Dream.22 神無き月の男 〈2〉
亜八華を圧倒した朝海の目の前に突然姿を見せたのは、朝海の憧れのアイドル天井シャンデリアであった。シャンデリアのその愛らしい笑顔を見つめながら、朝海が呆然とした表情を見せる。
「シャンデリア、ちゃん?」
戸惑いの表情で呼びかける朝海に、シャンデリアが一層大きく微笑みかける。
「夢、か? 今は夜のはずなのに、いつの間に寝てしまったんだろう」
大きく首を傾げて一人、ボソボソと言葉を落とす朝海。目の前にシャンデリアが居るという事実を理解しきれずに、夢と捉えてしまったようである。
「夢なんかじゃないよ」
朝海の言葉をあっさりと否定して、シャンデリアが空中を移動し朝海のすぐ目の前へとやって来る。
「私は、ここに居る」
朝海の目の前で胸に手を当て、シャンデリアが至近距離から朝海に笑顔を向ける。
「あなたの大好きなシャンデリアは、ここに居るんだよ。朝海クン」
手を伸ばせばすぐにでも届く距離にある、そのシャンデリアの笑顔を、朝海はただまっすぐに見つめた。
「シャ、シャシャシャ、シャンデリアっちゃん!?」
朝海の前に現れたシャンデリアを下方に居た晃由も見つけ、驚きの表情で大きく目を見開く。あまりにも衝撃が強かったのか、名を呼ぶその声が引っくり返る。
「なんでシャンデリアちゃんが、ここに?」
「あれはっ」
戸惑う晃由の横で、同じようにシャンデリアを見上げた修夜が眉をひそめる。
「ダメだ! すぐにそいつから離れろ、日下部!」
身を乗り出して声をあげる修夜の言葉に、晃由が不思議そうに首を傾げる。
「何焦ってんの? あ、水無月君もシャンデリアちゃんのファンとかぁ?」
「違う!」
軽い口調で問いかける晃由に、修夜が勢いよく怒鳴り返す。
「あいつは、お前たちの大好きなシャンデリアじゃない! 本当の名前は弥生三奈! 僕や浅見さんを襲った奴等と同じ、月の出一族だ!」
「えっ? シャンデリアちゃんが月の出一族?」
修夜のその言葉が、晃由に更なる衝撃を与えた。
「朝海クン」
「出来れば、“あさみん”で」
「あさみん」
「おおっ」
朝海のリクエスト通りにすぐに名を呼んでくれるシャンデリアに、朝海が感動した様子で目を輝かせる。
「さすが夢だな。何でも要望通りか」
「まだ夢だって思ってるの?」
朝海の発したその言葉に、シャンデリアが少し不満げに口を尖らせる。
「でも夢でも、元気そうで良かった」
安心したような笑顔を見せる朝海に、シャンデリアが戸惑うように首を傾げる。
「急な休業宣言だったし、どこか体の具合でも悪いのかなって、ずっと心配してたから」
穏やかな笑顔を見せる朝海を見つめ、シャンデリアが少し目を細める。
「ねぇ、そんなに夢だって疑うなら、触れてみる?」
「えっ」
シャンデリアの発した言葉の真意を朝海が問うその前に、シャンデリアが勢いよく朝海に抱きつく。憧れのアイドルとのまさかの抱擁に、大きく目を見開いて動きを止める朝海。
「え? あ、え、え?」
動揺のあまり現状を理解出来ていない様子の朝海の背に両手を回し、シャンデリアが強く朝海の体を抱き締める。
「ずっと応援してくれて、ありがとう……」
どこか悲しげな小さな呟きが、朝海の耳に確かに届く。
「シャンデリアちゃっ」
「大好きだよ、あさみんっ」
朝海から体を離したシャンデリアが、朝海が名を呼び終えるその前に朝海に顔を近付けていく。シャンデリアの愛らしい唇が、朝海の右頬にそっと触れた。
「うわっ、ずりぃ!」
「マズイっ……!」
羨ましそうに頭を抱える晃由の横で、修夜が一層厳しい表情を見せる。
「やっぱり夢だな。まぁ夢でも嬉しいけど」
シャンデリアの唇が触れた右頬を右手で押さえながら、朝海がどこか夢見心地の浮かれきった笑みを浮かべる。朝海から完全に体を離したシャンデリアは、その朝海の緩んだ表情を見て鋭く微笑んだ。
「ねぇ、あさみん。私の気持ち、受け取ってくれた?」
「そりゃあ、もう」
首を傾げて愛らしく問いかけるシャンデリアに、朝海が何度も頷いて答える。
「じゃあ、ホワイトデーにお返しくれる?」
「何でもあげちゃいたいくらいだけど、今は五月だしホワイトデーはまだまだ先でっ」
「良かった。お礼は三百倍返しねっ」
