Dream.16 誇れるもの 〈1〉
日の出総家敷地内、東方。灯子対盟莎。
「“魂日破”!」
盟莎を頭に乗せた明が大きな口を開き、その奥から朝力と夜力を結集させた塊を放つ。金と銀の光りが交互に混ざり合い、まるで風車のように回転しながら灯子へと迫って来る。
「同時に行くぞ、燈!」
燈の背の上で刀を身構える灯子。燈も灯子の呼びかけに応えるように大きく両翼を広げる。
「“走馬刀”!」
灯子が放った朝力の一閃を燈が両翼で押し出し、さらに朝力の勢いを増させて一気に明の放った口砲へと向ける。
二つの光りは激しい衝突を見せたが、均衡を見せたのは一瞬、強い夜力に朝力を弱められた灯子の光りが盟莎の放った光りに一気に押し戻されていく。
「チっ、避けるぞ! 燈!」
大きく羽根を広げた燈が、灯子と共に上空へ逃れていく。灯子の避けた盟莎の光りはそのまま直進し、日の出の屋敷をまた二、三軒ほど押し潰した。
「力は大したことないけど、翼を持つあの獏は厄介ね」
金色の羽根を暗い空の中で輝かせている天馬、燈を見上げ、盟莎が少し眉をひそめる。
「でもっ」
言葉を付け加えた盟莎が、すぐに楽しげに笑みを零す。
「あの“魂日破”って技、名前はフザケてるが力は規格外だな」
灯子の言葉に同意するように燈が小さく頷きを漏らす。
「強い朝力と夜力の結集。あれを何とかしないと、あの女には」
「ねぇ、いつまでそうしてる気?」
下方から問いかける盟莎に、灯子が視線を下へと流す。
「いくら逃げるのが得意だからって、逃げてばっかりじゃ私には勝てないよ?」
「誰が逃げるのが得意だっ」
挑発するような盟莎の言葉に、あっさりと乗って表情をしかめる灯子。
「今、お前を倒す作戦を立てている最中だ。暇なら首でも洗って待ってろ」
「あ、そう。それは楽しみだなぁ~」
のんびりと言葉を返しながら、盟莎がまるで灯子の言葉に従うように首元に振りかかった長い髪を払う。
「でも早くした方がいいよ。そうじゃないと、倒す作戦すら立てられなくなっちゃう」
「何?」
盟莎の言葉に灯子が戸惑いの表情を見せたその時、燈が何かに気付いたように勢いよく顔を上げた。
燈のその動きに促されるように灯子もまた上空を見上げると、暗い空に浮かんだふわふわと綿のように広がった昼力の光りがそのまま下降してきて、まるで蜘蛛の糸のように灯子と燈を絡め捕った。
「“飛遊星”」
「う、うあ!」
纏わりつく糸のような昼力に上手く翼の動きを維持することが出来なくなり、灯子を乗せたまま勢いよく地面に墜落する燈。その落下速度により、灯子が燈の背の上から振り落とされる。
「クッソ! あっ……!」
起き上がったばかりの灯子の目の前の地面を突き破り、頭を出した明が鋭い牙を向ける。避ける時間などあるはずもなく、灯子は大きく表情をしかめた。
「はい、終わりっ」
どこか無邪気に微笑んで、盟莎が灯子へと明の牙を向ける。
だがその牙は、灯子には届かなかった。
「あれ?」
「燈……!」
灯子の前に庇うように飛び出した燈が、代わりに明の牙を食らっていた。首元に明の牙を突き刺しながらも明の体を両前足で押さえ、何とか堪えている燈に灯子が思わず身を乗り出す。
「とっ……、ううぅ!」
燈の元へと駆け寄ろうとした灯子であったが、鎖骨付近に唐突に傷が開き、真っ赤な血が一気に溢れ出ると苦しげにその場に膝をついた。燈が負った傷が灯子に連動したのだ。
「庇ったってどの道、保有者にも傷はいくのに馬鹿な獣っ」
しゃがみ込んだ灯子を見つめ、盟莎が冷たい笑みを浮かべる。
「こんなのが本物の日の出の獏だなんて笑っちゃうわよね、明」
盟莎がそっと頭を撫でると、明は燈の首元にめり込んでいた牙を外し、少し距離を取るように後方に下がった。
「でも、それももう終わり。私があんたを倒して、お兄ちゃんを本物の獏にするの!」
傷だらけでろくに動けない灯子と燈へ、明が大きく口を開く。
「“魂日破”!」
「クっ……!」
向かって来る朝力と夜力の結集体に避ける力すらなく、灯子は強く唇を噛み締めた。
「うあああああ!」
盟莎の昼力を真正面から食らった灯子が、燈と共に遥か後方へと吹き飛ばされる。先程の一撃ですでに崩壊した屋敷の残骸の中に放り出されると、灯子は苦しげにその表情をしかめた。燈と共に全身には無数の傷が刻まれている。しかもその傷口から夜力が入り込み、灯子の朝力は徐々に弱くなっていっていた。
