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マスターの悲願

「……マスター痛い。出来ればやめてほしい」


 そう言われて手の力を緩める。魔導人形13号の柔らかな頬は軽く赤くなっている。


「すまなかったな。これは検証なんだ。我慢してくれ」


「私は人間からあらゆる感覚・感情を移植された。マスターが一番よく分かっている筈」


「もちろんそうだとも。だがな、確認するのは重要なことなんだ」


 13号は不満気だ。その表情は自然でぎこちなさは感じない。知らなければ若い娘にしか見えないだろう。


「では、これはどうだ?」


 13号の脇腹に手を伸ばして遠慮なくくすぐる。


「ひゃっ! やめてマスター!! くすぐったい」


 13号は身を捩って私の手から逃れようとする。そこを捕まえて細い腰をグッと引き寄せ、身体を密着させた。13号は私の胸に顔を埋めている。


「マスターからいい匂いがする」


 香水にはこだわっているからな。


「ふむ。食事にしよう」


「はい」



#



 生ハムとトマトの前菜をしょっぱいと言い、ほうれん草のスープを無言ですすった。鱈の香草焼きをつついて、味がないとため息をつき、レモンソルベは冷たくて酸っぱい。前日に引き続き、味覚に関しては期待通りの反応が返ってくることはない。


「どうだ?」


 調理に3時間はかかった牛テールの赤ワイン煮込みを13号は口に含んだ。一瞬、その瞳が大きくなる。これは、ついにきたか──。


「肉が柔らかい」


「おお、そうかっ! それで?」


 つい前のめりになってしまう。


「それだけ。何か?」


「……いや、何でもない」


 落胆しながら牛テールを口に運ぶと、それは舌の上で柔らかく繊維が解け、旨味が広がった。美味い。間違いなく絶品。だが、その言葉が13号の口から発せられることはなかった。


 甘いや辛い。苦いや酸っぱい。そのような反応は返ってくる。間違いなく味覚は働いている。しかし、期待している反応──美味しい──が返ってくることはない。


 錬金術師としての全てを注ぎ込み、人間のあらゆる感覚・感情を移植した魔導人形13号。私は残りの人生を彼女と過ごすことに決めていた。だから、彼女の口から引き出さなければならない。「美味しい」という言葉を。



#



「ディディ、これを食べてみないか?」


 半年が経ち、私は13号に名前を与えていた。呼ぶのにあまりにも不便だったし、彼女も数字で呼ばれることに不満を覚えているようだったからだ。


 ディディは日に日に人間らしさを増し、外へ連れ出しても誰からも怪しまれない程になっていた。


「この大きなトゲトゲの実は何? 私の知識にはないわ」


「南方から輸入された果物だよ。魔力を高める効果があると言われている」


「面白そうね。半分に割ればいい?」


 興味を持ったディディは果物を両腕で抱え、悪戯っぽい瞳で見つめている。


「ああ。固いから頼む」


 ディディは私の護衛も出来るように筋力を調整してある。その細い腕からは想像出来ないほど力は強い。


「じゃ、マスター。行くわよ! それっ──」


「……臭い」


 2つに割られた果物から部屋いっぱいに腐臭が広がった。なんだこれは。


「……マスター。何この臭いは? 腐ってるの?」


「いや、見た感じは腐っているわけではなさそうだ。元々こういう臭いなんだろう」


「食べるの?」


ディディは鼻を押さえて果物から距離をとる。


「滅多に手に入らない代物だ。一緒に食べよう」


 ちょっと強引に勧めると、ディディは観念したようにテーブルについた。私は臭いに耐えながら果物を切り分け、皿に乗せてだす。


「せーので、食べよう」


 ディディは無言で頷く。


「「せーの」」


 口の中に広がるのは油のような癖のある果汁。微かに甘味があるので食べられなくもないが、決して美味いものではない。魔力を高める効果がなければ誰も口にしたいとは思わないだろう。


「まぁ、こんなもの──」


「美味しい!!」


 どういうことだ? これが美味しい!? 今まで散々、手を替え品を替え、金と時間をかけた料理を食べさせても「美味しい」と言ったことなんてなかったのに。


「マスター、いらないの?」


「ああ。ちょっと口に合わなくて」


「全部もらうわ!」


 ひったくるように皿を寄せたディディは、トゲトゲの実の中身を嬉しそうに口に入れる。「んあぁ」と艶めかしい声まで漏れ始めた。


「……そんなに美味しいのか?」


「美味しい! 私の身体を構成する全てのものが、歓呼しているわ!!」


 この言葉を聞いて私はハッとした。「美味しい」とは一体なんだ? それは身体の求めるものを摂取した時に漏れ出る言葉ではないか!? ディディの身体は魔力で動く。身体が求めるのも当然、魔力だ。


 恍惚とした表情を浮かべるディディを見つめながら、私は私で答えを見つけて満足をしていた。簡単な話だったのだ。料理に魔力を込めればいい。


 その日以降、私は毎食必ずディディから「美味しい」の言葉を聞くことになった。

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