Dream.09 迫り来る夜 〈2〉
一緒に学校を出た硝子と水無月は、赤槻高校の最寄駅の近くにある喫茶店に立ち寄った。テラス席に座っている硝子の元に、カップを二つ持った水無月がやって来る。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
差し出されたカップを受け取り、硝子が笑顔を見せる。水無月はカップをテーブルの上に置くと、硝子の向かいの席へと腰を下ろした。最寄駅だからか、喫茶店内には同じ赤槻高校の生徒たちの姿があった。女子生徒は特に、チラチラと硝子と水無月の方を見ている。先輩後輩問わず女子に人気の水無月だ。硝子とこんな風に喫茶店で二人で座っていれば、気にもなるのだろう。
「明日、噂になってたりして」
「デートしてたって? いいんじゃないかな? 事実だし」
「デートって」
カップに入ったコーヒーを飲みながら余裕の笑顔を見せる水無月に、硝子が少し困ったような表情を見せながらも同じようにカップに口を付ける。コーヒーの苦さを味わいながら、明日噂になっていたらどうやって言い訳しようと、硝子は思わず考えを巡らせた。
女子生徒たちの羨むような妬むような視線を見ながら、硝子が表情を曇らせる。
「あの人たちにとって、私は邪魔者なんだろうな……」
「え?」
「ううん、何でもない」
硝子の小声を耳に入れることが出来ずに聞き返した水無月に、硝子はすぐに笑顔で首を横に振った。
「浅見さんて普段、こんな風に寄り道したりするの?」
「あんまり、かな。家遠いし、早く帰って晩御飯の用意したりしなきゃいけないから」
「え? 晩御飯、浅見さんが作ってるの?」
「うん」
「どうして? あ、お母さんも働いてるとか?」
「えっと……」
水無月の問いかけに、思わず俯いて言葉を濁す硝子。
「うち、親居ないんだ。二人共、二年くらい前に事故で亡くなって」
「えっ」
硝子の言葉に、水無月が驚きの表情を見せる。
「あ、ごめん……」
「ううん、大丈夫」
謝る水無月に、硝子がすぐに笑顔を向ける。自分の失言に水無月が困ったように頭を掻くと、それから先の会話が止まり二人の間に何とも言えない気まずい空気が流れた。
「あ、でも最近は麗華ちゃんとかと一緒に、日下部君の叔父さんがやってる喫茶店に行ったりしてるよ」
その場の空気を変えるべく、硝子が明るく言葉を放つ。
「へぇー。転校生君の叔父さん、喫茶店やってるんだ」
「うん。日下部君もそこに住んでるから、眠ってる日下部君を送っていく時とかに何回か行ったんだ」
気まずい空気を完全に流すために、笑顔で言葉を続けていく硝子。
「カフェオレがすっごく美味しいんだよ。今度、水無月君も行ってみたら?」
「そうだね。機会があれば行ってみようかな」
いつものように爽やかな笑顔で答える水無月であったが、その言葉には妙に心がこもっておらず、硝子は思わず戸惑うように首を傾げた。
「ん?」
「あ、ううん」
どうかしたのかと首を傾げる水無月に、硝子がすぐさま首を横に振る。
「あ、水無月君は? 部活帰りに部活の皆と寄り道したりするの?」
「たまにご飯行ったりするけど、そこまで多くもないかな。部活が終わる頃にはもうすっかり夜だし」
答えながら水無月がゆっくりと空を見上げる。
「僕、夜ってあんまり好きじゃないんだよね」
まだ日の光りが目一杯降り注ぐ空を見つめ、水無月がそっと笑みを零す。
「夜の暗闇の中に居ると、どうにも自分は世界にたった一人きりって気がしちゃって、妙に孤独になるから苦手っていうか」
「水無月君みたいな人でも、そんな気持ちになったりするんだ」
「うん、なるよ」
