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Dream.07 君はトモダチ 〈2〉

「はい」


 木製の両開きの扉の右側の扉だけを開けた八雲が、顔を上げた途端に眉をひそめる。


「こんにちは。えっと八雲ちゃん、だっけ?」


 開いた扉の向こうには濡れた傘を閉じた晃由と硝子が立っていた。笑顔を見せる晃由とは対照的に、硝子は険しい表情を八雲へと向けている。


「どちら様ですか? 父と母なら二人とも出かけていて居ませんけど」


 少し警戒するように扉の後ろに体を隠しながら、顔だけを出して八雲が二人へと言葉を向ける。


「いや、俺たちが用事あんのは君だから」

「私?」

「あぁーでも、お父さんとお母さん」


 言葉を付け加えた晃由が鋭い眼差しを八雲へと向ける。


「ホントは家に居るんじゃない? 眠ってて出て来れないだけで」


 試すような問いかけ方をする晃由に、八雲が少し表情をしかめる。


「何を言っているのかわかりません。用がないなら、早く帰ってくだっ」

「ちょい待ち」


 八雲が閉じようとした扉の隙間に足を挟み込み、扉を止める晃由。八雲を玄関の中へと押し込むようにして、晃由と硝子が無理やり家の中へと入る。


「何を……!」

「居るでしょう?」


 勝手に家の中へと侵入した二人に八雲が非難の声をあげようとしたその時、今度は硝子が八雲へと鋭く問いかけた。


「あなたの夢を叶えた獣が」


 硝子のその言葉に思い当たることがあるように、八雲が表情を引きつる。


「アベさん!」

「あべさん?」


 家に向かって呼びかける八雲に二人が首を傾げる。お手伝いさんでも居るのだろうか。二人がのんびりとそんな考えを巡らせていた時であった。


<八雲ノ邪魔ハ、サセナイ!>

「んな!?」


 家の中から飛び出してきたのはお手伝いさんではなく、人間ですらない、巨大な一頭の黒熊であった。真っ黒な全身に、鈍く光る赤い瞳。額には小さな水晶体が埋め込まれている。


「夢喰(ゆめばみ)!?」


 まっすぐ立つと家の天井を破壊してしまうからか、体を折って前屈みになりながらも勢いよく玄関へと飛び出してきたその熊は、庇うように八雲の前に立つと鋭い爪のついた大きな腕を二人に向けて振り上げる。


「げぇ!」

「仲河君、傘!」


 持っていた折り畳み傘を投げ捨て、焦る晃由から奪い取るように雨傘を持つ硝子。雨傘を持った途端鋭く表情を変えた灯子が、右太腿に浮かび上がった日の出の黒印へと雨傘を当てる。印に当たった雨傘はすぐさま金光輝く刀へと姿を変えた。


「こっの、“燈”!」


 変わったばかりの刀を振り上げ、灯子が降り下りてくる熊の巨腕を受け止める。


「灯子ちゃん!」


 熊に応戦する灯子の姿を見ながら、晃由が素早く袖を捲くり上げ腕に刻まれた印に左手を触れる。


「“輝(テル)”!」


 晃由の左手が触れた途端に印から金光が溢れ出て、晃由のすぐ横に長い耳を持った巨大金狼が姿を見せる。


「灯子ちゃんの援護だ、輝!」


 晃由の言葉に頷くことはしなかったが、輝が玄関の壁が壊れることなどお構いなしに耳を大きく左右に広げ、その巨体を浮かび上がらせて熊のもとへと飛び込んでいく。

 輝の体当たりを受けた熊は、廊下の天井を突き破りながら家の奥へと吹き飛ばされていった。


「アベさん!」


 壊れた家よりも熊の身を案じるように、八雲が不安げに後方を振り返る。


「どうなっている? あのガキが夢媒者じゃないのか?」


 上から圧し掛かっていた熊の巨腕がなくなり、刀を振って腕の感覚を確かめながら灯子が晃由へと問いかける。


「夢媒者なら夢喰の水晶体の中に囚われるはず。夢媒者と夢喰が同時に存在することは有り得ないだろう?」

「他に夢を見た者が居るってことだろ」


 輝の耳を撫でながら晃由が冷静に言葉を返す。


「あの子の夢を叶えたいって夢を見た奴が」

「夢を叶えたいという夢? 一体、誰がそんな夢を」


 晃由の言葉を聞いた灯子が少し困惑した表情を見せる。


<八雲ノ邪魔ハサセナイ!>

「アベさん!」


 家の奥から再び二人の元へと駆け込んでくる熊。復活した熊の姿を確認した八雲が嬉しそうな笑顔を見せる。


「家の中じゃ戦いにくい。外へ出よう、灯子ちゃん!」

「ああっ」


 短く言葉を交わして灯子と晃由が玄関扉を開き、雨の降り注ぐ外へと飛び出していく。熊も扉を破壊するようにして二人の後を追ってきた。


<八雲ノ夢ハボクガ叶エル!>

「今時、何とも献身的な夢を見る人間が居るもんだ」


 熊が発する言葉を聞きながら、晃由が思わず感心するように熊を振り返る。


「どんな奴なのか、顔でも拝んで来るか。輝!」


 晃由が素早く輝の背の上に飛び乗ると、輝はすぐさま両耳を広げ雨空の中を舞って、外へと飛び出してきた熊へと向かっていく。空を舞いながら右前足の爪を長く伸ばした輝が、その爪でぬかるんだ地面を抉り上げると飛び散った泥が熊の瞳に直撃した。

