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seize  作者: カネミズ
9/21

8.

8

学校から駅までの通り道にスポ少時代に使っていた卓球場がある。愛貴は中学時代にもよくここで部活友達の熊谷と一緒に来ては練習に汗を流していた。卓球場には毎週土日になると、優しいおじさんが一人防球ネット相手に初心者ながら練習していて、スポドリをおごってくれたり、昼飯をおごってくれる。だから愛貴たちも時々おじさんに中学生ながらも技術的なことを教えたり、ルールを時たま教え合う仲だった。

そんなことを思い描きながら、卓球場の駐車場におじさんの車がないかを無意識的に探してしまう。黒い普通車に乗っていたことを覚えている。しかし、そんな車はどこにもなかった。やっぱり自分が行かなくなって当分経過してしまっている。さすがに相手をしてくれる人がいないから飽きてしまったのだろうか。

しかし、駐車場を通り過ぎようとしたとき、

「あれ!愛貴君?」

その懐かしい声を聞いて身体が勝手にブレーキレバーを勢いよく握る。

「ああ!やっぱり愛貴くんだ!久しぶり!」

黒いワンポイントのロゴが付いたトレーニングシャツに青い公式用の卓球ズボン。服装もなにも変わっていない。あのおじさんだ。

「ああ、どうも。」

「ああどうもじゃないよ、もしかして卓球しに来たの?」

「いや、そういうわけじゃ・・・」

「えぇ~、嘘だよそんなの~。だってほらラケットとシューズが自転車に入ってるじゃない」

なんでそうなるのか、自分がラケットとシューズを持っていたら卓球をすることにでもこの人の頭は考えてしまうのか。でも、まあ、そうなるかもな。

「その、たまたま学校から駅までの通学路になっているだけで・・・」

「あはは、袖振り合うも他生の縁。少し打っていかないか?」

袖振り合うとかそういう微々たる関係でも内容な気がするのだが。

「いや・・・でも・・・」

「ん?あれ、もしかして用事でもあった?」

本当は用事があると嘘をついて逃げたかった。でも用事がない自分を虚栄するのも嫌で。後々嘘をついた自分に罪悪感を感じるとそう思った。

「いや、そうですね、打ちますか」

「よしきた!」

と言いながら勢いよく手を鳴らす。

そばにある駐輪場に自転車を止め、鍵をかける。卓球場に来ると条件反射的にしてしまう。

「で、ここ最近は、ずっと1人で練習を?」

「いいや、ここ最近のことだけど、土日になると一緒に練習をしてくれる人がいてね」

その言葉を聞いてなんだかほっとした。せめてこの人にはずっと卓球を続けてほしい。

このおじさんはまるで若い人たちに「年なんか関係ない」と自分で証明してくれているみたいでたのもしい。

「でも、昨日も練習を付き合ってくれたんだけど、その人ラケットケースごと忘れていってしまってね。盗まれると困るだろうから、僕が持って帰ったんだ。だから今日も来てくれると返せるんだがね~」

ラケットを忘れるなんて自分だったら絶対できないことだ。まず忘れる理由がわからない。

卓球場は一時間二十円と格安で、ときどき管理人の人がおまけで一時間無料で追加してくれることがある。今回は誘ったということもあって、おじさんが料金を支払ってくれた。

「お?アップしてるねえ」

学校指定のジャージ姿でアップしている愛貴を見て、支払いを終えたおじさんがそう告げた。

「えっ?」

この卓球場の匂い、卓球台、そしてラケットにシューズ、おそらく条件反射でアップしてしまう。

「じゃ僕も」

そういいながらおじさんはストレッチを開始する。

おじさんは学校の教員を退職して、静かに余生を楽しむと随分前に言っていた。そして初心者ながらも使っているラケットやシューズは、常に新型が多く、俺と熊谷は裏で『形から入るおじさん』なんてあだ名をつけていたこと。を再び思い出しおもわず笑いそうになった。

