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Dream.31 赤く染まる空 〈2〉

 その頃、喫茶“Tomo”。

「あ、このパスタも美味しい」

「あんまり食べると晩飯が食べれなくなるぞ、硝子」

 薦那の作った料理のあちこちに箸を伸ばす硝子に、灯子が困ったように声を掛ける。

「今日のご飯当番、灯子でしょ? 今のうちに美味しいもの摂取しとかないと」

「どういう意味だ」

 硝子の発言に、今まで心配していた様子だった灯子が一気に顔をしかめる。

「そういえば今日、灯子と晃由君のクラスに転入生が来たんでしょう?」

 硝子と同じようにあれこれと薦那の料理を口にしながら、硝子が晃由へと話題を持ちかける。

「麗華ちゃんが言ってた。どんな子だった?」

「半分坊主の赤髪ゲーマー」

「半分坊主?」

 簡単な単語で説明をする灯子に、まったく想像がつかない様子で硝子が大きく首を傾げる。

「ま、硝子ちゃんには縁のないタイプだったよ。クラスメイトも全員、対応に困ってる感じ? 転入生より俺は、あの新任の美人白衣先生の方が興味津々だったなぁ~」

「ああ、そういえば日下部君も理科の授業だけは起きてたよ」

「わかりやすい奴」

 硝子の言葉を聞いた灯子が、呆れた様子で肩を落とす。

「あ、そろそろopenの時間だ。看板変えて来てくれる? 薦那ちゃん」

「はい」

 トモの指示に頷いた薦那が食事中の硝子や晃由の後ろを通り過ぎ、扉を開けて店の外へと出る。扉にかかったcloseの札を引っ繰り返し、open側が見えるように変える薦那。看板を変え終えると、薦那はゆっくりと空を見上げた。

「綺麗な空」

 薦那が見上げたその先には、真っ赤に染まった夕焼け空が広がっていた。




<ボクノモノ! 全部、ボクノモノ!>

「あっ……!」

 ブランコへと長い両手を振り下ろそうとする夢喰の動きに気付き、茜が焦りの表情を見せる。ブランコの近くの地面には、ブランコに乗っていた子供たちが眠り込んでいる。今夢喰がブランコを攻撃すれば、その子供たちにまで危害が加わってしまう。

「何とかしなきゃっ」

 八雲をベンチの上に寝かせて、ベンチから飛び出していく茜。茜は広場に置いてあるゴムタイヤの一つを持ち上げると、そのタイヤを公園中央の噴水に勢いよく投げ入れた。

 激しい水飛沫と共に大きな音が響き、ブランコへと手を振り下ろそうとしていた夢喰がその手を止めて振り返る。噴水に興味を引かれたのか、そのまま噴水の方へと移動を始める夢喰。

「今のうちに」

 茜が夢喰とは対照的に、噴水からブランコ側へと駆けていく。

「借ります!」

 近くのベンチに上半身を倒して眠っている若い母親の横に、丁寧に眠り込んだままの赤ちゃんを置くと、赤ちゃんが乗っていたベビーカーを押して、茜がブランコへと向かっていく。

 ブランコの近くに倒れ込んでいる三人の子供たちを全員無理やりベビーカーへと乗せると、その重みに表情をしかめながらも茜は必死にベビーカーを押して、その場を離れた。

 すぐに噴水への興味を失った夢喰が茜の離れたブランコ近くへと戻って来る。

<ボクノモノ、ボクノモノ! ボクノモノォォォ!!>

 長い両手を何度も振り下ろして、ブランコを破壊していく夢喰。その様子を見つめ、公園の隅で茜が険しい表情を見せる。

「あれじゃもう乗れないじゃないっ」

 泣き叫んで欲しがった夢とは裏腹に、ブランコを粉々に砕いていく夢喰のその姿に、茜が否定するように首を横に振る。ブランコを完全に原型を留めなくなるまで砕き終えると、夢喰は次の玩具を探すように周囲を見回し始めた。

<ボクノモノ、ボクノモノ!>

 近くにある滑り台やジャングルジムを、目的もなく破壊し始める夢喰。夢喰が引き千切ったジャングルジムの一部を無造作に放り投げると、そのジャングルジムの一部が八雲の眠るベンチの方へと落ちていく。

「あっ……!」

 引き千切られ、鉄の先が鋭く尖ったジャングルジムの一部が八雲へと向かっていっていることに気付き、茜が焦ったように大きく目を見開く。

「八雲!」

 子供たちの乗ったベビーカーをその場に残し、八雲の眠るベンチへと全力で駆けていく茜。同じ身長体重の八雲を瞬時に動かすことが出来ずに苦戦していた茜の右腕を、ジャングルジムの刃が掠めた。

