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Dream.14 月、参戦 〈1〉

 眞岡盟治たち獏の“昼力”により朝力を封じられた朝海は、ハトコの旭と共に獏に拘束され、旭の十三邸から夢屑が囲う総家の中心部、第一邸へと移された。

「おお、旭!」

 第一邸の最奥にある広間へと押し込められた朝海と旭。その部屋で旭を出迎えたのは着物姿の灰髪の老人であった。六十は超えているように見えるが、旭に駆け寄る動きなどを見ると反応は俊敏である。女性にしては長身の旭よりも小柄ではあるが、老人は威厳を十分に感じさせる力強い瞳をしている。

「ご無事でしたか、爺様」

「ああ。朝力は奴等に封じられてしまったがな」

「爺様もですか。我々もです」

「我々?」

 旭の言葉に眉をひそめた老人が、旭の後方に立つ朝海の姿を見つける。老人と目が合うと朝海は軽く一礼したが、朝海のその姿に老人はあからさまに表情を歪めた。

「何だ、帰って来たおったのか。帰って来た途端にこれとは、相変わらずの疫病神だな」

「爺様」

 朝海へと辛辣な言葉を放つ老人に、旭が制止を促すように呼びかける。

「朝海は、私が盟治に誘導されるままに呼び出してしまったのです。恐らくは、外に朝海が居てはこの結界が破られてしまうからではないかと」

「フン、外に居ればまだ役に立ったものを。これでは何のために追い出したのやら」

「爺様」

「いい、旭」

 少し怒ったような口調で呼びかける旭に、朝海が止めるように言う。

「貴方の嫌味も久し振りだと新鮮ですね、クソ爺様。ああ、違った。大伯父様」

「フン、その減らず口は間違いなく母親譲りじゃな」

 負けじと言い返す朝海に、老人が一層表情をしかめる。

「止さぬか、朝之あさゆき

 部屋の奥から聞こえてくる声に、朝海と老人が同時に振り向く。その声を発したのは部屋の奥に敷かれた布団に横たわっている、老人よりもさらに年老いた白髪の男であった。体が不自由なのか呼びかけた際も天井を向いたままで、首を動かす素振りすらない。

「父上」

「大爺様」

 大爺の言葉に朝海と朝之がすぐにかしこまる。

「朝海、こちらへ」

 大爺に呼ばれ、朝海がゆっくりと奥の布団へと歩を進めていく。朝海が枕元にそっと膝をつくと、大爺はゆっくりと首を動かし朝海の方を見た。遥か遠くを見るような深い瞳がまっすぐに朝海を捉える。

「……うむ。益々、朝次あさつぐに似て来たな」

 朝海を見て満足げに頷く大爺の様子を見ながら、朝之は不満げに眉をひそめた。

「ここを占拠した者たちのことだが……」

「首謀者は私の獏と、その父親です」

 朝海のすぐ後方まで歩み寄って来た旭が、大爺へと少し身を乗り出して主張する。

「私が責任を持って、必ず事態を収拾させます。大爺様」

「……うむ」

 強い意志を持って言い放つ旭の顔を見ると、大爺はまた満足げに頷いた。

「ならば、お前たちに任せる。わしは少し休む」

「はい」

 大爺の言葉に頷いた朝海が立ち上がり、旭と左右に分かれて大爺の眠る一角を区切るようにそれぞれ襖を閉じる。広間が二つに区切られると、手前の和室に大爺を除く三人が残った。

 三人が残ったところで朝之がすぐに部屋の出口へと進んでいく。

「爺様、どちらへ?」

「外じゃよ」

「外には夢屑が」

「そやつと共に居るくらいなら、夢屑と共に居る方が幾らかマシじゃわ」

 吐き捨てるようにそう言うと、朝之は旭の制止も聞かずにあっさりと部屋を出て行ってしまった。力強く襖が閉まると、旭は困ったように肩を落とした。

「すみません、朝海。爺様が余計なことばかり言って」

「さすがにもう慣れた。物心ついた時から、ずっとあの調子だからな」

 旭へと少し苦い笑みを見せながら、朝海が壁際に腰掛ける。

「それに、大伯父様が俺を嫌うのも分かる」

 視線を落とした朝海がわずかに表情を曇らせる。

「あの時俺が、君の獏になっていれば……」

 そう言って自身の左手のひらを見下ろす朝海。朝海が見下ろしたその手のひらには、薄らと黒い日の出の紋様が浮かび上がっていた。だがその紋は朝海の額の印に比べて、一切光りを放っていない。

