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彼女の居場所

「ただいま戻りました」


 任務が終わった報告をしに来た男が入室して言った。本来なら、現場に出て任務をする者が直に私に報告しに来ることはない。

 今回は特別だ。任務完了の報告を私は自分の目と耳で確かめたかった。


 男はライラを匿う為に娼館に連れて行った使用人だ。そのおかげでアイザックが城に移る際に解雇されている。


 ライラは大切な幼馴染だ。

 アラヴィラン公爵家には特別にこの男も潜入させていてよかった。この男の役目はライラが公爵家から出た時点で終わっている。あとは残された者でも充分だ。


 アイザック王子(・・)はまだ使えるな。


 私はアイザックの出来に満足していた。

 我が家のように使用人を代々使う家は現在では少ない。今では使用人は使い捨てだ。

 だからこそ、手の者を入り込ませることは容易い。どの家もそれをしているし、屋敷を切り盛りするのに間者がいるのを敢えて放置するしかないからだ。

 我が家のように一族郎党とそれに仕える一族だけで屋敷内を回していた昔は間者がすぐに気付かれてしまうが、今回のようなことがなければ発覚することもなかっただろう。


 それにあの娼館が我が家の息がかかっていることを知っても黙っている。娼館というのは情報収集するのに最適な場所なのでそれは助かる。


 アイザック王子は我が家のことをわかっていて、黙ってくれている。

 使える王子だ。


「支障はなかったか?」


「ございません」


 問題がなければそれでいい。この男の仕事が問題なく終わったのなら、それで今回の任務は完了したことになる。


 ライラの兄ロバートはシルベン王子の屋敷に滞在していて、不運にも隣国から伝わった流行り病で亡くなった。


 役目を放棄したことでアラヴィラン公爵家で軟禁状態にあったロバートがどうしてシルベン王子の屋敷に行けたのか?

 これはアイザックがいい仕事をした。勝手知ったる元我が家なだけに、使用人の動きもわかっていたのが成功の要因だった。

 そして、想定通りロバートも動いてくれた。


「下がってよい。次の任務が決まったら連絡する」


「はっ。失礼致しました」


 男が退出するのを見ながら、物思いにふけった。


 大事なものを作ってはいけない。それがこのハーグリーヴス伯爵家に生まれた私の在り方。親が目の前で殺されても冷静な判断をしなければならない。

 だから、大事なものは作れない。

 妻子の命を盾に取られようが見捨てなければいけない。

 我が家が担う役目の為に。


 宰相家と我が家だけにそれを押し付けるのは歪だ。それ故にこの国は破綻するかもしれない。

 しかし、今ではない。


 これからアイザックが姉離れできれば、ライラを隣国の王位第三継承者であるホアンに嫁がせてもいい。

 隣国では第一王子と第二王子の間で仲違いが起きていた。それはほんの些細な出来事が原因だった。

 あの国は王妃を大公国から迎えていて、第二王子を大公国風の名前を付けたことで国王が大公国におもねっていると言われている。第一王子ではなく、第二王子が王位を継いだ場合、大公国の属国に見られると言っている先鋒が従者に扮していたホアンの父親だ。


 第二王子はこの国で不慮の事故で亡くなってもらう予定だったのだろう。そして、その責任は我が国の人間に被せて・・・。

 実際、上手くいったものだ。都合良く、第二王子は流行り病で亡くなった。

 その死が火種になりようがない。


 第二王子の死の責任を追及し、開戦に持ち込もうとした策は失敗した。ホアンがライラに惚れ込んだのは予定外だったかもしれないが、それでもこの計画は変わらなかったのだから評価している。


 だが、アイザックが姉離れできなければ・・・時折、アイザックを煽ってやられなければならない。その為にライラを手元に置いておく必要がある。


 ライラに求婚してきた騎士団長アルフレッドなど、誰にでも代えのきく存在はお呼びではない。


 前騎士団長の息子のジェレマイアはシルベン王子の近くに不審者を近付けたばかりか、私情を優先した奴を父親が騎士団に残ることすら許さなかった。

 数日後には報せが王都に広がるだろう。そうなれば、奴も大人しくなる。

 大人しくならないなら、なるまで延々と父親から指導されることだろう。

 ジェレマイアが矯正される前に前騎士団長が指導を続けられなくなったら、前騎士団長の家にいる手の者に任せればそれで万事うまくいく。


 将来の不安分子はすべて消えた。あとはアイザックがしっかりしてくれればいい。

 幸い、宰相閣下は私の息子がこの家を担えるようになるまでは頑張ってくださるそうだ。せっかく、親戚に生まれたのに、今から引き取って宰相になるように育てるのが可哀想だからだそうだ。

 それなら、息子をもう一人くらい作っておけばいいものを、と思う。


 そう言えば、私も一人っ子だ。

 非情な家に生まれたというのに、妙な点で父も宰相閣下も子どもには情が深い。子どもに辛い思いをさせるからと後継者しか作らないとは。

 私ならそんな真似をしない。ギデオン様のように使えない場合を考えて、人質にされても見殺しに出来るようにスペアを用意しておく。


 ライラは大切な幼馴染だ。

 手元に置く為に妻にすることは苦にならない。





 さて、行くか。







 アイザックはどこまで成長してくれるか?


 私はそれを楽しみにしながら、我が家で行われている恒例のお茶会に向かう。




 私は大事なものを作らない。

 大切なものはあっても、弱味にはしない。







































 茶会が開かれている部屋へと向かうチェスターの姿を見かけた使用人は、若すぎる主人を温かい目で見守っていた。


 若旦那様は心を偽っておられる。ライラ様を大切な幼馴染としか言わないようにして、自らの気持ちに蓋をしている。

 だが、どこか遠くの国では愛するという感情を表す言葉がなく、大切と訳していると聞いたことがある。まるで若旦那様の気持ちを表しているようだ。


 若旦那様の言葉をその遠い国の言葉だと思って訳せば、ライラ様は愛する幼馴染になる。

すべてはアイザックの頑張り次第と言いたいところですが・・・どうなるかは、誰にもわかりません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ライラ逃げて~!超逃げて~! と思わず叫びました。 いや、まったくもって無理そうだけど 気持ちとしてはやっぱり。
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