Dream.25 裏切りと脱出 〈3〉
夢現空間“冬”。晃由vs龍二。
「ふぅ、やぁっと完成したわぁ」
猛吹雪の中だというのに額に滲んだ汗を拭って、龍二が満足げな笑顔を見せる。
「もうバッチリねっ」
龍二が笑顔で振り返ったその先には、茶色のチョコレートで全身を固められてしまった晃由と輝の姿があった。輝の背に乗った晃由は、ひどく険しい表情を見せたままチョコレート漬けにされている。その表情を見る限り、最後まで必死に抵抗したのだろう。
「ウフフ、ワタクシの愛が漲ったこのチョコを渡せば、きっと朔十様も喜んで下さるわぁ~っ」
喜ぶ朔十の姿でも想像したのだろうか、龍二が何とも楽しそうに腰を振る。吹雪の中でタンクトップに短パンの薄着だというのに、まったく寒くなさそうである。
「あぁ~、早く外に出たいわねぇ。まだやってんのかしら? 慎一郎と憬一郎。早くチョコ渡したいのにぃ」
「そうだな。早く渡さないと溶けちまう」
「バッカねぇ。この猛吹雪の中で、チョコが溶けるわけないじゃない。って、え?」
自然と会話を繰り広げた龍二であったが、一体誰と会話したのかがわからなくなり、戸惑った様子で振り向く。声の聞こえてきた方向には、チョコで固められた晃由と輝しか居なかった。
「だ、誰?」
「オレオレ。って、これじゃ盟治だな」
「なっ!?」
龍二の問いかけに動く晃由の口元。完全に固めたと思っていた龍二は、動く晃由に衝撃を走らせる。目を凝らして見てみると、晃由と輝と包み込んだチョコがどんどんと溶け始めていた。
「わ、ワタクシのチョコがっ……!」
「甘いもん嫌いじゃねぇけど、こんだけ浸かるとさすがに酔うわ。だから、そろそろ終わりにさせてもらうぜ」
チョコに包まれた晃由が高々と右手を掲げる。
「“日熱”!」
晃由が強く声を張り上げたと同時に、晃由と輝を包んでいたチョコがどろどろに溶けて地面へと流れ落ちる。チョコの中から蘇るように姿を見せた晃由は、明るい笑顔を見せていた。
「ワタクシの、朔十様へのチョコがっ……」
どろどろになって雪の上に落ちたチョコを見つめ、龍二が力なく膝をつく。
「言っちゃ悪いけど俺が貰う側なら、こんな無駄にデカいチョコ、絶対いらないと思うぜぇ~」
「……許さないわっ」
晃由の忠告をまったく耳に入れていない様子で、膝をつき俯いたままの龍二がポツリと言葉を落とす。
「お前だけは、絶対に許さない!」
そう言って勢いよく立ち上がった龍二が突然、短パンのポケットにいれていたとみられる赤鬼の面を顔へと装着する。
「な、何だ?」
「如月・セイントバレンタイン・龍二は今、死んだわ」
鬼の面を被った龍二が、腕と足に巻いていたピンク色のリボンをすべて地面へと落とす。
「今からワタクシは、如月・デーモン・龍二!」
龍二が両手に纏った黒い光りが形を変えていく。それは長い銃身の猟銃であった。
「豆鉄砲、“鬼は外”!」
「ううぅわっ!」
マシンガンのように次々に発射されてくる豆の弾丸に、思わず慌てた声を発する晃由。大きな耳を広げた輝が晃由を乗せて、向かってくる豆弾丸を必死に避けていく。避けた豆は雪原に落ちると大きく爆発した。どうやら、ただの豆ではないようである。
「何で鬼の面被って、豆まきしてんだよ。ってか豆まきなんて可愛いもんじゃないか、あれ」
次々に爆発していく豆を上方から見下ろしながら、晃由が苦い表情を見せる。
「あら、弾切れ。じゃない、豆切れかしらぁ~?」
豆の出なくなった猟銃を確認して、龍二が撃つ手を止める。
「豆切れか。よし、輝。今のうちに攻撃だ!」
新しい豆を用意しようとする龍二の隙をついて、晃由が輝と共に一気に龍二のもとへと下降していく。
「と思ったら、もう一発あったわ」
「へ?」
