第1話
也は、ひたすらに嘘をつく人だった。正直なときは、驚くほど言葉がスムーズに出る。けれど、何かを隠しているときは、どこか不自然に間が空いて、ゆっくりになる。澪は、その癖だけはずっと覚えていた。
その夜、澪は眠剤を飲んでいた。効き始めるまでの、ぼんやりとした時間。隣では也が眠っている。寝ながら無意識に手を伸ばしてくるのが、いつもの癖だった。澪はその手を、そっと払い除ける。窓の外から、朝日が差し込んでいた。何も知らないように、静かで、やわらかい光だった。
意識が少しずつ曖昧になる中で、澪はぼんやりとスマートフォンを見ていた。特に目的もなく、画面をスクロールしているだけの時間。そのとき、ふと思い出した。——そういえば。也が昔、誰かと共有で使っていたアカウントがあった。友達以上、恋人未満のような関係だったと聞いていた。もう消した、と言っていたはずのもの。
気になって、検索してみる。アカウントは残っていた。鍵がかかっている。それでも、澪の中で何かが引っかかった。消したと言っていたはずなのに。なぜ、残っているのか。
ほんの出来心だった。試しに、思いついたパスワードを打ち込む。一度目は外れた。二度目も違った。三度目。画面が、切り替わった。ログインできてしまった。
一瞬、時間が止まったように感じた。画面の向こうには、過去がそのまま残っていた。也と、知らない女。写真。やり取り。言葉。そこには確かに、「関係」があった。
澪は、しばらく画面を見つめたまま動けなかった。指先だけが、震えている。戻ることもできた。閉じることもできた。それでも、やめなかった。
トーク欄を開く。最後のやり取りは、ずっと昔で止まっていた。もう使われていないアカウント。それでも、澪は入力画面を開いた。打っては消し、また打って。そして、短く送った。
「こんばんは」
送信ボタンを押したあと、しばらく画面を見つめる。返事が来るはずはない。そう思っていた。それでも、なぜか閉じることができなかった。
やがて、眠気が強くなっていく。意識が落ちる直前まで、澪は画面を見ていた。返事は、まだ来ていなかった。




