Dream.16 誇れるもの 〈2〉
――――この場所は朝なのに、とてつもなく夜だ。
五年前、冬。
「お父上が亡くなられたそうだよ、晃由」
獏舎の中央邸へと呼び出された晃由は、盟治の父才治からそう伝えられた。晃由の父は、晃由たちの獏化試験に反対し、日の出総家から追放処分を受けており、晃由が最後に会ってからすでに五年の時が流れた中での突然の知らせだった。
「総家を追い出されてからもずっとお前たちのために、日の出一族への訴えを続けていたんだがな。それが体に負担をかけたらしい。風邪をこじらせて肺炎を患ったそうだ」
「そう、ですか……」
五年も会っていないのだから、この世から居なくなったところで実感など湧きもしない。そう思った晃由は特に悲しむ素振りも見せずに、興味なさそうに才治に答えた。
「日の出に殺されたんだよ、お前の父親は」
だが才治のその言葉だけは、ひどく晃由の耳につき離れようとしなかった。
それから数日。
「俺だ、晃由。開けてくれ」
「開けてくれって、もう入ってんじゃねぇかよ。盟治」
晃由の了解を得る前に勝手に部屋の扉を開き、晃由の部屋へと姿を見せたのは盟治であった。
「泥棒と間違えられたら困ると思ってな」
「んな堂々と入って来る泥棒いねぇよ」
得意げに主張する盟治に、晃由が少し呆れた表情を見せる。
「この前から一体、何を作っているんだ?」
一人部屋にこもり、ずっとパソコンと向き合ってばかりの晃由を妙に思った盟治は、パソコンの画面を覗き込みながら晃由へと問いかけた。
「日の出一族への反乱計画」
キーボードを叩きながら盟治の方は振り向かずに晃由が答える。
「反乱? 日の出に?」
「ああ」
眉をひそめて聞き返した盟治に、晃由がはっきりと頷く。
「俺たちは日の出に人生を狂わされた。だから、日の出は報いを受けるべきだ」
表情を一切変えずにパソコン画面を見たまま言い放つ晃由に、盟治が少し表情を曇らせる。
「けど、待ってたって誰かが日の出に報復してくれるわけじゃねぇ。俺が、俺たち自身が報復するんだ」
「……そうだな」
少しの間を置いた後、盟治は晃由の言葉に同意するように声を発した。
「お前がその計画を実行する日が来たら、俺は必ず協力する。晃由」
盟治の強い言葉に、晃由もまた強い頷きを返した。
それからしばらく、晃由は反乱計画を作成する日々を過ごした。
「問題は朝結界だよな」
もうすでに夕刻はとっくに過ぎているというのに眩しいくらいの光りを放つ空を見上げ、晃由が少し煩わしげに呟く。日の出の朝力を高めるために、総家全体を包み込む朝結界。この結界のため総家の敷地内には夜がなく、常に明るい朝の日差しが注いでいた。
「どうにか朝結界と日の出の朝力を封じ込める手段を考えねぇと、反乱なんて夢のまた夢だ」
明るい空から視線を逸らした晃由が、少し疲れた様子で肩を落とす。
「俺たちが昼力をもっと制御出来るようになれば、もしかしたら……」
「聞いた? 旭様の獏、眞岡さんのところの盟治君が選ばれたんですって」
考えを巡らせていた晃由が、獏舎の裏から聞こえてくる声を耳に入れる。
「まぁ当然と言えば当然だろう。盟治の“明”の力は子供たちの昼獣の中でも抜きん出てるしな」
晃由が足音を潜めて近付き木陰から獏舎の裏を覗くと、そこには数人の大人の姿があった。皆、晃由や盟治と同じ獏化試験を受けた子供たちの親で、日の出一族の従者の者たちであった。
「これで才治さんの態度が、また一段とでかくなるな」
「仲河さんが追放されてからはやりたい放題って感じですもんね」
「仲河さんといえば、息子さんの“輝”はひどい出来らしいなぁ」
聞こえてくるその言葉に、晃由が木陰で表情を曇らせる。
