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Dream.20 十二暦家 〈1〉

――――だからショウ、どうか僕を待っていて……――――


「ハっ……!」

 いつもの夢に、硝子が目覚める。

 硝子が起き上がると、そこは見慣れた硝子の自室で、隣の寝台では灯子がすやすやと寝息を立てていた。額に掻いた汗を寝間着の裾で拭いながら、硝子がゆっくりと振り返って窓の外を見る。夜が明け始めているのか、カーテンの向こうから日の光りが差し込み始めていた。だが時計は六時前。まだ起きるには早い時間であった。

「夢……」

 毎日のように見る夢を思い返しながら、硝子が表情を曇らせる。毎日同じ人物の同じ言葉で終わるその夢を、日に日に長く、重く感じるようになっていた。

 振り払うように数度首を横に振ると、硝子が寝台を降りて部屋を出て行く。

「……っ」

 扉の閉まる音を聞きながら、灯子は鋭い瞳をそっと開いた。



「あら、硝ちゃん。今日も早いわね」

 寝間着のまま硝子がキッチンへと行くと、そこにはすでに起床して出掛ける支度を整えた姉、曜子の姿があった。どうやら、三人分の弁当を作っていたようである。

「最近早く目が覚めちゃって」

「年寄臭いわねぇ」

「お姉ちゃんも今日、いつもより早くない?」

「職員会議なの。おかず作ってあるから、後お弁当に適当に詰めて持っていってくれる?」

「うん、わかった」

 忙しなく動く姉の邪魔をしないように自分のコップに水を入れ、一口飲んだ硝子がコップを持ったままリビングの大窓へと移動していく。

 すでに開かれたカーテンの向こうからは、明るい日の光りが差し込んでいた。

「どんどん、息苦しくなってる」

 その日の光りを見つめ、硝子がまた表情を曇らせる。

「“朝”が」

 込み上げる不安が、硝子の胸の中を塞ぎ始めていた。




 その日、二時間目。二年D組、体育。

「いったぞ、水無月!」

 味方の黄色いゼッケンを付けた男子生徒からパスを受けた修夜が、器用に足を動かしながらサッカーボールをゴールに向かって運んでいく。敵方の緑色のゼッケンを付けた男子生徒が数人がかりで修夜からボールを奪おうとするが、修夜はまったく寄せ付けずに全員を見事にかわして一人、ゴール前へと踊り出た。

「やっべ! いったぞ、日下部!」

 ゴールを守っているはずの朝海へと声を向ける緑ゼッケンチーム。

「ぐぅー」

『ダメだ、やっぱ寝てるー!』

 一人、キーパーを示すピンク色のゼッケンを付けた朝海は、ゴール前で立ったまま当然のように眠り込んでいた。もう慣れたとはいえ、安定して眠っている朝海の姿にチームメイトたちは皆、頭を抱える。

 そんなチームメイトの嘆きを余所に、修夜はあっさりとゴール前に辿り着き、勢いよく右足を振りかぶった。

「喰らえ、日下部……!」

 どこか恨みのこもった声と表情で、勢いよくボールを蹴る修夜。修夜が蹴ったボールはまっすぐに朝海の顔面目がけて飛んでいく。

「よし、顔面方向だ!」

「日下部見せてやれ、得意の顔面ブロック!」

 顔面に向かって飛んでいくボールを見ながら喜ぶ、薄情な朝海のチームメイトたち。だがそのチームメイトの期待も虚しく、ボールが迫る寸前のところで朝海が寝返りのように、わずかに首を動かすと、ボールは朝海の顔のすぐ横を通り過ぎ、見事にゴールに突き刺さった。

『やったぁぁぁ!』

 D組の担任教師花崎が笛を鳴らすと共に、修夜のチームメイトから歓声があがる。

「あーあ、ダメだったか。顔面ブロック」

「どうせ当たっても起きねぇんだから、今度から首固定しとこうぜ」

「それ、いい案だな」

 がっくりと肩を落とした朝海チームの面々が、朝海には聞こえないところで容赦のない会話を繰り広げる。

「やったな、水無月!」

「ダメだ」

「へ?」

 明るく声を掛けたチームメイトが、修夜から返って来る予想外の答えに首を傾げる。

「次は絶対に当てる」

「いや、これ当てるゲームじゃねぇよ? 水無月?」

 決意を新たに、自チームのゴール側へと戻っていく修夜の背中を追いかけながら、チームメイトは呆れた表情を見せた。

「水無月って何であんなに日下部のこと、敵視してんだ?」

「さぁ?」

 聞こえてくる男子生徒たちの会話に、隣のグランドで同じく体育の授業を行っている硝子が気付き、ふと朝海と修夜の方を振り向く。

 チームメイトたちに頬を抓られながらも、まったく起きることのない朝海はいつも通りだが、朝海の顔面にボールを当てようとして止められている修夜の姿は新鮮で、今までに見たことのない光景であった。

