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Dream.07 君はトモダチ 〈1〉

 赤槻高校から徒歩十五分程の距離にあるごく普通の小学校、赤槻小学校正門前。


「はっ?」


 雨の降りしきる空の下、校舎から出て来た朝海の従妹茜は愛らしいその表情を勢いよくしかめた。


「ヤッホー、迎えに来たぜぇ。茜」

「こんにちは」


 暢気そうな笑顔を見せた晃由と少し気まずそうな笑みを浮かべた硝子が傘を差し、校舎から出て来た茜を出迎えたのである。晃由の右手に茜の赤色の傘がかかっているところを見ると、茜の父親であるトモに頼まれて迎えに来たといったところだろう。

 挨拶を向けた二人をあっさりと無視し、茜が二人の周囲を何度も見回す。


「朝海なら居ねぇぞ」


 茜が誰を探しているのかをすぐに察した晃由が、茜へと歩み寄って行きながら言葉を掛ける。


「なんで?」

「家で寝てるから」

「なんで起こして来てくれないのよ、バカ晃!」

「起こして素直に起きてくれんなら俺だって苦労しないっての」

「ったく、気が利かないわね」


 あれこれと刺刺しく会話を繰り広げながら、晃由が茜へと持ってきた傘を手渡す。背中のランドセルと同じ真っ赤な傘を差し、校舎の玄関から外へと出る茜。


「あなたの気が利かないから輝が苦労するのよ。この前も間抜けな攻撃のせいで、口の中が砂まみれになったって輝、愚痴ってたわよ」

「マジかよ、輝!」


 輝に問いかけるように、晃由が自分の腹に向かって大きく声を掛ける。事情を知っていれば不思議にも思わないが、横を通り過ぎる小学生たちはそんな晃由にどこか冷めた視線を送っていた。


「そっか。そういえば茜ちゃんは獏の言葉がわかるんだっけ」

「そうそう。獏の言葉なんて俺ら獏飼いにも何となくしかわっかんねぇのに、ホント変なガキだよ」

「うるさいわね、ガキとか言わないで」


 硝子に説明をする晃由を、茜が強く睨みつける。


「じゃあ」


 口を開いた硝子に、茜が視線を移す。


「あ、やっぱりいいや。ごめんなさい」


 言葉を放とうとして止めた硝子の様子を見つめ、晃由が少し眉をひそめる。


「何、それ。っていうか何であなたまで居るわけ?」

「私も傘忘れちゃって。帰りにトモさんに借りたら、そのついでに一緒に行こうって仲河君が」

「ふぅーん。借り傘なのに折り畳み? 変なの」

「そういえば……」


 自分の差している折り畳み傘を見上げ、硝子が不思議そうに首を傾げる。朝海、晃由と共に喫茶Tomoを訪れた硝子に、トモは当たり前のように折り畳み傘を差し出した。まるで雨傘を持つと硝子が灯子に替わることを知っているかのように。


「女物が折り畳みしか無かったんじゃねぇの?」

「それもそっか。折り畳みならお客さんの忘れ物とか店にいっぱいあるし」


 硝子の考えを否定するように晃由と茜が会話を続ける。


「茜ちゃん、バイバーイ!」

「うん、また明日」


 友達だったのか、横を通り抜けていく数名の少女たちに茜が笑顔で手を振る。

 茜の視線を追うように横を振り向いた硝子が視界に入れたのは、茜の友達たちの後方を歩く一人の少女だった。女子小学生だというのに落ち着いた水色の傘を差したその少女は、長い黒髪を風に吹かせながらたった一人、誰とも挨拶することなく正門に向かって歩いていく。