「ああ。何か昼力が中途半端なせいで夢喰一匹倒しきれねぇんだろ?」
「命懸けで反対したっていうのに結果失敗作だなんて、お父さんも報われないわねぇ」
「どうせ失敗するなら、晃由君には獏化試験受けさせなくて良かったのにね」
「確かに」
聞こえてくる憐れむような同情するような、だがどこか見下すようなその声に、どんどんと顔を俯けていく晃由。それ以上、大人たちの言葉を耳に入れる気にはなれず、晃由は足早にその場を立ち去った。
何も考えられないまま、ただ必死に足を動かし、晃由が獏舎の外れまでやって来る。明るく晴れ渡った空を見上げ、晃由は苦しげに表情をしかめた。
「こんなに明るいのに、こんなに暗れぇっ……」
痛そうに胸元の服を握り締めると、晃由は頭を抱えるようにしてしゃがみ込む。
「ふわぁ~あ、よく寝た」
「あ?」
すぐ近くから聞こえてくるどこか間の抜けたその声に、深く俯いていた晃由が顔を上げる。
晃由が顔を上げた先、晃由と数メートル程しか離れていない地面の上で、大きく伸びをしながらゆっくりと上半身を起こしたのは、晃由と同じ年頃の少年であった。よく寝たと言ったわりに、まだ眠たげな表情で目の下の隈が酷い。
見覚えのないその少年に、晃由が少し警戒するように眉をひそめる。
「だ、誰だ? お前」
「俺? 俺は、日下部朝海だ」
「日下部?」
少年が名乗ったその名に、晃由が一気に表情を曇らせる。
「日の出一族のお坊ちゃんが、んなとこで一体何してんだよ。この先は獏舎しかねぇぞ」
「クソ爺……あ、いや大伯父上に自分の獏を決めてくるよう言われた」
「ああ、成程な」
朝海の言葉を聞いた晃由が、納得した様子で頷く。日の出の神子である旭がつい先日、盟治を自身の獏に選んだ。そして旭以外にもう一人、日の出の神子が居ることは晃由も聞いて知っていた。そのもう一人が目の前にいる朝海で、朝海もまた晃由を含めて何人か居る昼獣の中から自身の獏を選ぶのだろう。
「にしても、こんな時間に獏選びか? もう皆、家で寝てるぞ」
「本当は朝言われて来たんだが、途中あまりにも眠くてここで眠ってしまって、で、今起きた」
「どんだけ眠いんだよ!」
惚けた発言をする朝海に、晃由が思わず突っ込みを入れる。
「変な奴。とにかく今日はもう帰って、明日出直した方がいいんじゃね? あんま帰り遅くなると、そっちもヤバいだろ?」
「そうだな。クソ爺にネチネチ言われるのは嫌だし、今日は帰るよ」
まだ眠たげな鈍い動きで、朝海がゆっくりと立ち上がる。
「じゃあ俺、帰るから」
「ああ、気を付けてな。あっ」
背を向けた朝海へと軽く手を振り上げた晃由が、ふと何か思い当たったかのように声を漏らす。
「おい!」
晃由の呼びかけに、ゆっくりと振り返る朝海。
「一個、獏選びのアドバイスくれてやるよ」
「アドバイス?」
晃由の言葉に朝海が少し首を傾げる。
「“輝”って獏だけは選ぶのやめとけ」
「輝?」
「ああ。その獏は力が中途半端で夢喰一匹倒せねぇ、まったく使えない獏だ。まともな神子でいたいなら絶対選ぶなよ、じゃあなっ」
「あっ……」
朝海が何か言葉を返そうとする前に、晃由は朝海に背を向けてその場を去っていった。
そして、翌日。
「晃由、俺だ。開けてくれ」
「だぁかぁらぁ、もう開けてんじゃねぇかよ」
いつものように晃由が開ける前に扉を開けて部屋の中へと入って来る盟治に、晃由がまた呆れた表情で肩を落とす。
「借金取りと間違えられたら困ると思ってな」
「誰も借金してねぇよ。で、何だ?」
「ああ、そうだ。今すぐ日の出第三十七邸に出向け、晃由」
「三十七邸?」
盟治から言葉を受けた晃由が戸惑った様子で首を傾げる。その番号は聞き慣れない数字だった。一邸や二邸からは随分と遠いその数字からして、日の出の一族の中でもあまり身分の高くない者の屋敷なのだろう。
