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「じゃ、はじめるか」
そう言うと、試合前の軽い練習を行う。
公式戦では、球の質感、ヒビは入ってないか、などがある。
「はい・・・・・ん?」
明らかに先ほどと何か違う違和感が確実にあることが分かる。
左打ち?
まるで、さっきの練習の鏡と戦ってるみたいだ。疑問の表情を浮かべていると、
「おれ、両利きだから」
真剣みが先程より増している。明らかに表情が先ほどとは違う。
「悪いけど、試合は本気でやるから」
おそらくその言葉は本当なのだろう。顔に緩みは一切ない。
「じゃ、本当に俺が負けたら、練習はちゃんと出ることにする。意味はないと思うが。そして逆に俺が勝ったら、おしるこ。それでいいな?」
『意味はないと思うが』はちょっと余計に感じたが、なにも言わないでおく。
「わかってます」
卓球台の点数板のある、横に立ち、ラケット交換をする。先ほどとラケットは違う。
ラバーは最近張り替えられてたのか、傷みはない。よく使われているスポンジがとてつもなく厚くできている。
グリップ部分は木が汗を吸い込んでしまい黒ずんでいる。おそらくこの人が一番愛用してきたラケットと言っても過言ではないだろう。
ジャンケンは、チョキ対グーで俺の勝ちだ。というよりわざと負けられた、そんな気がした。
試合球を受け取り、自分のコートで、幾度か床でバウンドする。
この相手選手に様子見サーブは聞くのだろうか。おそらく聞かない。つまり、相手の思考から外れるもの。
半分様子見しながらも、スピードサービスをすることを決めた。
試合開始前は、どの選手でも体はそこまで暖まっていることはない。暖まっていたとしても、緊張や汗で再び体温低下する。
それを見込んでの愛貴の作戦だった。
手のひらから離れていく試合球。
垂直に落ちてくる直線の途中を狙う。
パコンっ!
スピードを、出すためにあまり回転をかけることはできない。
あえて泰成という男の体めがけてサーブを出す。
おおよそ頭のなかでは、ふたつのレシーブが予測される。一つはいきなりのスピードサービスに対応できず、バッグを使いあわてたレシーブを返すか、それとも予測がついており、回り込まれ打たれるかのふたつの選択肢しかない。
が、圧倒的に前者の確率が多い。二つ目の回り込みは愛貴のフォーム、ラケットの当てる角度など、いろんな分析が必要になってくる。しかし、そうなることは少ない。
それは今のサーブが完璧にフォームも、ラケット打面を隠し、相手にはばれないからだ。とそう思っていた。
パンっ!
なにを間違えたのだろう。
彼の腕の動きは、バッグスイングを、とった後の動きのまま静止していた。
サーブを出しての2球目攻撃。
駄目だ、負けるかもしれない。
そう思いたかった。
そのまま、悪の連鎖ように、俺のサーブは読みきられ、俺はサーブもとれない。
三対零。その圧倒的で冷めきった試合結果に、恥辱感よりは絶望に近かった。
強すぎる、なんて強さだ・・・・・
この人の抜け番が俺・・・そう思うと急に今日の練習試合で、部員や監督にちやほやされている自分が恥ずかしくなってきた。
試合を開始するときは、あんなに楽しそうにしていた泰成の顔はいつの間にか飽きてしまった子供のような表情に様変わりしていた。
「ん~~、そこそこだなあ」
その泰成から発せられた言葉が何を意味するかは、考えもしなくても本能が分かった。今までの自分の努力や付けていた力をバカにされた。そんな気がしてならなかった。同時に死ぬほど悔しかった。一番こんなふざけた人に負けるのが、悔しい。自分のやり方、成長の仕方が正しいと思ってきた愛貴にとってはこういう人間を正したいと思考が回ってしまうタイプなのだ。なのに、逆に正された。それがはらわたが煮えくり返るほどの怒りを爆発させた。