 その少女の背を目で追いながら、何かを感じ取るように表情を曇らせる硝子。


「硝子ちゃん?」

「あの子……、あの子も同じクラス?」


 硝子がすぐに茜の方を振り向いて問いかける。


「ああ、八雲さん? 同じクラスよ。って言っても、学校に来始めたのは三日前からだけど」

「三日前?」

「そう、それまではずっと休んでたの。何か親が家庭教師つけた方が効率的だから学校なんて行く必要ないとか言ったみたい」

「何じゃ、そりゃ」


 茜の話を聞いた晃由が大きく表情をしかめる。


「学校じゃなきゃ青春は学べねぇだろうが!」

「はぁー、ウザっ」


 誰に向かってでもなく熱弁する晃由に、茜が心底呆れた様子で息を吐く。


「でも学校に来始めたってことは家庭教師やめたってことか?」

「さぁ? せっかく学校来たわりに誰とも話さないし誰にも話しかけようとしないから、詳しいところは全然知らないけど」


 八雲の振る舞いに呆れるように、茜がそっと肩を落とす。


「あの子の家ってわかるかな?」

「家? そんなの聞いてどうするわけ?」

「ちょっと気になることがあって」

「ふぅーん。確か三丁目の丘の上の大豪邸だって聞いたけど」

「ありがとう」

「あ、硝子ちゃん!?」


 茜から八雲の住所を聞いた硝子がすぐにその場を駆け出していく。止めようと思わず手を伸ばした晃由であったが、硝子は晃由の声に止まることなく雨の中をその俊足で駆け抜けていってしまった。


「さすが神の足。ん~、しっかしこりゃ臭うな」


 もうすっかり小さくなってしまった硝子の背を見つめ、晃由が眉間に皺を寄せる。


「よし追うか。茜、お前朝海呼んで来い」

「はぁ?」

「頼んだぜぇ~!」

「ちょ……!」


 茜が文句を言う間すら与えずに、晃由はあっという間に硝子の後を追って遠ざかっていってしまった。校舎前に一人残された茜が強く拳を握り締め、込み上げる怒りに肩を震わせる。


「迎えに来たんじゃないの!? 何なのよ、もう!」


 茜の大きな怒鳴り声に、帰ろうとしていた小学生たちは何事かと一斉に振り向いたのであった。






 茜に教えてもらった八雲の家があるという三丁目は、トモの喫茶店のある一丁目のような庶民的な空気とは異なり、豪邸の並ぶ閑静な住宅街であった。電柱に書かれた三丁目の表記を確認すると硝子が足を止め、周囲を見回す。すると近くの家の前で、雨の中だというのに傘を差したまま楽しげに話をしている主婦二人の姿があった。

