Dream.06 体育祭で自己主張 〈4〉
<大玉転がし一位、二年D組!>
「やったぁ!」
実行委員がマイクで伝える順位に、麗華や他のD組の生徒が笑顔で一斉に手を突き上げる。
夢喰を倒し終えた後、無事に再開された体育祭で大玉転がしが行われ、硝子の代わりに出た化粧の濃い女子の必死の踏ん張りもあり、D組は見事に一位を獲得したのである。
「水無月クン、私すっごく頑張ったでしょ~? 誉めてぇ~」
「う、うん。すっごく頑張ってたよ、お疲れ様」
口約通り、大玉転がしを奮闘した化粧の濃い女子を熱い抱擁で出迎える水無月。その顔は笑ってはいるが、相当に引きつっていた。
「これで大玉転がし四位だったA組とは十点差か」
「混合リレーは一位が二十二点、二位が十一点だから一応逆転は可能ね」
得点差を確認する担任教師花崎の横で、麗華が鋭い表情を見せる。
「硝子は足速いから心配ないとして、問題はあんたよ!」
麗華の指差した先には、三時にしてようやくクラスの皆と合流した朝海の姿があった。
「ウチのクラスの命運は、アンカーのあんたに懸かってるんだから頼んだわよ? クマ野郎」
「任せておけ」
麗華の言葉に、すっかり首の寝違えも治った様子の朝海が自信満々に頷く。
「シャンデリアちゃんのポスターは俺が必ず手に入れる」
「おお、日下部がやる気だっ」
「すげぇ、初めて見た」
力強く拳を握り締める朝海を、クラスメイトたちが物珍しそうに見つめる。
「今日ばっかりはあいつのシャンデリア好きが頼もしいわ」
「アハハ」
しみじみと頷く麗華の横で、硝子が楽しげな笑みを浮かべる。
「硝子もしっかりね」
「うん、頑張るよ」
麗華の言葉にしっかりと頷く硝子。
「皆の力でここまで来たんだもん。絶対優勝するよ」
強く言い切る硝子のその笑顔を見つめ、麗華は満足げに頷いた。
<二年最終競技男女混合たすきリレー、スタート!>
スタートの掛け声に、一斉に飛び出していくリレーの第一走者。五人の走者の中で、緑のたすきをかけた水無月が一気にトップへと躍り出る。
『きゃあああ、水無月くぅ~ん!』
水無月がトップを駆けると、D組どころか敵であるはずの他のクラスの女子からも黄色い歓声が巻き起こる。
「さっすが水無月、ダントツ一位ね!」
思わず両手ガッツポーズで笑顔を見せる麗華。
そのまま危なげなく一位で駆け抜けた水無月が、第二走者の女子へと緑のたすきを手渡す。第二走者の女子もなかなかの足の速さであるが、他のクラスの走者もさすがに選りすぐりらしい走力でその差を詰めてくる。
「ヤッバイ、抜かれた!」
一人、二人と抜かれていく第二走者。一位にA組の生徒が立ったところで、たすきは第二走者から第三走者へと手渡される。
「よりにもよって一位かよっ」
「行っけぇぇ、雨宮ぁぁ!」
一番にたすきを受け取った雨宮が、大きな晃由の声に後押しされてその場を飛び出していく。
A組の雨宮がスタートしていったその頃、D組は第二走者と第三走者のたすきの受け渡しが上手くいかず、もたついてしまったために一気に四位まで順位を落としてしまっていた。
「あぁ~もう! 何やってんのよ!」
「痛い痛いっ」
怒り狂う麗華に背中をバシバシと叩かれ、花崎が痛みに表情を歪める。
「ううぅ~!」
泣きそうな表情で必死にトラックを駆け抜ける雨宮だが、やはり他クラスのリレー走者に比べるとその足は遅く、どんどんと二位のクラスの走者に差を詰め寄られてしまう。雨宮も必死に駆け抜けたが、それでも差はあっという間になくなり、二位の走者が見事に雨宮を抜き去った。
「ああっ……!」
抜き去っていく背中を見つめ、険しい表情を見せる雨宮。
「敵の背中なんか見んな、雨宮! 完走目指して駆け抜けろぉ!」
『雨宮、雨宮ぁぁぁ!』
晃由や他のクラスメイトたちの声が雨宮の耳に届くと、雨宮は見つめていた前の走者の背中から視線を逸らし、まっすぐ前を向き強く歯を食いしばってトラックを駆け抜けた。
皆の声援と雨宮の踏ん張りが効いたのか、雨宮はそれ以上抜かされることなく二位で第四走者へとたすきを繋ぐ。
「よっしゃ、二位キープ! よくやった、雨宮!」
「ハァ、ハァっ」
苦しそうに息を切らしながらも、雨宮が晃由の言葉に笑顔を零す。
その間にD組の第三走者はまた一人抜かれ、最下位の五位へと転落していた。