「“閏弾”」
「う、うああああ!」
勢いよく下降していた晃由は今更その速度を落とすことも出来ずに、龍二が放った豆弾を直に喰らって爆発を受け、そのまま力なく雪原に落ちた。
「ずっりぃ」
雪の上でゆっくりと起き上がりながら、龍二の汚い攻撃に思わず口を尖らせる晃由。
「女は嘘を吐いて美しくなるものなのよ!」
「誰が女だ」
得意げに主張する龍二に、晃由が冷たい視線を送る。
「さぁーて、続けて行くわよぉ」
赤鬼の面を取った龍二が、今度は角の二本ある青鬼の面を被る。
「如月・ダブルデーモン・龍二!」
青鬼の面を被った龍二が、今度は左右の手に猟銃を構える。
「行くわよ、豆鉄砲。“福は撃ち抜け”!」
「罰当たりな技だな。飛ぶぞ、輝!」
すぐに立ち上がった晃由が輝の背中に乗り込むと、輝が耳を広げて上空へと舞い上がる。
「青鬼時の豆鉄砲は飛距離が違うのよ! 空に逃げたって無駄!」
高々と叫んだ龍二が左右に構えた猟銃で、すべての豆弾丸を空へと逃げた輝へと向ける。今度の豆弾丸は先程よりも速度も出ており、徐々に輝との距離を詰めていく。
「終わりだわっ」
自身の勝利を確信して、青鬼面の下で口元を緩ませる龍二。
「五十六発。年の数よりはかなり多いけどっ」
向かって来る豆の数を数えた晃由が、輝に指示を与えるように頭をポンと叩くと、輝はその場で上昇を止め、向かって来る豆へと体の向きを変えた。
「何?」
「思いっきり喰らえ、輝! “魂日波”!」
輝が大きく口を開くと、開いた口から逆巻く金銀の光りの塊を放つ。巨大なその昼力の塊は小さな豆などあっという間に呑み込んで、圧倒的な力で下方に居る龍二へと向かっていった。
「な、う、ううぅ、あああああ!」
強大な力を前に避ける術もなく、龍二が昼力を喰らって後方へと吹き飛ばされていく。その際に青鬼の面は剥がれ落ち、力なく地面へと落ちた。
「う、うううぅ」
全身に激しく傷を負った龍二が、必死に歯を食いしばりながら下降してくる晃由と輝へと、左右の手の猟銃を向ける。
「まだ、まだよ。“閏弾”!」
左右の猟銃それぞれに残った一発ずつの弾丸を、降りて来る輝へと向ける龍二。
「輝」
「あっ!」
晃由が輝の巨体を掻き消すと、龍二の放った弾丸はそのまま空中を通り過ぎ、遠くの雪原へと落ちて爆発した。爆発を見送って、晃由が雪原へと降り立つ。
「残念でしたっ」
「アナタ、強い、わね……」
左右の猟銃を力なく手から落として、龍二がそっと笑みを浮かべる。
「ワタクシ、何だか惚れちゃいそう、よっ……ううぅ」
振り絞って言葉を落とすと、龍二は気を失ったのか、そのまま深く目を閉じて倒れ込んだ。
「うぅーん。あんまり嬉しくないなぁ」
龍二が最後に残した言葉に、晃由がどこか複雑そうに首を捻る。
そんな首を捻っていた晃由のすぐ傍へ、遠方から吹き飛ばされた様子の男が雪原に勢いよく倒れ込んだ。傷を負って倒れたその男を見て、晃由が焦りの表情を見せる。
「憬一郎!?」
「手出しは無用ですよ、晃由さん」
倒れた男へと駆け寄ろうとした晃由が、後方から響く声に足を止める。晃由が振り返ると、そこには自身の獏である兎狐の京の頭の上に乗った憬一郎の姿があった。
憬一郎と同じ姿をしているために晃由は見分けがつかなかったが、倒れ込んだ男はどうやら慎一郎の方だったようである。
「何だ、片割れの方か。焦ったぜ」
「グ、ううぅ」
晃由が安心した様子で胸を撫で下ろしている間に、倒れ込んでいた慎一郎がゆっくりと体を起こす。
「まだまだ、負けない。絶対にっ……!」
傷だらけの体とは相反して力強い瞳で睨みつけてくる慎一郎の姿に、少し困ったように眉をひそめる憬一郎。
「晃由さん」
「わかってるって。加勢する程、野暮じゃねぇよ。オッサン連れて、離れとくわ」
