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Dream.20 十二暦家 〈2〉

 その頃、水無月家。

「ただいま」

「修夜様」

 帰って来た修夜を出迎えるために玄関へと出て来ながら、憬一郎が少し驚いた表情を見せる。

「随分と早いお帰りですね。部活では」

「休んできた」

「休んだ?」

「それより姉さん、居るかな?」

 首を傾げる憬一郎の疑問には答えずに、靴を脱いで家へと上がった修夜が憬一郎へと問いかける。

「いえ、小夜子様はお出掛けになられています」

「そっか」

 困ったように視線を落とす修夜を見て、憬一郎が何かを察するように眉をひそめる。

「何か?」

「いや、別に」

 内容を問いかけようとする憬一郎の言葉に、修夜はすぐに首を横に振ったが、修夜が何かを抱え込んでいることは明らかだった。

「あのさ、憬一郎」

 少し躊躇うように間を置いた後、修夜が憬一郎の方を見る。

「お前その、最近、睦月むつきから何か連絡来たりとか、してないか?」

 歯切れ悪く問う修夜のその言葉に、憬一郎が途端に表情を曇らせる。だが憬一郎はすぐにその曇りを晴らし、力ない笑みを浮かべた。

「いえ、何も。まぁとっくに睦月の家を出た身ですので、何かあっても連絡が来るとは思えませんが」

「そう、か。ごめん」

 申し訳なさそうに謝ると、修夜はすぐに憬一郎の横を通り過ぎ、自室のある二階へと上がっていった。階段を上がっていく修夜の姿を見送りながら、憬一郎が再び表情を曇らせる。

「睦月、か……」

 修夜が発したその名を繰り返しながら、憬一郎はそっと右手を握り締めた。




 灯子と別れた硝子は一人、高校の正門を出て駅へと向かおうとしていた。その表情は険しく、見ただけで考え事をしていることが伝わって来るような、そんな表情であった。

「硝子さん」

 呼ばれる名に、硝子がすぐに振り向く。

「うわっ」

 硝子が振り向くとそこには、黒いローブを全身に纏った見るからに不気味な人物が立っていた。深々とローブを被っているため顔はまったく見えず、声でようやく女性とわかるくらいだが、その不気味な人物に硝子は見覚えがあった。

「修夜君の、お姉さん?」

「ええ、水無月小夜子です。フフフ……」

 恐る恐る問いかけた硝子に、ローブに包まれた女性が嬉しそうな笑い声を漏らす。だがその笑い声すら不気味に聞こえてしまうのは、やはり見た目のインパクトが強過ぎるせいだろう。

