Dream.19 再約の朝 〈2〉
日の出総家から戻った朝海と晃由は、家に戻るほどの時間もなくそのまますぐに学校へと向かった。朝海が二年D組の教室に入ると、すでに硝子は来ており、硝子の横には灯子の姿もあった。
「あ、日下部君!」
教室へと入って来た朝海を、硝子が立ち上がって出迎える。
「おはよう」
「おはよう」
朝海がゆっくりと硝子の元へと歩み寄ると、二人は笑顔で朝の挨拶を交わした。
「灯子もついでにおはよう」
「ついでに言うな」
続いて灯子を振り向く朝海に、灯子が不満げに口を尖らせる。
「硝子ちゃんも灯子ちゃんも昨日、無事帰れた?」
「うん。麓まで送ってもらったから、すごく楽だったよ。盟莎ちゃんによろしく伝えて」
自分の教室ではないのだが当たり前のように入って来た晃由が二人へと問いかけると、硝子は席に腰掛けながら笑顔で答えた。
「優等生クンも無事に帰れたんかな?」
「んっ」
晃由の問いかけに、灯子が親指で前方を指差す。
晃由が灯子の指差した方角を追いかけると、そこには自分の席に腰掛けた水無月の姿があった。水無月の周りを嬉しそうな笑顔の女子生徒が取り囲んでいる。水無月が学校に来るのは一週間以上振りのことのため、心配していた女子生徒たちに手厚くもてなされているようだった。
「無事も無事だ。ったく、のこのこと学校にまで出て来やがって」
「月の出総家には戻らなくて良くなったみたいだな」
不満げな灯子とは違い、どこかホッとしたように言いながら朝海が自分の席へと腰掛ける。
「ぐぅー」
「早っ!」
席に着いた途端に眠り出す朝海に、思わず体を反らして驚く灯子。
「硝子ちゃんはいいの?」
「うん、また学校に来てくれて嬉しいって思ってるよ。良かったって思ってる。女の子たちも皆、すごく喜んでるし」
確かめるように問いかける晃由に、硝子が満面の笑みで答える。
「やっぱり女の子に大人気だよね。修夜君て」
「え?」
硝子の発したその声に、先程眠ったはずの朝海がすぐに顔を上げて目覚める。
「“修夜”?」
「水無月君なんて堅苦しいから修夜でいいって昨日、修夜君から言われて」
怪訝そうに問いかけた朝海に、硝子が残酷なほどにいい笑顔で答える。
「ちょっと照れちゃうよね。他の女の子の前では、あんまり呼ばないようにしないとなぁ」
「俺は日下部なのに、水無月は修夜……」
少し頬を赤らめながら楽しそうに話す硝子を横目に、徐々に落ち込んでいく朝海。そんな朝海の様子を見ながら、灯子と晃由はそれぞれ呆れるように肩を落とした。
「おっはよぉー!」
そこへ元気いっぱいに声を張り上げて、麗華が姿を現す。
「おはよう、麗華ちゃん。今日は何だかご機嫌だね」
「まぁねぇ~。あら珍しく起きてるじゃない、クマ野郎。このニュース見て、ショックで目覚めたわけ?」
「ニュース?」
「え、まさか知らないわけぇ? 朝からテレビで何回もやってたじゃないっ」
首を傾げた朝海へと、麗華が鞄から取り出した新聞記事の一面を見せる。
「“シャンデリア、体調不良でしばらく休業”って」
「ええっ!?」
勢いよく立ち上がった朝海が、麗華から新聞を取り去るようにして記事を読む。
「休業!? マジかよ、シャンデリアちゃん!」
同じように驚きの表情で、朝海の横から新聞の記事を覗き込む晃由。
「へぇ。シャンデリアちゃん、体調悪いんだぁ。心配だね」
「何、あんたたちも知らなかったわけ? あんなにテレビでやってたのに」
「ちょっと昨日遅くて、ギリギリまで寝てたから」
不思議そうに問いかける麗華に、硝子が誤魔化すように笑みを見せる。
「でもシャンデリアちゃんの休業で、なんで麗華ちゃんがご機嫌なの?」
「フフフ、それはねっ」
硝子の問いかけに麗華が微笑み、どこか勿体ぶるように間を置く。
「今度予定してた美少女探偵バナナ子のドラマ第四弾が、シャンデリアの体調不良の影響で、バナナ子の親友梨絵を主役にしたスピンオフになるかもって話が持ち上がってるからよ!」
「梨絵が主役ってことは……、麗華ちゃんが主役!? 凄い!」
「でしょ~?」
立ち上がって驚く硝子に、麗華が得意げな笑みを見せる。
「あんなに脇役しか回って来なかった、台詞があればいい方、画面の端に顔半分でも映ればいい方の麗華ちゃんが主役なんて!」
