研究日誌04:睡眠時覚醒夢
日が沈むのは、思っていたよりも早かった。
砂漠の夕暮れは、一気に色を失う。
赤かった空が紫に変わり、気づけば黒が滲み始めている。
ひどく寒い。
「今日はここで休みましょう」
アレイスタがそう言って、砂の上に腰を下ろし、簡易の魔道具に火をつけた。
背嚢から干し肉を取り出し、かじる。
「まあ、何にもないけど」
“何もない場所”が、もう少しで“いつもの場所”になる気がして、少しだけ不思議だった。
貰った干し肉はとても硬い。
メルクは無言で【フリードリヒ】を取り出す。
昼間、無理やり曲げられていた弓だ。
丁寧に形を戻し、柔らかい布で拭き上げる。
終わると、そのまま胸に抱きしめるようにして横になった。
……本当に、大事なんだな。
僕はその様子を見ていた。
「オームはこれ」
アレイスタに毛布を渡され、ぐるぐると巻かれる。
「ビリビリ防止。あと――」
一瞬、メルクに視線を落とした。
「寝相、悪いから」
嫌な予感がした。
結果から言うと、予感は当たった。
左右から挟まれ、逃げ場がない。
しかも、二人ともよく動く。
寝返りのたびに、腕や脚がぶつかる。
毛布越しでも、心臓の音がうるさく感じられた。
眠れない。
目を閉じて、朝からの出来事を思い出す。
走って、転んで、落ち込んで。
昼間の匂い、街の音、ひかり。
何もない、場所。
水脈が消えた、言葉、水ミャム、水……黒。
――ここに、何か……
********―――********
眼の前に扉がある。分厚い扉だ。
僕は、振り向くが、何も無い。
ここには、この扉しかない。
僕は慎重に、扉を、開く。
砂漠じゃない。
でも、どこなのか分からない。
知らない場所なのに、懐かしい。
雨の匂い。潮の匂い。胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
足元を見ると、壊れた人形が転がっていた。
一体、二体じゃない。
腕のないもの、首の取れたもの。
中身が空っぽで、濡れた人形。
ぞっとするのに、目を逸らせなかった。
瓦礫と人形の山の上で、誰かが泣いている。
黄色い服を着た少女だった。
背中を丸め、肩を震わせている。
「あの……」
声をかけると、泣き声が止まる。
ゆっくり、顔を上げた。
――アレイスタ?
一瞬、そう思った。
でも、違う。もっと幼い。
それなのに、どこか重なる。
「オーム……」
少女が僕の名前を呼ぶ。
その声が、僕の視界を震わせる。
「オーム」
その声が、僕の頭を揺らす。
呼ばれるたびに、少女が少しずつ大人びて行く。
アレイスタだった少女の輪郭が曖昧になっていく。
泣きながら、必死に何かを伝えようとしている。
「……なに?」
聞き返そうとした瞬間。
*
「オーム!」
泣きじゃくっていた少女の瞳が、メルクの瞳と重なった。
がんがんと僕を揺さぶっている。
「起きて」
息が近い。
心臓が跳ねる。
「ゆ、夢……」
そう言った瞬間、遠くから声が飛んできた。
「大変よ!」
アレイスタの声。
「出たわ、湖が!」
僕は飛び起きた。
毛布がほどけ、砂が舞う。
視線の先。
昨日、何もなかった場所に――
湖があった。
月明かりを映す、巨大な水面。
砂漠とは思えないほど、静かで、完璧な湖。
夢の続きを見ているみたいだった。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
でも、分かっていた。
ここは、あの“何もない場所”。
夢の中で感じた、懐かしさと同じ匂いがする。
幻の湖は、確かにそこにあった。




