Dream.12 再生の朝 〈1〉
硝子の夢元世界で対峙した朝海と水無月。戦いの意志を示すように、額の月の出の印を青白く輝かせる水無月と向き合った朝海が険しい表情を見せる。
「やめろ、水無月。こんな風に過去世を引きずることに何の意味がある?」
額に日の出の印は浮かべたものの、朝海はすぐに臨戦態勢はとらず、まるで説得するように水無月に言葉を向ける。
「硝子は宵じゃない。それに俺たちも、あの頃とは違う」
感情のない冷めきった表情で、朝海の言葉を聞く水無月。
「今はもう別の人間。俺たちは、生まれ変わったんだ」
「一度や二度生まれ変わったくらいで、僕の恨みは消えないよ。日下部」
朝海の言葉をあっさりと否定するように、水無月が冷静に言葉を発する。
「お前は宵を奪った。僕の宵を」
短い言葉の中にはっきりと感じられる恨みや憎しみの感情に、朝海が思わず眉をひそめる。
「お前にわかるか? 薄暗くて何もない夜に、たった一人残された僕の孤独が」
答えに詰まり、口を閉ざす朝海。
「わかるはずがない。朝の光りの中を生きるお前に、僕の孤独なんて」
強く決めつける水無月の言葉から伝わってくる悲しみに、朝海は否定することも出来なかった。
「僕はお前を許さない。何度生まれ変わったとしても、絶対に!」
水無月が強い言葉と共に夜空に輝く月へと右手を振り上げた途端、水無月の全身から強い夜力の光が発せられる。噴き上がった黒光により巻き起こされる風に乗って、朝海へと吹きつける夜力。全身の朝力の光で守りながら、朝海が表情をしかめる。
「僕の孤独を思い知れ、日下部」
噴き上がった黒光を右手へと集約させていく水無月。
「“月光”!」
水無月が集約した黒光を、朝海に向けて躊躇いもなく放つ。不本意そうに表情を歪めながらも、朝海が水無月と同じように右手に集約させた金光を撃つ。
「“黎明”!」
朝海の金光と水無月の黒光がぶつかり合った途端、硝子の夢元世界全体を揺らすほどの激しい衝撃が走った。
「まったく」
朝海と水無月の力のぶつかり合いにより起こった衝撃が、少し離れた場所で晃由と戦っている憬一郎の元へも駆け抜けてくる。足元を襲う衝撃に少しバランスを崩しながらも憬一郎が、ぶつかり合う二つの光りを見上げ、どこか呆れたような表情で肩を落とす。
「怒りに身を任せ、あんなにも全力で。ここが大切な宵の夢元世界だということを忘れていらっしゃるのですかね、我が主は」
困ったように言葉を落とし、光りから目を逸らして前方を見る憬一郎。
「う、ううぅ」
憬一郎の前方には全身に激しく傷を負い、赤い血を流して地面に倒れ込んだ晃由の姿があった。晃由は苦しげに表情をしかめながらも、近くで同じように傷つき倒れたままの輝へと体を引きずっていく。
「て、輝っ……」
晃由が必死に呼びかけるが、輝は倒れたまま反応を示さない。その輝とは対照的に、憬一郎の後方に立つ銀色の巨狐、京は、掠り傷一つ負っていなかった。
「輝、輝っ」
「その獣はもう使えないでしょう」
輝の大きな耳を揺すり何度も呼びかけていた晃由が、後方から響く憬一郎の声にその動作を止める。
「京が負わせた傷から夜力が浸食し、その獣の朝力のほとんどを奪い去りました。もう戦うことなど出来る状態ではありません」
「うっせぇなぁ」
冷静な憬一郎の声に晃由が煩わしげに頭を掻く。
「あんたに冷静に分析してもらわなくっても、こっちだって、それくらいのことわかってんよ」
「なら何故、立とうとするのです?」
言葉を返しながら、輝の体を支えに何とかその場で立ち上がろうとする晃由に、憬一郎がシンプルな問いかけを向ける。
「あなたの主は我が主のもとへ辿り着きました。もうあなたの役目は終わりのはずです」
「あんた言ったじゃねぇの。単純に興味あるって」
憬一郎の言葉に少し被せ気味に晃由が言葉を発する。
「日の出の獏と月の出の獏、どっちが強いのか」
傷だらけの体を重そうに引きずりながらも挑戦的な笑みを浮かべる晃由を見つめ、憬一郎が少し眉間に皺を寄せる。
「それは、あなたが真に日の出の獏だった場合の話です」
「何?」
憬一郎の言葉に晃由が表情をしかめる。
「あなたは、本物の日の出の獏ではないでしょう?」
問い詰めるような憬一郎の声に、一瞬動揺を見せながらもすぐに笑みを零す晃由。
