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第1章 主人と従者 4

 リーザは東窓から差し込んでくる柔らかい春の日差しに目を覚ました。

「う、うーん……なんじゃ……もう朝か。まだ寝ていたいの……ふわぁ~」

 大きな欠伸を1つすると、寝ぼけ眼をこすりながらベッドから降りて、窓を全開に開け放った。ビュウビュウと、肌に心地よい風が吹きこんでくる。

「うーん、やっぱり春の風は気持ちがええ」

 完全に目が覚めたリーザはクローゼットから黒色のタキシードを取り出すと、ネグリジェからそれに着替えた。そして少年のことを思い出す。

「そろそろ朝食の準備が出来ている頃じゃな」

 メイド服姿のルディがあたふたと料理を作っているさまを思い浮かべ、リーザは笑いがこみあげてきた。

「ククク……あやつ、ちゃんと料理はできるんじゃろうな?もしもわらわの舌を満足させられるようなものでなければ……」

 リーザは冷酷な笑みを浮かべる。

 拷問、折檻――

 それは久しく耳にもしていなければ、行ってもいないものであった。

「まぁ、久しぶりの玩具じゃ。大切に扱わんとのぅ。すぐに壊れてしまっては、元も子もないからのぅ」

 リーザは部屋を出て、そのまま食堂へと向かった。

(さてさて、あやつは一体どんな朝食を作っているんじゃろうな……)

 リーザはいろいろと思いを馳せる。考えてみれば、人間の、それも男に料理を作ってもらうのは、初めての体験であった。

(ちゃんと食い物が出てくればいいんじゃがのう)

 やがて食堂に近づくにつれ、食欲をそそる芳香が漂ってきた。

(おお、これはなかなか)

 リーザは少しだけ鼻孔をひくつかせると、食堂のドアを開いた。

 食堂の中は暗幕で陽の光が遮られ、暗闇に包まれた中で蝋燭の炎がぼんやりとした灯りを放っている。

 いくつもの蝋燭の炎がゆらゆらと揺らめくさまは、まるで黒魔術の儀式を彷彿とさせるものがあった。

 テーブルには料理が一人分だけ並べられ、テーブルの横で立っていたメイド姿のルディが恭しく頭を下げる。

「おはようございます、リーザ様。朝食の用意が整っておりますので、こちらへ」

「うむ」

 リーザはテーブルに歩み寄る。ルディは椅子を引いて、テーブルとの間に少し空間を作る。

 リーザは無言のままその椅子へと腰かけた。

「朝からステーキか。バランスが悪いのう」

「申し訳ございません。いい食材が手に入りましたので、是非リーザ様に味わっていただこうと思いまして」

「ふむ……まあよい」

 リーザはナイフとフォークを手に取ると、肉を一口サイズに切り、口の中へと運んでいく。

(よし!)

 その光景を見届けたルディは、心の中で力強く拳を握りしめた。

「うむ……なかなかいい味じゃな……」

 リーザは一口、また一口とステーキを口の中へと運んでいく。

(あ、あれ?)

 ルディはその光景に、次第に不安を覚えていった。

 考えたくない、絶望的な推測が現実味を帯びていく。

「どうしたのじゃ?」

 そんなルディの考えを見透かすかのように、リーザは冷笑を浮かべた。

「い、いえ。リーザ様のお口に合わなかったらどうしようかと思って……その……」

 ルディはとっさにごまかす。

「ふむ」

 リーザはナイフとフォークを置くと、口元を布でぬぐった。

「なかなかの美味じゃ。わらわが期待していた以上のものじゃぞ」

「そ、それはどうも……」

「ステーキの肉質もいいのじゃが、特に、肉の間に隠すように挟んだにんにくとにんにくの芽。これが隠し味として最高のうまみを引き出しておる」

(げっ!!)

 無慈悲な現実を突きつけられ、ルディは青くなった。

「にんにくを隠すために、肉を薄く切って間にはさみこんで、何層も重ね合わせる……なかなか手の込んだことをするのぅ。だが時間とは残酷じゃ。吸血鬼がにんにくを嫌う……一体、何百年前の常識じゃったかのう」

「…………」

 ルディの額から汗が流れ落ちる。言葉を喋ろうにも、まるで声帯が閉ざされてしまったかのように、口から出てこない。

「そうそう」

 リーザは何かを思い出したかのように、席から立ちあがった。

「こんな天気のいい日は、暗い部屋で食べるのはもったいないのう」

 そして、ニヤリと笑って暗幕を開ける。

 眩いばかりの光が、部屋の中へと入っていた。

「あっ!?」

 ルディは思わず声を上げる。

「何をそんなに驚いているのじゃ?」

 リーザは不敵な笑みを浮かべたまま、椅子に腰かけてナイフとフォークを手に取った。

「わらわが陽の光で灰になると思ったか?吸血鬼が陽の光に弱いなんて、一体、何百年前の常識じゃ」

 そして、再びステーキを切り分け、口の中へと運んでいく。

 目論見が外れてしまったルディは、すっかり意気消沈していた。

 同時に、このままでは殺されるという思いが、彼の表情からどんどん生気を奪っていく。

「とりあえず、罰じゃ。おんしは朝食抜きじゃぞ」

「そ、そんなー!」

 リーザに追い打ちをかけられ、ルディは情けない悲鳴を上げる。同時にお腹がキュルルーと鳴った。

「ほんに、卑しい奴じゃな」

 リーザはクスクス笑いながら、ステーキの付け合わせの木の実を口の中へと運んでいった。

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