そう言ってシャンデリアが右手を振り上げると、先程シャンデリアの唇が触れた朝海の頬に白色のキスマークが浮かび上がる。
「“白吻”」
「えっ?」
キスマークから放たれた白光が一瞬強く輝くと、次の瞬間、朝海の全身から金色の朝力の光りがどんどんと溢れ出た。溢れ出た朝力の光りが、シャンデリアの突き出した右手の上へと集まっていく。光りの流出が続くと次第に朝海を包む朝力の光りは弱まり、やがて額の日の出の印も掻き消えた。
「うわっ!」
包み込む朝力を失って、空中で浮いていることが出来なくなった朝海が勢いよく下降していく。
「朝海!」
すぐに輝と共に駆けつけ、降下して来た朝海を受け止める晃由。
「日下部の朝力をっ……、三奈!」
焦りの表情を見せた修夜が、険しい表情でシャンデリアを見上げる。その修夜の様子を見下ろしながら、シャンデリアは右手の上に集まった朝海の朝力を左手でそっと撫でた。
シャンデリアが撫でた途端に集まった朝力は、美しい金色の結晶体へと姿を変える。
「すっごく綺麗。さすがは日の出の神子の朝力ね」
手元の結晶体を見つめながら、シャンデリアが満足げな笑みを浮かべる。
「壊さないように、包んでおこう」
シャンデリアがもう一度左手で結晶体を撫でると、金色の結晶はマシュマロのような白い泡の中へと包み込まれた。
「三奈っ」
そこへ朝海の朝力から解放された亜八華がやって来る。
「朔十が連れ戻して来いって。そろそろ大人しく帰らないと、朔十に怒られちゃうわよ」
シャンデリアから朔十の名が出ると、亜八華は反発する様子も見せずに大人しく俯いた。二人のもとへそれぞれに交戦中だった慎一郎と龍二も集まって来る。四人が集まると、すぐに黒い夜力の霧が四人を包み込んでいく。
「ま、待て!」
掻き消えていく四人に向けて、慌てて飛び出していく修夜。
「じゃあね。また逢いましょう、あさみんっ」
輝の背の上に居る朝海へと可愛く手を振ると、シャンデリアは他の三人と共に夜霧の中に姿を掻き消した。
「クソっ」
四人が消えたそのすぐ後にその場に辿り着いた修夜が、悔しげに唇を噛む。
「あーらら、予想外の展開」
上空に一人残った水無月の姿を見上げながら、晃由が困ったように頭を掻く。
「まっさかシャンデリアちゃんが月の出一族な上に敵だったとはなぁ。びっくりだよなぁ、朝海。朝海?」
まったく声の返って来ない朝海の方を、戸惑うように振り向く晃由。
「シャンデリア、ちゃ~ん……」
晃由が振り向いた先では、朝海が浮かれきった笑顔でぐっすりと眠りについていた。
「ダメだ。こりゃ」
その朝海の様子に、晃由は深々と肩を落とした。
激しい戦いにより水無月邸がほぼ半壊状態となってしまったため、晃由は眠ったままの朝海、そして修夜、憬一郎を連れて、灯子や曜子も居る喫茶Tomoへと戻ることにした。修夜は嫌がったが、憬一郎の説得により何とか応じた。
喫茶Tomoに着き、カウンターへと並んで腰かけた修夜と憬一郎に、トモは温かいカフェオレを出した。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
無愛想な修夜の分も笑顔で礼を言う憬一郎に、トモも笑顔で答える。
「俺は一応日の出だけど、もうとっくの昔に追い出された身だし、ここは日の出一族とは何の関係もない場所だし、朝結界も張ってないからまぁゆっくりしてよ」
「すみません」
トモの言葉に憬一郎が少し申し訳なさそうに頭を下げる。
「しっかしまぁ」
「んん、シャンデリアちゃ~~ん……」
「いくら憧れのアイドル相手だからって、あっさり朝力を奪われるとは」
トモが視線を店の奥へと移すと、奥のソファーでは朝海が眠りこけていた。まだシャンデリアの夢を見ているのか、その顔はにやけたままである。
「我が甥ながら、情けない」
「ホント最低」
眠る朝海のすぐ前の席に座り、茜が呆れ果てた様子で朝海を見る。
「あんな普通も普通のグラビアアイドルより、絶対私の方が若くて可愛いのにっ」
「そこ?」
ただシャンデリアへの対抗意識を燃やしているだけの茜に、隣でコーヒーを飲みながら思わず突っ込みを入れる晃由。
「まぁ灯子ちゃんがあの場に居なくて良かったよ。硝子ちゃんの居場所聞き出せたかもって重要な時に、あんな情けない姿晒してたら、今頃叩き斬られてただろうからなぁ」