「何で俺がんな所に行かなきゃならないんだよ?」
「旭様のハトコの朝海様が、お前を自身の獏に選んだ」
「は……? はぁぁ~!?」
盟治が告げた事実に、晃由は驚きのあまり大きく表情をしかめた。
戦場にでも向かうかのような勢いで獏舎を飛び出した晃由は、すぐに朝海の屋敷、日の出第三十七邸へと向かった。
日の出総家敷地内の西端にある三十七邸は、日の出一族の正統血筋である朝海が住むにはあまりにも狭く古めかしい、従者も二人程しか見当たらないお粗末な屋敷であった。
だが晃由はそんなことなど気に掛ける余裕もなく、真っ先に朝海の居る奥の和室へと飛び込んだ。
「日下部朝海!」
「ぐぅー、ぐぅー」
真っ昼間だというのに和室に敷いた布団の中で、朝海は深々と眠りについていた。
「日下部朝海、日下部朝海!」
「ん? んん~っ」
何度も強く体を揺さぶっても朝海は起きず、ついには顔面や頭を叩いて晃由が全力で朝海を起こしにかかる。ようやく痛みが伝わったのか、朝海は相変わらず隈の刻まれた瞳をゆっくりと開いた。
「君、は、昨日、の……」
「なんでだ!?」
まだ寝惚け眼の朝海の胸倉を掴み、無理やり上半身を起こすようにして、晃由が険しい表情を向ける。
「なんで俺を獏に選んだ!?」
「え……?」
晃由から向けられる問いかけに、朝海が不思議そうに首を傾げる。
「じゃあ君が、“輝”?」
「そうだよ! 昨日言っただろ? 俺は中途半端な獏なんだ、夢喰一匹ろくに倒せねぇ! なのになんで……!」
「倒せなくていい、から」
晃由の声を遮るように聞こえてきたのは、朝海の思いがけない言葉だった。
「倒せなくて、いい?」
一気に困惑の表情となった晃由が、朝海へと聞き返す。
「そう。俺は夢喰に喰われた人々の夢を、夢喰ごと消し去る今の日の出のやり方を変えたいと思ってる」
「日の出を、変える?」
「そう」
もう一度聞き返した晃由に、もう一度頷き返した朝海は穏やかな笑みを見せた。
「馬鹿なこと言うなよ。一回夢喰に喰われた夢は、また夢喰化する可能性が高いんだ。だから日の出はその危険性を失くすために、夢喰ごと夢を消して」
「でも一度夢喰に喰われたって、その人の夢はまだ生きてる」
晃由の言葉を遮った朝海の声が強く響く。
「俺たちが簡単に消したりなんかしちゃいけないんだ」
つい先程まで眠そうだった朝海の瞳は、まっすぐ真剣に輝いていた。
「俺は皆の夢を消し去る神子じゃなくて、皆の夢を守れる神子になりたいんだよ」
自身の想いをはっきりと口にする朝海を見つめ、晃由がそっと眉をひそめる。
「それで、俺を?」
「君が言ったから。輝っていう獏は、夢喰一匹倒せないって」
晃由がうかがうように問いかけると、朝海はまた笑みを浮かべた。
「夢喰を倒せないってことは、誰の夢も傷つけないってことだ。その力は、俺が欲しているものだ」
「んなのっ!」
思わず声を張った晃由が、突き放すように朝海の胸倉を掴んでいた手を離す。
「んなの、ただの戯れ言だ! お前一人がどう夢を守ったって、日の出がそう簡単に変わるわけねぇし、皆の夢を守るなんて、んなこと……!」
「戯れ言からでも始めなきゃ、何も変わらない」
はっきりとした口調で放たれる朝海の言葉に、晃由が大きく目を見開く。
「俺はこのままじゃ嫌なんだ。だから俺に、一歩進むための力を貸してくれないか?」
向けられる真剣な眼差しから視線を逸らした晃由が、困惑の表情で俯く。
「俺は、中途半端な獏だ。こんな獏を従獏にしたら、笑われるのはお前だぞ?」
「そんなのは大丈夫だ」
あっさりと言い放つ朝海に、晃由が戸惑いの表情で顔を上げる。