呼びかけた憬一郎の心情を読み取ると、晃由は気を失ったままの龍二の巨体を引きずって、その場からゆっくりと離れていった。
「ありがとうございます」
離れていく晃由の背に向けて、憬一郎が丁寧に頭を下げる。
「さぁ、続きと行きましょうか」
「臨むところです」
同じ顔、同じ視線を交差させて、憬一郎と慎一郎は再び向き合った。
その頃、月の出総家別館。地下牢。
「憬一郎が戦っています」
「え、わかるんですか?」
小夜子が小さく落とした言葉に、硝子が勢いよく振り返る。
「神子と獏ですから。あなたも感じませんか? 修夜の力を」
「修夜君の、力……」
小夜子の言葉を受けた硝子が集中力を研ぎ澄ませるように、そっと両目を閉じる。意識を集中させると確かに、小さく修夜の力の気配を感じ取ることが出来た。
「感じます。修夜君も戦ってる」
「そうですか」
硝子の言葉に、小夜子がそっと頷く。
「水無月修夜は正確には戦っていた、と言った方が良さそうですね。卯月を倒してすでに夢現空間を脱出しています」
牢の外から口を挟んだ七緒は、まっすぐに壁を見つめている。壁の何を見ているのか気になり、硝子が少し前のめりになって壁を覗き込むと、そこには夢現空間の中で戦う朝海たちと十二暦家の姿が映し出されていた。
「皆っ」
久し振りに見る仲間たちの姿に、硝子が思わず目を見開く。
「短冊の力で映し出しました。夢現空間内ですので、音声までは届きませんが」
七緒が視線を映像の映し出されているすぐ上へと移すと、そこには“戦いの様子が見られますように”と書かれた短冊が貼られていた。
「今のところ、あなた方の仲間は全員無事のようですね。こちらは卯月と如月が敗北しましたが」
七緒から皆の無事を聞かされた硝子であったが、その表情はまったく安堵の色を見せなかった。硝子が視線を送っているのは仲間たちの様子よりもむしろ、十二暦家の者たちが放つ様々な力の方であった。
「夢を、使って戦ってるんだね。ああやって……」
「ええ、そうです」
険しい表情を見せる硝子の横で、小夜子が頷く。
「あの波も、あの雪も、あの刃も皆、彼等彼女等の夢の欠片。力を使えば使う程、夢は失われていく」
小夜子の落ち着いた声に、より一層険しい表情となる硝子。
「やっぱり……、やっぱり、こんなのダメだよ」
牢の格子を、硝子が強く叩く。
「止めなきゃダメだよ、こんなの!」
強い意志を持って言い放った硝子が、肩に刻まれた月の出の印を輝かせ、全身から夜力の黒光を発する。
夜力を感じ取ると、牢の格子に貼られている何枚もの短冊が強く輝いた。
「ああああ!」
「硝子さん!」
短冊から迸る電気に撃たれ、硝子が苦しげにその場に膝をつく。膝をついた硝子へと、慌てて駆け寄る小夜子。
「無駄です。その短冊はわずかの夜力に反応して攻撃する。牢内で夜力を使えば、あなたが電流に撃たれて死にます」
映像を見つめ、硝子の方は振り返りもしないまま、七緒が落ち着いた声を発する。
「止めなきゃっ……、止めなきゃ! こんな戦い!」
七緒の忠告などまるで聞こえていなかったかのように、もう一度夜力の光りを発する硝子。
「ああああ!」
「硝子さん!」
再び電気に撃たれた硝子が後方に倒れ込みそうになると、小夜子は必死にその体を支えた。
「愚かな」
「硝子お姉ちゃん……」
横目に硝子の姿を見て眉をひそめる七緒の横で、大吾が心配するように硝子を見つめる。
「止め、なきゃっ」
「やめて下さい、硝子さんっ」
もう一度夜力を放とうとした硝子の肩を強く握り締め、小夜子が制するように強く言葉を掛ける。
「残念ですが文月さんの言う通り、こんなことをしても何の意味もありません。あなたが傷つくだけです」