「貴方は神子になるべき人だったのです」

 朝海の声を遮るように放たれる旭の言葉に、朝海がゆっくりと顔を上げる。

「貴方の神子としての力は、私よりもずっと優れている。貴方が私の獏になり、私が神子として戦ったとしても、貴方ほどに多くの夢は救えなかったでしょう」

 顔を上げた朝海を、旭が穏やかな笑顔でまっすぐに見つめる。

「貴方が神子になることは、きっと正しき道だった。でも」

 旭の笑顔がわずかに曇る。

「私たちの勝手な都合で獏にされた彼らは……」

 どこか悲しげに視線を落とす旭に、朝海も少し眉をひそめる。

「彼らの悲しみは、痛みは、きっと何年経っても消えないのでしょうね」

 まるで誰かの姿を思い浮かべているような瞳で、旭が窓の外の暗く染まった空を見上げる。そんな旭を横目に見ながら、朝海は考え込むように顔を俯けた。




 翌朝。赤槻町、小さな喫茶店“Tomo”。

 学校の制服を身に付けた硝子は、駅に着くと学校ではなくまっすぐにこの喫茶“Tomo”へと向かってきた。まだ朝の八時前のため人通りの少なく、モーニングをやっていない喫茶店の扉にはクローズの札がかかっている。