 硝子はすぐにその主婦たちの元へと歩み寄っていく。


「あのぉ」

「はい?」

「八雲さんのお宅ってご存知ですか?」

「ああ、八雲さん」


 主婦が二人共、すぐに思いついたように頷く。


「この道の向こうに丘があるでしょ? 八雲さんのお宅はその上よ」


 制服を着た硝子が相手だからか、主婦は何も怪しむことなくあっさりと家の場所を教えた。


「ありがとうございます」

「でも近付かない方がいいんじゃないかしら」

「へ?」


 意味深な主婦の言葉に、硝子がすぐに踏み出そうとした足を止める。


「噂なんだけどね、あの丘に近付くと謎の眠り病になっちゃうんですって」

「眠り、病?」


 主婦の言葉を聞いた硝子が表情を曇らせる。


「何でも八雲さんのお宅に新聞配達に行った人がね、丘に入った途端急に眠くなって、気付いたら丘のすぐ下の道路で眠りこけてたんですって」

「今朝、ご主人の会社の人も同じようなこと言ってたわよね」

「ああ、言ってた言ってた。ご主人、三日も無断欠勤が続いてるから様子見に来たらしいわねぇ」

「そういえばここ三日、奥さんも見ないわよねぇ。お子さんは学校行き始めたみたいだけど」


 聞いてもいないことまで次々と話していく主婦たちの凄まじい会話力。だが、そんな主婦の凄さに圧倒されることもなく、硝子はどんどんと表情を険しく変えていく。


「夢現空間か」

「仲河君っ」


 すぐ横から聞こえてくる声に振り向くと、そこには晃由の姿があった。


「付いて来てくれたの?」

「硝子ちゃんの様子がおかしかったから気になってね。朝海は茜に呼ばせに行ってるし、とりあえずその眠りの丘ってのに行ってみようか」

「うん。ありがとうございました!」


 晃由の言葉にしっかりと頷くと硝子は主婦たちに礼を言って、晃由と共に丘へと駆けていった。


「硝子ちゃんが言ってた“気になること”って、このことだったのか」

「うん。何かあの子からかすかに夢喰ゆめばみの気配? みたいなものを感じた気がして」

「夢喰の気配ねぇ」


 足を動かしながら、晃由がそっと眉をひそめる。


「んなもん、ただの獏飼いにはわかるはずねぇんだけど」

「え?」

「いや、何でもない」


 小さく落とされた晃由の言葉が聞き取れなかったのか硝子が振り向いて聞き返すが、晃由はすぐに首を横に振って誤魔化した。


「そういえば硝子ちゃんさ、さっき茜に聞こうとしたのって“トウ”のことだろ?」


 閑静な住宅街の真ん中の道を駆け抜けていっているというのに、晃由は周りの静けさなど気にした様子もなく硝子へと問いかけを続けた。


「もしかして硝子ちゃん、燈を獣化させたいって思ってる?」

「……その方が、強くなれるなら」

「ふぅーん」


 少しの間を置いた後、正直に答える硝子。硝子の答えを聞いた晃由は、あまり興味のなさそうな相槌を返した。


「確かに強くはなれるかもだけど、あんまオススメはしないよ? ほら、俺ら獏飼いと獏って連動してっからさ、獏がやられたら自分も傷つくし。強くはなるけどリスクも上がるって感じ?」

「リスクなんて、どうでもいい」


 脅かすように言う晃由に、硝子は少しも怯むことなくすぐさま答える。


「今のこの状態が終わるなら」

「……ふぅーん」


 真剣な面持ちで言葉を落とす硝子を横目に見ながら、晃由はまたどこか興味のなさそうな相槌を返した。

 そうこうしているうちに住宅街の道を抜け、硝子と晃由が丘の上へと続く道に出る。真剣な表情で頷き合って、丘の道へと足を踏み入れる硝子と晃由。二人は丘を登るように道を進んでいくが、特に眠たくなることはなかった。


「別に眠くならねぇな」

「仲河君、あれ」


 首を傾げていた晃由が硝子の指差した方向へと視線を向ける。硝子が指差したのは丘の上に立った木の一本で、その根元に茶色のネコが体を丸めて眠りこけていた。


「確かに寝てるけど、あれはただの昼寝じゃね?」

「じゃあ、あれは?」


 そのまま指先を木の上部へと持っていく硝子。晃由も同じように視線を上げると、木の枝の上に引っ掛かるようにして何羽もの鳥が眠りこけていた。雨の中、屋根もない場所で種類の異なる鳥たちが羽を投げ出すように無防備に眠っているその姿は、確かに異常である。


「ホントに眠りの丘みたいだな」


 今度は確信を持って、晃由が言葉を発する。


「で、俺たちが眠らないってことは夢現空間で間違いなさそうだ」

「やっぱり夢媒者はあの子かな?」

「さぁ? まぁそういうのは本人に聞いてみたらいいんじゃね?」


 鋭く笑みを浮かべた晃由が硝子の方を振り向き、丘の上にポツリと建った一軒家を指差す。雷もなり始めた雨の中、ひっそりと佇む年代物の洋館は、どこか不気味な雰囲気を纏っていた。

 まっすぐにその家を見つめ、硝子が表情を引き締める。


「行こう」

「ああ」


 もう一度頷き合うと、硝子と晃由は不気味なその家へとゆっくりと歩を進めていった。




 ※※※




 書斎で男が眠っている。開いた扉から見えるキッチンでは女が眠っている。二人ともスーツとエプロン姿のまま、まるで突然眠りに襲われたように体を床に投げ出していた。

 女が眠っているキッチンから続く広いリビングの中央には、高級感漂う革製のソファーがあった。そのソファーの上に腰掛けた少女八雲は、八雲と同じくらいの顔の大きさで約二頭身の茶色い熊のぬいぐるみを両手に抱いていた。古いものなのか、耳の付け根辺りの生地が破けてしまっており、中の綿がわずかに見えてしまっている。


「今日も誰ともお話できなかったな」


 熊のぬいぐるみを見つめながら、八雲が少し落ち込んだ様子で言葉を放つ。


「大丈夫よ、そんな顔しないで」


 まるで表情を変える相手へと話しかけるように、ぬいぐるみへと笑顔を向ける八雲。


「友達なんてできなくても大丈夫。だって私にはあなたがいるもの」


 そう言って八雲がきつくぬいぐるみを抱き締める。


「あなたが私のたった一人のトモダチ……」


 八雲がぬいぐるみへと愛おしそうに声を掛けていたその時、家のチャイムが静かな室内に鳴り響く。響く高い音に戸惑うようにゆっくりと顔を上げる八雲。


「お客さん?」


 ソファーから立ち上がった八雲が、ぬいぐるみを大切そうにソファーの上へと座らせる。


「ちょっとここで待っててね。すぐに戻って来るから」


 短く声を掛けると、八雲は足早にリビングを後にした。一層静かになったリビングに、熊のぬいぐるみだけが残る。


<…………>


 破けた耳の付け根から、わずかに黒い光が漏れていた。




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