「言ってる意味がわっかんねぇなぁ」
「あなたの力は酷似してはいますが、本物の日の出の獏のものではない。私が月の出の獏であるからこそ、よくわかる」
首を振り誤魔化そうとする晃由を逃がすことなく、憬一郎が追及するように言葉を続ける。
「神子に対し、付き従うべき獏は一匹。恐らく浅見灯子様の獏こそが、本物の日の出の獏なのでしょう。では、あなたは?」
向けられる鋭い視線に、晃由が不快そうに表情をしかめる。
「あなたは一体、何者なのですか?」
先程までのように誤魔化そうと首を振ることもなく、晃由はまるで認めるように静かに憬一郎の問いかけを受けとめた。
――――俺も中途半端な神子だから――――
少し考え込むように間を置いた後、晃由が再び笑みを浮かべる。
「そうだな。確かに俺は、“日の出の獏”じゃねぇ」
あっさりと認めた晃由が、誇らしげに笑う。
「俺は、“日下部朝海の獏”だからな」
その言葉の意味がわからずに、憬一郎が少し戸惑ったような表情を見せる。
「だから、ここであんたに負けて、あいつの名を下げるわけにはいかねぇのよ。なぁ、輝っ」
「あっ……!」
晃由の呼びかけに今までずっと倒れたままだった輝が、大きな耳を地面につくようにして、激しく咆哮をあげながら力強く立ち上がった。
「喰らえ、輝!」
晃由の声が力強く響き渡ると、輝はその巨体に傷を負わせた夜力を吸い込み、全身から放たれる光りを強くする。夜力を吸い込んだ輝の体の一部が京と同じ銀色の光りを帯びると、憬一郎は一層驚きの表情を見せた。
「夜力? 夜力を纏っているのか?」
輝の帯びた銀色の光りを見つめ、憬一郎が眉をひそめる。
「私の夜力を吸収して、朝力と夜力を両方纏うなど」
憬一郎が困惑の視線を送る中、輝の傷が塞がったことで同じように全身の傷を回復させた晃由が、すっかり血色の良くなった顔で得意げな笑みを浮かべる。晃由から向けられる笑みに、今までずっと平静だったその表情を少ししかめる憬一郎。
「あなたは一体」
「それはさっき答えたはずだぜ? 俺は日下部朝海の獏だってな」
「朝力と夜力の両方を纏える獏など、聞いたことがありません。あなたは普通の獏ではないはずです」
「確かに普通じゃねぇかもな」
憬一郎の言葉を聞いた晃由が少し皮肉った笑みを零す。
「けど、だからこそ負けらんねぇのよ!」
晃由の気持ちのこもった声に呼応するように、立ち上がった輝が銀光の混じる巨大な耳を左右に大きく広げる。
「さぁ、一気に喰らい尽くすぜ。輝」
鋭く前足の爪を伸ばした輝が地面にその爪を突き刺し、前方に向かう態勢を作り上げると、その口を目一杯開く。輝の準備が整ったことを確認すると、晃由もそっと口を開いた。
「“煙竜”!」
輝の口から放たれた金と銀の光りの塊が交互に重なり合って逆巻き、まるで生きた竜のように目にも留まらぬ速さで憬一郎のもとへと向かっていく。憬一郎を庇うように前へ出た銀狐、京は幾つもある尾を広げ、迎え撃つ態勢を整えた。目の前に立った京の背を見つめながら、憬一郎が真剣な表情を見せる。
「夜よ、帳を下ろせ」
憬一郎がそっと呟き、瞳を閉じて瞼の上に刻まれた月の出の紋を輝かせると、月が照らす夜空から黒い光りが舞い降りて、京の前にまるで帳のような壁が形成される。
その壁に輝の向けた逆巻く光りの口砲が直撃した。お互いの力がぶつかり合った瞬間、晃由と憬一郎がそれぞれにわずかに表情をしかめた。だがすぐに晃由が、しかめた表情に笑みを浮かべる。
「輝!」
晃由の呼びかけに大きく目を見開く輝。
すると逆巻く金銀の光りのうちの銀光だけが一層強くなり、憬一郎が張った夜の壁をあっという間に掻き消した。
「何……!?」
散りとなって消えていく夜の破片に、憬一郎が驚きの表情を見せる。
「私の帳がっ」
「決めるぜ、輝!」
銀光が帳を消し去った後に残った朝の金光へと、輝がさらに朝力の口砲を放ってその光りを増させる。そして晃由は紋の刻まれた右手を高々と上空に振り上げた。
「“万雷”!」
さらに勢いを増した金光がまるで閃光のように弾け飛んだかと思うと、夜空で花火のように美しく散ったかと思うと、今度は無数の雷となって一気に憬一郎に降り注ぐ。
「あっ……!」
落ち着き払っていた表情を険しく変える憬一郎。憬一郎を庇うように覆いかぶさった京の上へと、無数の光は容赦なく降り注いだ。
