過去と百合と甘いお仕置きと(side.スーエレン)
青々とした緑の葉に、月の光のように目を惹く白い花。
久々に見た百合の花に、私は自然と頬がゆるんだ。
花瓶にいけられた百合の花は、庭師見習いの少年が私のために摘んでくれたもの。
まだ五歳くらいの男の子で、庭師である父のお手伝いとして数ヶ月前からお屋敷に出入りをしているんだって。
何度か散歩をしている時に出会うたび、がんばる少年にちょっとしたおやつをあげていたのだけれど、そのお礼としてこの百合を摘んでプレゼントしてもらっちゃった。
少年曰く、私は百合の花のような人、なんだって。
んふふ、たとえお世辞でもちょっと嬉しくなっちゃう。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花って言うじゃない? 褒め言葉としては最上級で、その言葉に見合ったナイス・ガイからのプレゼントに私もついついときめいてしまうのは仕方ないよね。
しかもプレゼントしてくれたのは、ずいぶんご無沙汰していた百合の花。
私はエルバート様に嫁いでから百合の花を一度も見たことが無かったんだけれど、どうやら庭師見習いの少年が今年は私のためにと植えてくれたらしい。
なんという心遣い。
すっごく心がほっこりしちゃった。
せっかくの美しい百合の花なので、夫婦の寝室に飾る。
チェストの上にはいつもメイドさんたちが活けてくれるお花用の花瓶があるから、そこに活けてもらった。
百合の花を見ていると、昔のことを思い出すなぁ。
私がエルバート様と結婚する前のこと。
ついつい懐かしくて、飽きることなくその百合の花を見ていると、お仕事から帰ってきたらしいエルバート様が寝室の扉を開いて現れた。
「エレ? ただいま」
「おかえりなさい、エルバート様」
声の方へ振り返って微笑みかければ、銀糸の髪をなびかせて、愛しの旦那様が私の方へと歩み寄ってくれる。
その顔は微笑んで―――あれ? 微笑んでいない?
いつもなら私の好きな優しい笑顔で私の方へとやって来て、とろけるようなキスの一つや二つ、三つや四つはしてくるはずのエルバート様が、キスもしてこない!? どうしたの!?
「エルバート様、どうかしましたか?」
「エレ、その花は……」
エルバート様は珍しく渋面になって、百合の花に視線を向ける。
うんうん、やっぱりエルバート様も気になるよね。
「立派な百合でしょう? 見習いとして出入りしている庭師の子が植えてくれたんです。ちゃんと根づくかわからないそうなので、まだ表には植えないそうですが、こうやって育ったのを贈ってくれたんです」
見てみて、と子供が自慢するかのようでちょっと恥ずかしいけど、庭師の少年の代わりにエルバート様にアピールしておく。これでもっと沢山のお花が庭園に植われば、もっと素敵なお庭になって、私もお散歩のしがいがあるもの!
うきうきと百合の花についてプレゼンした私。
さて、その結果は?
「……ごめん、エレ。僕はこの花が苦手なんだ……どうしても飾らないといけない?」
ちょっと困り顔になるエルバート様。
これは可愛いお顔……とついつい見惚れちゃいそうになったけど、ちょっと待って。
聞き捨てならないことを聞いてしまったのだけれど。
「エルバート様、百合が苦手なの? 初めて聞きました」
「たぶん言ってなかったし……苦手になったのも大人になってからだから」
それは珍しいね?
普通、子供の頃苦手だったものが大人になったら大丈夫になるパターンは聞くけれど、その逆はあまり聞かない。
「珍しいですね。百合に何か嫌な思い出でも?」
「………………それを君が言うのかい?」
エルバート様が苦笑して、私の腰を抱いてぴっとりと寄り添ってきたので、私はエルバート様に身を委ねた。
上目遣いにエルバート様を見上げると、エルバート様の蜂蜜色の瞳がとろりととけて、そうっと優しい口づけが私の額に落とされた。
「あの花は君を殺そうとした花だからね。あまりいい思い出はないよ」
「…………………………」
…………原・因・私〜っ!
ごめんなさい!! 私が軽率でした!!
そうだね!! というか私もこの百合を見ながらさっきまで「そういえばこの世界の百合には毒があるのよね〜。懐かしい〜」って思っていたものね!!