 硝子と同じように下校しようとしている生徒たちから小夜子へと、冷たい視線が注がれていた。

「会えて良かった。硝子さんと少しお話がしたいと思って、この身が焼け焦げることを覚悟の上で昼の光りの中を飛び出し、ここで待っていたんです。フフフ」

「そ、そうなんですか。わざわざすみません。と、とりあえず移動しましょうか」

 小夜子へと笑顔を見せながらも、周囲から集められる視線が居たたまれずに、硝子は小夜子のローブに包まれた手を引くようにして足早にその場を離れた。

 長いローブの裾を引き摺りながら歩く小夜子と共に、硝子が近くの人気のない公園へと移動する。

「丁度日も陰ってるし、ここで」

「ええ」

 日陰にある誰も座っていないベンチを示すと、小夜子が頷いて腰を下ろす。

「何か飲み物でも買ってきましょうか?」

「いいえ、すぐに済みますから大丈夫」

 小夜子の答えを聞いた硝子が、飲み物を買いに行こうとした足を止めて、先にベンチに腰掛けた小夜子のすぐ横へと同じように腰を掛ける。

「私も丁度、小夜子さんにお話があったんです。私のこの、夜力のことで」

 少し躊躇いながら、振り絞るようにして硝子が言葉を落とす。

「そうですか。それは奇遇ですね」

 小夜子のその言葉に、少し戸惑うように振り向く硝子。

「私の話も丁度、あなたのその夜力のことですので」

 小夜子からそう告げられると、硝子はすぐに表情を険しく変えた。

「私が日の出の総家で夜力を暴走させたこと、修夜君から?」

「修夜は何も言いません。ですが私も一応月の出の神子ですので、あなたが夜力を使ったことはすぐにわかるのですよ。あなたの夜力は特に強力ですから」

「そう、なんですか」

 眉をひそめたまま、地面へと視線を移す硝子。小夜子はローブに包まれた顔をゆっくりと動かし、硝子の方を見る。

「夜力を使った時の記憶はないんですけど、でも何となくわかるんです。私がこの体に宿している力の強大さは」

 じっと右手を見つめた後、硝子が強く拳を握り締める。

「この力が、とても危険なものだってことは」

「硝子さん……」

 どこか案じるような声が、小夜子から向けられる。

「どうしようもないのに、とても不安なんです。いつか、この力で自分の大事なものをすべて壊してしまいそうで」

 灯子や朝海の姿を思い出し、硝子が苦しげに言葉を落とす。

「危険なこの力が、今はとても怖い」

「……例えば、ナイフ一本」

「え?」

 急な小夜子の言葉に、硝子が少し戸惑うように振り向く。

「どんなに小さな力であったとしても、心悪しき者がそれを手にした時、その力は危険なものとなります」

 凛と響く声が、ローブの向こう側から硝子へと届く。

「確かに、あなたが手にしているのはとても大きな力。ですがあなたは、心清き者」

 はっきりと言い切って、小夜子がローブに包まれた手で硝子の右手を握り締める。

「あなたが手にしている限り、あなたのその力は危険なものにはなり得ません」

「小夜子さん」

 向けられる小夜子の言葉は、とても心強かった。

「どうか、自分を卑下しないで下さい。悲観しないで下さい。あなたが今のあなたで在り続ける限り、あなたは決して何も壊しはしない」

「……はい」

 その力強い声に勇気づけられ、泣き出しそうな笑みを浮かべた硝子は大きく頷いた。

「そして、もう一つ。お願いがあって来ました」

 凛と響いていたその声が、わずかに曇る。

「これから先、あなたのその強大な力を狙って、多くの者があなたの前に現れることでしょう」

「小夜子、さん?」

 予言というよりはどこか確信めいた口調の小夜子に、硝子が少し首を傾げる。

「ですが決して、心悪しき者にその力を渡さないで下さい」

 懇願するようなその言葉に、硝子は何か並々ならぬ想いを感じ、思わず険しい表情を作った。

「それってどういう……、あっ!」

 小夜子に言葉の真意を聞こうとした硝子が、何かに気付いた様子で空を見上げる。真っ青な空から、何か黒い雪のようなものが二人の座るベンチへと勢いよく迫り来ていた。

「危ない!」

 小夜子を強く押してベンチの前へと倒れ込む硝子。二人がベンチから降りた途端に、ベンチに黒い雪が突き刺すように降り注ぎ、ベンチをあっという間に粉々に砕いた。

「これはっ」

 砕け散ったベンチを振り返った硝子が、真っ青だった空が黒く染まっていくことに気付く。公園に居た他の人間が次々と地面に倒れ込んでいく。どうやら皆、眠り込んでしまったようだ。