「ううぅ!」

 服の袖口と共に下の肌も斬り裂かれ、茜が大きく表情を歪める。茜の腕を斬り裂いて、そのまま地面に落ちるジャングルジムの破片。八雲は無傷で助けられたものの、茜の右腕からは真っ赤な血が滴り落ちていた。

「痛いし、もう最悪っ」

<ボクノモノ……>

 茜が腕を押さえてベンチの上に座り込んでいたその時、茜の存在に気付いた様子の夢喰がゆっくりとした足取りで茜の元へと向かって来ていた。はっきりと茜に視線を向け、距離を縮めてくる夢喰に気付き、茜が一層険しい表情となる。

「とにかく朝海クンを呼びにっ」

 その場を離れようとした茜が、すぐ傍で眠り込んでいる八雲に気付く。あの夢喰は夢媒者同様に幼い。もし茜がこの場を離れれば、近くで眠り込んでいる人々に興味を移し、ブランコを砕いたように誰かに危害を加えてしまうかも知れない。

「ダメだ。ここは離れられない」

 追い込まれながらも冷静に頭を回転させて、茜が判断を下す。

「どうして、どうしてこんな近くで夢喰が現れてるのに誰も来ないの? 夢現空間が発生してないから?」

 夜を示す黒ではなく、真っ赤に染まった空を見上げ、茜が苦しげな表情を見せる。

「夜に、夜になってよ!」

 赤い空を見つめ、茜が願うように叫ぶ。

<ボクノモノ、全部ボクノモノ!>

「あっ……!」

 いつの間にか茜のすぐ近くまで歩み寄って来ていた夢喰が、長い両手を空を見上げていた茜へと伸ばして来る。

「来ないでよ!」

 すぐ傍に落ちていたジャングルジムの破片を、思い切り強く夢喰へと投げる茜。破片は夢喰の大きな胴体へ勢いよく突き刺さるが、そこから血が流れるわけもなく、夢喰もまったく怯む様子を見せずに茜へとさらに手を伸ばした。

「クっ!」

 もうどうすることも出来ずに、唇を噛み締める茜。抵抗する術のない茜の体を掴み取ると、夢喰はそのまま強く握り締めながら、茜を自身の顔の前まで持ち上げていく。

「ううぅぅ……!」

 夢喰に両手で力一杯握り締められ、全身に掛かる感じたことのない圧力に茜が大きく表情を歪める。

<ボクノモノ、ボクノモノ>

「誰があんたのものになんかっ」

 必死に身を捩りながら、夢喰へと抵抗を示す茜。だが茜がもがく力よりも夢喰の握力の方が圧倒的に強く、茜がいくら頑張っても茜の体はまったく動かなかった。

「私は朝海クンだけのものなの! あんたなんか朝海クンが来たら、一発でスッキリ夢の中から起こしてやるんだから!」

<ボクノモノォォォ!>

「ううぅ!」

 茜の強気の言葉など耳に入っていない様子で、夢喰は何度も同じ言葉を繰り返しながら、茜の体を一層強く握り潰していく。体の中から軋るような音が聞こえ、一瞬意識が飛びそうになると、表情に危機感を募らせる茜。

「ヤっバいなっ……、このままじゃ本当にっ」

 見え始める限界に、茜が弱気に声を漏らす。

「朝海、クンっ……」

 茜が朝海へと助けを求めるが、その場には誰も現れない。

<全部ボクノ、ボクノモノ!>

 一層強まる力に、茜の意識はさらに薄れる。

「もう、嫌っ」

 あまりに強い痛みに、茜が現実から逃げるように言葉を吐く。

「もう、消えてぇぇぇ!」

 最後の力を振り絞るように茜が叫んだその瞬間、茜の体から強い赤色の光りが発せられた。

<グアアアア!>

 その赤い光りを浴びた途端に、茜を捕らえていた夢喰が激しい叫び声をあげながら、その場から煙のように掻き消えていく。

 夢喰が消えると、両手に体を掴まれていた茜は力なく地面に落下した。丁度柔らかな芝生の上だったため、特に大きな痛みもなく地面に辿り着く。

「な、何?」

 まだ痛みの残る上半身を起こし、右腕の傷を押さえながら前方を見つめる茜。夢喰の消えたその場には、体を捕らえていた水晶体からも解放された男の子が無傷の状態で、茫然と立ち尽くしていた。

