小説蟹なろう
宗教都市
宗教都市とは特定の宗教の聖地に形成された集落や寺院・教会の寺内町・門前町である。
Wikipediaより参照
「えーぇ、次はぁ、ナロウぅー、ナロウ駅でぇーす」
電車のアナウンスが次の停車駅を告げる。
はぁ…。
どの駅だろうと調子の変わらない車掌の声とは裏腹に、私のテンションはグッと下がった。
ナロウ町は私の住んでいる町。ナロウ教を信仰している、いわゆる宗教都市というヤツで姫布路様という神様を町ぐるみで祀っている。
年に数度ある大賞祭などは、全国から信徒が集まり中々の賑わいを見せてくれるのだが。
電車が到着した。
降りる人影も疎らな閑散としたホーム。そら、普段はこんなもんだ。
どこにでもある田舎駅。
田舎すぎて切符を切る駅員さんとも顔馴染みだ。
だって、いとも容易く世間話だ。
「あんれ、谷中さんトコの嬢ちゃん。こんちゃん遅くどしたのさ?」
「文化祭の準備で遅くなってしまったんです」
「そげか。嬢ちゃんも尾列江学園なら親御さんも心配せんだったろに」
尾列江学園はナロウ町にある小中高一貫校だ。
私も中学までは通っていた。
誰があんな学校に戻るもんですか。
「外の学校も楽しいですよ」
「若い子はハイカラで良いばや。おいは生まれてずっどこの町やきん、外ん事んよーわからん」
この町は、時間が止まっている。
それは平和と言い換える事が容易い程に長閑だ。
住みやすいのだろう。
同じ宗教という価値観を共有したコミュニティは、この上ない安心をもたらす。
この駅員さんのように、町からほとんど出たことがない人だって珍しくないくらいに。
私は、時々それが無性に許せなくなる。たまらない。
だから私は、この町が嫌いだ。
高校を卒業したら、こんな町からはオサラバしてやるんだ。
「はい帰らんと、蟹になるでよー」
駅員さんは、そう言って私を見送った。
…うんざりした。
ナロウ教の教えに背いたら、姫布路様に蟹に変えられてしまうんだと。
幼い頃は本気で信じていて、悪い事をしてしまった時など、蟹にされてしまうと本気で恐れていた。
だいたいナロウ教の教えというのが、
1、人には敬意を持ち接するべし
1、始めた事、道半ばで諦めるのは控えよ。無き事とするのは更に愚かと知れ
1、著作権侵害は許しまじ。また、特定の内容を含む場合はあらかじめ定められたタグを用いるべし
なのだ。言ってる事は立派だが、立派な人間ってのはいつの世も少数であるからして、
本当に罰があるなら今頃ナロウ町は蟹だらけになってるだろうね。
それも面白いかも知れない。
蟹だらけの町で片っ端から湯掻いて食ったら美味しそうだ。あらまあ三丁目の山田さんは身が詰まってて食べ応えあるわ。なんてね。
下らない妄想をしていたら、もう家の前だ。
「おかえりなさ異世界」
「ただ異世………ただいま」
ナロウ町独特の挨拶を、一般用に言い直した私に、母は悲そうな表情を見せた。
この町は信徒以外には閉鎖的で、保守的で、ガラパゴス化している。
今みたいな日常の挨拶や習慣も『外』とはどこかズレている場合も多い。
例えば高校で、好きだった先輩にフラれた友人に「ブックマ外されたくらい、元気だしなよ!」と励ましたつもりがポカンとされた。
外では辛い事をブックマ外しなんて言わないと知って、私はとても恥ずかしい思いをしたものだ。
「母さん。私の前でこの町の風習はやめてくれるって約束したじゃない」
「でも、やっぱり挨拶くらいはキチンとしたいから…」
「………自分で言い出したくせに」
二年前、私が外の高校に受験を決めた時。てっきり反対されると思っていたのに、両親は賛成してくれた。
配達業務という仕事柄、比較的に外と接点を持つ父などは、この町の異常性をどこかで感じていた節がある。
母は熱心なナロウ教徒だったが、押し付けがましい勧誘は嫌いだったのでその辺が理由だろうか。
高校の面接で得意科目を聞かれ、「国語が得意です。期末ではジャンル別日刊ランク五位を撮りました」と言った私。
面接官の面食らった顔を見て、私は生まれて初めてのカルチャーショックを受けた。
帰って部屋に引きこもり泣き腫らす私を見兼ね、
両親は、家では外の常識で過ごす提案をしてくれたのだ。
それのおかげか、こうして入学できてからも、何とか学校生活を送れている。
気を抜いたらこの町の風習がひょっこり出てしまうので油断できないが。
「…ごめんね」
「謝らないでよ。
やっぱり、母さんは無理して外に合わせないでいいって。
なんか…見てるコッチがブックマはず…ゴホン!…辛いよ」
「いいえ、今日は母さんが甘えてたのがいけないの。約束したんだから守らないと姫布路様に蟹にされちゃうものね」
そう言って母は笑った。やっぱりどこか悲しそうだった。
詰まる所、母さんはどこまで行っても信者なんだ。
でも、それでいいと思う。
意外かも知れないが、信仰を否定するつもりなど私にはない。
それで救われる人がいるならば、価値のあることだと思う。
だったら何故この町が嫌いなんだろうか?
いや、私はただ、この町の『普通』に馴染めない自分に自己嫌悪して反発しているだけ。そんな気がする。
それでも私は決めたのだ。
外の常識を身に付け、卒業したら外に出ると。
「おーっい!いつまで玄関で話してんだー?パパお腹すいちゃったぞ」
「はいはい今行きますよー。ね?」
父に呼ばれ家族三人で食卓を囲む。
「いただきます。お気に入りの作品のエタらんことを」
「いただきます。お気に入りの作品のエタらんことを」
いただきますの挨拶をした私達を、父が「お前ら…」とジト目で抗議する。
あっ…。
私と母は気不味く顔を見合わせ、どちらかともなくプッと吹き出した。
「仕方ない奴らだな」
そう言う父も嬉しそうで、なんだか、家族でこんなに笑いあったのは本当に久しぶりだった。
今晩の献立がカニ玉なのは、何かの風刺でしょうか?
完