「う、ううぅっ」
何とか上半身を起こそうとする灯子であったが、意志に反して体はまったく付いて来なかった。苦しむ灯子のすぐ横で、燈が力なく金光の欠片となって消えていく。
「燈っ……」
姿形を失くしてしまった相棒に、思わず眉をひそめる灯子。灯子の朝力が弱まったため、燈を維持出来なくなってしまったのだろう。
「これで本当に終わりね」
まだ起き上がれてもいない灯子の元へ、ゆっくりと明を移動させて歩み寄って来る盟莎。
「良かった。本物の日の出の獏より、私たち昼獣の方が強いって証明出来て」
嬉しそうに笑みを見せる盟莎とは対照的に、灯子は不快そうに表情をしかめる。
「そんなに本物になりたいのか?」
「偽物って言われ続けたこともないあんたには、わからないでしょうけどね」
いかにも理解出来ないといった様子で問いかける灯子に、盟莎が冷たく視線を突き刺す。
「私はお兄ちゃんを本物の日の出の獏にする。その為に生きて来た。だからっ」
表情を厳しく変えた盟莎が、明の頭上で右手を振り上げた。再び大きく口を開いた明が、鋭い牙を灯子へと向ける。先程庇ってくれた燈もすでにおらず、灯子はただ明の牙を待つしかなかった。
「私はあんたを倒して、私の願いを叶えるの!」
迫り来る牙を見上げながら、力いっぱい右手の刀を握り締めた灯子は一瞬でその瞳を鋭いものへと変えた。
「ううぅ!」
「なっ!?」
刀を支えに何とか起き上がった灯子が、向かって来る牙に自ら飛び込んでいく。傷を負いながらも必死に左手を伸ばし、明の牙にしがみつく灯子。
灯子の予想外なその行動に、盟莎が動揺を見せる。
「な、何を!」
戸惑った盟莎が明の頭を上げさせ牙から灯子を振り払おうとするが、どこにそんな力が残っていたのか、灯子はまったく牙を手放さず、明の頭ごと上方に引き上げられた。その明の引き上げる力を利用して体を飛ばし、灯子が盟莎の上空まで上がる。
「あっ……!」
盟莎が驚きの表情を見せる中、上空に舞った灯子は右手の刀を容赦なく盟莎に向かって振り下ろした。
「きゃああああ!」
左目の上部を勢いよく切り裂かれた盟莎が、悲痛な叫びをあげる。盟莎と連動して目の上に傷を負った明もまた、痛みに耐えかねその場で大きく背を反らした。
明が背を反らした影響で、頭上から盟莎が放り出される。
「う、うぅ、ううぅぅ~!」
顔を切られた盟莎が地面に座り込んだまま両手で顔を覆い、激しく取り乱した様子を見せる。
「ハァ、ハァ、ハァ」
一方地面に着地した灯子はボロボロの体をふらつかせながらも、冷静な表情で盟莎を見ていた。
「許さない。絶対に許さない、あんただけは!」
流れた血が左目付近を覆うその顔を上げて、盟莎が怒りの表情を灯子へと向ける。盟莎のその叫びに応えるように、背を反らして顔を押さえていた明もまた体を起こし、睨みつけるような鋭い視線と激しい雄叫びを灯子へと向けた。
その雄叫びを耳に入れながら、灯子がスカートの裾を持ち上げて、再び日の出の紋に触れる。
「“燈”!」
灯子が触れた紋から金光が放たれると、もう一度その場に燈が姿を見せた。だが再び現れた燈は傷が癒えているわけでもなく、灯子と同じようにすでに傷だらけで立っているのもやっとの状態に見える。
「あの状態で、再び獏を出現させるなんてっ」
現れた燈と灯子を見つめ、盟莎が眉をひそめる。
「馬鹿なんじゃないの!? そんな無茶したら朝力が失われて、あんた本当に日の出の獏じゃなくなっちゃうわよっ!?」
「別に私は、日の出の獏で在りたいわけじゃない」
激しい剣幕で問いかける盟莎に、灯子は落ち着き払った声で答える。
「ただ、今この瞬間、お前より強く在りたいだけだ」
何の迷いもなくはっきりと言い放つ灯子に、盟莎が思わず表情をしかめる。
「本当に、馬鹿な獣っ」
言い捨てるようにそう言葉を落とした盟莎が、顔の傷を左手で押さえながら飛び上がり、再び明の頭の上へと乗り込む。
「今度こそ本当に、消し去ってあげる!」
大きく口を開いた明が、口の奥で朝力の金光と夜力の銀光を集約させていく。
「朝力と夜力は十五度単位で交互に十二部分ずつ、回転速度は四分の一秒ごとに一周」
小さく呟きを漏らしながら、灯子もまた燈のすぐ横へと移動していく。背の上に乗らないのは、燈の傷を考慮した上で負担をかけないためだろう。
「回転は私が止める。後はいいな、燈」
灯子が鋭く声を掛けると、燈はしっかりと頷いた。
