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Dream.15 造られた獏 〈1〉

 わずかに復活した朝力を用いて、屋敷周辺の夢屑を退治しようとした朝海の喉元にナイフを突き付けたのは、旭であった。

「朝力を収めて下さい、朝海」

 鋭い表情を見せた旭が、まるで忠告するように強く言い放つ。

「言う通りにしていただければ、貴方に攻撃はいたしません。ですから」

「ぐぅー、ぐぅー」

「へ?」

 聞こえてくる健やかな鼾に旭が眉をひそめ、ナイフはそのまま、まさかと思いつつ朝海の顔を覗き込む。すると朝海は深く瞳を閉じ、すっかり眠りについていた。

「どうして、この状況で寝られるのですか!? 貴方は!」

「んっ……」

 旭が怒ったように声を張り上げ、額の日の出の印を光り輝かせると、その光りに触れた朝海が重たそうに瞼を押し上げる。

「もう夜か」

「昼です」

 まだ寝惚け眼で言葉を落とす朝海に、旭が鋭く言い放つ。

「まったく貴方という方はっ」

「仕方ないだろう? 昨夜から、ロクに眠っていないんだ。俺にも限界がある」

 くっきりと隈のついた目元を指先でなぞりながら、朝海がどこか暢気に言葉を落とす。首元にナイフを突き付けられているというのに、まったく焦っていない様子である。

「私のことを舐めていませんか? 私は本気ですよ、朝海」

「わかっている」

 改めて厳しい表情を見せる旭に、朝海が落ち着き払った声で答える。

「君が彼等の、いや、眞岡盟治の協力者であることには気付いていた」

 朝海のその言葉に、旭が怪訝そうに眉をひそめる。

「何故?」

「君は眞岡盟治に誘導され、俺を総家に呼び戻してしまったと言った。けど、君は聡明な人だ。いくら自分の獏に誘導されたからといって、こんな不審な呼び戻しを認めるとは思えない」

 短く聞き返した旭に、朝海がすらすらと言葉を並べる。

「それに、俺たちの前に眞岡才治と眞岡盟治が現れた時、君は眞岡盟治にまず初めにこう言った。“盟治、何故このようなことを”と」

「従獏に裏切られたのです。そう問うのは、当然のことと思いますが」

「あの時はまだ、眞岡盟治が君を裏切ったとは判断出来なかったはずだ」

 鋭く言葉を向ける旭に、朝海も負けることなくはっきりとした口調で言い放つ。

「反乱の首謀者は彼の父親です。その父親の隣に立っていれば、誰でも普通裏切られたと思っ」

「例え隣に居るのが父親でも、俺ならきっとこう言う」

 旭の言葉を遮って、朝海が真剣な表情を見せる。

「“その男を討て”と」

 一切の迷いなく主張する朝海に、旭はそれ以上の反論は見せずに険しい表情で口を噤んだ。

「信用しているのですね、自身の獏を」

「それは君もだろう? だから俺は、君が眞岡盟治の協力者だとわかったんだ」

 朝海の言葉を受けた旭が、どこか複雑そうに表情を曇らせる。

「……どんなに信じたところで、彼が本当に私の獏になるわけではありませんけれど」

 意味深な旭の言葉に、朝海が眉をひそめる。

「彼等の目的は日の出への復讐と日の出支配からの解放、といったところか」

 自分で言葉を吐きながら、朝海が少し困ったように肩を落とす。

「彼等に協力したのは、罪悪感から?」

「罪を感じる資格すらないと思っています」

 旭が朝海の首元からナイフを下げ、朝海と少し距離を取るように数歩後ろに下がる。

「私が、何の関係もなかった彼等の人生を狂わせたのですから」

 朝海から距離を取った旭が朝海と並ぶように立って、窓の外を見つめる。その瞳は遥か遠くを見つめるような、どこか悲しげな瞳であった。

「君のせいじゃない。悪いのは、君の獏になれなかった俺で」

「貴方を責めることは、私自身を否定することになります」

「え?」

 旭の言葉の意味が分からずに、顔を上げた朝海が少し戸惑うように首を傾げる。

「だから彼等の痛みはすべて、私一人が負う」

 そう言った旭は決心を固めたような、強い表情を見せていた。並々ならぬ覚悟を感じさせる旭に、朝海がさらに困惑の表情を見せる。

「それって、どういう」

「“東雲しののめ”」

 朝海の問いかけを遮るように旭が額の日の出の印を輝かせると、次の瞬間、朝海がようやくわずかに纏うことの出来た朝力がすべて、旭の体内へと吸収されていった。

「あっ」

 朝力を失い、額の印の光りも失って、朝海が焦りの声を発する。

「旭」

「貴方は元々、私の獏。貴方から朝力を奪い取ることなど、私には造作もないことです」

 鋭く視線を送った朝海に、旭は冷静に言葉を返す。

「貴方にはもうしばらく、この場で大人しくしていてもらいます。“あけぼの”」

 旭が再び額の印を輝かせると、朝海がその場で朝力の結界に閉じ込められる。厚い壁に囲まれ、わずかの朝力もない朝海は完全に身動きの取れない状態となってしまった。そんな中でも取り乱すことなく、朝海が睨みつけるように旭を見る。