「バカにしないでくださいっ!はあ、はあ、はあ。」
場内が一瞬だけ、ボールの弾む音しかしなくなった。
荒い息を整えようとしながら、卓球場の床をじっと見つめた。というより顔をあげることができなかった。今まで抑圧していた自分の感情が爆発したと思うと同時に、怒ったり感情をすぐ露わにするのは人間としてまだ未熟だと自分で自分に表すことに等しいからだ。
卓球場の全員から注目を浴びる。しかしだんだんとボールの音しかしなかった場から徐々に喧噪が現れだしてきた。
すると台の向こう側にいた泰成という男は俺のそばをよこぎって、休憩所の方へと遠ざかっていく。
しばらく下を向いたまま握ったままのラケットを見つめる。数年使っていたグリップは汗を吸い込んで少し黒ずんでいることが読み取れた。
こんなもの・・・こんなものがあるから・・・俺はここまで・・・・・。
握力が入り、握りこぶしの中でラケットが苦しそうに微量動いた。
早くこの場から立ち去りたい。ついでにこんなラケットも捨ててやりたい。
「おいっ」
自分から後方一メートルあたりの場所からいきなり声をかけられる。足音すらも気配すらもしなかったその声の持ち主は泰成と言う男だった。初めはいかつく彼の顔を睨みつけたが、その後、手元に持ってあるしなれた白紙へと目が行く。
間違いない入部届だ。彼はそれをばっと前へ掲げる。
「約束通り、今一番やりたくないことをやってもらうぞ。」
すると、卓球台にその入部届をドンっ!と、勢いよく押し当てる。
「じゃあ、これに名前書け。それに親のハンコ。そして入部動機を下のスペースに書いてくれ。」
淡々と紙の説明をするスポーツマンの骨格をした男。言葉を入れる隙もないその説明の速さにイラだちながらも圧倒される。
「約束は、おしるこだったはずです・・・」
「だから言ったろ。今一番やりたくないことをやってもらうって。さっきのお前はおしるこって感じだった。でも今のお前は、卓球がやりたくないって感じじゃん?」
「そんなっ!別に・・・俺は・・・・」
「いや他言無用。ルールはルールだ。従ってもらうぞ。」
「そんな・・・そんなの・・・」
否定する言葉を頭の中でこねくり回してみるが、どれもただの言い訳にしかならない。指摘されたようにいつも自分は論理が通っていないことが多い。
「でも、三年間続けろとは言わない。退部する方法もちゃんと用意してある」
「は?」
「辞める方法はひとつ、俺に勝つこと。それだけだ。」
その言葉はまるでエベレスト登頂するかの如く、遠いものに聞こえた。
「負けは負けだろ認めろ。スポーツマンシップに反するぞ。そこで癇癪を起こされても俺が困る。」
こういうときだけは都合のいいようにスポーツマンシップなんて言葉をきれいに並べる。
「別に・・・さっきは少し悔しくてカッとなっただけで、もう怒ったりはしませんよ」
「よし!じゃあ入部決定なっ!」
そう言っては見たものの実際、頭の中で怒っているのか、心の中で怒っているのかは知る由もなかったが、いままでにないくらいの怒りがまだ煮えくり返っていた。
「ん?了承の言葉が聞こえんぞ?ルールを破るのか?」
この人は言葉遣いがうまい。自分をルールを破りたくない秩序正しい人間だと見抜いているのだろうか。
「・・・はい、わかりました。」
「違う!私、・・・・名前なんだっけ?」
くっそ・・この人は・・・。相手をイラつかせることと卓球だけは長けてやがる。
「霞愛貴です。」
「よし!私、霞愛貴は、入部することをここに誓います!リピートアフターミー?」
「・・・・・・・」
「リピート!アフター!ミー?」
「・・・・私、・・霞愛貴は!・・・入部することをここに誓います・・・・」
「おけい!」




