を呑み込むまでの時間を持て余した利九は、ゆっくりとその口を開いた。

「俺の母は、日の光りを浴びると進行する病に罹っていた」

 旭が真剣な表情で利九の言葉に耳を傾ける。

「だから窓からの光りも入らない家で暮らし、日中に外にはまったく出ない生活を続けていた」

 巨大化する月を見上げ、利九がどこか懐かしむような瞳を見せる。

「窓のない部屋には小さな明かりを灯すだけ。買い物も散歩も夜遅く暗くなってから。色々と不便ではあったが、それなりに幸せな暮らしだった」

 過去を振り返ったからか、利九の無表情に一瞬だけ笑みが浮かんだように見えた。

「だが、その暮らしはあっさりと終わった」

 利九の声がより一層無機質に響く。

「日の光りを浴びた母は病を悪化させて、数日ともたずに死んでしまった」

「何故、日の光りを?」

 盟治が素朴な疑問を向けると、利九がゆっくりと月から視線を下ろしてくる。

「迷子になったんだ、俺が」

 短く言葉を吐き捨てた利九が、冷笑を見せる。

「夜の散歩中、迷子になって、母は迷子になった俺を探し続けて、そのうち夜が明けて……。やっと俺を見つけた母は肌を真っ赤にして、でも顔だけは月みたいに青白くて、“良かった”と笑顔を見せた後、すぐに倒れた」

 利九の話を聞きながら、旭が険しい表情を見せる。

「何が日が奪っただ。結局は自分のせいで、母親を死なせたんじゃないか」

「盟治」

 厳しく言葉を吐く盟治に、旭が制するように名を呼びかける。

「そうだな。母が死んだのは俺のせいだ」

 盟治の言葉に心を乱した様子もなく、利九はあっさりと頷いた。

「だから俺は俺のこの命で母に報いる」

 心臓を示すように、左胸の前できつく左手を握り締める利九。

「この世界から、永遠に日の光りを消すことによって……!」

 利九が握り締めた左拳を力強く掲げると、月の膨張する速度が一気に増した。いよいよ夢現空間が月に呑み込まれようとしているのか、周囲に強い風が吹き荒れる。

「とても理解出来ないな。そんなくだらない理由で日を消そうなどっ」

「貴方に、彼の理由をくだらないなどと決めつけることは出来ませんよ」

 風を堪えながら言葉を吐く盟治に、旭が穏やかな声で言い放つ。

「無論、私にも出来ません」

「旭?」

 そっと首を横に振る旭に、盟治が戸惑いの視線を向ける。

「私と貴方が共に望んだ互いの解放は、きっと他人にとってはとてもくだらない理由だったはず。それでも私たちは、その理由に命を懸けることすら容易いと思っていました」

 旭の言葉を聞いた盟治が、少し苦しげに眉をひそめる。確かに旭の言葉通り、盟治は旭を苦しみから解放するため、自身が獏でなくなる道を模索し、日の出総家に反乱まで起こした。命を投げ打ったあの時の盟治は確かに、今の利九と相通ずるものがあるのかも知れない。

「人を突き動かすものは、他人にはとても理解し難いもの。私たちは彼ではない。だからこそ、私たちに彼の理由を否定することは出来ません」

「……ああ、そうだな」

 旭の言葉に盟治が納得するように頷く。

「これ以上の否定はしない。だが反抗はするぞ。俺はこんなところで、お前を死なせるわけにはいかない」

「わかっています。私も折角助かった貴方の命を、こんな所で失わせたくはありません」

 盟治の言葉に、今度は旭が大きく頷く。

「朝海に渡した朝力があれば、あの月の膨張くらいなら止められそうなのですが……」

 額に日の出の印を浮かび上がらせながら、旭が気難しげな表情で考えを巡らせる。

「あいつの意識を飛ばせばっ……、メイ!」

 同じように考えを巡らせた盟治が、明の長い首をまっすぐに利九へと向ける。明が剥き出しにして襲いかかった牙を、利九は右手の秋刀魚刀で真正面から受け止めた。

「言っておくが、今更俺を気絶させたくらいでは月の膨張は止まらないぞ。これは俺の夢。俺が死んでも俺の夢は膨らみ続ける」

 盟治の考えを読むように言葉を放つ利九に、利九へと向ける戦意が削がれたのか、盟治はすぐに明の首を退いた。利九も退いていく明を追おうとはしなかった。すでに戦いの意志はなく、来るべき時を待っている様子だ。