「こんなことをして何になる? 日の出にどう復讐したところで、彼等の背負ったものが、彼等の獏が消えるわけじゃないんだぞ?」

 朝海から向けられる問いかけに、少し眉をひそめる旭。

「それでも、やります」

 旭が決意を持って、はっきりと告げる。

「それが、報いというものです」

 その言葉を放つと旭は朝海に背を向け、その場を歩き去っていった。結界の中に一人残された朝海が旭の言葉を思い返しながら、困ったように頭を掻く。

「報いる方法なんて、他にいくらでもあるのに……」

 呟きを落とした朝海は、どこか遣り切れない表情を見せていた。




 日の出総家敷地内北方、獏舎。

 才治の待機する第二邸を離れた盟治は晃由と共に獏舎へと戻って来た。獏舎の入口付近に立ったところで、盟治が誰かへと電話を掛ける。

「俺だ。状況はどうなっている?」

「ここまで来たんなら、直接聞いてよね! お兄ちゃんっ」

 盟治の耳から携帯電話を奪うようにして、その場に姿を現したのは盟治の妹の盟莎めいさであった。

「オレオレ詐欺と間違われては困ると思ってな」

「間違えても盟莎、お兄ちゃんの為にお金なんて払わないもんっ」

「薄情な奴だな……」

 はっきりと言い放つ盟莎に、盟治が少し寂しそうに肩を落とす。

「で、状況は? 侵入者の詳細はわかったのか?」

「報告では侵入者は全部で三名。南側の結界の一部を壊して、中に侵入したみたい。今夢屑たちに応戦させてるけど、正門前まで突破されてる。たぶん結構強い侵入者だよ」

 盟治からの問いかけに、盟莎がすぐに真剣な表情となって的確に報告する。

「誰か分かるか? 晃由」

「まぁたぶんだけど、朝海の日の出の獏“トウ”と、後は月の出の神子、水無月修夜にその月の出の獏“ショウ”ってとこじゃねぇかな」

「月の出?」

 晃由の言葉に眉をひそめる盟治。

「何故、月の出が日下部朝海の救援に? つい、この前まで揉めていたはずだろう」

「そこまでは知らねぇよ。けど、総家の朝結界が破られたってんなら、月の出の神子が一緒と見て間違いねぇと思う。他にあんなもん破れるような奴、あの二人の身近にはいねぇはずだし」

「月の出か。厄介だな」

 顎に指先を当てた盟治が、考え込むような表情を見せる。

「けど月の出の獏は覚醒前だ。実際厄介なのは月の出の神子と日の出の獏、この二人と見ていいぜ」

「二人ならば、数で攻めれば十分に勝機はあるか。よし、盟莎。獏飼い部隊を率いて侵入者を迎え討て」

「うん、わかった」

 兄の言葉に盟莎が大きく頷く。

「お前は盟莎に付いていってやってくれ、晃由」

「へ?」

 盟治からの指示に、晃由が少し驚いたように眉をひそめる。

「けどよ」

「後の作戦は、俺一人でも実行可能だ。それに侵入者の力に関しては、お前が一番詳しいだろう。盟莎や皆のことを頼む」

「……わかった」

 託すように言う盟治に断ることも出来ず、晃由は渋々とその指示に頷いた。

「では俺は第二邸に戻る。頼んだぞ、晃由。盟莎、携帯を返せ」

「どうせ至近距離でしか電話しないんだから、お兄ちゃんに携帯いらないと思うんだけど」

「馬鹿を言え、俺の必需品だぞ。何かあったらすぐに電話連絡をして来い。ちなみに俺はオレオレ詐欺じゃないからな」

 盟莎から取られたままだった携帯電話を受け取ると、盟治は得意げにそう言い放って再び敷地内の中央部に戻るべく、獏舎の入口を後にした。晃由と盟莎がその背が見えなくなるところまで盟治を見送る。