激しい金色の爆発の中に、憬一郎と京の姿が掻き消える。
「ハァ、ハァ」
少し息を乱しながら、徐々に収まっていく金光を見つめる晃由。
「よっしゃ。とりあえずは片付いたし、朝海んとこに向かうとするか。輝」
切り替えるようにそう言って輝の方を振り向いた晃由であったが、輝はその巨体を金光へと変え、徐々に光りを弱くしてその場から消え去っていってしまった。
「あれ? 輝?」
消えた輝に戸惑うような表情を見せながらも、晃由が重たそうに瞼を落としていく。
「ヤッベ。やっぱ昼力使うのはキツ、い……な……」
力なく呟きを落としながら晃由が完全に瞳を閉じ、前方へと倒れ込む。地面にうつ伏せに倒れた晃由は意識を失ったのか、そのまま指一本動かさなかった。
輝が消え、晃由が倒れたことによりその場に静寂が訪れる。
その静寂を掻き消すように響いたのは、まだ残る輝の金光を払い除ける大きな尾の音であった。
「大丈夫ですか? 京」
大きな尾を振り回して起き上がった京の下から、まるで無傷の憬一郎が姿を現す。
「怪我は」
そう憬一郎が言いかけたその時、憬一郎の右頬に切り傷が刻まれ、赤い血が流れ落ちる。
「あったようですね」
自身の頬の血を拭いながら、京の右頬に同じようにある切り傷を確認する憬一郎。
「まさか我々が傷を負う羽目になるとは思ってもみませんでしたね、京」
憬一郎の言葉をすべて理解しているように、京がすぐさま頷く。
「“昼力”ですか。実に興味深い事象でした」
すっかり意識を失い倒れ込んでいる晃由に向かって、憬一郎が言葉を発する。
「我が真の主、小夜子様に報告せねば」
そう言って少し口元を緩めながら、憬一郎はそっと京の尾を撫でた。
「大きな衝撃がまた一つ」
顔を上げた灯子が見たその先では、薄い月明かりを掻き消すほどに強い金光が天の川のように夜空へと舞い上がっていた。
「さっきとは別の場所だ。バカ由か」
その光りをまっすぐに見つめ、灯子がどこか不満げに眉をひそめる。
灯子の見つめる金光が舞い上がる少し前にも、同じような強い金光が同程度の力を持った黒光と激しくぶつかり合いを起こし、離れた場所で戦う灯子付近の地面も揺らしたのであった。先程のぶつかり合いが朝海と水無月の力の衝突であることは、灯子にも察しがついていた。
「まったくどいつもこいつも遠慮なく戦いやがって。ここが硝子の夢の世界だってこと、忘れてんじゃないだろうなっ」
そう不満げに言葉を落としたのも束の間、灯子は襲いかかってきた夢屑の一匹へと遠慮なく刀を振るい、胴体を横一直線に斬り裂いた。朝海や晃由のことを非難しながらも、自身はまったく遠慮なく戦っている様子である。
「硝子」
夜空に浮かぶどこか寂しげな月を見上げ、眉をひそめる灯子。
「私は、私たちの夜を終わらせるためにここに来たんだ」
灯子が刀を持っていない空いた左手で胸元のシャツをきつく握り締める。
「だから、こんなところでお前等ごとき相手に立ち止まってるわけにはいかないんだよ!」
決意を確かめるように刀を地面へと一振りした灯子であったが、刀から溢れ出た金光の一閃が地面を駆け抜けたかと思うと、あっという間に十数匹の夢屑を掻き消した。
あまりに強い金光に、放った灯子自身も目を見張る。
「な、何だ? 力が増している?」
戸惑うように手元の刀を見下ろす灯子。
「これがお前の本当の力なのか? 燈」
灯子の問いかけに答えるように、刀が淡い光りを放つ。その光りに灯子が確信を得たような表情となり、握り締める手に一層力を込める。
「なら頼む、燈」
強く握ったその刀を灯子が高々と振り上げる。
「私に、この夜を終わらせる為の力をっ……!」
灯子が一気に刀を振り下ろすと、先程よりも強大な金光の一閃が今度は地面を砕くように駆け抜け、残っていた数十匹の夢屑を一瞬にして消し去った。
夢屑の断末魔が消え金光が収まり、何もなくなったその場を眺め、灯子がどこか呆気に取られた表情を見せる。
「凄い」
自分自身の力に思わず感服する灯子。
「燈のこの力があれば、私は硝子を」
暗い夜の世界で小さな日の光りのような希望を抱き、灯子が瞳を鋭くする。
「待っていろ、硝子!」
自分を急かすようにそう言って、灯子はすぐさまその場を駆け出していった。