「八方塞がりだな」

<……兄ちゃ……! お兄ちゃん!>

「ん?」

 どこからか聞こえて来る聞き覚えのあるその声に、盟治が振り返る。振り返った先に立っているのは明だ。明のその巨体のどこからか、響くように聞こえてくる声。

「盟莎か」



「お兄ちゃん、そこに居るの!? お兄ちゃん!」

 旭と盟治の居る夢現空間のすぐ傍に立ち、自身の獏であるワニモグラの明へと必死に声を掛けているのは盟莎であった。亜八華との戦いにより傷を負っている盟莎は、後方から師走に体を支えてもらっていた。

<盟莎か。俺だ>

「お兄ちゃん!」

 明から響くようにして返って来る盟治の声に、盟莎が嬉しそうな笑顔を見せる。

「獏に通信機能が?」

「あのお二人の獏は、元々は一匹の獏のようです。だからこそ、夢現空間と外界であっても声を通すことが出来るのでしょう」

 不思議そうに首を傾げる憬一郎の横で、小夜子が的確な分析を見せる。

「無事か!? 盟治!」

<晃由か>

 盟莎の後方から晃由が声を掛けると、盟治はすぐに反応を示した。

<今はすぐには姿を見せられないが、俺はオレオレ詐欺じゃないぞ。晃由>

「わかってるっつーの」

 この状況でもなお、オレオレ詐欺と間違われることを気にする盟治に、晃由が呆れた表情を見せる。

「何かお前等の居る夢現空間、ヤバい感じに縮んでいってるけど、中は一体どういう状況なんだ?」

<陰気臭い敵の男が月の光りに夢現空間を呑み込ませようとしている。俺たちごと自爆する気らしい>

「何だと!?」

「自爆? 利九が?」

 声を引っ繰り返す晃由の後方で、慎一郎や師走も驚きの表情を見せる。

「マっズイじゃねぇか。とっとと脱出しろ! それか、そいつ倒せ!」

<脱出は不可能らしい。そいつを倒しても月の膨張は止まらないそうだ>

「八方塞がりじゃねぇか」

<ああ、塞がりまくりだ>

 盟治と会話をしながら、晃由が困ったように頭を掻く。

<晃由、そこに朝海は居ますか?>

「旭さんか」

 明から聞こえて来る新たな声を、晃由はすぐに旭のものと理解する。

「朝海は居ねぇ! 灯子ちゃんとか月の出の姫神子さん、月の出の獏なら居んだけどっ」

<役に立たない方ばかりですね>

「ぶっ殺す」

「まぁまぁ」

 旭の一言に機嫌を損ねた灯子が明に向かって勢いよく右手を振り上げると、横に立っていた盟莎が宥めるように必死に声を掛ける。

<明を通して朝海から朝力を頂ければ、何とかなるかと思ったのですが>

「朝力があれば、何とかなるのですか?」

 後方に居た小夜子がどんどんと歩を進め、晃由のすぐ横に立つ。

<貴女は?>

「月の出の神子、水無月小夜子と申します」

<月の出の、神子……>

 明を通して相対する日と月、二人の姫神子に、皆の注目が集まる。

<初めまして。日の出の神子、日下部旭と申します>

「ご丁寧に、どうも」

「丁寧かどうか、わっかんねぇだろうが。向こうで大欠伸してたらどうすんだよ」

 夢現空間に向かって深々と頭を下げる小夜子の姿に、灯子が少し呆れたように頭を掻く。

<私は大欠伸などしていませんよ、日の出の獏>

 しっかりと聞いていた様子の旭の言葉に、灯子が思わず表情をしかめる。

「日の出の神子、お答えを」

<ええ、そうですね。朝海に与えた分の私の朝力が戻り、完全なものとなれば恐らく、月の膨張を食い止めることは可能です>

 少し答えを急いた小夜子に、旭がすぐに言葉を返した。

<そんなことが可能なのか?>

<自分の神子の力を疑いますか?>

<いや、それは、その>

 鋭い旭の問いかけに盟治が口籠る様子が、明を通して皆に伝わる。

「わかりました。ではそちらに大量の朝力を送り込みます」

「ええっ!?」

 小夜子の発した言葉に、晃由が驚きの声をあげる。

「大量の朝力って、どうする気なんスか? 優等生クンのお姉さんさん。朝海だって居ねぇし、灯子ちゃんにももうほとんど朝力は残ってねぇし」

「あなたは昼獣でしたね、仲河晃由さん」

「そ、そうですけど?」