「んじゃ俺たちも出撃に向けて準備すっか」

「いよいよ戦いになるんだね」

 いつも明るい盟莎がどこか憂鬱そうに言葉を落とすその様子を見て、晃由が少し表情を曇らせる。

「何だよ、怖いか?」

 晃由の問いかけに盟莎がすぐに首を横に振る。

「じゃあ迷ってる、か?」

 今度の問いかけには、盟莎はすぐに答えを出さなかった。

「正直、これからやろうとしていることが正しいのかどうか私、今でもよくわからない」

 俯いた盟莎が自分でも困惑した様子で言葉を落とす。

「私はメイが好きだし、明を自分の獏に持てたことを別に悲観してない。むしろ良かったって思ってる。でも」

 顔を上げた盟莎が真剣な表情を晃由へと向ける。

「日の出は嫌い。だってお兄ちゃんや晃に、いっつも悲しい顔させてるから」

 兄や自分を想ってまっすぐに主張する盟莎のその姿を見つめ、晃由はどこか眩しそうに目を細めた。

「ありがとうな、盟莎」

 そっと笑みを零した晃由が盟莎の頭の上に軽く手を置く。

「けど、俺がマジに悲しい顔してるとしても、それは日の出のせいじゃねぇよ。盟治はどうか知らないけどな」

「え?」

 首を傾げた盟莎が目を丸くして晃由を見上げる。

「じゃあ晃は一体、何が悲しいの?」

「ん~、何だろうなぁ」

 盟莎の問いかけに晃由が困ったように首を捻る。

「でも俺、昔ほど悲しい顔ってやつ、してねぇと思うぜ? 今は何てったって元気笑顔がチャームポイントの晃由クンだからよ」

 もう一度数度、盟莎の頭を軽く叩くと、晃由は獏舎の中央邸の方へと歩を進めて行った。遠ざかっていく晃由の背を見つめながら、盟莎が少し眉をひそめる。

「……じゃあ今は、お兄ちゃんだけが悲しい顔をしているの? 晃」

 どこか責めるように落とされた盟莎のその呟きが、晃由に届くことはなかった。




 一方、総家を取り囲む結界を破り敷地内へと侵入した硝子、灯子、水無月の三人は、出迎えるように現れた無数の夢屑の相手をし続けていた。一匹一匹の力は大したことがないが数が多いため、まだ総家の敷地に入るための門を抜けたところまでしか進めていなかった。

「“月光”」

 夜力の一閃を放って、水無月が十匹ほどの夢屑を一気に掻き消す。掻き消したその場所に次々と現れる新たな夢屑を見ると、水無月は疲れたように肩を落とした。

「これじゃあ切りがない。疲れるだけだし、帰ってもいいかな?」

「ええ!?」

 やる気のない水無月の発言に、後方で待機していた硝子が慌てて前へと出て来る。

「そ、そんなの困るよ、水無月君!」

「だってもう結界は破って中に入ったし、僕の役目は終わったと思うんだ」

「まだ日下部君を助けられてないよ!?」

「別にあいつの力になりたくて来たわけじゃないし」

 何とか説得しようとする硝子に、まるで拗ねた子供のように言葉を返していく水無月。

「けど日の出に恩を売って汚名返上しないと、水無月君の立場が良くならないしっ」

「それはもう別に……」

「鬱陶しいなぁっ!」

 硝子と水無月の間に割って入って来たのは、聞くからに苛立っている様子の灯子の声であった。二人よりも前方で夢屑と交戦していた灯子が、戦いを一旦燈だけに任せて二人の方を振り返る。

「ここまで来といて今更ブツブツ言ってんじゃねぇよ! 硝子に悪びれる気持ちがあんなら、黙って協力しとけ!」

 偉そうな灯子の物言いに、水無月が表情をしかめる。

「協力は別にいいよ。でもはっきり言わせてもらうけど、僕等二人で戦い続けたところで、この数が相手じゃ切りがない。このままじゃどの道、日下部のところには」

「切りが見えればいいんだな」

「へ?」

 水無月が戸惑いの声を漏らす中、灯子が再び夢屑たちの居る前方を向いて刀を構える。

「同時に行くぞ、燈」

 灯子の呼びかけに応えるように、燈が大きく両翼を広げる。灯子は燈の頭の上へと飛び乗ると、広げられた左右の翼の丁度中央で、勢いよく刀を振り上げる。

「一気に斬り裂くぞ、燈! “走馬刀そうまとう”!」

 燈が広げた両翼を翻して夢屑の中へと飛び込んでいくと、灯子が燈の頭上で思い切り刀を振り下ろした。灯子の振り下ろした刀から強い朝力の塊が放たれると、それが燈の翼を通じて一気に周囲に広がっていき、周囲を埋め尽くすほどに居た夢屑をあっという間に一匹残らず殲滅した。

 あまりにも力が強かったのか、夢屑だけでなく近くにあった正門付近の屋敷も幾つか斬り裂いてしまっている。

「す、凄い……」

 立派な屋敷すら真っ二つに斬り裂いた灯子の姿に、思わず圧倒される硝子。

「何て朝力だ。さすがは正式な日の出の獏だな」

 同じように感心の声を漏らした水無月の言葉に、硝子が引っ掛かりを覚える。

「あのさ、水無月君」

 硝子の呼びかけにすぐに振り向く水無月。

「灯子が日下部君の正式な日の出の獏だっていうなら、晃由君は一体」

「俺は偽物の獏っ」

 水無月とは別の方向から聞こえてくる問いかけの答えに、硝子がすぐに前方を見る。燈の頭上から地面へと降り立った灯子もまた、聞こえてくるその声に前を向いた。

「俺は、人工的に造られた獏なんだよ。硝子ちゃん」

「晃由、君……」

 硝子たちの前に現れたのは、硝子たちが何度も共に戦ってきたテルの背の上に乗った晃由であった。



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