「相変わらず容赦ないわね、あんた」
硝子が突き刺してくる事実に、麗華の自信に満ちていた笑顔が少し歪む。
「シャンデリアちゃんの出ないバナナ子なんて、種しかないスイカだ……」
「誰がスイカの種よ!」
すっかり落ち込んだ様子で席に腰を下ろした朝海の失礼発言に、麗華が勢いよく怒鳴り返す。
「まぁまぁ、麗華ちゃん」
「ったく、失礼しちゃうわぁ」
「体調不良の理由は特に書いてねぇなぁ」
「見せて」
「へ?」
じっくりと新聞記事を読んでいた晃由へと右手を差し出して来たのは、いつの間にか硝子の席のすぐ前へとやって来ていた水無月だった。
「あら水無月、久し振りじゃない」
麗華の言葉など素通りして、晃由から受け取った新聞記事を真剣な表情で読み込む水無月。
「何、水無月もシャンデリアのファンなわけ?」
「さぁ?」
小声で問いかける麗華の横で、首を傾げる硝子。
「どうかしたのか?」
あまりにも真剣な表情を見せている水無月の様子を不審に思い、灯子がどこか怪訝そうに水無月へと問いかける。
「いや、何でもない。ありがとう」
晃由に新聞記事を返すと、水無月はすぐにまた自分の席へと戻っていった。水無月の背を見送りながら、硝子と灯子がそれぞれ戸惑うように首を傾げる。
「シャンデリアちゃんが復帰するまで、俺は眠る。起こさないでくれ」
「何日寝る気だよ」
机の上に突っ伏して呟く朝海に、呆れた表情を向ける晃由。
「よぉーし、ホームルーム始めるぞぉー」
チャイムの音が響くと同時に、教室にD組の担任の体育教師花崎が姿を見せた。
「やっべ。教室戻ろうぜ、灯子ちゃん」
「私は一人で勝手に戻るから、お前も勝手に一人で戻れ」
「冷てぇなぁ」
あれこれと揉めるように言葉を交わしながら、A組の晃由と灯子がD組の教室を出て行く。
「お、水無月。久し振りだなぁ」
「ご心配お掛けしました」
花崎から声を掛けられると、水無月は椅子に腰かけたまま深々と頭を下げた。出欠を確認する花崎の声が教室に響く中、少し顔を上げた水無月がそっと眉をひそめる。
「三奈……」
水無月が呼んだ小さな名は、誰の耳に届くこともなく掻き消えた。
街中、とあるレストラン。
「シャンデリア!!」
怒ったような声を張り上げたのは、頭のてっぺんで長い髪の毛を一つに纏めてた、赤い眼鏡に紺色のスーツ姿の二十代後半くらいの女性だった。眉間にぐっと皺が寄り、元々少しきつめの目元がさらにきつそうに見える。
「大声で呼ばないでよ、師走。皆にバレちゃったらどうする気?」
レストランのテーブルに座りメニューを眺めながら、やって来たばかりのそのスーツ姿の女性に平静な声を返したのは深々と帽子をかぶり、大きめの黒い眼鏡をした十代後半くらいの少女であった。帽子と眼鏡であまりはっきりとは見えないが、少女は相当に整った綺麗な顔をしている。
「今の私は弥生三奈。天井シャンデリアじゃないわっ」
少女に注意されるように言葉を向けられると、師走と呼ばれた女性はどこか不満げな表情のまま少女の前の席へと腰掛けた。店員が歩み寄って来て、師走の前に水を置く。
「三奈、どういうことざます? あの休業報道は。このクソ忙しい時に何を考えてるざますか?」
小声ながらも責める様子は十分に、師走が三奈へと問いかける。
「昨日ね、朔十から興味深い話を聞いたの」
「興味深い話?」
「そう」
聞き返した師走に大きく頷きかけて、三奈が何とも楽しげな笑みを浮かべる。
「宵が目醒めたって」
「宵が?」
三奈から告げられる言葉に、眼鏡の奥で大きく目を見開き、驚きの表情を見せる師走。
「それ、本当ざますか?」
「ええ。すぐに消えちゃったけど、あの夜力は間違いなく宵のものだったって」
疑うように問いかけた師走に、三奈がもう一度笑顔で頷く。
「ね? 芸能活動なんてやってる場合じゃないでしょう?」
「だからっていきなり休業までしなくても」
「いいのっ」
師走の言葉を力強く遮った三奈が一口コーヒーを飲んだ後、窓の外の明るい空を見上げる。
「どうせ私の夢なんて、凶器にしかならないんだから」
どこか諦めるように言葉を落として、三奈は空を見上げる瞳を鋭く光らせた。




