Dream.14 月、参戦 〈4〉
昼の刻、日の出総家。第二邸。
「ハッハッハ、実に愉快!」
いつもは旭の祖父、朝之が使っている屋敷の中央部にある書斎の椅子に踏ん反り返り、楽しげな笑い声を部屋中に響かせているのは盟治の父、才治であった。
「いつも偉そうこの上ない日の出の連中が、我々の手中で夢屑に囲まれ縮こまっているぞ! これ以上愉快な話がどこにある? なぁ、盟治」
「ええ、まったくです。父上」
書斎の大きな机のすぐ横に立ち、才治の言葉に大きく頷いたのは盟治であった。盟治は口元には笑みを浮かべながら、その目は妙に冷静に観察するように才治を見つめている。
第一邸に朝海たち日の出一族とその従者を集め、夢屑に見張らせた盟治たちは、すぐ傍にある第二邸を拠点とし待機していた。
「まさか、こんな日が来ようとはなぁ。十年前、お前たちを昼力の化け物に変えた甲斐があったというものだ! ハッハッハ!」
才治の笑い声に、俯いた盟治が少し不快げに表情をしかめる。
「それで? 仲河の倅の方はどうなったんだ? 盟治」
「晃由なら無事、我々への協力を了承しました」
「そうか。息子の方は随分と聞き分けが良くて何よりだ」
盟治の報告を聞き、満足げな笑みを浮かべる才治。
「あれの父親は、最後まで獏化試験に反対していたからな。それが原因で総家を追い出されて、それでも試験を止めようと駆け回って最後は病死して、まったく頑固な男だった」
呆れたように肩を落とす才治の横で、盟治が少し眉をひそめる。
「しかしそのお陰で息子が、この計画を立ててくれたのだったなぁ。あの頑固男も少しは役に立ったということか」
「ええ」
笑顔で頷きながら、盟治が力強く右拳を握り締める。
「では我々は、次の作戦に移ります」
「ああ、頼んだぞ」
才治に向け深々と頭を下げると、盟治はそのまま素早く書斎を後にした。盟治が部屋を出ると、閉じた扉のすぐ傍には晃由の姿があった。父の大きな声は恐らく、部屋の前に立つ晃由にも十分に聞こえただろう。すぐにそう察した盟治が、表情を曇らせる。
「……済まない」
「気にすんな。しっかし相変わらずだな、お前等の親父さんは」
申し訳なさそうに俯く盟治に、晃由が軽く笑みを向ける。二人は足並みを揃えると、部屋の前からゆっくりと廊下を進み始めた。
「まぁ朝海んとこのクソ爺さんよりはマシだけどさぁ~。あの爺さん、発言の九割が朝海への嫌味だし」
「顔を見せて行くか?」
問いかけた盟治が廊下の窓から、すぐ横に見える第一邸へと視線を移す。
「お前の神子だった男に」
「いや、会うのはもうちょっと後でいいわ」
盟治からの誘いを、晃由はすぐに首を横に振って拒否した。
「それより、とっとと作戦進めようぜ」
「ああ。ん?」
盟治が晃由へと視線を戻したその時、盟治の袴のポケットの中で携帯電話が震える。携帯を取り出した盟治はすぐにそれを耳に当てた。
「俺だ。ちなみに俺は、オレオレ詐欺じゃない」
いつものように詐欺ではないことを主張しながら、盟治が電話に応答する。
「何?」
表情を曇らせる盟治に、興味深く振り向く晃由。
「わかった。すぐにそちらへ行く」
手短にそう答えて、盟治は電話を切った。切った電話を見つめながら、盟治がどこか考え込むような表情を見せる。
「どうした?」
「侵入者だ。何者かに結界が破られたらしい」
盟治の言葉を聞いた晃由は一瞬眉をひそめたが、すぐに何かに思い当たったように笑みを浮かべた。
「来たか」
「来た?」
晃由が発した言葉に、盟治が大きく表情をしかめる。
「何だ、どういうことだ? お前の作戦通りなら、日下部朝海を総家の敷地内に入れてしまえば誰も結界を破れる者など居ないはずだが」
「五年前の時点ではね」
追及するように問う盟治に、晃由は対照的なほど明るい口調で答える。
「だって五年前はまだ、朝海はあの二人に会ってなかった」
「あの二人?」
楽しげに声を弾ませる晃由に、盟治は益々表情をひそめていく。
「何だ? 一体、誰が来たというんだ?」