「よし」

 だが硝子はそんなことは気にせずに、クローズの扉へと右手を伸ばした。

「やっぱりここか」

「へ?」

 後方から聞こえてくる声に硝子が手を止め、振り返る。

「灯子!」

 硝子が振り返ると、そこには硝子とまったく同じ制服姿ではあるが少し眉をひそめたしかめっ面を見せた灯子が立っていた。灯子の姿に硝子は驚きの表情となる。

「どうして? 私、先に行くって言って出たのに」

「二人に分かれたって、硝子の考えてることくらいわかる」

 不思議そうに問いかける硝子に少し呆れたように肩を落としながら、灯子が硝子のすぐ横へと並び、閉まっている扉へと手を伸ばす。

「聞くんだろ? 朝海のこと。とっとと行こう」

「うん」

 理解してくれている灯子に嬉しそうに笑みを見せると、硝子は灯子と共に“Tomo”の扉を開いた。

「おはようございまーす」

「何?」

「わっ!」

 扉を開けてすぐのところに立っていた茜とすぐに向き合うことになり、少し恐る恐る中へと入った硝子が驚きの声を上げる。

「何だ、茜ちゃんか。座敷童かと思ったぁ」

「失礼しちゃうわねっ」

 ホッと胸を撫で下ろす硝子の言葉に、茜が勢いよく表情を引きつる。

「こんな朝っぱらから何なわけ? 朝海クンなら昨日から出掛けてて居ないわよ?」

「あの私たち、日下部君のことで聞きたいことがあってっ」

「え、朝海クンの朝力の反応が昨日の夜、突然消えた!? それ本当なの、“トウ”!」

「勝手に人の獏と会話すんなよ……」

 灯子の胸の当たりを見ながら、硝子でも灯子でもない誰かと突然会話をし始める茜に、灯子が呆れた表情を見せる。

「お前もベラベラしゃべんな、燈」

「どういうことなのよ、一体!」

 口止めするように胸を撫でた灯子の顔へと視線を上げ、茜がどこか問い詰めるように言い放つ。

「それが知りたくて来たんだろうが」

「トモさん、トモさぁーん!」

 子供相手にも容赦なく冷たく言葉を返す灯子に怯えることなく、一層険しい表情を見せた茜がカウンターに身を乗り出して家の中に居るトモを呼ぶ。

「何々~?」

 奥から姿を見せたのはまだエプロンを着ていないジャージ姿のトモであった。

「何か忘れ物~? ってあれ、硝子ちゃんに灯子ちゃんじゃないっ」

 店へと出て来たトモが茜の前に立つ二人の姿を見つける。

「何々~? 来るなら来るってそう言っといてよぉ。まだ髪のセットもしてないじゃなぁ~い、俺ってばぁ~」

「セットする毛なんてないでしょ! それよりトモさん!」

 厳しく言葉を向けた茜が、洗面所へ向かおうとしたトモを引き止める。

「朝海クンて、日の出の総家に行ったんじゃないの!?」

「うん、そう言ってたよ。本人が」

「でも昨夜、急に朝海クンの朝力の反応が消えたって、燈が!」

「えっ?」

 茜の言葉を聞いたトモが洗面所に行こうとした足を止め、すぐさま眉をひそめる。

「本当? 灯子ちゃん」

「ああ」

 振り返り聞き返したトモに、灯子がしっかりと頷く。

「そう」

 灯子の確認を取ったトモが何やら考え込むように俯く。

「まさか朝海クン、総家の人間に何かされたんじゃ……!」

「何かする気なら追い出す前にしてるでしょ。そういうことじゃなくって、日の出の総家に何か緊急な事態でもあったんじゃないかな」

「緊急な事態?」

 トモの言葉に茜が首を傾げる。

「例えば襲撃された、とかね」

「そんなっ」

 意味深に言葉を発するトモに、硝子がどこか焦ったような表情となる。

「もしかして、また月の出が?」

「日の出総家に乗り込めるほどの勢力、今の月の出にはないよ」

 不安げに問いかけた硝子に、トモは穏やかに首を横に振った。

「たぶん別口じゃないかなぁ~。色々と恨まれることも多いから、あの家って」

「暢気なこと、言ってる場合? 本当に襲撃されたんなら、朝海クンのこと助けに行かないとっ」

「朝海はあれでも日の出の神子だ。自分の危機くらい、自分で何とかするよ」

 不安げな表情を見せる茜の頭を、トモが優しく撫でる。

「さぁ、茜は学校へ行っておいで。遅刻しちゃうよ」

 促すように言うトモに茜は不満げに口を尖らせたが、今自分に出来ることはないとの考えに至ったのか、そのまま大人しくランドセルを背負って学校へと向かっていった。茜を見送った硝子と灯子が再びトモを見る。

「さぁ、君たちもそろそろ学校に」

「日の出総家の住所を教えてもらえませんか? トモさん」

 硝子のその言葉に、トモが眉をひそめる。

「俺の話、聞いてた?」

「聞いてました」

 確かめるように問うトモに、硝子が笑顔で頷く。

「一応もう一回言うけどね、朝海はまるで頼りなく見えるけど日の出の神子なんだから、自分の危機くらい自分でどうにか」

「私たちはまだ、何も返せていません」

 トモの言葉を遮るように硝子が言葉を放つ。

「私たちの夜を終わらせてくれた日下部君に、何も。だから今度は、私たちの番」

 まっすぐにトモを見つめた硝子は、何の迷いもない晴れやかな表情を見せていた。

「私たちが、日下部君の力になる番です」

 はっきりと言い放つ硝子の言葉を聞いたトモが、少し困ったように頭を掻く。どんな風に説得したとしても、硝子と灯子は意志を変えないだろう。それはその表情から十分に伝わって来た。そう考えを巡らせたところで、トモが諦めるように肩を落とす。

「まぁ教えるのはいいけど、でも場所がわかっても入れないと思うよ。あそこ、神子にしか解けない結界で囲まれてるから」

「結界で?」

 トモが知らせる事実に、硝子が表情を曇らせる。

「獏の力で砕き割れないのか?」

「燈の力じゃ無理だと思うよ。日の出総家を守る朝力の結界だからね。朝力をぶつけ合わせたって、壊れはしない」

 トモの答えを聞いた灯子が気難しげに俯く。

「ああ、でもそうなると逆に壊せそうな人が一人浮かぶね」

 トモの言葉に硝子と灯子が俯けていた顔を上げる。

「誰ですか!? その壊せそうな人って!」

 身を乗り出して問いかける硝子に、トモが楽しげな笑みを向ける。

「君の神子だよ」

「私の神子……」


――――君は僕のものだった。僕のものだったのに――――


「水無月、君」

 トモの答えを聞いた硝子がすぐに水無月の姿を思い浮かべ、複雑そうに眉をひそめる。

「彼は、朝海に引けを取らない夜力の使い手だ。彼なら、日の出の強力な結界も壊せるかも知れない」

「冗談じゃない!」

 荒々しく声を上げたのは一段としかめた表情を見せた灯子であった。

「あいつが硝子に何をしたと思っている!? あんな奴の力なんて、借りられるはずがっ……!」

「お姉ちゃんに聞けば水無月君家の住所わかるかも! 行こう、灯子!」

「はぁっ?」

 灯子の手を強く引き、硝子がすぐに扉を上げて喫茶店を出て行く。

「お、おい硝子!」

 灯子が止めるのも聞かずに、硝子はその快足を飛ばして灯子と共にあっという間に学校の方へと走り去っていった。扉を出てすぐのところで二人を見送り、一人その場に残ったトモが困ったように笑みを零す。

「ごめんねぇ。硝子ちゃん、灯子ちゃん」

 もう見えない二人に向かって、トモが小さく謝罪の言葉を呟く。

「本当は俺が行って結界解いてあげるのが一番早いんだけど」

 スキンヘッドの額にぼんやりと浮かぶ赤い日の出の印を指でなぞりながら、トモが口角を吊り上げる。

「それじゃあ面白くないからさ」

 この状況を楽しむように言葉を落として、トモは再び店の中へと姿を消していった。




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