まだエルバート様と婚約する前、私の駄目すぎる両親が生きていた頃。
そして私が前世の記憶を思い出したばかりの頃。
エルバート様がお花を贈ってくださっていた時期があった。
そしてどんな花が欲しいかって聞かれて、私は「百合の花」って答えた。
たまたま知った百合の毒性に、もしこのまま悪役として死んでいくのであれば、おとぎ話のように眠って死にたいって思っちゃったから。
それを私、いざ両親が捕まった時に、ストレートにエルバート様にお願いしちゃったんだよね。
でも結局、エルバート様が私から見えないところで色々と手を回してくださっていたようで、今の私がいるんだけれども。
「ごめんなさい。あまり良い思い出ではなかったですね」
「そもそも、毒性を持つ花を贈るなんて論外だ。庭師のその子には厳しく注意しないといけない」
「それは可哀想です。百合の毒性は一輪二輪ほどでは人体への影響はほとんどありませんから。花屋にも普通に置いてある花ですよ?」
「それでもこの屋敷には相応しくない。特にエレには一番相応しくない花だから必要ないよ」
そこまで言うほどのこと?
滅多にない厳しい表情で、強く言いきったエルバート様。
それだけ昔の私が言った戯言が、エルバート様に強く根づいているのだと思うと、過去の自分を殴ってやりたくなる。
でもそれと同じくらい、結婚する前から私のことを思っていてくれたことが伝わってきて。
「ふふ」
「……何がおかしいんだい?」
「結婚前は私、エルバート様に嫌われているとずっと思っていましたから。贈っていただいていた花束も、婚約者の義務感からだとずっと思っていて。だから百合の花が嫌いって言ってもらえて、嬉しいんです」
率直な思いを伝えれば、エルバート様が微妙な表情になる。
「それは喜ぶところかい? 君の気に入ってる花を嫌いって言っているのに」
「だからこそですよ。私を好きだから、この花が嫌いなんでしょう?」
百合の花が私を殺すから嫌いだなんて、これ以上ない口説き文句だと思う。
一人でそのことを胸の奥で噛みしめていたら、エルバート様が私の肩に顔を埋めた。
「エレには敵わないな。でも一つだけ訂正させてほしい」
「訂正ですか?」
「そう。僕のこの気持ちは、好きなんて簡単な言葉で片づけられるほど小さくないってこと。―――愛しているよ、スーエレン。君を知れば知るほど、愛しくなるばかりだ」
私の波打つ金の髪をかきあげて、エルバート様がうなじへと口づける。
普段は愛称で呼ぶのに、名前で呼ぶなんてずるい。
エルバート様の吐息がくすぐったくて、それだけじゃなくて、ぞくりと背筋に甘い予感が走るから、私はきゅっと腰に回されていたエルバート様の手を握った。
「エレ、可愛い。顔が真っ赤に熟れた。僕の手を握って、それは誘っているの?」
「さっ、さそってなんかいません!」
「そう? でも僕はこれからお仕置きしようと思ってるから同じことだよね」
えっ?
今お仕置きって言った?
なんで今の流れでお仕置きってことになるの!?
ぎょっとしてエルバート様の方を振り向けば。
「僕の嫌いな花を飾るのもそうだけれど……僕以外の男から受け取った花を寝室に飾るなんて、エレは男心を分かってくれていないようだから」
ちょっと待って、エルバート様以外の男って言っても、くれたのは庭師見習いの子供じゃないの。
エルバート様の暴論に唖然としていれば、エルバート様は颯爽と私の膝をすくい上げて抱き上げてしまう。
慌てて首に腕を回して抱きつけば、エルバート様はご機嫌で私をベッドの上へと運んでしまった。
ベッドに沈められた私があわあわしていれば、エルバート様は私の上に乗り上げてきて、着ていたシャツの詰襟を器用に片手で外してしまう。
銀の髪がさらりと落ちてきた。
「アルも弟妹がいれば喜ぶと思うから、受け入れてくれるよね?」
色気たっぷりにそんなことを言われてしまえば、もう一人くらい子供がいても……なんて欲がでてきちゃうから、エルバート様は本当にずるい……。
そうして今日もまた、あれよあれよと言う間に、銀色の狼を前に、仔羊な私はぺろりと食べられちゃうのでした。
……お花一本飾るのも、大変ね。