「水無月ってさ、一週間ぐらい休んだ後から性格変わったわよね」

 硝子が誰を見ているのかがわかったのか、横から麗華が声を挟む。

「前は絵に描いたような爽やか優等生だったのに、今は何か熱血漢って感じ? まぁクマ野郎限定なのが謎だけど」

「うん、そうだね」

 麗華の言葉に、硝子が大きく頷く。修夜が何故朝海を異常なまでに敵視するのかを硝子は知っているが、知らない麗華や他の生徒からして見れば、今の修夜は不可思議に見えるのかも知れない。

「でも、あの方がいいんじゃないかな。人間らしくって」

「それは言えてる。“熱い水無月クンも素敵”ってファンの女子たちも騒いでたしねぇー。ま、私にはどうでもいい話だけどぉー」

 麗華の声を聞き修夜を見つめながら、硝子が満足げな笑顔を見せた。




 さらに時間は過ぎ、放課後。

「あなたはだんだん起きたくなぁ~る~。すぐにすぐに、起きたくなぁ~る~」

 今日一日をほど寝たままで過ごした朝海は放課後になっても相変わらず眠ったままで、帰るために起こそうと必死の晃由は何故か糸で吊り下げた五円玉を振り、催眠術で朝海を起こそうとしていた。

「起きない方に、お前の命を賭ける」

「それじゃ賭けになってねぇよ!? 灯子ちゃん」

 五円玉を振りながら、口を挟んだ灯子の方を振り向く晃由。灯子はすでに帰宅した麗華の席に座り、見るからに暇そうに欠伸をしていた。

「そういえば盟莎ちゃんからメール来たけど、盟治さん、昼力全快したって?」

「ああ。昨日相変わらずのオレオレ電話して来たけど、すっかり元気そうだったよ」

「良かったぁ」

 晃由の言葉に硝子が安心の笑顔を見せる。

「ホント良かったよ。あんだけズタボロにされて、一時はどうなるかと思ったし」

「ズタボロ?」

「ごほん、ごほんっ!」

 不思議そうに首を傾げる硝子の前で、灯子が大きく咳き込む。硝子が圧倒的な夜力で盟治を死なせかけたことを硝子自身は覚えていないのだ。

「あ、ほらほら。昼力暴走しまくってズタボロっていうの? アハハっ」

 誤魔化すように明るく笑顔を見せる晃由に、灯子が硝子に気付かれないところで鋭く突き刺すような視線を送る。

「ってか硝子ちゃん、盟莎とメールしてんの?」

「うん。帰り送ってもらった時にアドレス交換したんだ」

 問いかけを向けて、晃由が上手く話題をすり替える。

「ダルくなってきた。こんな奴等放っといて、とっとと帰ろう。硝子」

「え、でもっ」

 立ち上がった灯子を見た後、心配するように晃由の方を見る硝子。

「あ、いいよいいよ。俺たち置いて先帰って、硝子ちゃん。最近朝海、シャンデリアちゃんの休業ショックで余計に眠り半端ないから」

「ショックで眠れないっていうのが普通だと思うけどな」

 晃由の言葉に突っ込みを入れながら、灯子がスタスタと教室内を移動していく。

「とっとと行くぞ、硝子」

 すでに扉へと移動した灯子が、急かすように硝子を呼ぶ。

「待ってよ、灯子。じゃあ先に帰るね。また明日。晃由君、日下部君」

「うん、じゃあねぇ~」

 晃由たちに声を掛けることすらなく、あっさりと教室を後にしていく灯子を追って、硝子が二人に手を振りながら慌てて教室を出て行く。教室を出た硝子は、廊下をスタスタと歩いていく灯子のすぐ後ろまで駆けていった。