それを見てか「ん?どうしたの?」と聞かれたがなんとかごまかした。

その後は、打ち合いながらお互い質問を質問で返すような会話が続いた。

「車、変えたんですね」

「前の車が故障してしまってね、災難だよほんと」

「高校でも卓球は続けてるの?」

「いえ、高校では続けてません」

「えっ!どうして!」

その質問にこの返しはあまり好きではない。

「部活を強制されるような学校じゃないから、別に無理して入らなくても・・・」

言葉を捻じ曲げて、なんとなくそう言った。

「そっか・・・」

少し残念そうな顔をしていたが、あまり意識しないようにした。

それからしばらく猥談を混ぜてくるおじさんに苦笑しつつも、楽しい時間は過ぎていった。

おじさんは初心者なので、練習とは違い、話し合いながらでも打ち合える。

そんなこんなで、二時間はあっという間に過ぎ、辺りは昼より明るさが薄くなってきた。

「今日はありがとね。」

「いえ」

二人は練習を止め荷物のあるテーブルへと足を運ぶ。

おじさんはなにをそんなに持ってくるものがあるのかとツッコミをいれたくなるほどパンパンなリュックから、ラバーケアするためのスポンジと、クリーナーと呼ばれる泡が入っているスプレー缶を取り出す。そしておもむろに、ラバーと呼ばれるラケットのゴム状の部分に泡を出し、スポンジで打面全体に塗っていく。そうしなければラバーが酸化しやすくなり、ボールに回転を生み出すことが出来なくなってしまうからだ。

「愛貴くんもケアしたらどうだ。」

「いえ、あまりしすぎると、酸化の原因になりますから。」

「そうなんだ!いっつも練習の前と終わりにやってしまっていたよ。」

知らなかったんだ。

ガラガラガラ。卓球場の入口から喧噪とともにずらずらと老人たちが次々と入ってくる。

「お、来たな卓遊会」

その老人たちは卓遊会と呼ばれるよくこの卓球場に来るグループだ。形から入るおじさんも、どちらかと言うとあっち側なのではと思うときもあるが自分なりに卓球をやりたいらしい。意識が高いというか、やっぱり形から入るおじさん。

入り口でゲラゲラと笑い声をあげながら楽しそうにぞろぞろと入ってくる。

ん?その集団の中に一点のシミのような違和感を感じる。ひとりだけ以上に身長がずば抜けている若い男が混じっている。背丈は愛貴よりちょっと高く、上下ジャージ姿である。

「う~ん、おそらくここら辺にあると思うんだけどな~」

すると突然、おじさんが急に反応しだす。

「おっ?」

目が合ったのかジャージ姿の男とおじさんが互いに手を振り、おじさんがなにか探すようにリュックからなにかを取り出す。巾着状のリュックから出てきたのは、ラケットケースだった。それを大きく上にあげ、これでしょ?と空いたほうの手でラケットケースを指さす。

男は入り口で携帯を耳に当てながら外靴を小学生のように乱雑に脱ぎ去り、こちらへと近づいてくる。

「ごめん、ごめん、集人。やっぱり卓球場にあったぽいわ、ごめんごめん」

その電話の向こう側の相手の名前に聞き覚えがあった。しかし謝る気がまるでない言い方に少し不快感を感じる。

「すけっと?一年?うん、うん。どんな子?慎重は俺と同じくらい・・・経験者・・・入部届・・・。名前は?・・うん、うん。わかった。」

すると、こちらの容姿を眺め見た後、テーブルにある入部届を見ると、おもむろに口角をニッっとあげる。「じゃ」と言ってまだ相手の声が携帯から聞こえるのにも関わらず強引に電話をきる。

