Dream.16 誇れるもの 〈3〉
日の出総家第一邸で相対した朝海と盟治。その二人の前に第一邸を囲う夢屑を一掃し、現れたのは晃由であった。
「苦しみも悲しみも、もがきも足掻きも全部、だと……?」
ゆっくりとした口調で晃由の言葉を繰り返した盟治が眉間に深く皺を刻み込み、まるで睨みつけるように晃由を見る。
「どういう意味だ? 晃由」
「言ったまんまの意味だけど?」
挑戦的な笑みを見せる晃由に、盟治が大きく表情をしかめる。
「裏切る気か? 俺たちを」
まるで責めるように、盟治が晃由へと言葉を突き刺す。
「所詮お前は、日の出の犬だったというわけか」
「言ったはずだぜ。俺は朝海の犬じゃねぇって」
「ならば何故、そうまでしてそいつに付き従う?」
少しの間を置くことなく、次々と晃由に言葉を向ける盟治。
「お前は言ったな。“獏としての誇りを忘れたことは一度もない”と。その獏の誇りはどうしたというんだ!? 捨て去ったとでも言う気か、晃由!」
徐々に声を荒げて、盟治が晃由に問いかける。盟治のその問いに、晃由は静かに眉をひそめた。
「獏の誇りはどうしただって? 馬鹿言ってんじゃねぇよ、盟治」
盟治の言葉を振り払うようにそう言って、晃由が真剣な表情を見せる。
「自分の神子の為に誰よりも命懸けで戦うことが、それだけが獏の誇りだろ!? 俺は、自分の神子の意志に背くような真似は一つもしてねぇ!」
力強くそう言い放って、言葉の通り誇らしく胸を張る晃由。
「クっ」
晃由の言葉を否定することも出来ずに、盟治が悔しげに唇を噛み締める。
「さぁ、反乱は終わりだ。とっとと降伏しろ、盟治」
求めるように盟治へと右手を差し出しながら、晃由の後方で輝が盟治の明を威嚇するように身構える。
「今ならまだ間に合う。しっかり謝罪すれば、旭様の獏で居続けることだって」
「お前に」
晃由の言葉を遮るように、盟治が声を発する。
「お前に誇りがあるように、俺にも獏としての誇りがある」
「え?」
俯いたまま小さく声を発する盟治のその言葉を、完全に耳に入れることが出来ずに少し首を傾げる晃由。その晃由の横で、朝海もそっと表情を曇らせる。
「まだ、諦めるわけにはいかないんだ。“明”!」
『ううぅ!』
盟治の呼びかけに応え、明がその長い首を突き上げて部屋の天井を崩落させる。落ちて来る屋根瓦から輝が覆いかぶさるようにして朝海と晃由を守っているその隙に、明の背の上に乗った盟治が明と共に屋敷を飛び出していく。
「盟治……!」
晃由が必死に身を乗り出して盟治を呼び止めるが、盟治はそのまま明と共に第一邸を離れていった。
「クッソ。相変わらず頑固な奴だな」
崩れた天井を見上げながら、晃由が困ったように頭を掻く。
「獏としての、誇り……」
盟治が最後に発した言葉を繰り返しながら、何やら考え込むような表情を見せる朝海。
――――彼等の痛みはすべて、私一人が負う――――
すべての責任を負うと言ったあの時の少し追い詰められたような旭の表情と、先程盟治が見せた表情にはどこか通じるものがあった。
「そうだ。晃、奥の部屋に大爺様が居る。この崩落で屋敷全体が崩れるかも知れないし、安全な場所に運びたい」
「ああ、わかった。輝!」
晃由が輝へと呼びかけると輝は大きく頷き、すぐに両耳を翻して奥の部屋へと向かっていった。
「さぁーて、こっからどうする? まぁあいつ等の反乱計画はもうロクに機能してねぇし、これ以上何も出来ねぇとは思うけど」
「何か、引っ掛かるような……」
晃由に問われた朝海が、腑に落ちない何かを感じて首を捻る。
「あ、晃、外にクソ爺は居たか?」
何か思い当たったかのように顔を上げ、朝海がすぐに晃由に問いかける。
「へ、朝之様? いや、居なかったぜ。夢屑一掃すんのに一周はしたけど、どこにも見当たんなかった」
「嫌な予感がするな」
少し表情をしかめた朝海が割れた窓の外を見る。
「大爺様を安全な場所に移したら、すぐに向かおう。晃」
「向かうって、どこへ?」
「第二邸だ」
晃由の問いかけに、朝海は険しい表情で答えた。
「灯子!」
「硝子、水無月」
盟莎との戦いを終えた灯子の元に、同じように戦いを終えた硝子と水無月が駆けつける。
「良かった。無事でって、何てことしてるのぉ!?」
笑顔を見せたのも束の間、すぐに顔色を変える硝子に灯子が戸惑うように首を傾げる。
「大丈夫!?」
あっさりと灯子の横を通り過ぎ、硝子が駆け寄ったのは灯子の前で座り込んでいる盟莎の元であった。硝子は盟莎が顔から流している血を見て、どうやら血相を変えたようである。
「女の子の顔に傷つけるなんて、何てことするのよ! 灯子!」
「いや、さっきまで私の方が重傷だったんだが……」
「謝らないと、ほら!」
「ご、ごめんなさい……」
硝子に促された灯子が、納得のいっていない表情を見せながらも渋々と盟莎に頭を下げる。素直に硝子の言うことを聞く灯子を、盟莎はどこか呆気に取られたような表情で見つめた。
「さすがは日の出の猛獣だね。残忍極まりない」
「うるさい。斬るぞ」