意外そうに言葉を発する硝子に対し、水無月はごく当たり前のように頷く。水無月の視線を追うように空を見上げ、硝子は少し眉をひそめた。
「私も、夜は好きじゃないな……」
妙に真剣に落とされる硝子の言葉に、水無月が空から視線を下ろす。
「朝の方が好き?」
「え?」
急な問いかけに、硝子が水無月の方を振り向きながら目を丸くする。
「あー、どうだろ。好きっていうより憧れてるだけかも」
俯きながら言葉を落とした硝子がまたゆっくりと空を見上げ、眩しい太陽を見つめる。
「届かないものだから、余計に」
焦がれるように太陽を見つめる硝子を見つめ、水無月は何かを思うようにそっと目を細めた。
「届かない?」
言葉の意味を問うように聞き返す水無月に、硝子が我に返ったように太陽から視線を逸らす。
「あ、うん。ほら、太陽にいくら憧れて手を伸ばしたって、届かないでしょ?」
無理やりに作った笑顔を浮かべ、水無月へと言葉を並べる硝子。
「まぁ、月になら手が届くってわけじゃないけど」
「届くよ」
すぐに返って来る言葉に、硝子が振り向く。
「月になら」
笑みを浮かべた水無月はどこか突き刺すような鋭い視線を硝子へと向けていた。
「水無月く……」
「ぐぅー」
「え、寝た!?」
突然机に突っ伏して寝息を立てる水無月に、硝子が驚きの声をあげる。
「ウソでしょ? 日下部君現象? おぉーい、水無月くーんっ」
硝子が向かいの席から肩を揺すって呼びかけるが、水無月は深く目を閉じたまますっかり眠り込んでしまっていた。硝子が戸惑っていたその時、何かガラスのようなものが割れる音が店内に響き、硝子は思わず立ち上がって店の中を見た。
「あっ」
倒れ込んだ店員の手から落ちたのか、ガラス製のコップが粉々に割れて床に散らばっている。倒れ込んだ店員は水無月と同じように深く瞳を閉じていた。水無月や店員だけではなく、他の喫茶店の客も近くの店の店員や道を行く人々も倒れ込み、皆眠り込んでいる。
「これって、夢現空間?」
<水無月……>
周囲を見回していた硝子が後方から聞こえてくる重く響くその声に気付き、弾かれたように振り返る。
「あっ……!」
振り返った途端、硝子が大きく目を見開く。
硝子の振り返った先、街のど真ん中に堂々とその巨体を広げているのは真っ黒な一匹のイカであった。十本ある長い足を道の端から端まで伸ばし、その長い頭部で硝子のいる喫茶店の前に大きく影を作っている。
「夢喰って海の生き物だったりもするんだ」
<水無月……、水無月!>
感心するように硝子が呟く中、イカはその真っ赤な瞳でテラス席に眠る水無月を捉えると、水無月に向け両端の足を勢いよく振り下ろした。
「あ、水無月君!」
硝子が慌てて駆け寄り、水無月を後方へと吹き飛ばすようにしてテーブルの上から退かせる。イカの足は大きく音を立てて、今まで硝子と水無月が座っていたテーブルを砕き割った。
「なんで水無月君を? また水無月君のファンの子とかっ?」
飛んでくるテーブルの破片を払いながら、硝子が真剣な表情でイカの巨体を見上げる。三角の形をした頭部の中央に埋め込まれている水晶体。目を凝らしてその中を見つめるが、そこに眠っているのは女子ではなかった。硝子たちと同じ赤槻高校の制服を着た眼鏡の男子生徒だ。
「あれって確か万年二位で有名な、えっと何だっけ? 五十嵐、君?」
今日見たばかりの掲示板に書かれていた成績上位者の、水無月のすぐ下に書かれていた名前を思い出しながら、硝子が漸く五十嵐の名に辿り着く。
「まさか、万年二位なことを恨んで水無月君をっ?」
<水無月、水無月ぃぃ!>
「あっ……!」
再び水無月へと長い足を向かわせるイカに、硝子が水無月の体を引っ張るようにして喫茶店の外へと出る。するとイカは他の喫茶店の客などに目もくれず、すぐさま硝子と水無月の方に体を向けた。