「あぁ~もう最下位よぉ!」
「痛い、ホントに痛いっ」
麗華の背中を叩く手に一層の力が込められ、花崎はさらに表情を歪める。
第四走者が四人すでにスタートした場所で一人、待機している硝子。硝子の元へと少し遅れた第三走者がようやく辿り着く。
「ごめん!」
「大丈夫、任せてっ」
申し訳なさそうに謝る第三走者からしっかりとたすきを受け取り、硝子が力強い笑顔を見せる。たすきを肩に斜めにかけると、硝子はすぐに鋭い表情となって全速力でトラックを駆け抜けた。
『速いっ……!』
今までのリレー走者とは比べものにならないほどの速さでトラックを駆け抜け、一瞬で四位の走者に追いつく硝子。そのあまりの足の速さに、他のクラス、学年、教師までもが皆、思わず目を見張る。
あっという間に四位を抜き去った硝子は、そのまま三位、二位の走者も見事に抜き去った。
「さっすが硝子!」
『いいぞ、浅見さぁーん!』
五位から二位へと躍り出た硝子に、二年D組の生徒たちが一気に盛り上がる。
その声援に後押しされてか、さらに速度を上げた硝子はそのまま一位の走者をも抜き去った。四人を抜いただけでなく四人に大きく差をつけて、硝子がアンカーの朝海の元へと一番に辿り着く。
「日下部君!」
「任せておけ」
『おおっ!』
頼もしく言葉を放って、硝子からたすきを受け取る朝海。駆け出していく朝海に、クラスの皆の期待が一気に高まる。
『おっ……?』
だがしかし、自信満々にスタートしていったわりに朝海の足の速度はびっくりするほど遅く、クラスの皆は一斉に首を横へと傾けた。
『遅っ!』
クラスメイトたちが思わず声を揃える。
「リーチはあるのになぁ。普段寝てばっかりいるから、単純に運動不足だろうなぁ」
「あいつ、あれでよく“任せておけ”とか言えたわね……」
体育教師らしく冷静に分析する花崎の横で、もう怒る気にもなれなかったのか、麗華が呆れ果てた表情を見せる。
「おっしゃ!」
その頃、第四走者からたすきを受け取ったA組のアンカーである晃由が一人を抜き去り、朝海に続く二位へと駆け上がる。
「負けねぇぞ、朝海!」
鈍足で駆けていく朝海の背を目で捉え、晃由が獲物を射るような鋭い瞳を見せる。
「シャンデリアちゃんのポスターは俺のもんだぁ!」
速度を上げる晃由に、二人の差はどんどんと縮まっていく。
「マズい、このままじゃ抜かれる!」
「日下部君っ」
厳しい表情を見せる水無月の横で、祈るように両手を握り締める硝子。
朝海の鈍足ではそう時間もかからず、晃由はすぐに朝海に追いつき朝海の横へと出た。
「悪いがポスターは俺がもらうぜ、朝海!」
勝ち誇った笑みを朝海へと向けた晃由が、そのまま朝海を抜かして前へと出る。前に出た晃由を見つめ、鋭く目を細める朝海。
「晃」
「あっ?」
朝海に名を呼ばれた晃由がいつもの癖か、リレーの最中であるというのに後方を振り返る。晃由が朝海の方を見ると、朝海の額には夢喰も現れていないというのに何故か、日の出の印が浮かび上がっていた。
「なんで印を……」
「“転べ”」
「へ?」
不思議そうに朝海の印を見ていた晃由であったが、朝海が短く言葉を発したと同時に額の印が輝くと、晃由の左腕に刻まれた印が強制的に浮かび上がり、朝海の言葉に従うように自らの手で自らの足を引っ掛ける。主君である朝海の印の力に、獏である晃由の印が従ったのだ。
自らの手に引っ掛かってその場に倒れ込みながら、ようやく状況を理解した様子で晃由が表情を歪める。
「ずりぃぞ! 朝海ぃぃ~!」
「悪いな、シャンデリアちゃんのポスターのためだ」
晃由の叫び声を背中に浴びながら、朝海がトラックを駆け抜けていく。
「最低」
朝海と晃由のやり取りの一部始終を見ていた硝子が、思わず呟きを落とす。
「よし。これでシャンデリアちゃんのポスターがっ……、あれ?」
晃由を転ばし勝利を確信した朝海を、あっさりと抜き去っていく今まで三位だったクラスのアンカー。一人だけではなくその次、また次と各クラスのアンカーが鈍足の朝海を抜き去っていく。
<第四位、二年D組! 五点獲得!>
「あれっ……?」
結局三人に抜き去られた朝海が、第四位でゴールテープを切る。
<第五位、二年A組! 三点獲得!>
朝海に遅れること数秒、途中で転ばされた晃由が第五位で無事にゴールし終え、順位による得点が各クラスの総合得点に加えられた。