 泥が目に入った熊が両手で顔を覆い、その場で立ち止まる。

 その隙に高度を上げた輝の上から、晃由が熊の額の水晶体へと目を凝らした。


「あれは……!」


 水晶体の中に浮かぶそれを見つめ、思わず目を見開く晃由。


<八雲ノ邪魔ハ、サセナイ!>

「あっ、うあああ!」


 水晶体の中に気を取られていた晃由が、ようやく瞳を開いた熊が振り上げた腕により輝ごと後方に勢いよく吹き飛ばされる。

 爪を引っ込めた前足に力を入れ、ぬかるんだ地面に何とか踏み止まる輝。その勢いで晃由が思わず背の上に転がる。


「痛たたたた」


 輝の負った傷と連動し、右頬を赤く腫れ上がらせる晃由。


「敵の目の前で呆ける奴が居るか」

「灯子ちゃん」


 輝の背の上へとやって来た灯子が晃由へと呆れた視線を向ける。


「いやぁ、ちょっと驚きに気を取られちゃって。今時他人の夢を叶えたいなんて奇特な人間が居るんだなぁと思ったけど、やっぱ居ねぇもんだな。んな人間は」

「居ない? じゃああれは一体、何者の夢だというんだ?」

「ぬいぐるみだよ」

「ぬいぐるみ?」


 晃由の言葉に灯子が眉をひそめる。


「そうよ、私の夢を叶えて。私の夢の邪魔をする人は、皆やっつけちゃって」


 壊れた玄関扉の向こうから、八雲が熊を見つめて無邪気に瞳を輝かせる。


「あなたは私の、たった一人のトモダチ」

<八雲ノ夢ハ、ボクガ叶エル!>


 八雲の言葉に応えるように、熊が再び二人のもとへと飛び出していく。


「ぬいぐるみが夢媒者だと? そんなことがっ」

「物が夢媒者になるケースはたまにあるって朝海から聞いたことがある。ま、俺も見たのは初めてだけどね!」


 輝が態勢を整え、空へと舞い上がって熊の攻撃を避ける。その輝の背の上で言葉を交わす灯子と晃由。灯子が高々と舞い上がった輝の上から熊の水晶体を確認すると、確かに水晶体の中には小さな熊のぬいぐるみが浮かんでいた。


「ただのぬいぐるみが夢を見るなんて」

「夢は見る者を選んだりしねぇってことだろ。平等ってのは素晴らしいねぇ」


 驚きを言葉にする灯子の横で、晃由がどこか嬉しそうな笑みを見せる。


「笑っている場合か? 日下部朝海の居ないこの状況では、消耗戦になって負けるのは私たちだぞ。とっととあの夢喰を喰らわないと」

「だねぇ。ってことで灯子ちゃん、援護してくれる?」


 笑顔を向ける晃由に、灯子が不満げに表情をしかめる。


「援護はしない」

「え?」

「私は私の勝手であの熊を引きつける。その隙にお前が勝手に攻撃しろ」


 愛想なく言葉を放って、灯子が刀を構え直し輝の背の上から飛び出していく。


「素直じゃないねぇ、ホント」


 輝の上から灯子を見送り、晃由は少し困ったような笑みを浮かべた。


「正面から行くぞ、燈!」


 輝から飛び降りた灯子は、そのまま下降する速度を合わせながら熊の頭上へと刀を振り下ろす。

 熊はその巨腕を突き上げ、灯子の刀を受け止めた。灯子が全力を込めるがさすがの腕力か、熊の腕は少しも動かない。


「ならっ」


 含むように言葉を落とした灯子が不意に刀から力を抜き体を滑らせるように下へと落とすと、急に受け止めるものがなくなった熊はそのまま腕を空振りさせるようにしてバランスを崩し、少し前傾姿勢となる。その隙を逃さずに、熊の腰元まで一気に降りていく灯子。