夢現むげん空間ですね」

「じゃあ夢喰ゆめばみが?」

「……いえ」

 硝子の言葉を否定した小夜子が、そっと声を曇らせる。

「へぇー、まだ完全に目覚めきってないってわりにはイイ動きねっ」

 聞こえてくる愛らしい声に、硝子と小夜子がすぐさま顔を上げる。

「それとも神子を守らなきゃっていう、獏の本能? 凄いものね」

 公園の入口からゆっくりとした足取りで二人のもとへと現れたのは、地味な格好をしてはいるがスタイル抜群の、硝子と同じ年頃の少女であった。

 普通の人間であれば眠り込んでしまうはずの夢現空間の中で、硝子や小夜子と同じように平然と起きている。少女もまた、普通の人間ではないのだろう。

「あなた、は……」

 深々と帽子を被っており、分厚いレンズの眼鏡をしていてはっきりとした顔立ちは見えないが、硝子はその少女にどこか見覚えがあった。

「あまり手荒な真似はしないで下さい、三奈みな

 三奈と呼ばれた少女の後方から、もう一人の人物が姿を見せる。現れたのはスーツ姿に黒い眼鏡を掛けた長身の男。その男にも、硝子は見覚えがあった。

「あなたは、憬一郎さんっ?」

 その男は硝子が修夜の家を訪れた時に、小夜子の従獏として名乗った男、憬一郎であった。

「大切な宵に傷でもついたら、どうするのです?」

「あれくらいの攻撃で傷がつく程度の力なら、私たちには必要ないわよ」

「はぁ。だから君とのコンビは嫌だと言ったのに」

「うるさいわねっ。今更そんなこと言っても仕方ないでしょ!」

 現れた憬一郎と三奈は、とても親しげに言葉を交わした。

「どうして憬一郎さんがここに? それに、その人は」

 不思議そうに首を傾げる硝子を見つめ、憬一郎が不敵に笑う。その憬一郎の笑みを見てすぐに、小夜子は硝子の前に右手を差し出した。

「いいえ、硝子さん。あの者は、憬一郎ではありません」

「え?」

 小夜子の言葉に、硝子が困惑の表情を見せる。

「何言ってるんです? 小夜子さん。どこからどう見ても憬一郎さんじゃあ」

「憬一郎も、あなた方と同じように双子なのです。そしてあの者は、憬一郎の双子の片割れ」

 ローブの奥から鋭く光る視線を小夜子が送る。

「睦月慎一郎」

「名前まで覚えていて下さって光栄ですよ、月の出の姫神子」

 慎一郎と呼ばれた、その憬一郎と瓜二つの男は、不敵な笑みのまま深々と小夜子に頭を下げた。

「忘れるはずがありません」

「大事な憬一郎の片割れの名ですものねぇ」

 どこか皮肉めいた慎一郎の言葉に、小夜子が口籠る。

「あの、よくわからないんですけど、憬一郎さんのご兄弟の方が何で」

「逃げますよ、硝子さんっ」

「えっ?」

 状況を把握出来ていない硝子の手を引き、立ち上がった小夜子が全身ローブとは思えないほどの動きで、勢いよくその場を駆け出していく。

「ど、どうして逃げるんですか!?」

「あの者たちの目的は恐らく、あなたの力です」

「私の、力?」

 小夜子の言葉に、硝子が戸惑うように眉をひそめる。

「逃がしませんよ、姫神子」

 さらに冷たく微笑んだ慎一郎が、逃げる二人の背に向けて右手を伸ばす。

「“七草ななくさ”」

『あっ……!』

 逃げる二人の足元の地面から突然生え出した黒色の草花が、二人の足を絡め取る。草花に足の動きを封じられた硝子と小夜子は、力なくその場に膝をついた。

「どーんと喰らいなさいっ!」

 明るく声を放って、三奈が空へと両手を伸ばす。

「“雛霰ひなあられ”!」

 膝をついた二人の上空から、先程と同じ黒色の雪が降り注ぐ。

「あれは、さっきの……!」

「“黒傘こくさん”!」

 焦りの表情を見せる硝子の横で小夜子が空へと右手を振り上げて声を発すると、小夜子の体から強い黒光が放たれ、二人の上空に巨大な黒色の傘を作った。

 傘が素早く回転し、降り注ぐ霰をどんどんと弾き飛ばしていく。

「あぁー、もう!」

「僕に任せて下さい、三奈」

 攻撃を防がれ悔しがる三奈の横へと、慎一郎が足を踏み出す。ゆっくりと広げられた慎一郎の両手に黒い光りが纏われていくと光りは見る見るうちに形を変え、右手には矢、左手には弓がそれぞれに形成された。

 黒光から形を変えたばかりのその弓矢を、慎一郎が慣れた手付きで引く。

「“破魔矢はまや”」

 慎一郎の弓から放たれた矢は空中を進む中でどんどんと纏う黒光を強くし、小夜子の作り出した傘を一瞬にして貫いた。

「ああああっ……!」

「小夜子さんっ!」

 傘を貫かれた勢いで後方へと押される小夜子の体を、硝子が足元の草花を振り切って何とか受け止める。矢の黒光に焼かれたのか、小夜子のローブの一部が焦げ付いていた。

 小夜子の夜力の強さは硝子にも理解出来る。だが今、慎一郎が放った力は、その小夜子の夜力を十分に超えるものだった。

「あの力は、夜力?」

 慎一郎と三奈が使った力を思い返し、浮かび上がる疑問に硝子が表情を曇らせる。

「あなたたちは、一体っ」

「僕の名は、睦月慎一郎。そして彼女の名は、弥生三奈。僕たちは、そこに居る姫神子の家“水無月”と同じ十二じゅうにれき家の者」

「十二、暦家?」

 聞き慣れないその言葉に、硝子が大きく首を傾げる。

「つまりは同じ、月の出の一族というわけですよ」

「月の出の、一族っ……!?」

 慎一郎から告げられる事実に、驚きの表情を見せる硝子。衝撃が走りはしたが、二人が小夜子と同じ月の出の一族の者であるのならば、二人が夜力を使えたことにも納得がいく。

「さぁ、月の出の獏“宵”」

 そっと微笑んだ慎一郎が、硝子へと右手を差し伸べる。

「帰りましょうか。あなたの在るべき場所へと」

 誘うようなその言葉に、硝子は険しい表情を見せた。




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