「でも何もしないで、見ているなんて出来ない!」
宥めるような小夜子の言葉にも頷かず、硝子が小夜子へと必死に主張する。
「夢が、夢が消えていってるんですよ!? 大切なきっと大切なはずの夢が、誰かを傷つけるだけの力になって消えていってる!」
小夜子のローブを握り締め、硝子が声を張り上げる。
「そんなの、あんまりですっ……!」
「硝子さん……」
硝子の瞳から零れ落ちる涙を見つめ、小夜子がローブの奥からそっと声を漏らす。
「もっと他の使い方があるはずっ……、もっと別の力になるはずっ。だから、こんな戦いで使い切るなんて絶対にして欲しくない! 誰にも!」
響く硝子の声に、何かを堪えるように唇を噛み締める七緒と大吾。
「なんて、愚かな人……」
言葉とは違い、どこか苦しげな表情で俯いた七緒の横から、大吾が牢に向かって駆け出していく。
「大吾?」
「“鯉のぼリンリン”!」
七緒が戸惑うように見つめる中、大吾が牢の格子の間に挟み込んだ小さな鯉のぼりを巨大化させて、格子を広げて牢からの出口を作り出す。
「さぁ出て、硝子お姉ちゃん!」
「え?」
「大吾、何を!」
まるで硝子を外へと迎え入れるように大きく両手を広げた大吾に、硝子は戸惑いの表情を、七緒は焦りの表情をそれぞれに見せる。
「何を考えているのです、大吾! 私たちの使命を忘れたのですか!?」
「ボクは硝子お姉ちゃんが泣いてるとこを見たくない。ボクは硝子お姉ちゃんのお願いを叶えてあげたい。それがボクの夢だから、だからボクはそのために力を使うんだっ」
「大吾君……」
満面の笑顔で答える大吾に、涙に暮れていた硝子が嬉しそうに笑顔を見せる。
「ありがとう……」
「どういたしまして!」
礼を言った硝子に、大吾は明るい声で答えた。
大吾と手を取って、牢の外へと出る硝子。硝子の後方から小夜子もゆっくりと牢の外に出る。
「止めないのですか?」
牢の外に出た小夜子が、確認するように七緒に問いかける。七緒は険しい表情を見せたものの、牢を出る硝子と小夜子を止める素振りは一切見せなかった。
「頭では、止めなければいけないと思っています」
俯いたまま、どこか素直に心情を吐露する七緒。
「でも、体が動きません」
ゆっくりと顔を上げた七緒は困ったような表情を見せながらも、まっすぐに小夜子を見つめていた。表情から心情を汲み取るように、小夜子が頷きを落とす。
「こんな裏切り、朔十様は絶対に許さない。そう、わかっている。わかりきっているのに……」
「朔、十」
出口を作っていた鯉のぼりを元の大きさに戻した大吾が、七緒の口から出る朔十の名に、少し怯えるように体を縮める。
「大丈夫」
そんな大吾の頭を撫で、優しく微笑みかける硝子。
「大吾君たちの夢は、きっと日下部君が守ってくれるから」
「くさ、かべくん?」
硝子の言葉に、大吾は戸惑った様子で大きく首を傾げた。
「すぐに皆のもとへ急ぎましょう、硝子さん」
「はいっ!」
「私が屋敷の外まで案内します」
頷き合った硝子と小夜子へ、七緒は部屋の扉を開いて誘導を申し出た。
「お願いします」
「行きましょう」
皆で強く決意を固め合うと、四人はすぐに地下牢のあるその部屋から飛び出して行った。
月の出総家別館、屋上。
「くだらないな……」
屋根の上に腰掛けた朔十が、空を見上げて小さく言葉を落とす。真っ暗な夜空には、地下牢のある部屋から脱出する硝子、小夜子、七緒、大吾の四人の姿が鮮明に映し出されていた。
「無駄な足掻きだ。すべては作戦通り」
逃げる硝子の姿にも裏切る仲間の姿にも焦りの色一つ見せずに、朔十は不敵な笑みを浮かべる。
「面白くなるのは、これからだ」
そう言葉を落とすと、朔十は強く右拳を握り締めた。