「もしかして君が一年の愛貴ってやつ?」

そのセリフにモヤが消えるように頭の中でなにかリンクした。この人の抜け番だだったのかと。そう思うとサボった本人が目の前にいると分かるとなんだか癪だった。

「へえー、俺の代わりに試合に出てくれたんだ。栗田監督に褒められたんだろ?」

この人が練習試合に来なかったせいで、試合に呼ばれたのか・・・そう思うと少し癇に障った。

「なんで部活入んないの?」

びくっと身体が反射的に反応する。頭に正当な理由が思いつかなかった。

「いや強制じゃないんで入らなくていいかなと・・・」

ふ~ん、と言った後、骨格がスポーツマンらしい男の目線はテーブルの上にある薄い紙に視線がいっている。

「入部届渡されてんのに?」

しまった。心の中でおもわずそう呟きながらも、ラケットケースと入部届をさっと、テーブルの脇によせる。

「・・・・・・・・・・・・・・」

俺はその返答を頭でこね回すが口からはなにも発することができなかった。

「ん。」

ジャージ姿の男はこちらへ手を差し伸べるが何を意図しているのか検討が付かなかった。はてな顔を返す愛貴にさきほどよりもっと強い口調で「ん!」っと手を差し伸べてくる。

「なんですか?言葉で・・・」

「ラケット、見してみ」

そっとテーブルの脇にあったラケットケースを持ち上げ、彼に手渡す。強引に取られてしまい、先ほどよりますますイライラしてきた。

「ふ~ん、裏裏の攻撃系ラバー。カーボン入りラケット。ドライブマンか」

「そうです」

「へえー、俺と同じ戦型か。」

この人もドライブマンなのか。

そう思いながらも、じっとグリップやラバーの厚みなどを手でつまんだりし、先ほどから何度も確かめている。

「なんか・・・興味出てきた!おじさん、こいつ借りるよ」

「じゃあ、ちょっと打ってみないか?おじさんちょっとこいつかりるぜ」

「いいよ、泰成くん。あ、でも、料金はもう時間切れだよ・・・」

「あ、わりっす!おじさん今回だけは貸しで一時間分払ってくんね?」

年上にしかもその口調、そういうところにばかりに目が言ってしまう規律正しい愛貴。

「ったく、仕方ないな~」

とリュックのポーチから財布を取り出し、二十円を泰成に渡す。

おそらくこの泰成という男もこうなることをよんでいたに違いない。「賢い」というより「要領」がいい。

すると、管理人のところへと料金を支払いに行く。管理人さんとも顔見知りなのか、ガラス扉の向こう側でゲラゲラと楽しそうに会話に弾ませる。その後も一分近くも管理室の中で話続けていたが、まるで愛貴と打ち合うことなど忘れているようだ。

「わりいわりい、話が盛り上がっちまって」

何をそんなに話す話題があるのだろうか。

「いえ、じゃあ打ちますか」

「おう!」

と無邪気な笑顔をこちらへと向けてくる。

卓球台への前へと付くと、彼は肩のストレッチを行う。同時に愛貴も軽くストレッチを行う。

「マネしなくてもいいぞ」

「してません」

まったくいちいち癇に障る。

愛 貴がストレッチを先に終わらせ、入念に身体のすみずみ確かめるような動きを取っていた泰成が、ボールをポケットから出し、「じゃあ、やるぞ」といいながらボールを打ち出してくる。

フォームは修練が重ねられているのか、彫刻のように綺麗だ。戦型も愛貴と同じシェークハンドのグリップに裏ソフトラバー両面、勝てるか勝てないか。無意識的に頭の中で彼の分析を始める。練習の時点である程度の予測はできるのだ。少しボールのコースをずらしてフットワークを確認したり、スピードを少し変えてみたりなどできるだけ相手の弱点を見つける。

「じゃ、バック行くぞ」

泰成の先ほどとは真剣さが違う声が、愛貴を少し驚かせる。こういうタイプは打つ時もヘラヘラするのかと思っていたが、案外集中するときは集中するらしい。

二人のラリーが卓球場に響いた。

「ちょっと、強めに打つぞ~」

「はいっ・・・・」

卓球では試合前やウォーミングアップとして、交互に強く打ち合うことがある。一方が強打

しているとき他方は、相手のボールをフォアでブロックするか、もしくはラケットを軽く押し出して相手のリズムに合わせるかになる。両方とも強打しあう打ち合いという練習もあるのだが、プロ選手やうまい選手以外は大抵このような練習をしている。