「“魂日破”!」
大きく声を張り上げ、盟莎が明の口から昼力の塊を放つ。
風車のようにぐるぐると回転しながら迫り来る金と銀の光りの結集体を、灯子が大きく目を見開いてまっすぐに見つめる。
「そこだ!」
狙いを定めた灯子が思い切り手を振り上げ、持っていた刀を盟莎の昼力に向かって投げ放つ。灯子の刀が結集体の丁度中央部に突き刺さると、結集体はすぐに回転を止めた。
「回転を止めたからって何? 昼力自体を止めなきゃ何にもならないわよ!」
「一個も外すなよ、燈っ」
盟莎の叫びなど耳にも入れずに、灯子が合図を送るように燈を見上げる。傷ついた両翼を力いっぱい広げた燈が鋭い瞳を見せると、灯子は大きく口を開いた。
「“走馬砲”!」
灯子が勢いよく声を発すると、燈の両翼から光線のような朝力が目にも留まらぬ速さで、盟莎の昼力へと飛び出していく。飛び出した光線は全部で十二本。最初は集約していた光が空中できれいに散開し、狙いすましたように結集体の夜力部分を貫いていく。
「夜力だけを狙い撃つなんて……!」
あまりにも緻密なその攻撃に盟莎が驚きの表情を見せているその間に、灯子たちの貫いた夜力部分が完全に消え去り、きれいな形を作っていられなくなった朝力がふらふらとその速度を落として灯子の元へと向かっていく。
「食え、燈」
「あっ……!」
ゆっくりとやって来た朝力を、大きく口を開いて喰らう燈。喰らった途端に燈の体から強い朝力の光りが漏れ出し、体中の燈の傷を塞いだ。
「私の朝力を、食べた? そんな、そんなことがっ」
すっかり全快した様子で翼を広げる燈を見つめながら、盟莎が信じられないといった表情を見せる。
「あれが、本物の日の出の獏の力だっていうのっ……? あっ!」
険しい表情で呟いた盟莎の頭上から、燈と共にすっかり傷の癒えた灯子が新たな刀を持って襲いかかる。
「ううぅ……!」
覚悟を決めるように瞳を閉じる盟莎。だが、いつまで経っても灯子の刀はやって来なかった。
やって来ない痛みに戸惑い、盟莎が恐る恐る目を開く。すると灯子の刀は、盟莎に届く寸前のところでピタリと止まっていた。
止まった刀の向こうから、灯子が鋭い視線を向けている。
「何……?」
まったく刀を動かそうとしない灯子に、盟莎が戸惑いの表情を見せる。
「どうして止めるの!? 情けでもかけてるつもり!?」
「生憎、今日会ったばっかの奴にかけるほどの情けは持ち合わせていない」
「だったら、どうして……!?」
「晃由に頼まれた」
「えっ?」
灯子の思いがけない言葉に、盟莎が目を見開く。
――――あ、灯子ちゃん――――
盟莎との戦いに向かおうとした灯子を呼び止め、何がしかを呟いた晃由。
「“お前は悪い奴じゃないから、手加減してやってくれ”とな」
「何よ、それっ……」
晃由の言葉を伝えられた盟莎が、肩を落とし力なくその場にしゃがみ込む。
「じゃあ晃は初めっから、私があんたに負けるってわかってたってこと?」
盟莎が戦意を失ったからか、二人が乗っていた明がどんどんと地面の上に潰れるようにして消えていく。明が完全に消え去ると、灯子と盟莎の足は地面に着いた。
「晃は初めっから、私たちを裏切るつもりだったってこと?」
「それは違う」
すぐさま否定する灯子に、盟莎が座り込んだままゆっくりと顔を上げる。
「あいつが初めから、朝海を裏切ってなかったってだけの話だ」
灯子のその言葉に、盟莎が少し眉をひそめる。
「そんなの、ズルいっ……」
再び俯いた盟莎が、まるで子供のように小さく声を落とす。
「あいつのせいでお兄ちゃんは本物の獏になれないのに、あいつは晃の本物の神子になれるなんて、そんなのズルいわっ……」
盟莎の弱々しい呟きを聞いた灯子が、わずかに表情を曇らせる。
「私はお前たちの事情も、日の出の獏や神子のこともよく知らないが、何で晃由が朝海を神子だって思えるかは何となくわかる」
涙の滲んだ盟莎の瞳を、灯子が真剣な表情で見つめる。
「あいつは赤の他人の夢を守るために、いつだって必死に戦う」
――――捨てるな、自分の夢だけはっ……!――――
「自分の命だって平気で投げ出して、馬鹿みたいに必死に戦う」
今まで共に戦ってきた朝海の姿を思い出しながら、灯子が言葉を続ける。
「そんなあいつを誇ることは、私にすら容易い」
灯子の言葉を聞いた盟莎は、噛み締めるように唇を閉じ、ゆっくりと俯いた。




