悪役令嬢のまま
ベルナルド・シルベストレ。
彼は馬車の中でリレイナ・ツェルマールの言葉を思い出していた。
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「困ったことがおありならユリアス殿下にご相談されてはいかがですか?彼なら手を貸して下さるでしょう」
「……い、いえ…わ…私は…男爵家子息にすぎませんので」
「シルベストレ男爵家。ご祖父は我が国で多くの死者を出した流行病の薬の発見に寄与したことで男爵位を受けられた。
我が国の歴史に残る誇り高きお家柄。
そしてお父上も科学者として研究に励んでいらっしゃる。
あなたもその名に恥じることなく、むしろ胸を張るべきではありませんか?」
「………………」
「あなたも科学者に?」
「え?あ、は、はい。目指してはおります」
「そうですか…ではこの国は安泰ですね」
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あれは彼女がシェアラの水色のドレスにワインをかけた日だったな。
震えはなかった。覚悟は決まっていた……数時間前、目の前でリレイナ・ツェルマールがテロワに断罪され捕われたその瞬間に。
彼は冷たくなった手を固く握り締めた。
ツェルマール邸の灯りが向かう先に見えてきた。
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(ユリアスは大丈夫かしら…神様、どうかユリアスをお守り下さい)
(それにしても寒いなぁ…ははは、自業自得。牢屋とか…でも私は悪役令嬢!これでこそだわ!見事に散ってやろうじゃないの!…だから私の命と引き換えにユリアスをどうか助けて下さい、神様!)
「リレイナ様、こちらを」
牢屋での初めての夜。
冷えきった僅かな食事を終えた頃、看守がやって来た。
温かいスープと毛布を持っていた。
「これは?」
「差し入れるようにと仰せつかりました」
彼のその言い方でその相手が誰かは想像できた。
「ありがとう。でも…結構です」
「え?」
「こんなことをもし誰かに見つかったらあなたが罰を受けてしまいます。そしてそれを差し入れるよう配慮して下さった方も。
私には受け取ることはできません。でも…ありがとうございます。そうお伝え頂けますか」
そう言うとリレイナは冷たい床に座ったまま目を閉じた。
(悪役令嬢なんて全然かっこよくない。でも私は悪役令嬢のまま処刑されよう。これは全て私が招いたことだもの)
冷たい牢屋で3日目を迎えようとしていた。
考えることはユリアスのことだけ。ユリアスが無事であるよう祈るだけの時間だった。
「リレイナ様、ご案内いたします」
看守が牢を開け、出るよう促した。
(ああ。これで本当に終わりなのね)
「あの…」ユリアスは無事ですか?
そう聞きかけて彼女は言葉を止めた。
看守である彼に答える権限があるとは思えない。
彼の心に引っかかりを残してしまうだけだ。
死にゆく者がすべきことではない。
「何でしょうか?」
「いえ…色々ありがとうございました」
彼女は微笑むと彼の後に従った。
「湯浴み?」
「はい、こちらです」
(処刑される前って湯浴みさせてもらえるんだ。キレイな身体で死ねるのね。へぇー)
「着替え?」
「はい、これに」
(なんて上品なお洋服なの?これで処刑台に登るの?)
「ここまで?」
髪をキレイに整えられ、薄化粧をされた。
「どうぞお入り下さい」
(なに?なんなの?)
「レイニー!」
扉が開いたとたんユリアスに抱きしめられた。
「ユリアス!ユリアス!無事だったのね!」
リレイナも彼に抱きつくと子どものように声をあげて泣いた。
そんな彼女を彼はただひたすら抱きしめ、頭を撫で続けた。
落ち着きを取り戻した彼女の目に映ったのはソファに座るイヴァンと、そして
「ベルナルド・シルベストレ男爵子息?」
「ああ。リレイナ、よくがんばったね。全て終わったよ。君は無罪だ。彼のおかげだよ」