でも彼の強打を受けたとき、この人の強さがはかり知れた。

ズレがない。安定している。癖も弱点も一見見つからない。

そんなことを考えていると、彼の強打が愛貴の打面を弾いた。おそらくラケットの弧の部分にあたり、うまく打ち返せなかった。ボールは後方へと弾みながら転がっていく。

「お前今なんか、考えてたっしょ?」

「えっ?」

「集中しなきゃ。せっかくいいもん持ってんのに」

「あ、はい」

転がっていったボールをひとり拾いに行く。

ボールを持って戻ると、台の向こう側で両手を台へと乗せ顔を下へと向けながら脹脛のストレッチを行っている。

「なんで・・・・」

「ん?」

下にうつむきながら、返事をする泰成。

「なんでそんなに強いのに、今日練習試合、来なかったんですか?」

「う~~ん、なんでだろうね・・・・めんどくさいからかな?あはは、わりいな」

めんどくさい。その言葉が愛貴には聞き捨てならなかった。

「そ・・・そんなっ!ちゃんと行くべきです。練習は出るべきですよ!」

そのなにか歯向かう口調と気配に気づいたのか、泰成は両手を台に乗せストレッチしたまま顔だけを愛貴の方へと向ける。

視線が合い泰成の蛇のような眼光に一瞬、喉を鳴らしたが、愛貴は正しいことは正しいと昔から追い求める性格だった。そのせいで中学での部活は俺に嫌悪感を出されることも多かった。

「なんで?俺がお前に指図させられなきゃダメなんだよ、俺は俺の好きにするよ~だ」

愛貴にとってこういうタイプの人間が一番癇に障る。中でもその態度に、その口調、今まで見てきた人間の中でも彼は極めつけだ。

「あんた、卓球が好きで部活に入ってるんですよね?なら、練習やるべきじゃないですか?」

徐々に言葉に熱が入ってくる。

「う~ん、まあ好きだけど、ただがむしゃらに練習しても意味ないよ。効率だよ効率。がむしゃらに時間を無駄にするくらいなら、気分転換して次の練習の能率をあげることをおすすめしま~す」

まるで、中学までの自分を連想できることをすらすらと並べたかのように言い募ってくる。

もしかして自分はこの人に心境を読まれているのかも?とさえ思うほど言っていることに何も言い返せない自分が悔しくてたまらなかった。でも論理とかなにもなしに伝えたいことをこの人に伝えて正さなくてはそう感じた。

「とにかく練習には出てください」

「何で?」

「とにかく!」

「論理が通ってない。」

また心を読まれ指摘された。そう感じた。

「あはは、なんでそう熱くなってんの?別に怒らなくてもいいだろ。俺という人間、お前という人間、だたそれだけの話だろ?別に俺を正そうとしてくれるのは優しいと思うよ。でも、それが絶対正しいとは限らないんじゃない?」

そう言って愛貴の今にも噴火してしまいそうな顔を眺めて、やれやれという困った顔をする。

「はあ~。おっけ~おっけ~、じゃあ、こうしよう。今から五分後に五セット三セット先取の試合をしよう。」

「何言ってるんですか?」

声のトーンが先ほどと明らかに違う愛貴が、ただでさえイライラしているのに、そのピエロのような男、泰成に歯向かう気まんまんでそう聞き返す。

すると、ピンっって人差し指をあげて説明するような腕の動きを見せる。

「もし!この試合で君が勝ったら今後、練習試合も普段の練習もさぼらないことを必ず誓おう。そういう約束は自分守るから、安心しろ」

「じゃあ、もし自分が負けてしまったら?」

「う~んどうしようか~。君の今、いっちばんしたくないことをしてもらうかな。一番してほしくないことある?」

条件も子供だましのような意見に少し癪だったが、素直に応えておく。

「外の自動販売機のおしるこを飲むこと・・・・」

「っぷ、だはははははっはは!」

太鼓のような笑い声が愛貴の鼓膜を激しく振動させる。

「おしるこ嫌いなやつなんて、はは、はじめてみた・・・っぷっ!あはははは!」

「まず、いいですから。じゃあ五分後に。」

「おっけ~、じゃあ絶対おしるこ飲めよ。じゃ、俺もアップしてくるわ」

五分間のアップ中も、自分はストレッチや、柔軟をやっているのに対し、泰成という男は、お年寄りたちのお茶会に参加してお菓子やコーラを飲み干している。なにかおもしろいことでもやっているのだろうか。彼を中心に爆笑の渦になってしまっている。

ここは卓球を練習する場所だぞ。お茶やお菓子で騒ぐなら、喫茶店や地域の集会所でやってくれ。ちっ。また昔みたいに勝手に自分本位で物事を考えている。

なぜか、この泰成という男には決して負ける気はしなかった。こういう節操がない人間が愛貴は嫌いで同時に正したいと思うからだ。というよりプライドが許さない。














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