夏の入り口と、重たいスカート
──野球、漫画、アニメ、ゲーム……小さい頃は、好きなものに夢中になっていた。でも、あの日から──
僕は自分の『好き』を……捨てた。
僕はきっと、この先の人生を、たいしたこともやらずに、ただ地球上の酸素を吸うだけの存在で終えるのだろう──
「おい栄磨! これと同じタバコ買うてこい!」
学校から帰宅してリビングに入った瞬間、僕の足元にタバコの空箱が飛んできた。長距離トラック運転手の父親が、四日ぶりに帰っていたのだ。ソファーに寝そべり、ゲームのコントローラーを握っている。スティックを操る指は忙しなく動き、苛立っているように思えた。
「財布とタスポはテーブルの上じゃ、頼んだわ!」
この口ぶり……ネットのFPSゲームでいい結果が出てないのだろう。それに、かなり酔っている。
「高校生じゃ買えんし、誰かに見られたない」
そう言って断り、自分の部屋に入ろうとすると舌打ちが聞こえ、ゲームオーバーを告げるBGMと怒鳴り声を背中に浴びせられた。
「やかましいわ! お前が早よぉ行かんけん負けたがぁ! お前のことなんか誰も見とらんわ! ちゃちゃっと自販機で買ってこい!」
ゆっくりとリビングの方へ首を回す。父親は缶ビールをあおると、テーブルに乱暴に叩きつけた。その音に反応して僕の肩は跳ねる。父親はゲーム画面だけを見ていた。
僕のことなんて誰も見ていない……か。
荷物を床に置き、テーブルの上に無造作に置いてある父親の財布とカードを手に取る。
「じゃあ二箱頼むわ!」
……僕は小さなため息をつくと、返事をせずに帰ってきたばかりの家を後にした。
──もうすぐ夏本番を迎えるこの島には、生暖かい風が吹いている。僕は人目を避けるため、なるべく学校から離れた場所の自販機を探すことにした。自転車にまたがり、記憶を辿る。
タバコの自動販売機ならたしか……“みちくさ屋”にあったはずだ。僕はペダルを力強く踏みつけた。
道中、長く緩い上り坂を立ち漕ぎしながら走った。汗をかいたシャツの中を風が吹き抜ける。ふと顔を横に向けると、海上の高速道路を支える白い橋梁が並んで見えた。
これからの季節、あの道を利用して多くの観光客がこの島を訪れるだろう。
坂を登り切ると、小さな個人商店、“みちくさ屋”の前に辿り着いた。品揃えは決して良くはないが、小さい頃はここでよく駄菓子を買っていたことをぼんやり思い出す。
僕は自転車のスタンドを立てると、周りに人が居ないか見渡す。店の前を、おじいさんが運転する軽トラが走り抜けて行った。それを見送った後、みちくさ屋の奥を確認する。店主のお婆さんは座ったままだ。民家と畑には人の姿はない。今のうちに買ってしまおう。
タバコの自販機にカードを当て、千円札と小銭を投入し、目的のタバコを素早くポケットに入れ、この場を離れようとした……
「うわっ!!」
驚いて思わず声が出て、のけ反ってしまった。目の前には黒い人が立っている。誰だ? 何この格好?
フリル付きの真っ黒な日傘を差しているので顔は見えない。複雑なレースをあしらった重量感のある黒いスカート、白いハイソックス。
お、女の子……だよな?
この田舎の島に似合わない服装を見て、僕は固まってしまい、言葉を失っていた。
「買い終わったのなら、そこをどいてくれるかな? ワタシは隣のジュースが買いたいんだ」
「あぁ! ご、ごめん!」
僕は少し横にズレて、しゃがんで狭い返却口からお釣りを取り出す。ふと女の子を見上げた。
彼女は腰に手を当て、眉根を寄せている。
「まいったわ……今どきスマホ決済ができないなんて、この島の時代は平成で止まっているのね」
標準語を話すあたり、島に来た観光客なのかな?
いや、それにしても……なんて暑苦しい服装なんだ。ゴスロリってやつ? 都会にはこんな趣味の人がいるのか。
彼女と目が合った。長くて白い髪から覗く目は、不自然なほど青く、化粧をした顔は白く整っていた。まるで西洋の人形のようだ。
「ねぇキミ、この辺りに、スマホで支払いができるお店か自販機を知らないかな? ワタシ、すっごく暑くて水分取らないと死んじゃうかも」
彼女は日傘の持ち手の部分をくるくると回して、僕の返事を退屈そうに待つ。
夏が近いのに、そんな格好してたら暑いの当たり前だろ。
……そう言いたいのを堪え、頭の中の地図を思い浮かべながら答えた。
「そ、それなら、コンビニはどうかな? あのみかん畑を越えた先にあるよ」
僕は彼女が背を向けている方向を指差した。その道の先は、また少し上り坂になっている。彼女は体ごと振り返った。重たそうなスカートがふわりと揺れる。
「なるほどね……けっこう歩く?」
「まぁ、けっこう歩く……よ」
彼女の足元を見る。光沢のある黒い厚底のブーツは明らかに歩きにくそうだ。
「ふ〜ん、そう……」
彼女は礼を言わずに、顔を手でパタパタと扇ぎながら僕の横を通り過ぎた。都会の人って、やっぱり冷たくて変な人が多いのだろうか……そう思いふけっていると、後ろから声をかけられた。
「ねぇ〜! 早く行こうよ!?」
「へ?」
振り返ると、彼女は日傘をさしたまま僕の自転車の後ろに横座りしていた。
な、なんで!?
「自転車の二人乗りくらいイケるだろ? 不良少年くん」
ぽかーんと口を開けて立ちすくむ僕を見て、彼女はニコリと微笑んだ。
こんにちは、ねずただひまです。
地元、瀬戸内海のとある島を題材とした、現代が舞台のラブコメ(?)の連載をはじめました。元々は『じゆうに文庫小説大賞 せとうち作品部門』に応募する予定のものでしたが、締め切りに間に合わず寝かせておいた作品です(^^;)
それほど長くない物語です。更新はゆっくりになりますが、どうぞ最後まで温かい目で見守ってやってください。
最後に★とかブクマをいただけたら幸いです。




