Dream.22 神無き月の男 〈1〉
十六夜町。月の出総家、別館。
「“彼らの様子が見られますように”」
七緒が窓とは逆側の壁へと短冊を張り付けると、壁はまるでスクリーンのように景色を映し出した。そこには現れた朝海に茫然とする慎一郎、亜八華、龍二の三人の姿があった。
「あらら。まんまと日の出の神子をおびき寄せてしまってるざぁーますね」
その様子を見た師走が少し呆れた様子で肩を落とす。
「このままではあいつ等が負けるな。どうする? 朔十」
隣に立った利九が、椅子に座ったままの朔十へと問いかける。
「今、無駄に戦力を欠くのは痛いな……」
「なら、回収に行くか」
「私が行くわ」
面倒臭そうに頭を掻きながら、その場を動き出そうとした利九の行動を遮るように声を挟んだのは、真剣な表情を見せた三奈であった。
「三奈、やる気があるのは結構ざぁーますが、あなたでは日の出の神子の相手は分が悪っ」
「大丈夫。あの日の出の神子にとって、私以上の敵は居ないわ」
強い口調ではっきりと主張する三奈のその圧倒的な自信に、師走が少し戸惑うように首を傾げる。
「自信があるのか?」
「すっごくあるわ」
確かめるように問いかける朔十に、三奈が間髪入れずに頷く。三奈のその様子を見て、朔十はどこか満足げに微笑んだ。
「いいだろう。夜道を開いてやれ、利九」
「だが、朔十」
「命令だ」
朔十に強く言葉を投げかけられると、納得し切っていない表情を見せながらも利九はそれ以上の発言をすることはなかった。黒い夜力を右手に纏って、利九が三奈へとそれを向ける。
「“秋の夜長に、道よ開け”」
利九が放った夜力に包まれて、三奈がその場から忽然と姿を消す。
「何故、あんなにも自信があるのでしょうか?」
「さぁ? あの子の考えてることは、よくわからないざぁーます」
七緒に問われた師走が大きく首を傾ける。
「さてと、お手並み拝見といこうか」
壁に映し出された朝海たちの様子を見ながら、朔十は楽しむように呟いた。
「修夜様」
晃由の輝に支えられるようにして、憬一郎を乗せた京が修夜の居る水無月邸の二階部分へと降りて来る。京の負った傷に連動し、憬一郎も腕や足から血を流していた。
「憬一郎、すぐに治療を」
修夜が額の月の出の印を光らせ、全身に夜力を纏って京の傷を治そうとする。
「させないわ、“今晩波”!」
その修夜の動きを邪魔しようと、亜八華が修夜に向かって黒い大波を放つ。
「“曙”」
修夜の前に降り立った朝海が、朝力の壁を張ってその大波をあっさりと亜八華のもとへと弾き返す。
「きゃあああ!」
弾き返っていった大波は慎一郎や龍二も巻き込んで、亜八華を遥か後方へと吹き飛ばしていった。朝海が修夜の方を振り返ると、修夜は途端に不機嫌な表情となる。
「礼なんか言わないからな」
「期待してないよ」
刺々しく放たれた修夜の言葉に、朝海は少し困ったように笑みを零した。すぐに朝海に背を向けて、修夜が京の治療を開始する。
「で、連中は何者なわけ?」
「修夜様と同じ、月の出一族の者です」
修夜によって京の傷が癒やされ、同じように傷が塞がっていく憬一郎が晃由の問いかけに答える。
「月の出? 何、内輪揉め?」
「そんな単純な話じゃない」
軽い口調で問いかける晃由に、修夜が無愛想に答える。
「彼等は、硝子の力を私欲で使おうとしているんだな」
すべてを察するように言い放つ朝海に、眉をひそめる修夜。
「それで硝子の次に、硝子の力を操作することの出来る君を襲った」
「硝子様が彼等の手に落ちたことを?」
「現場に居合わせたからな」
修夜と同じように眉をひそめ問いかける憬一郎に、朝海が少し苦い表情で答える。
「では、小夜子様もその場に?」
「小夜子?」
「僕の姉だ。いつも黒いローブに全身をくるみ込んでいる」
聞き返した晃由に、修夜が的確に小夜子の情報を伝える。
「ローブ? そんな人居なかったぜぇ。すっごい美人の黒髪お姉さんなら居たけど」
「それだな」
京の治療を終えた修夜が晃由の言葉に険しい表情を見せる。
「マジ!? あの美人が姉?」
「今度、ぜひ紹介してくれ」
