研究日誌01:混沌加速装置
なろうには初めての投稿です。
街は賑やかなはずなのに、僕の周りだけ音が遠い。
靴底の音だけがやけに大きく響いていた。
角を曲がった瞬間、誰かの胸にぶつかった。
「――っと」
火花が散る。指先から腕にかけて、びりっとした衝撃が走る。
小さな痛み、嫌な感じ。冷たくて、内側を剥がされるような。
「痛ぇな、どこ見て歩いて――」
怒鳴り声。冒険者だ。革の鎧と剣、腰に下げた袋。
僕は反射的に一歩下がる。
「す、すみません」
謝ったつもりだった。でも声はちゃんと出ていたのか分からない。
冒険者は舌打ちして、僕を睨んだ。
「チッ……気をつけろ!」
それだけ言うと、肩をぶつけるようにして去っていった。
その背中を見送って、ようやく息を吐く。
――まただ。
胸の奥に、朝の光景が浮かぶ。
「オーム、これ以上は雇えない」
冒険者パーティーのリーダー。
声は覚えているのに、顔だけが思い出せない。何度思い出そうとしても、そこに行くと、黒で塗りつぶされてしまう。
「レアな雷属性だから役に立つと思ったが」
銅貨を渡された。
1枚。パン5枚分が僕の価値。
硬貨が手のひらに乗った瞬間、ぱちんと大きなな音がした。
「痛っ!」
リーダーが反射的に右腕を引っ込めた。
いつも僕の周りではおかしな事が起こる。
落ちている枯葉が意思を持っているかのように僕に吸い付いたり、ダンジョンでは触れてもいないトラップが発動したり、今みたいに小さなショックを与えたり、
リーダーの髪の毛を逆立てたり。
「ぷっ」
笑ってはいけないことは分かっていた。
でも、止められなかった。
「出ていけ」
リーダーが髪の毛をセットしながら言った。
それから僕は街を彷徨っている。
立ち止まると黒い感情に追いつかれそうで、足を止められなかった。
街の喧騒が、いつの間にかヒリヒリとした音に変わっている。
人の流れがおかしい。
誰もが道の端に寄り、何かを避けるようにしている。
露店主が、指差して大声で叫んでいる。
子供が泣きながら親に抱きついている。
え?
疑問に思った時には遅かった。
空気の匂いが、急に重くなった気がした。
次の瞬間、世界がひっくり返る。
「どいて!」
怒鳴り声。 同時に、空気を裂く音。
避ける暇もなかった。
僕に向かって、矢が飛んでくる。
反対側から、何かが――熱も冷たさもない、でも圧倒的な何か、これは――”魔法”?。
終わった、と思った。
なのに。
矢が、止まった。
正確には、止まったのではない。僕の周りを、円を描くように回り始めた。
”魔法”もだ。
ぐるぐると、同じ速さで、同じ距離を保って。
「……え?」
声が出たか分からない。
回転はどんどん速くなる。風が巻き起こり、耳鳴りがする。
怖い?
でも、僕には近づいてこない。
不思議だ。
そうか、これは怖いんじゃなくて、分からないんだ……。
矢と魔法が、僕の頭上でぶつかった。
その瞬間。
闇が、生まれた。
そこだけなにも
黒
音も、風も、重さも、全部吸い込まれたみたいだった。
次の瞬間、元に戻る。
矢が力なく地面に落ちて、鈍い金属音を響かせた。
僕は、立っていた。
何も起きなかったかのように。
前に、二人の女性がいる。
一人は、奇怪な弓を構えた銀髪の小柄な女性。エルフ。かわいいけれど無表情なのが一層の違和感。
もう一人は、黒髪の女性。綺麗だけど見透かす眼光が鋭くて怖い。魔法使いなら持っている杖がないのも底知れない。
二人とも、僕を見ている。
逃げなきゃ、と思った。
でも足が動かない。
「……今のを見た?」
黒髪の魔法使いが低い声で言った。
「確認した」
銀髪のエルフが、ゆっくり弓を下ろす。
二人の視線が、僕に突き刺さる。
街の喧騒が、遠くの方では戻り始めていた。
でも、僕の世界は、まだ静かなままだった。
――何か、取り返しのつかないところに、足を踏み入れた。
そんな気がした。
10話まで毎日投稿いたします。