<そして二年生の総合優勝は、何と三位から大逆転で二年B組です!>
『おおぉぉぉっ!』
リレーで一位を獲った青ハチマキのB組が総合優勝を決めると、B組の生徒たちが一斉に歓声をあげて喜び合う。
「俺のシャンデリアちゃん、は?」
「汚ねぇ手使うからバチが当たんだよ」
不思議そうに首を傾げる朝海に、晃由が言葉を吐き捨てる。
「仲河!」
晃由の元へと駆け寄って来たのは雨宮や他のA組のリレー走者であった。
「大丈夫か?」
心配そうに晃由へと声を掛ける雨宮。皆、転んだ晃由の心配をしてくれているようである。
「平気平気。怪我も特にしてねぇし」
「悪い」
「あ?」
申し訳なさそうに謝る雨宮に、晃由が首を傾げる。
「なんでお前が謝んだよ? 悪いのはどう考えても朝……あ、いや、転んだ俺だろ」
不本意そうに表情を引きつりながらも、晃由が言葉を言い換える。
「俺がもっと速く走って一位でたすき渡せてたら、お前だって転ばずに最後まで走り切れてたかも知れないだろ」
「バカ言うな」
雨宮の言葉を晃由があっさりと否定する。
「“俺がもっと速く走れてたら”なんて、お前じゃなくたって誰でもそう思ってるよ」
晃由が穏やかに笑顔を向けると、雨宮は少し驚いたような表情を見せた。
「まぁ優勝は逃したけど、全員で頑張ったってことで」
晃由が勢いよく雨宮と肩を組む。
「パァーっと打ち上げ行くか、A組諸君!」
『賛成!』
晃由の呼びかけにA組の皆は、優勝したB組並みに大きな声で頷いた。楽しげな声の漏れるクラスメイトたちの中で、雨宮もどこか嬉しそうな笑顔を見せる。
A組の輪の中で笑顔を浮かべる雨宮の姿を見ながら、朝海はどこか満足げな笑みを零した。
「日下部君」
名を呼ぶ声に朝海が振り返ると、そこには硝子が立っていた。
「悪い、負けた」
「別にいいよ。あんなやり方で優勝してもまったく嬉しくないし、正直負けてちょっと安心したっていうか」
少し表情を引きつりながら、硝子が素直な気持ちを吐露する。
「でも麗華ちゃんが何て言うか……」
「クゥ~マァ~やぁ~ろぉ~おおぉぉー!」
硝子の予想通り、怒り狂った表情を見せた麗華が朝海の元へと勢いよく駆け込んで来る。
「あんた、あの鈍足でよくもまぁ自信有りげに“任せとけ”とか言ったわねぇ! 足が遅いんなら、きちんと自己申告しなさいよ!」
「足が速くなった夢を見たんだ、昨日」
「夢かぁぁーい!」
特に悪びれた様子もなくサラりと答える朝海に、麗華が全力で突っ込みを入れる。
「あんた、お詫びにクラス全員に明日の昼、食堂でご馳走しなさいよ!」
「君が芸能人のツテでシャンデリアちゃんのポスター貰って来てくれるなら考えてもいい」
「なんで私がそんなことしなきゃいけないのよ!」
「アハハ!」
麗華や他のクラスメイトに揉みくちゃにされる朝海の姿を見ながら、硝子は何とも楽しげな笑顔を見せた。
「すみませんでした、曜子先生」
優勝を逃し生徒以上にがっくりと肩を落とした花崎が、トボトボと曜子の元へと歩み寄っていく。
「タダ券は逃しましたがいくらでも自腹切りますので、今度ぜひランチをご一緒しっ……!」
「楽しそう」
「へっ?」
花崎の言葉をあっさりと無視し、曜子がクラスメイトと共に大きく笑顔を見せている硝子を眺め、温かな笑みを浮かべる。
「久し振りに見たなぁ。あの子のあんなに大きな笑顔」
朝海へと怒鳴りあげる麗華を宥めながらも、硝子は堪えきれない様子でずっと笑みを零している。朝海と麗華のやり取りが余程面白いのかD組の生徒はリレーの敗北など忘れたかのように皆、いつの間にか笑顔となっている。
「このまま、夜なんて明けてしまえばいいのに……」
願うように言葉を落としながら、曜子はどこか悲しげな表情を見せた。
※※※
とある夜、とある暗い空の下。
「朝が見える」
真っ暗な空をビルの屋上から見上げながら、その暗い空とは対照的な言葉を落とす青年。
「修夜様?」
黒い縁の眼鏡をかけた見るからに知的そうな細身の男が、青年の発した言葉に戸惑うように眉をひそめる。
「小さな朝の光。でもダメだよ、“ショウ”」
青年がまるで呼びかけるように、空へと声を向ける。
「君に朝なんて必要ない」
冷たく響き渡るその声に、青年の背を見つめる眼鏡の男は少し困ったように肩を落とした。