活き活きと身を乗り出す朝海と晃由に、修夜が呆れ果てた表情で肩を落とす。
「修夜様、早く小夜子様と硝子様を助け出さねば大変なことに」
「ああ」
京と共に完全に傷の癒えた憬一郎が、真剣な表情で修夜に訴える。
「その為には、あいつ等から二人の居場所を聞き出すのが一番手っ取り早そうだな」
修夜の鋭い視線の先には、先程朝海が弾き返した亜八華の大波により二階の壁を突き破り、水無月邸の外まで吹き飛ばされた慎一郎たち三人の姿があった。広い庭に倒れ込んだ三人は傷つき、まだ戦える態勢を取り戻していない。
「ワタクシの髪の毛がぐっちゃぐちゃじゃない! 所構わず波撃ってんじゃないわよ、ビキニ女!」
「あんたの髪なんか知らないわよ! オカマモヒカン!」
「何ですってぇ~!?」
「やめて下さい」
激しく言い争ってどんどんと険悪な雰囲気になっていく亜八華と龍二の間に、慎一郎が呆れた表情で割って入る。
「今はこの状況を何とかしなければ。と言っても相手が相手ですし、ここは一旦退くことが賢明と思いますが」
「……嫌だわっ」
慎一郎の発案に、亜八華がすぐに首を横に振る。
「折角ここまで来たんだもの。憬ちゃんだけでも、絶対連れ帰る!」
「待って下さい、亜八華……!」
慎一郎の言葉も聞かずに、亜八華がサーフボードで波に乗って朝海たちのもとへと飛び出していく。遠ざかっていく亜八華の背を見つめ、険しい表情で思わず舌打ちをする慎一郎。
「どこの女も憬一郎、憬一郎。双子でここまで人気が偏るのも珍しいわよねぇっ」
嫌味のような龍二の言葉に、慎一郎がさらに表情をしかめる。
「ビキニ女を残して退くわけにもいかないし? 如月・セイントバレンタイン・龍二も行くわよ!」
崩れたモヒカン頭を手櫛で何とかセットし直して、龍二も張り切ってその場を飛び出していく。龍二を止めることなく見送った慎一郎もまた、頭を抱えるように右手をあげながら、その場を飛び出していった。
「燃え尽きなさい、日の出の神子! “鎮魂火”!」
「“黎明”!」
波に乗ってやって来た亜八華から向けられる巨大な夜力の炎に、朝力の塊を撃って応戦する朝海。だが炎の勢いが強く、朝海は受け止めたままどんどんと後方へ追いやられていく。
「朝海……!」
「行かせはしないわ!」
「うっ!」
輝と共に朝海のもとへ行こうとした晃由だったが、輝の全身に巻きついたピンク色のリボンがそれを許さなかった。輝の動きを止めたリボンから、茶色のチョコレートがどんどんと溢れ出して輝の体を固めていく。
「さっきはよくもワタクシの朔十様への愛の詰まったチョコを溶かしてくれちゃったわね! 今度はあなたを獏チョコにしてあげるわ!」
現れた龍二の言葉に、輝の背の上で険しい表情を見せる晃由。
「“月光”!」
横から飛んで来た強い夜力の塊が、龍二のチョコを一瞬にして溶かし尽くす。
「痛って!」
あまりに強い夜力に輝の朝力部分が痛み、思わず表情を引きつる晃由。その引きつった表情のまま、晃由が夜力を放った本人、修夜を見下ろす。
「あのさぁー、水無月クン。言っとくけど、俺が昼獣じゃなくて本当の日の出の獏だったら大怪我してるよ? 今の攻撃」
「良かったな。昼獣で」
愛想なく言い放つ修夜に、晃由は困り果てた様子で肩を落とした。
「昼力の獏に、月の出の神子……、厄介な組み合わせね。でもその方が、ワタクシの愛は燃え上がるわ!」
自分を奮い立たせるように言葉を放って、龍二は再び二人へとピンク色のリボンを向けた。
「“破魔矢”!」
「京っ」
慎一郎が放った夜力の矢を、京に乗った憬一郎が大きく飛び上がって避ける。飛び上がった京を見上げながら、再度破魔矢を放つ慎一郎。雨のように次々と降り注ぐ矢を避けながら、憬一郎が京の長い耳をそっと撫でる。
「行きますよ、京」
憬一郎の言葉に、京が長い耳を追って下方にいる慎一郎へと向ける。
「“夜射破”!」
「うがあああ!」
京が耳から放った高濃度の夜力の塊に貫かれ、慎一郎が持っていた弓矢すらも掻き消されて遥か後方へと吹き飛ばされていく。
「う、ううぅ」