「倒れろ!」


 灯子が熊の背を蹴り上げると、すでに前傾姿勢だった熊が一気に膝を折り地面に両手をつく。


「アベさん!」


 地面に四つん這いになった熊の姿に、八雲が思わず身を乗り出す。


「今だ! 喰らうぜ、輝!」


 そこへ下降してきた輝が長く牙を伸ばし、四つん這いになったままの熊の背へと鋭く牙を突き刺す。


「ってか、なんでアベさんなんだ?」

「熊がベアだからじゃないか?」

「うわぁー、納得」


 納得しながらも賛成はし兼ねる八雲のセンスに、晃由が思わず苦い笑みを零す。その間にも輝に喰われた熊の体が、徐々に黒い煙となって形を崩していく。


「アベさん……!!」


 形を崩していく熊に居ても立ってもいられなくなったのか、雨の中を気にせずに外まで飛び出してくる八雲。


「嫌! 嫌だよ、アベさん!」


 必死に叫ぶ八雲の瞳に涙が浮かぶ。


「消えないで! お願い、私の夢を叶えて! アベさんっ……!!」


 痛々しいほどに響き渡る八雲のその叫び声に、輝にすっかり組み敷かれてしまった熊が俯いたままきつく口を噛む。


<八雲ノ……、八雲ノ夢ハ、ボクガ叶エル!!>

「何っ!?」


 意志の宿る声と共に、熊の全身から発せられる強い黒光。


「うわあああ!」

「晃由っ……!」


 その光を浴びた晃由が、輝と共に熊の上から吹き飛ばされる。近くの木々を薙ぎ倒すようにして地面に倒れ込んだ輝の背の上から、晃由が放り出された。


「なんて、夜力(やりょく)だっ……」


 傷ついた体を何とか起き上がらせながら、晃由が険しい表情で言葉を落とす。


「強い夜力。それほどに、あのぬいぐるみの夢見る力が強いということか」


 熊の発する黒光を見つめながら、灯子が考え込むように呟く。


「やったぁ、アベさん!」


 放った黒い光で再び形を完成させ立ち上がった熊を見上げて、八雲が嬉しそうに両手を突き上げる。


「このまま皆、やっつけちゃって! 私の夢の邪魔をする奴は皆、やっつけちゃって!」

「随分な物言いだな」

「あっ……!」


 熊へと笑顔でエールを送っていた八雲の目の前へと、いつの間にか移動してきた様子の灯子が立つ。灯子の鋭い視線に思わず背筋を震え上がらせる八雲。


「何が夢だ。ぬいぐるみの力ばかりをアテにして、何の関係もない人間を傷つけて」


 八雲を睨みつけると、灯子はそのまま容赦なく刀の先を八雲へと向ける。


「と、とととと灯子ちゃん!?」


 まだ立ち上がれないながらも、小学生を相手に刀を向ける灯子に必死になって身を乗り出す晃由。


「こんなことは今すぐにやめろ。でないと、お前の夢が穢れるぞ」


 向けられた刀先に怯えるように言葉を発しながら、八雲が瞳に涙を浮かべる。


「私が、悪いの?」


 いっぱいに涙を浮かべた瞳で、八雲が灯子を見上げる。


「私、私はただ、皆と一緒に学校に行きたかっただけなのにっ……!」

「……!」


 八雲のその言葉に、灯子が思わず目を見開く。


――――私も学校に行きたいな……――――


「硝子っ……」


 八雲の姿を過去の硝子の姿と重ね、灯子が苦しげに胸を押さえる。


<八雲ノ邪魔ハサセナイ!>

「あっ、あああああ!」

「灯子ちゃん!」


 背後から迫った熊の腕に吹き飛ばされ、灯子が晃由のすぐ横まで転がってくる。


「灯子ちゃん、平気!?」


 ゆっくりと起き上がる灯子のもとへと、同じく立ち上がったばかりの晃由が駆け寄っていく。


「“私が悪いの?”か……」


 先程の八雲の問いかけを繰り返しながら、灯子が全身に痛みの走る体をゆっくりと起き上がらせる。


「どう見ても、こっちが悪者だな」

「まぁ灯子ちゃんはいつものことだけどね」

「何か言ったか?」

「いやっ」


 睨みつけるように向けられる視線に、晃由がすぐさま首を横に振る。


「どうすっかねぇ~、さっきみたいな強烈な夜力使われたんじゃ輝では喰い切れねぇだろうし、灯子ちゃんが斬るっていうのもさすがに」

「私が夢喰を斬ったとしても、今回はぬいぐるみの夢が消えるだけだ。人の夢を消しさえしなければ、日下部朝海も不満はないはずだ」

「まぁそりゃそうだけど」


 未だに涙を零している八雲を不安げに見下ろしている熊の姿を見つめ、晃由が眉をひそめる。


「あのぬいぐるみの夢を斬ったら、あの子の夢も消えるよ。たぶんね」


 晃由の言葉に特に反論もなく黙り込む灯子。灯子もどうやら、晃由と同じ考えのようだ。


「私にもっと力があれば……」


 右手に握った刀を見つめながら、灯子がどこか悔しげに言葉を落とす。


<八雲ノ夢ハ>


 二人が言葉を交わしている間に八雲から二人の方へと体の向きを変えた熊が、二人に向かって大きく口を開く。


<ボクガ叶エル……!!>


 言葉と共に熊の口から吐き出される巨大な黒光の塊。


「何て夜力だ!」

「万事休すって感じ?」


 険しい表情を見せる灯子の横で、晃由が引きつった笑みを浮かべる。


『クっ……!』


 身構えた二人が覚悟を決めるように唇を噛み締めた、その時。




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