「そりゃ勿論、“本物の”日の出の獏だよ」
盟治の問いかけに、晃由はどこか得意げにそう答えた。
その頃、日の出総家前。
「すっごい。こんなに大きな朝力の結界に、あっさり大穴あけちゃった」
感心した様子で硝子が見つめる中、そのすぐ前に立った水無月は額に月の出の青印を輝かせ、全身に夜の黒光を纏って、日の出総家全体を包む朝結界に、人が通るには十分過ぎるほどの大穴をあけたところであった。
「さすが月の出の神子」
「フン」
感心する硝子の横で、不満げに鼻を鳴らしている灯子。ここまで共に来たものの、まだ水無月と共闘することには抵抗があるようである。
「朝力の結界なのに、中は暗いな」
あけたばかりの大穴から日の出総家の敷地内へと侵入した水無月が、空を見上げて眉をひそめる。結界の外は真っ青な空が広がっていたというのに、中は突然夜になったように暗い。
「内側は夜力の結界が張られてるってことか?」
「そうみたいだけど」
星一つ輝いていない暗い夜空に右手を伸ばしながら、水無月が表情を曇らせる。
「夜力とは少し違う感じがする」
「うん、そうだね」
硝子の言葉に水無月も同意するように頷く。
「日下部の位置はわかるか?」
「……ああ」
水無月が問いかけた先では、灯子が深く目を閉じ、何かを探るように意識を集中させていた。
「いつもに比べたらかなり弱いが、かすかに朝力の反応がある」
「行こう、すぐにっ」
ゆっくりと瞳を開く灯子に、硝子がやる気満々に言葉を掛ける。
「そう簡単に進ませてくれそうにはないけどね」
「え? あっ!」
水無月の言葉に視線を前方へと移した硝子が驚きの表情を見せる。前方にはいつの間にか、硝子たちの行く手を阻むように無数の夢屑が出現していた。
「またこいつ等か」
気だるげに呟いた灯子がスカートの裾を持ち上げ、太腿に浮かび上がった日の出の紋に右手を触れる。
「“燈”!」
灯子が高らかと声を張り上げると、放たれた金光が巨大な天馬へとその姿を変えた。暗い空の下で、金一色の天馬が一層美しく輝いている。
現れたばかりの燈が大きく翼を広げ、まるで威嚇するように水無月を睨みつける。恐らくは水無月の持つ夜力を警戒しているのだろう。
「落ち着け、燈。今はそいつが相手じゃない」
灯子が宥めるように燈の頭を撫でる。
「私たちの相手は、目の前のあいつ等だ」
そう言って目付きを鋭くすると、灯子は燈が頭から生やした角を取り去り、刀のように構えた。
「浅見さんは下がってて」
「あ、うん」
水無月に促され、硝子が水無月と灯子の後方へと身を隠す。硝子を庇うように一歩前に出た水無月は、再び額の印を輝かせた。
「夢屑が、僕に逆らうなんて百年早いよ」
水無月と灯子は、一斉に飛び出して来る無数の夢屑と相対した。
「ん?」
第一邸で囚われの身となっていた朝海が何かに気付いたように畳の上から立ち上がり、襖を開いて窓の外を見る。
「どうしたのです? 朝海」
同じく畳の上に腰掛けていた旭が、突然動き始めた朝海を不思議そうに見つめる。朝海は旭の問いに答えることなく窓の外へと目を配った。屋敷全体が夢屑に囲まれているため周りの景色はよく見えないが、暗く染まった空は見える。
星一つなかったはずの空に、かすかに見える光りのヒビ。
「結界の一部が壊されたのか? ヒビ割れて、外側の朝力の結界が見えてる」
そのヒビを見上げ、朝海が真剣な表情で考えを巡らせる。
「朝力が漏れている今の状態なら……」
そっと瞳を閉じた朝海が、額に日の出の印を浮かび上がらせる。先程はまったく溢れ出ることのなかった朝力の金光が、まだ弱々しくはあるが朝海の全身から淡く溢れ始めた。
「これだけあれば、夢屑くらいは」
「動かないで」
「……っ」
屋敷の外に居る夢屑へと狙いを定めようとしていた朝海の首元に、鋭い刃が突き付けられる。
「死にたくなければ、朝力を収めて下さい。朝海」
「旭……」
朝海の首元へと小型のナイフを突き付けたのは、鋭い表情を見せた旭であった。