「俺も、中途半端な神子だから」
そう言って笑う朝海に、晃由はそれ以上何も言い返すことなく目を細めた。
「中途半端同士、俺たちは結構いいコンビになれると思う。だから、えぇっと君の名前は」
「晃由」
そっと自分の名を落とし、晃由も少し困ったような笑みを浮かべる。
「仲河晃由だ」
笑顔を零した晃由に、朝海も笑顔で右手を差し出した。
そして晃由は、朝海の従獏となることを了承した。
朝海に付き従い、夢喰に喰われた人々の夢を消すのではなく、再び元の夢の形に戻す戦いを続けては、朝海と共に朝海の大伯父である朝之に嫌味を言われる日々を過ごしたが、それは、今までの空虚な日々とは比べものにならない程に充実した日々となっていた。
「そういえば、反乱計画は完成したのか? 晃由」
朝之の説教が終わり、ようやく獏舎へと戻って来た晃由を出迎えた盟治が、ふと思い出したように晃由に問いかける。
「ん? ああ、あれなら完成途中で作んの止めた」
「止めた?」
「ああ」
怪訝そうに問いかける盟治に、晃由が以前とは違う軽い笑みで答える。
「何故だ?」
「ん~? 朝結界どうにかする方法は浮かんだんだけど、何か急に飽きて来ちゃってさぁ。それに」
間もなく夕刻だというのに変わらず明るい空を見上げ、晃由が穏やかに微笑む。
「それに今は、明るく見えなくもねぇしな」
晴れ渡った空を見上げる晃由の表情は、どこか満足げだった。
「どういう意味だ?」
「ん? 俺にもお前にも朝が来たってことだよ。さ、とっとと飯でも食って寝ようぜ。お前も明日、旭様に随行すんだろ?」
通り過ぎていく晃由の背を見つめ、盟治が晃由とは対照的に不満げな表情を見せた。
それから一年。
「はぁ~、今日も朝之様の小言長かったなぁ」
「俺は半分寝てたから、そうでもなかった」
「お前が途中まで寝てたから、余計長くなったんだろぉ?」
朝海と晃由は相変わらず、日の出の意向に逆らっては説教を食らうばかりの日々を過ごしていた。最近では説教どころでは済まされず、謹慎や食事抜きなどの罰則を食らうことも度々となっていた。
「このまま行くと、そのうちマジに総家追い出されっかもな」
「俺は別に、それでもいい……」
少し苦しげに言葉を落とした朝海の方を振り向き、晃由が何か考えるように眉をひそめる。その重い雰囲気を振り払うように首を横に振ると、晃由は思い切り大きな笑顔を浮かべた。
「そうだな。そん時は、ピッチピチにカワイイ女の子がいっぱい居る学校にでも通おうぜっ!」
「俺はシャンデリアちゃんに会いたい……」
「ああ、あの売れない子役? お前も物好きだねぇー」
あれこれと言葉を交わしながら、朝之に説教を食らった第二邸から朝海の住む第三十七邸へと移動していく朝海と晃由。歩を進めながらふと顔を上げた晃由が、今日も明るく晴れ渡った空を見上げる。
「明るいねぇ」
眩しいばかりの空を見上げ、満足げに笑みを漏らす晃由。
「昔はこの明るい空が、とてつもなく暗く見えていた」
「え?」
朝海から発せられる言葉に一瞬自分が言ったのかと思えるほどの重なりを感じ、晃由が少し驚いた表情で朝海の方を振り返る。
「今もまったく暗くないわけじゃないけど、でも随分明るく見えるようになったと思う」
晃由が振り返ると、空を見上げた朝海が穏やかな笑みを見せていた。
「たぶん、君のお陰だ」
その穏やかな笑顔が、晃由の方へと降りてくる。
「ありがとう」
「……っ」
同じ言葉を返したくて、同じようにありがとうと言いたくて、だが言葉にならない感情がいっぱいに胸に詰まって、晃由は同じ言葉を返すことが出来なかった。
降り注ぐ日の光りが、泣き出したくなるほど温かかった――――