「私でも叩き斬りたいくらいだもんね」
晃由の言葉に茜が同意するように頷く。
「けど、ホントになくなってんのかな? 朝海の朝力」
「なくなってるねぇ。欠片も残さず、きれいサッパリ」
「マジかよ」
トモの答えに、晃由ががっくりと肩を落とす。
「まぁ朝海が夜に寝てられるって時点で、朝力がないってことだもんなぁー」
「三奈の“白吻”は、唇から与えた自分のわずかの力と引き換えに、相手の力をすべて吸い取ってしまう技なんだ」
トモに淹れてもらったカフェオレを一口飲んだ後、修夜が真剣な表情で言葉を発する。
「三奈って誰だっけ?」
「天井シャンデリアの本名だと言っただろう!」
「あ、そうだった。そうだった。いやぁー、三奈なんてサッパリした名前、シャンデリアちゃんに似合わないもんだっからさぁ」
暢気に頭を掻く晃由の方を振り返り、修夜がさらに不機嫌そうに表情をしかめる。
「本人もそう言っていた。こんな地味な名前じゃ目立たないから、芸名は人一倍派手な名前を付けるんだと」
「えっ、シャンデリアちゃんとしゃべったこと、あんの?」
「親戚みたいなものだからな」
再び晃由に背を向けてカウンターの方を見た修夜が、ゆっくりとカフェオレに口を付ける。
「そっか、同じ月の出一族だもんなぁー。敵とはいえ、やっぱ羨ましいぜ」
「なんで同じ月の出一族なのに、そんなにごちゃついてるのよ?」
しみじみと呟く晃由の横から、茜が鋭く修夜へと問いかける。
「それは……」
「一族なんて、ごちゃつく為にあるようなものなんだよ、茜。お父さんだって、こうして日の出を追い出されてるんだし」
口ごもった修夜に代わるように、トモが流暢に答える。
「トモさんが追い出されたのは、真面目に神子しなかったからでしょ」
「それはそうなんだけどねぇ。あ、もう十時だね。そろそろ寝なさい、茜」
「どこで? 私の部屋では灯子が寝てるし」
「朝海の部屋で寝ればいいよ。どうせ朝海はこのまま起きないだろうから」
「はぁーい。どうせなら朝海クンと寝たいけど、まぁいっかぁ」
トモの言葉に頷くと茜は席を立ち上がり、店の奥から二階へと姿を消していった。
「けど問題は、これからどうするかだよなぁ。結局二人の居場所も聞き出せなかったし」
悩むように言葉を吐き出しながら、コーヒーを片手に晃由が修夜と憬一郎のすぐ後方へと立つ。
「それなら問題ない。居場所の見当はついてる」
「マジで? じゃあとっとと行っ……! って無理か。朝海も灯子ちゃんもまだ戦える状態じゃねぇもんなぁ」
ぐっすり眠っている朝海を振り返り、晃由が困ったように頭を掻く。
「別に、お前たちは来なくていい。これは僕たち、月の出の問題だ」
「んな素気ないこと言わなくてもぉ」
「月の出だけの問題で済むなら、君のお姉さんも他の十二暦家に反発したりしなかったんじゃないかい?」
トモから向けられたその言葉に、修夜がハッとした表情で顔を上げる。
「姉を知って?」
「昔ちょっとね」
問いかけた修夜に、トモはどこかはぐらかすように答えた。
「月の出だけの問題じゃなくなるから、もっと大きな問題になるから、彼等にガラスちゃんの力を渡すことを拒んだんだろう? 君も君のお姉さんも」
続けて向けられるトモからの問いかけに修夜は答えずに、気難しい表情で俯いた。
「どういう意味だよ? トモさん。連中は硝子ちゃんの力を使って一体、何をしようってんだ?」
「普通に考えれば、光りの一族の中で最強の日の出を上回りたいとか、そんな程度のことだと思うけどぉ」
「そんな、単純な話じゃない」
トモの言葉を否定したのは搾り出すように放たれた修夜の声であった。
「あいつ等の、いや、少なくともあいつの目的は、日の出に勝ちたいとかそんな単純なことじゃない」
「あいつ?」
修夜の言葉が誰のことを示しているのかわからず、晃由が首を傾げる。
「今回の件の首謀者は恐らく、神無月朔十」
修夜が発したその名に、横で聞いている憬一郎もまた厳しい表情を見せる。
「十二暦家で唯一、神子になる資格を与えられていない家、“神無月”に生まれた男だ」
「神子になる資格を、与えられていない?」
修夜の言葉を繰り返しながら、晃由は静かに表情を曇らせた。