「やっぱり水無月君を! えっと、何か棒状のものっ」
イカの狙いを確かめた硝子が、灯子に替わるために刀の代わりとなるものを探す。だが連日雨が降っていないせいか喫茶店の傘立ては空っぽで、他に棒状のものも見当たらなかった。
「これじゃ灯子になれない! 灯子になれなきゃ」
自分の言葉に、不意に何かに気付いたような表情となる硝子。
「灯子になれなきゃ、私には何の力もっ……」
<水無月!>
苦しげに表情を歪めた硝子とそのすぐ横に倒れている水無月へと、イカが十本の足で襲いかかる。
追い込まれたように眉をひそめた硝子が見つけたのは、すぐ傍の道路に転がっている台車であった。宅配便を届けた帰りなのか、業者の人間とみられる制服の男がすぐ傍に倒れている。
「これ、借りますね! 水無月君、ごめん!」
眠っている男に一方的に告げて、謝っているわりに乱暴に蹴り上げて水無月を台車の上に乗せると、硝子は台車を押し、襲いかかるイカの足を必死に避けてその場から勢いよく逃げ出した。
「学校に、学校に行けばまだ日下部君たちが……!」
台車を押しながら、硝子が必死に学校への道を急ぐ。
<水無月、水無月、水無月ぃぃっ……!>
駆け出していく硝子を追うように、その長い足を絡み合わせるように動かしてイカが道路を移動していく。道を走るイカの姿は何とも異様なものであった。
足の速さには自信のある硝子はイカと一定の距離を保ったまま何とか逃げ続けていたが、赤槻高校へと続く長い坂道になったところで台車に乗った水無月の体重が重く圧し掛かり、その速度が少し落ちる。
「もう少し、もう少し……!」
徐々に縮まっていくイカとの距離を確認しながらも、手のひらを赤くして必死に台車を押す硝子。
<水無月!>
「あっ!」
勢いよく伸ばされたイカの足の一本に絡めるように右足を取られた硝子が、バランスを崩してその場に倒れ込む。硝子が倒れ込む反動で台車が傾くと、台車の上から眠ったままの水無月が地面に転がり落ちた。
地面に落ちた水無月へと、漸く追いついたイカが十本の足を一気に伸ばす。
「水無月く……!」
硝子が焦りの表情を見せたその時、水無月の前に金色の巨狼が舞い降りると、長い両耳を振り切るようにして風を起こし、水無月へと向かっていたイカの足を吹き返した。
「今日はイカかぁ? 美味そうだねぇ」
「仲河君!」
輝の背に乗って姿を見せた晃由に、上半身を起こした硝子が嬉しそうな笑顔を見せる。
「大丈夫? 硝子ちゃん」
「うん。あれ? 日下部君は一緒じゃないの?」
「あー、朝海ならあそこ」
硝子の問いに答え、坂の上の学校を指差す晃由。硝子が晃由の指の先へと視線を向けると、その坂の上からゆっくりと一歩ずつ、何とも重たい足取りでこちらへと下りてこようとしている朝海の姿があった。だがあの足取りでは、ここに来るまでもう数分はかかりそうである。
「走る気はないのかな?」
「起きたばっかだからねぇ。ま、あいつの場合、走っても足遅せぇし」
呆れたように問いかける硝子に、晃由が明るい笑顔を見せる。
「夢喰の狙いはまた、そこのイケメンくん?」
「うん。夢媒者は五十嵐君っていって、いつも試験の成績二番の人なの」
「あらー、そりゃあさぞやイケメンくんが邪魔だろうねぇ」
「邪魔っ……」
自分に向けられたわけではない晃由のその言葉に、どこか動揺するように瞳を揺らせる硝子。
「了解了解。硝子ちゃんはイケメンくんとどっかに避難しといて。灯子ちゃんになれないんじゃ、近くに居ても意味ないし」
何気なく放たれた晃由の言葉に、硝子が一瞬表情を止める。
「硝子ちゃん?」
「あ、うん」