「別に用事があるわけじゃないんだし、そんなに急いで帰らなくてもっ」

「朝海に、相談してみたらどうだ?」

「え?」

 突然の灯子の言葉に、硝子が戸惑うように首を傾げる。

「相談って、何を?」

 硝子が聞き返すと、灯子はすぐにその場で足を止め、ゆっくりと硝子の方を振り返った。いつものしかめっ面とは違いどこか真剣な表情で、灯子が硝子を見つめる。

「最近毎日、朝が来た瞬間に苦しそうに起きる」

 灯子のその言葉に、硝子が眉をひそめる。

「昼もたまに、どこか痛むみたいに頭を押さえてる時がある」

 突き刺すようなまっすぐなその視線から、少し逃げるように顔を俯ける硝子。

「体に何か異変が起きてるんじゃないのか? この前、日の出の総家で、“ショウ”の力を使ったことで」

「どうして、灯子が知ってるの?」

「え?」

 逆に返って来た問いかけに、灯子が首を傾げる。

「私が、宵の力を使ったこと」

 顔を上げた硝子は、何もかもを悟ったような笑顔で灯子を見た。

「それはっ」

 思わず口籠り、俯く灯子の姿に、硝子が少し困ったように肩を落とす。

「やっぱり、私は宵の力を使ったんだね。日の出の総家で、灯子や日下部君たちの前でも」

 また視線を落とした硝子が、確信を持った口調で話す。

「修夜君と別れて、灯子と盟莎ちゃんを追いかけていってからの記憶が欠けてるんだよね。気付いたら目の前に日下部君と修夜君が居て」


――――硝子……――――


「日下部君は、悲しい顔をしてた」

 思い出される朝海の表情に、硝子もまた悲しげに微笑む。

「私が悲しませた時、日下部君はあの顔をする。いつも」

「いつも?」

 幾つもの時を重ねてきたかのような硝子の言い方に、灯子がそっと眉をひそめる。

「朝結界を壊したのは、私だね……」

「硝子」

 俯いたまま力ない声を落とす硝子に、灯子が思わず名を呼んで歩み寄って行く。

「私、だよね?」

 すぐ目の前に立った同じ顔から問いかけられ、苦しげに目を細める灯子。

「夜力を暴走させたお前は朝海を助けるために、朝結界を一瞬で破壊して一層夜力を増し、盟治を殺しかけた」

 隠し通すことを諦めたのか、まっすぐに硝子の瞳を見つめて灯子がすべてを有りのままに伝える。ある程度の想像はしていただろう硝子だが、伝えられる事実にやはりその表情は曇った。

「水無月がお前の夜力を抑え込まなかったら、お前はあのまま盟治を殺してたと思う」

「……そっか。それでズタボロ、か」

 少しの間を置いて、硝子が重く声を漏らす。先程晃由が漏らした言葉と、その後のどこか不自然だった晃由の笑顔が、今の灯子の言葉で繋がった。

「何となくだけど、この手に感覚が残ってる気がする」

 自分の右手を見下ろして、険しい表情を見せる硝子。

「自分自身の夜力の感覚が」

「夜力が強まってきてるのか?」

「強まってるっていうか、元々私の中にあった夜力がどんどん溢れ出して来てるって感じだと思う。実際、最近朝になるとすごく息苦しい」

 硝子の言葉を聞いた灯子が、どこか考え込むような表情を見せる。実際に暴走した硝子の夜力を目の当たりにした灯子は、その力がどれほどに強力なものであるかを肌で感じていた。朝海の強さとは、また別の強さ。禍々しく、重苦しい力のように思えた。

「朝海に言うのが嫌なら、水無月に相談してみたらどうだ?」

 重い空気を振り払うように、灯子が硝子に提案する。

「あいつは月の出一族だし、一応お前の神子だろう? あいつがやったことを許す気はないが、お前に必要だっていうなら、あいつの力を借りることも」

「修夜君は、私の力を抑え込むことは出来ても、私の力を消すことは出来ないよ」

 灯子の言葉を少し遮るようにして、硝子が声を発する。

「だって私の夜力の方が、修夜君の夜力よりもずっと強い」

「じゃあ、やっぱり朝海にっ」

「ううん」

 灯子が朝海の名を出すと、硝子は瞬間的に素早く首を横に振った。

「それじゃあ、ただの繰り返し……」

 まるで自分を戒めるように、硝子が険しい表情で言葉を落とす。

「私はこれ以上、あの人に背負わせたくないから、だからお願い。灯子」

 願うようにそう言って、硝子がまっすぐに灯子を見つめる。

「私の体調のこと、日下部君には言わないでおいて」

 切実なその願いに、灯子は快く頷いてあげることすら出来ずに、ただ辛そうにきつく唇を噛み締めた。そんな灯子の様子を見て硝子はまた、申し訳なさそうに微笑んだ。

「私、ちょっと寄り道して帰るから先に帰ってて。ご飯の支度もよろしくっ」

 すぐに浮かべていた笑顔を明るいものへと変えると、硝子は灯子の横を通り過ぎ、廊下の奥から階段を降りていった。

 硝子が階段を降りる音が響き終わっても、灯子はその場を動くことが出来なかった。

「クソっ……」

 灯子が小さく吐き出したその言葉は、まるで無力な自分への怒りのようだった。




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