なまむぎなまごめなまなまこ
とある晴れた日の事だった。
僕と妹はスーパーに買い物に来ている。迷子にならないように手を繋いで居るが、子供特有の体温がとても温かくてふにふにしてて気持ちいい。妹はあどけない顔で僕に聞いてきた。
「お兄ちゃん、ミルクって牛さんのお乳なんだよね?」
「うん、そうだよ。牛さんは分かるかな? モーモーって鳴くね」
「それくらい知ってるもん! お父さんがやっていたゲームに出ていたけど、斧を持って白黒の水着着た人でしょ」
……乳よ、じゃない父よ、妹に何を見せているんだ。おそらくそれはミノタウロス……というかモンスター娘ダンジョン的なゲームだろうか。擬人化文化は僕は否定しないが、どう見ても幼女に見せるにはアウトな内容ではないのか。僕は浅間さんにアイコンタクトを送ると、頷きで返した彼女はスッと消えていった。害悪の元を掃除しに行ってくれたんだろう。いっその事、あの駄父の脳みそも物理的なクリーニングをしてくれると嬉しいのだが。
「お兄ちゃん?」
「……コホン。何でもないよ。牛って言うのは四足歩行でつぶらな目をしていてとても可愛いんだ。お乳も美味しいしお肉も美味しいね。さ、早く牛乳を買って帰ろう。浅間さんがカスタードホットケーキを作ってくれるからね」
イカンイカン、父の掃除方法を色々と考えてしまっていたせいで妹に怪訝な顔をされてしまった。ニコリと妹に向き直ると牛乳をスーパーの買い物カゴに入れる。
「牛さんのお乳がぎゅうにゅうって言うなら、なまちちってなあに? なまのお乳?」
「ブフッ!?」
妹よ、いきなり何を言い出すんだ。買い物中の主婦や店員さんが固まっているじゃないか。あ、そこのふくよかなオバサマは胸をサッと隠さなくても大丈夫です。吸いたいとも思いませんし、僕が目を向けたら顔を赤くして恥らわないで下さい。色々とショックを受けます。
「なまちちー♪なまちちー♪」
妹よ、妙な歌を口ずさむのは止めなさい。お兄ちゃんホントに困るから。
僕はしゃがんで妹に視線を合わせるとゆっくりと教える。
「これはね、原材料名、生乳……生きている乳と書いてせいにゅうって読むんだよ。なまちちでもままちちでもななちちでも無いからね」
ちょっと舌を噛み掛けた。なとまを繰り返すって結構キツイな。なまむぎなまごめなまなまことか早口言葉を考えた人は天才だと思う。
が、僕の説明がイマイチ通じなかったようだ。妹はキラキラした目で僕を見た。嗚呼、妹の頭に電球が浮かんでいるよ。
「じゃあ生きているお乳が入っているんだね! 浅間さんやそこのきれーな店員さんにお願いしたら出してくれるかなぁ」
嗚呼、妹よ。どこでこうなった。浅間さんは未婚だし、そもそも誰が絞るんだ。あ、店員さんが卵を積み上げた棚をひっくり返した……。男子高校生は前かがみになって歩いているし。そして先程のオバサマ、僕を赤い顔でチラチラ見るのは止めてくれ。
夕方時、スーパーの人達を阿鼻叫喚に陥れた妹はすよすよと寝ている。浅間さんが作ってくれたカスタードホットケーキは妹のお気に召したようで、お腹がポッコリと膨らみ、それが寝息と共に上下している姿は愛らしい。
ちなみに生乳の意味についてはしっかりと辞典で教えてあげた。
バニラの香りをさせてアホ面で寝ている妹はとてもバ……かわいい。
ほっぺたをぶにぶにとつついてあげたいくらいだ。
今回も新しいお話です。