晃由の呼びかけに頷いた硝子が立ち上がり、地面に転がり落ちたままの水無月の元へと駆け寄っていく。
「さ、朝海が来るまでにゆっくり喰らうとしようか。輝!」
硝子と水無月を庇うように二人の前に立つと、張り切って言葉を放って、晃由が先程吹き戻したイカの元へと輝と共に向かっていく。
イカも向かって来る輝に気付き、すぐさま十本の足を伸ばした。輝は尾や耳でイカの足をすべて振り払い、そのままイカの頭上へと飛び込んでいく。
「やっぱ喰らうなら頭からっしょ!」
頭上へと飛び込んだ輝が牙を伸ばし、その鋭い切っ先をまっすぐにイカへと突き下ろす。だが輝の牙がイカに届く一瞬前に、口を尖らせたイカが輝に向かった真っ黒な墨を吹き出した。
「うっぎゃあ!」
墨に輝共々視界を封じられた晃由が、イカの十本の足に一気に押し出されて坂の一番下まで転がり落ちていく。
「仲河君!」
転がり落ちていく晃由に思わず身を乗り出す硝子であったが、晃由を心配している場合ではないことに気付き、すぐに表情を険しいものへと変える。晃由を振り切ったイカがゆっくりと十本の足を動かし、硝子と硝子のすぐ後ろに倒れている水無月の元へと歩み寄って来た。
「灯子になれなくても何の力もなくても、逃げるわけにはっ」
水無月を庇うように水無月の前に立った硝子が、引きつった表情を見せながらも逃げることなくまっすぐに視線をイカへと向ける。
<オ前ガ居ルカラ、僕ハイツモ二番……>
イカから聞こえてくる声に、硝子が眉をひそめる。
<オ前ハイツモ、僕ノ邪魔ヲスル>
「邪魔っ……」
耳に入るその言葉に、再び瞳を揺らめかせる硝子。
<オ前ナンカ……>
硝子のすぐ前に立ったイカが、その巨体で高々と硝子を見下ろす。
<オ前ナンカ、居ナクナレバイイ!>
「……っ!」
イカのその言葉に、硝子が大きく目を見開く。
「居なく……、なればっ……?」
小刻みに震えた声でイカの言葉を繰り返す硝子。
「私なんか、居なくなればっ……」
――――あなたのせいじゃないわ、硝ちゃん――――
――――私のことなんて別にいいんだ。硝子が良ければ、それで――――
――――私なんか、居なくなってしまえばいいのに……――――
「あっ、あぁっ……」
その場で膝をついた硝子がまるで怯えたような表情で大きく肩を震わせ、両手を胸の前で交差して必死に震える肩を押さえる。
すっかり俯き動かなくなってしまった硝子へと、イカが容赦なく足を振り下ろす。
「硝子ちゃん……!」
何とか目元の墨だけを手で拭い取った晃由が、硝子に迫るイカの足に思わず身を乗り出した。
「“黎明”」
硝子へと振り落ちようとしていたイカの足が、硝子の後方から飛んで来た金光の塊に次々と吹き飛ばされていく。すべての足を後ろへと押し出されたイカはバランスを崩し、巨体を傾けてそのまま地面に背中から倒れ込んだ。
イカへと金光を飛ばしたのは、ゆっくりとした足取りで漸くここまで辿り着いた様子の朝海であった。その額には赤い日の出の印が輝いている。
「朝海!」
「何をしている。とっとと喰え、晃」
「来るの遅いわりに、相変わらず偉そうだねぇ」
落ち着いた表情で指示を出す朝海に呆れたように頭を掻きながらも、晃由が再び輝の背に乗り込む。輝も長い耳で目元の墨を拭い取り、すでに戦闘態勢を整えていた。
「よっしゃ! 行くぞ、輝!」
晃由の掛け声に、輝が両耳を広げてイカの方へと翔けていく。まだ地面に倒れ込んでいるイカの上空で体を止め、長く牙を伸ばす輝。晃の動きに気付いたイカがまた口を尖らせ、輝に向かって勢いよく墨を吐く。
「同じ手を喰らうかよ!」
晃由が得意げに声を放つと、輝が大きく耳を振るって吐き出された墨をイカへと吹き返す。
<グフッ!>