 戸惑った様子で首を傾げる晃由に、月の出の印を輝かせた小夜子がまっすぐに視線を送る。

「私のこの夜力をすべて、朝力に変えて下さい」

 小夜子が言葉と同時に、大量の夜力を全身から噴き上がらせる。

「これを全部、朝力に?」

 噴き上げた夜力を見回し、困った表情を見せる晃由。

「そしてあなたは、その獏を通して変わった朝力を夢現空間の中へ」

「えっ、私が?」

 小夜子から向けられる視線に、盟莎が焦りの表情を見せる。

「小夜子様、原理は理解出来ますが余りに無茶なのでは? 晃由さんにあなたの強い夜力をすべて朝力に変えさせるなど……下手をすれば、晃由さんの獏が暴走してしまいます」

「ですが日下部朝海さんがこの場に居ない以上、それ以外に方法がありません」

 説得するような憬一郎の言葉に、小夜子がはっきりとした口調で返事をする。

「探しに行く時間もありませんし、日下部朝海さんが戦闘により朝力を失っているであろうことは予想がつきます。彼を連れて来ても、どうにもならないかも知れません」

「それは、そうですが……」

 冷静な小夜子の分析に、憬一郎は返す言葉もなかった。

「仕方ねぇ。こうなったら、やってや……!」

「やってやれ、晃由」

「あらっ」

 気合いの入った言葉を放とうとしたところに灯子に先に言われ、晃由が勢いよく肩を落とす。

「ビビってる暇はないぞ」

「いや、俺今めっちゃカッコ良く決意しようとしてたよ? 灯子ちゃん」

 けしかけるように言う灯子に、晃由が少し困った顔を向ける。

「朝力への転換は私も補佐する。輝を暴走させはしない」

「灯子ちゃん」

 灯子の力強い言葉に、笑みを浮かべる晃由。

「思いっきり大量の朝力送り込んでやるから、しっかり旭さんに渡してくれよ! 盟治!」

<わかった。俺に任せておけ>

 気合いの入った晃由の言葉に、すぐに返って来る盟治の声。

<あ、ちなみに任された俺はオレオレ詐欺じゃ>

「もうわかったって」

 いつものように主張しようとする盟治を、晃由がすぐさま止める。

「お兄ちゃん……」

<大丈夫だ、盟莎。俺とお前の明は元は一つ。朝力を伝えることなど朝飯前、何も心配することはない>

「うんっ」

 盟莎の声からその不安を察したのか、盟治が力強く言葉を掛ける。盟治の言葉に安心したのか、表情の強張っていた盟莎がすぐに笑顔を見せた。

「私の夜力も共に、小夜子様」

「ぼ、僕の力も使って下さい!」

「ありがとうございます」

 夜力を放つ小夜子へと、憬一郎と慎一郎が駆け寄っていく。

「私の力で支えます。思いきりやって下さい」

「ありがとう」

 力強く体を支えてくれる師走に、盟莎は嬉しそうに笑みを零した。

「よっしゃ行くぜ、盟治、旭さん!」

 力強い呼びかけと共に、晃由は輝を使って小夜子の夜力を朝力へと変え始めた。



「来た」

 明から伝わってくる朝力を感じ取り、盟治が真剣な表情で旭の方を振り返る。

「旭」

「ええ」

 盟治から伸ばされた右手を取り、伝わって来る朝力をどんどんと身に纏っていく旭。旭は深く瞳を閉じて、伝わって来る朝力の温かさを感じ取る。外に居る皆のそれぞれの想いが、朝力を通して伝わってくるようであった。

「盟治」

「ん?」

「私たちは今、一人で戦っているわけではないのですね」

 口元を緩めながら、旭が盟治へと言葉を向ける。

「不思議です。反乱を起こした時よりも今の方がずっと追い込まれているのに、あの時よりも今の方が、ずっと心強い」

「ああ」

 旭の言葉に同意するように、盟治がしっかりと頷く。

「一人で戦わないことが、こんなにも力強いことだとは知らなかった」

「教えてあげましょう、彼にも」

 瞳を開いた旭が、まっすぐに利九の姿を捉える。

「仲間と手を取り合って生きることの素晴らしさを」

「ああっ!」

 大きく頷いた盟治から強い朝力が送られてくると、旭は額に浮かべた日の出の印をさらに強く輝かせた。




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