ぺ天使
『マー君マー君。久しぶりだねー』
駅のホームでうとうとしていたら、野球帽を被った少年が僕の前に現れた。
ピュータンだ。
ピュータンはいわゆるイマジナリーフレンドという奴で、僕の頭の中にいる、僕にしか見ることも話すこともできない友達だ。
さすがに30も後半に差し掛かった今には、見かける割合もグッと減った。
ただ、こうして疲れてうつらうつらしている時には、よく顔を出してくれる。
「やあピュータン。元気にしてたかい?」
『ボクはいつだって元気さ。そういうマー君はお疲れモードだね』
「まあね、ちょっと仕事で疲れてるんだ」
『あらら、そんなこと言ってたら…ああいけない。ほら見ろ、アイツが来た』
「あいつ?」
「やっほーい!疲れた現代人が、ちょっと一息つきたいそんな時に現れた俺の名前は天使!
気軽にエンジェル獅子唐と呼んでくれよな!」
いつの間にか僕の隣に男が座っていた。
何とおかしな格好をしている。
白い布を羽織り、背からは翼が生え、頭には輪っかが浮いていた。
明らかに現実離れな出で立ちだけど、さっきから羽根がチクチク当たって痛痒い。
触感があるという事は、どうやら新手のイマジナリーフレンドでなく、実在の人物だ。
とすると、彼は本物の天使なのかもしれない。
「ああ、ごめんごめーん。メンゴメンゴー。翼が邪魔だよね。ちょっと仕舞うわ」
「えっ、まさか取り外しできるとか?」
「はっはっはっー。冗談はヨシ子ちゃん。身体から生えてんのに簡単に取り外しできる訳ナインティナインだよ。
いいかい、これはこうやって……ってぇい!」ポキャテ!ボキィ!
「翼を自力で逆折した!?すごいや力技だ!」
「うぐああああああああ!!!痛ぇぇぇえ!!!畜生いでええよぉぉおおおおー!!!」
「わあ、やっべえコイツ頭やっべぇー…」
『とにかく今がチャンスだ!逃げよう!!』
「うん!」
ピュータンに手を引かれ(と言っても感触は無いが)僕は走り出した。
「ぐぎぎぃー…逃がさいでか!エンジェル拳法奥義!デビールセメダインッ!!」ビビビビビー!
「うごっ!?」
天使の変なビームが直撃した僕は、脚が鉛のように重くなって動かない!
「ふはははは!見たかこれぞデビールセメダインの威力だ!
何を隠そう、翼が折れたことにより堕天使へとクラスチェンジした事により悪魔の力を用いたエンジェル拳法の中でも秘中の秘であるデビールセメダインを用いた事により、相手の脚は鉛のように動かなくなるからして、つまりなんかサイコー!堕天使サイッコォー!だって堕天使だもぉーーん!!」
「なんなのこの人ほんと怖い!」
『チッ、あと少しだったのにー』
「ん?」
何があと少しなのか?僕がピュータンに聞こうとしたその時。
プファァアーッン!!!
鳴り響く電車の汽笛!僕のすぐ前を通り過ぎる快速列車!
「ピュータン…?」
僕は、ホームの黄色い線からはみ出して立っていた。
もし堕天使エンジェル獅子唐のデビールセメダインがなければ今頃…
「これで分かっただろう?ソイツはお前が思っているような心の友達じゃあない。
もっと、なんかこう、アレな、のっぴきならない系の、つまりそんな奴だ!!」
「どうして…ピュータン…?」
『だって、マー君、生きるのに疲れてたじゃん』
「──ッ」
それは、つまり、ピュータンは僕の為に…
「騙されるな!さっきも言ったようにピュータンはイマジナリーフレンドでは無い!
だから、こう、ほら?ね?アレじゃん?アレなヤツじゃん?」
お前さっきから語彙の貧しさやっべぇーなオイ?
『くくくく!バレちまったら仕方ねえ!いかにもボクの正体は死神なのさー!』
「やはりなー。んで、その死神がどうして彼を殺そうとした?
仮にも長年付き添った友人だろう?」
『それは…、あの、ほら、ボク最近ぜんぜん魂を冥界に運んでなくてね?
するとアレじゃん?上司にキレられるじゃん?魂持ってくるまで事務所帰ってくんなよ!って言われてさあ。今日だって本当なら休みだったのに、半強制で休日出勤で、もう何やってんだろって虚しくなってね。
ああ、じゃあ手っ取り早くマー君でいっか?いいな!となった次第であります』
「そっかー、死神も大変なんだねー」
『なんか、思うんだけど。
ボクほんとこの仕事向いてないなーって。
会社は他の死神会社と競って、社内は成績で競い合ってギスギスしてて、もうやだ。ボク競争社会に向いてないんだよ実際。
向上心もてとか勉強を怠るなとか、そんなんウンコじゃん。もっと心穏やかに生きたいんですよボクは!!』
「それ超わかる!!ピュータンも僕と同じように悩んでたんだね」
「全く、やれやれだお前ら二人。生きるのが苦しいか?仕事するのが辛いか?
かつては俺もお前らと同じだったよ」
『今は違うの?』
「ああ。堕天したといえど腐っても天使。お前らに必要な物を教えてやる。
それは……仏教だ!」
「『仏教!?』」
「苦しみから解放されるには、苦しみがどこから来るのか知る事だ。そしてそれが悟りへと通じる。
仏教の教えに感銘を受けた俺は、修行を経て住職へとなった。
今じゃあ面倒な事は檀家に押し付けて、外車を乗り回し、夜は毎日キャバクラ三昧よ!」
「よッ!生臭堕天使!抱いてっ!」
『ボクもお坊さんになりたーい!』
「おいおい、とんだ欲しがり屋さんめ!オーライわかった。
じゃあ今回だけスペシャルに特別だ。この契約書にサインしてくれ。それだけで君たちを一人前の仏門生にしてあげよう!」
「わぁいサインするするー!」
『キャバクラキャバクラー!』
「お、二人ともサインしてくれたな。
ちなみに、この契約書にはこう書いてある。
【死神エンジェル獅子唐に自らの魂をあげる事を了承します】とな!!」
「『え…?』」
そこで僕の意識は途切れた。
南無阿弥陀仏