言葉を挟んだ水無月に、灯子が硝子に対する態度とは一転、敵意に満ちた視線を向ける。
「大丈夫?」
自分のハンカチで盟莎の血を拭う硝子を、盟莎が少し戸惑った様子で見つめる。
「早く病院に行かないと」
「この敷地内を出れたとしても山の中だぞ。すぐには無理だ」
「でもこのままじゃ顔に傷が残っちゃうよ」
冷静に答える灯子に、硝子が焦りの表情を見せる。ひどく困った様子の硝子に水無月は深々と肩を落とすと、盟莎の元へと歩み寄った。
「まだ獏は出せる?」
「え? あ、うん」
「じゃあ出して」
突然の水無月の言葉に戸惑いながらも、盟莎が左腕に刻まれた日の出の紋に触れる。紋から金光が放たれると、その場に再び明が姿を見せた。明の左目の上には、盟莎と同じように深い傷がある。
「どうするの? 水無月君」
「まぁ見てて」
額に月の出の印を輝かせた水無月が、右手をそっと明の傷に向ける。
「夜の静寂に眠れ、“御夜棲魅”」
水無月が放った黒光が明の傷を包み込むと、そのまま明の体の中に吸収されるように黒光はなくなり、次に明が目を開くと目の上の傷は完全に塞がっていた。
「あ、痛くなくなった」
明の傷が塞がると盟莎の傷も塞がり、盟莎が少し戸惑いながら傷のあった部分を撫でる。水無月の強い夜力を得たことで、明の力が回復し傷が完治したのだろう。
「凄い、水無月君!」
「僕は野蛮な日の出の連中とは違うからね」
「叩き斬るぞ?」
額の印を消して得意げに言い放つ水無月に、灯子が刀を構える。
「どうして」
すっかり傷のなくなった盟莎の顔についた血を、硝子がきれいに拭き取っていると、盟莎が硝子に向けてそっと声を放った。
「どうして、私を?」
困惑の表情で問いかける盟莎に、硝子がすぐに笑みを見せる。
「だってあなた、晃由君の友達なんでしょ? 友達の友達は友達って何かで聞いたことあるし」
「僕は友達じゃないけどね」
「私もだ」
「アハハ……」
まるで子供のようにムキになって否定する灯子と水無月の方を振り向きながら、硝子が少し困ったように笑う。そんな三人の様子を見つめ、盟莎はどこか諦めるように瞳を閉じた。
「で、その晃由はどうした?」
「ああ。何かメイジ? とかいう奴のところに行くと言っていたよ」
灯子の問いに答える水無月の言葉を聞いた盟莎が、すぐに目を開いて眉をひそめる。
「探そうと思ったんだけど、ここって広いし同じような屋敷ばっかりで迷っちゃって」
「で、戦いの音を頼りに、ここまで来たってわけさ」
「そういうことか」
硝子と水無月の説明を聞き納得するように頷くと、灯子がその場で静かに瞳を閉じる。神経を研ぎ澄まし朝海の気配を感じようとしたが、朝海の朝力はまったく感じられなかった。
「ダメだな。私にも居場所はわからない」
「そっか。これからどうしようか? 闇雲に探しても時間ばっかり無駄にかかっちゃうし」
「帰るとか」
「帰りたきゃ一人で帰れ」
「あ、あの!」
声を挟んだ盟莎へと、硝子たち三人の視線が一気に集まる。
「私が、私が案内する! 第一邸へ!」
三人へと身を乗り出した盟莎は、まるで懇願するようにそう言い放った。
朝海と晃由の居る第一邸を飛び出した盟治は明で移動し、数分のうちに第二邸へと戻って来た。明を掻き消して、盟治が第二邸の奥へと進んでいく。
「旭。旭、居るか?」
屋敷の中で待機しているはずの旭を呼びながら、どんどんと廊下を進んでいく盟治。旭からの返事のないまま、盟治が先程まで才治が使っていた書斎へと辿り着く。書斎に入る扉の前へと着くと、盟治はポケットから携帯電話を取り出して旭に電話を掛けた。数度のコールで、すぐに電話は繋がる。
「旭、俺だ」
電話が繋がった直後に、すぐ書斎の扉を開く盟治。
「計画を変更する。すぐに準備を」
「おやおや、慌ただしいのぉ。あの疫病神の飼い犬に裏切られでもしたのかな?」
「……っ!」
部屋に入った途端、大きく目を見開く盟治。書斎の机で才治以上に偉そうに踏ん反り返っていたのは、旭の祖父であり朝海の大伯父の朝之であった。
「何故、貴様がここにっ……」
「ここは元々、わしの屋敷。わしがおって何が悪い?」
大きく表情をしかめた盟治を、嘲笑うように口角を吊り上げる朝之。朝之がこの場に居ること以上に盟治が気になったのは、繋がった電話の向こうからも朝之の声が聞こえてくることであった。
朝之が耳に当てているその携帯電話は、盟治が今掛けた旭のものだ。
「旭をどうした?」
「可愛い孫娘をどうにかしたりせんよ。それより盟治、お前、自身の獏を消し去りたいのじゃろう?」
「どうしてそれをっ」
「第一邸に行っていたということは、父上に会いに行っていたということ。お前が父上に会いに行く理由など、他には思いつかん」
すべてを見透かすように言い放つ朝之に、盟治が不快そうに表情をしかめる。
「どうじゃ、盟治。わしに付いて来んか?」
誘うようにそう言って、朝之がいやらしい笑みを浮かべる。
「教えてやるぞ。獏からの解放手段をな」
朝之のその言葉に、盟治は一層険しい表情を見せた。