傷を負い、再び水無月邸の庭へと倒れ込む慎一郎。苦しげに表情を歪めながら、何とか起き上がろうともがく慎一郎のもとへと、京に乗った憬一郎が降り立つ。
「もうやめて下さい、慎一郎」
憬一郎から降り注ぐその声に、必死にもがいていた慎一郎の動きが止まる。
「これ以上やっても、あなたがたに勝ち目はありません。大人しく降伏を」
「相変わらず、勝ち誇ったような言い草ですね」
顔を上げた慎一郎が、恨みがましい視線を憬一郎へと向ける。
「そんなに僕を見下すことは楽しいですか? 憬一郎」
「慎一郎っ……」
同じ顔で見つめ合いながら、二人が対照的な表情を見せる。
「あなたを見下すなんて、そんなつもりはっ」
「どうせ僕は? 双子として生まれながら獏を持つことのできなかった出来損ないですから、あなたには適いませんよ。そんなの、僕らが生まれた日から明らかなことだ」
自嘲するような慎一郎の言葉に、憬一郎がどこか悲しげに表情を曇らせる。
「何もかも僕より恵まれた存在だったというのに、なのにあなたは睦月を捨てて、水無月の姫神子に付いた」
恨みがましく言葉を発しながら、まるでその怨念を力の源にしているように慎一郎が再び立ち上がって両手に夜力を纏う。
「睦月に残された僕が、どんなに蔑まれるかもわかっていたくせにっ……!」
勢いよく放たれた破魔矢が京の頬を掠めると、憬一郎の頬にも同じように切り傷が刻まれ、赤い血が流れ落ちる。
「あなたを絶対に許さない。憬一郎!」
向けられる鋭い視線に、憬一郎は苦しげに唇を噛み締めた。
「“今晩波”!」
亜八華から次々と向けられる大波を、朝力の光りに乗って軽やかに舞い、すべてきれいに避け切っていく朝海。
「さっきから避けてばっかりね。少しは攻撃して来なさいよ、日の出の神子さん!」
サーフボードの上に立ち上がって見事に波に乗りながら、亜八華が挑発するように朝海へと声を張り上げる。
「困ったな」
波を避け続けながら、朝海がそっと頭を掻く。
「純朴なグラビアアイドルファンとしては、ビキニ姿の可愛らしい女の子に攻撃するなんて真似はとても……」
ビキニ姿の亜八華を見上げて満足げに頷いた後、すぐに困ったように首を捻る朝海。戦いの最中だというのに、朝海の表情には緊張感がない。
「仕方ない。あれをやるか」
朝海がふとその場で動きを止め、波に乗ってやって来る亜八華の方を振り返る。突然動きを止めた朝海に、警戒するように眉をひそめる亜八華。
「何をっ」
「朝の光りの中に目醒めよ」
亜八華が戸惑う中、朝海が額の日の出の印を強く輝かせる。
「“御破夜宇”」
「えっ……!?」
朝海が言葉と共に全身から強い朝力の光りを放つと、亜八華の乗っていた夜力の大波が一瞬にして朝海の朝力に染め上げられていく。
「ウソ! 私の夜力がっ……!」
夜力から朝力となった大波がその場で大きく舞い上がり、舞い上がった波は上空で合流して大きな塊を作ると、サーフボードに乗った亜八華の全身を包み込んでいった。塊となった大波の中に閉じ込められた亜八華が脱出しようと何度も強く波の壁を叩くが、塊はまったく揺るぎもしなかった。
「これで攻撃しなくて済む」
亜八華を捕らえた波の塊のすぐ前へと寄っていく朝海。
「さぁ、硝子の居場所を」
「“雛霰”!」
「……っ!」
硝子の居場所を聞き出そうとした朝海と亜八華を捕らえた波塊の間に、勢いよく降り注ぐ夜力の霰。亜八華は朝海の強い朝力に包まれているため霰に打たれても何の影響もなかったが、朝海はすぐに後方へと下がって、降り注ぐ霰を避けた。
「新手か?」
朝海が険しい表情を作って、霰の降り注いできた上空をすぐに見上げる。
「えっ?」
上空を見上げた朝海が、思わず目を見張る。
「君、はっ」
「こんにちは。あ、今はこんばんはかな?」
困惑した様子で声を詰まらせる朝海に、上空に現れたその人物が満面の笑みを浮かべる。
「久し振りだね、日下部朝海クン」
長い栗色の髪を風になびかせ、大きな瞳を瞬かせて、少女はまるでテレビの中に居るように華やかに笑う。
「天井シャンデリアだよ」
「シャン、デリア、ちゃん?」
突然目の前に現れた憧れのアイドルに、朝海は今までで一番動揺した表情を見せた。