「あら? 私のベビーカーは?」

「あなたたち、ベビーカーの上で何やってるの!?」

 夢喰が消え、目を覚ます公園に居た人々。茜が借りたベビーカーの持ち主である母親は赤ん坊を抱えながら周囲を見回し、ベビーカーに乗せてブランコから避難させた子供たちは親に叱られていた。

 夢喰が破壊したブランコやジャングルジムも、夢喰の消失と共に元通り綺麗に修復されていた。

「茜ちゃん、そんな所に座り込んでどうしたの?」

 他の人々同様に目覚めた八雲が、ベンチから戸惑った表情で茜のもとへと歩み寄って来る。

「どこか痛いの? 大丈夫?」

「まぁそんなに大丈夫じゃないけど……」

 顔を覗き込む八雲に、すべての事情を話すわけにもいかずに茜が困った表情を見せる。

「あ、お洋服の袖破けてるよ。大丈夫? 茜ちゃん、怪我してない?」

「怪我してないって……、してるよ。見てわからないの? 目悪いんじゃない?」

「え? どこを怪我してるの?」

「え?」

 八雲の言葉に、戸惑いの表情となる茜。まっすぐに茜の右腕を見つめる八雲は、大きな斬り傷や流れる血に驚いている様子などまったくない。そういえば、先程から腕の痛みも感じなくなっている。困惑しつつも恐る恐る、自身の右腕に視線を移す茜。

「……っ!」

 破けた袖の下に見える、傷一つない白い腕を見た途端に大きく目を見開く茜。確かに先程ジャングルジムの破片が掠り、深い傷を負ったはずだ。痛んだ感覚もはっきりと茜の中に残っているというのに、その傷は綺麗さっぱり茜の腕から無くなってしまっていた。

「何? 何、なの?」

「茜ちゃん?」

 自分の腕を見つめながら、ひどく動揺した様子を見せる茜を、八雲が戸惑いの表情で見つめる。

「ほら、たーくん。ブランコ空いたわよぉ」

 夢喰に取り憑かれていた男の子のもとへ、男の子の母親が歩み寄っていく。母親は空いたブランコを指で差し示していた。

「乗りたいんでしょ? さぁ、行きましょう」

「ううん、乗らない」

「へ?」

 首を横に振る男の子に、母親が大きく首を傾げる。

「乗りたくない」

「え、でもさっきまではあんなに」

「全然、乗りたくない」

「そ、う? じゃあ帰りましょうか」

 先程までとはまったく異なる男の子の態度に困惑しつつも、母親が男の子の手を引いて公園を後にしていく。茜は帰っていく二人の背を、じっと見つめていた。


――――消えてぇぇぇ!――――


「私、私が、消した?」

 態度の変わった男の子の様子から一つの可能性を導き出した茜が、夢喰に襲われていた時よりも険しい表情を見せる。

「あの子の夢を、私が、消した?」

 茜の発する声が小刻みに震える。


――――皆の夢を守ることが、俺のすべてだから――――


「朝海クンっ……、朝海クンっ……!」

 思い出される朝海の笑顔に、茜は大きく首を横に振って、その場に力なく蹲った。




 同刻、赤槻高校。

「よぉーし、そろそろ終わるか。クールダウンするぞぉ!」

「え?」

 グランドでサッカー部の練習中だったジャージ姿の修夜は、部長の男の言葉に戸惑いの表情を見せてボールを蹴っていた足を止めた。

「早くないですか? 部長。まだ五時ですよ?」

「へ?」

 修夜の言葉を受けた部長が、確かめるように校舎の壁に取り付けられた時計を見る。時計の針は修夜の言う通り五時を示していた。

「ホントだ。空が赤いからてっきり六時過ぎてると思ってた。やっぱり、まだ練習続けるぞぉー!」

 時間を確かめた部長が皆へと言い直すように声を張り上げる。

「確かに今日、妙に日が暮れんの早いよなぁ。まぁもう夏至過ぎてっし、夜も長くなるかぁ」

 一緒にパス回しをしていた同級生の言葉に、修夜が振り向く。同級生が見上げる空を、修夜も顔を上げて同じように見る。真っ赤に染まった空は、まるで燃えているようだった。その燃えるような空を見つめた修夜が、何かを感じ取るように眉をひそめる。

「赤い空、か」

 妙に不安を掻き立てるその空に、修夜は静かに表情を曇らせた。




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