自らの墨を浴び、真っ赤な瞳を閉じるイカ。
「さぁ喰らうぜ、輝!」
墨で視界を遮られ身動きが取れずにいるイカに向かい、輝が上空から鋭く牙を立てた。
<ギャアアア!>
頭部に輝の牙が突き刺さると、イカの激しい悲鳴が響き渡る。黒い巨体はどんどんと黒い煙と化していき、輝はその煙を欠片一つ残さずに喰らい切った。イカの巨体のなくなったその場に、五十嵐の囚われた水晶体だけが残る。
朝海が相変わらずゆっくりとした足取りで水晶体の前まで行くと、額の印を輝かせ両手で作った金光の針を進めていく。
「悪しき夜に呑まれし夢よ。今再び、朝の光の中に目醒めよ」
朝海が描いた針を水晶体へと向かわせる。
「“御破夜宇”」
金の針が水晶体へと当たると、水晶体はひび割れてすぐに粉々に砕け散った。砕け散った水晶体の中から、解放された五十嵐が地面へと倒れ込む。
「お、墨が消えた」
水晶体が砕けたことで夢現空間が終わり、全身イカの墨で真っ黒になってしまっていた晃由と輝の体から墨が消えた。
「ふぅ。で、この男は誰だ?」
一つ息を落とし額の印を消した朝海が、倒れた五十嵐を見下ろしながら問いかける。
「試験でいっつもイケメンくんに負けてる万年二位くんだって」
輝と共に朝海に歩み寄っていきながら、晃由が朝海の問いに答える。
「二位? 十分じゃないか」
「だよねぇ」
「んっ……」
朝海と晃由の言葉が繰り広げられる中、五十嵐が静かに薄目を開く。
「俺なんか三十三位でも、トモさんと茜に凄いと五十回は言われたぞ」
「俺なんか三百位以内だったって、親が昨日赤飯炊いてくれたぜぇ」
「三百? 二年の人数、三百八人だろう?」
「下に八人も居るなんてスッゲェじゃん」
次々と耳に入って来る朝海と晃由の言葉を聞きながら、五十嵐が薄目のままどこか力の抜けたように肩を落とす。
「なんだ。二位でも、十分なのか……」
安心したように言葉を落とすと、五十嵐は再び瞳を閉じた。
「あら、納得してくれたっぽい?」
「下には下が居ると知って安心したんじゃないか?」
五十嵐が再び眠りについたことを確認し、朝海と晃由がまた言葉を交わす。
「それに、元々そんなに強い夢じゃなかったんだと思う。さっき掲示板の前で見かけた時も、夢喰が喰らうような凶暴な夢を抱いているようには見えなかったし」
「でも実際、夢喰が喰らったじゃん」
「それはそうだけど……」
「あ、そういえば硝子ちゃんとイケメンくんはっ」
晃由の言葉に気付いたように振り返った朝海が、地面に膝をついたまま深く俯き、夢喰を倒し終えたというのにその場からまったく動こうとしない様子の硝子を見る。硝子の様子に眉をひそめた朝海が、少し早歩きで硝子の方へと寄っていく。
「どうした? どこか怪我でもしたか?」
硝子のすぐ前にしゃがみ込み、心配するように硝子へと言葉を掛ける朝海。朝海が問いかけても硝子は顔を俯けたまま、何の言葉も発しない。
「おい」
朝海が遠慮がちに硝子の肩に右手を触れると、漸く硝子がゆっくりと顔を上げた。
「どうし……」
「ごめん、ね」
再び問いかけようとした朝海の顔をまっすぐに見て、悲しげに笑みを浮かべた硝子が力なく言葉を落とす。
「待って、られなくて。朝の光の中で、あなたを待っていられなくて」
「えっ……」
今にも泣き出しそうな震えた声を繋ぐ硝子に、その言葉の意味もわからずに朝海が戸惑いの表情を見せる。
「ごめん、ね……」
「あ、おい!」
そのままゆっくりと目を閉じ前方へと倒れ込んでいく硝子に、朝海が焦りの表情を見せる。
「晃、すぐに保健室に運べ!」
「あ、お、おう!」
朝海の必死の声に急かされ、晃由は慌てて輝と共に倒れた硝子の元へと駆け寄っていった。




