141 残り31日 魔王、カバデールを去る
魔王ハルヒの元に、ドワーフ製の金属器が多数運ばれて来ていた。
ハルヒが以前命じて運ばせたものだ。
ハルヒはどうして作る気になったのか不明な鋼鉄の皿や銀の油指し、青銅の鍋敷きなどを包んで、教会に出かけた。
この世界には神がいる。ハルヒは直接会ったこともあるが、それほど熱心に信仰されているわけではないようだ。
カバデールの教会の一つは、貧民の救済場となっている。あまり信仰されていない女神でも、私腹を肥やす商業ギルドよりはましなのだろうと思いながら、ハルヒは歩いて出かけた。
黙っていてもサキエルはついてきたが、呼ばなかったのでユニコーンもついてこない。チェリーやスモモに見つかったが、軽く挨拶をして通り過ぎた。
どうやら、ハルヒが一人で外出することに危惧を抱く者はいないようだ。サキエルも、ハルヒの背後で鼻歌を歌っている。
「カバデールは平和ね」
「魔王様がおりますから」
半分は嫌味のつもりで言ったが、ハルヒには謎の答えで返された。
問い正すのを諦めたところで、教会にたどり着いた。
救済場の世話役をしている、魔力持ちの女がハルヒに気づいた。
「まあ、魔王様! 夜逃げですか?」
ハルヒは、ドワーフたちから送られた金属製のガラクタを布に包んで背負っていた。泥棒か夜逃げに見えたことだろう。『泥棒か』と言われなかったのは、ハルヒが築き上げた信頼によるものだ。
「あらっ? 随分顔色が良さそうね。お腹を空かせていると思って、道具を持ってきたのに」
「まあ……魔王様のお陰です。魔王様が、三種会を命じていただいて、私が人間の代表の一人になったのですよ」
展開が早い。ハルヒは、人間と亜人、魔物から3人ずつ代表を出す三種会をカバデールの意思決定機関とせよと命じた。
だが、救済場の世話をしているただの女性が、突然代表になるとは思っていなかった。
「へぇ……そう。こんなところにいても、人望があるんでしょうね」
「違うます。魔王様のお陰です。魔王様のことを怖がって……富裕や方や実力者は皆辞退し、魔王様に施しを受けたことがあるというだけの理由で、私が代表に押されました。ところで……魔王様、今日はなにをなさるのですか?」
ハルヒは、背負っていた金属製のガラクタの山を地面に広げた。
救済場の子どもや年寄りが近づいてくる。
まだ恐れを知らない者と、恐れても先がない者たちだ。
「……食器でしたら……わざわざ魔王様がお持ちにならなくても……」
「金属でできた器はね、様々な魔法陣に耐えられるのよ。ここにあるのは、ただの金属のガラクタだけど……魔力を注ぐとご飯が増えるお椀とか、魔力を注ぐと好きな目を出せるサイコロとか、魔力を注ぐと切り傷が治るフライパンとか……色々つくれるわよ。何が必要? なんだか……自分で言っていて、ろくなものがない気がしてきたけどね」
「そんなことはありません。素晴らしいです、魔王様。魔王様が、これからみんなの意見を聞いて、魔道具にしていただけるのですか?」
「ええ。そのつもり」
ハルヒは笑って返した。
この日は、子どもや老人の要望を叶えて過ごした。
※
教会からの帰り道、ハルヒはユニコーンを呼んだ。
町の中でユニコーンにまたがり、サキエルに告げた。
「私はこのまま、魔の山に向かうわ。チェリーとスモモに、この町を頼むと告げておいて」
「随分、急ぐのですね。直接お声をかけていただいたほうが、二人も喜ぶでしょう」
「いえ……私の決心が揺らぐのよ。ずっと、この町に居たくなってしまう」
「だから、コーデも置いていくのですか?」
サキエルは、屋敷に居るドレス兎の名を上げた。近くにいれば、ハルヒはドレス兎を抱いていることが多かった。
「ええ。いずれ……指示は出すつもり。それまで、魔物たちに町を預けるわ。サキエル、あなたはついてきてくれるわね?」
「私はいつまででもお供いたします。魔王様が、この世界におられるうちは」
サキエルに、女神と話したことを語ったことはない。だが、サキエルは何かを知っているようだった。
ハルヒは答えず、ユニコーンを駆った。ユニコーンは低く嘶き、伝説に恥じない俊足を示した。




