花盗人・5
スピンオフ完結です。
中納言の口調がぽんぽん切り替わりますが、彼にとっての様々な立場(友人かそうでないか、目上か目下か等)の相手が混在しているためです。読みづらければ申し訳ありません。
「──中納言殿。少しお話をよろしいかな?」
翌日、清涼殿から退出する途中で声をかけられ、中納言は右大将との会話を中断し、真顔でそちらに振り返った。
そこにいたのは、心なしか大分くたびれた様子の源大納言で、どこかすがるような目を向けてきている。
可愛らしい童や妙齢の女性であればともかく、四十も半ばを越えた男にそんな目で見られたところで、あまりいい気分にはならないのだが。何もなければせいぜい軽く同情の念が湧く程度だし、彼らの場合は小姫への扱いは到底「何もない」などと言える代物ではないので、情けをかける余地は皆無だと言える。
……だが、これが最後だと思えば、話を聞くことくらいはしてもいいだろう。
「牛車まで、歩きながらでよろしければお伺いしましょう」
「大納言殿。私が同行しても構いませんか?」
「え、あ……ああ。無論だ」
本当は不本意なのだろうが、断れる立場でもないと判断したらしく、右大将の言葉を拒否したりはしなかった。
とは言え、右大将は空気の読めない人間ではないので、数歩下がって後をついてくる形を取ってくれた。
「──それで、お話とは?」
「いや、その……亡き妻が小姫に遺した琴なのだが、まだ我が家に置かれたままなのでな。小姫に直接渡すことは許していただけないだろうから、よろしければ中納言殿に、屋敷まで取りに来ていただきたいと思う次第で」
「なるほど。──ちなみに、お伺いした先には笑顔の大姫が待ち構えているとか、そのようなことはないでしょうね?」
「とんでもない! このことはあの子には内密にしている。……ここだけの話だが、近いうちに大姫は出家させようかと考えているのだ」
「そうですか」
本音を言えば、表面的には厳しいようでも、その実は親としての責任を完全に放棄したやり方だとしか思えないが、今となっては源大納言家のことは完全に無関係なので、わざわざ口を挟むべきではない。
結局のところ、源大納言父娘が今後一切、小姫に関わることなくいてくれれば、彼らがどんな人生を過ごそうが中納言としてはどうでもいい。血迷って母親にすがり付いてきたりすると困るが、昨日のうちに状況報告の文(+証拠となる小姫代筆の文)を届けさせた従者の話によれば、今のところその気配はないらしい。万が一そんな事態になったとしても、父が大臣としての力を遠慮なく使って撃退してくれるだろうけれど。
「ならば早い方がよろしいでしょうね。──右大将。急用ができたので、すまないが奥方と妻の面会については後で話そう」
後ろを振り向き告げると、右大将は少し目を見張ったが、いつもの通り冷静な答えを返してきた。ただしその瞳は、刺し貫くように大納言の姿をとらえていたが。
「分かった。──私はこの後、実家に用があるから、可能であればそちらに顔を出してくれ」
「ああ。では大納言殿、参りましょうか」
促せば、義理の叔父は足取りは変わらないものの、微妙に顔色を悪くしている。
──もしも大姫がまた何かをやらかして、中納言が左大臣邸へ行けないような事態になったらと考えているに違いない。右大将と中納言が友人という点を考慮すれば、最悪、左右両大臣家をまとめて敵にまわすことになりかねないのだから。それでなくとも、昨日の大姫の言動が何故か宮中の隅々まで広まっており、この上なく肩身の狭い思いをさせられているのに、更に厄介事が増えてはたまったものではないだろう。
小耳に挟んだところでは、「異母妹を疎んだあまりに、大姫が彼女を死に追いやった」などという、物騒ながら一面では本質を突いた話もあったほどだ。……その原因は間違いなく、中務の宮の『自ら手にかけた』云々の発言だろうが、ここまで話が膨らむことを予想した上での言葉だったのなら、今更ながらに彼の頭の回転の早さには恐れ入る。
もっとも中納言としては、先日は宮に全面的に面倒事を任せてしまったのは紛れもない事実だが、だからと言って大姫ひとりにどうこうされかねないような頼りない男だと思われてしまうのは、少々どころでなく心外だった。
何事も、ありとあらゆる事態に備えて対応可能な姿勢でいなければ、政治の場での左大臣家との対立派閥にあって、その中心に常に居座ることなどできないのである。
大納言とは別々の車で四条の屋敷に向かい、寝殿の南廂で間違いなく琴を受け取った中納言は、そのまま従者に琴を車へ運び込ませた。
一度自邸に戻ってから左大臣邸へ向かおうと考えつつ、大納言へ退出の挨拶をする。
が、その時。案の定と言うべきか嵐が襲来した。
「……様! 姫様、お待ちください! 大納言様はお部屋からお出にならないようにと──!」
「お父様! 中納言様がいらしているのですって!?」
引き留めようとした女房たちを振り切り、息も髪も乱した良家の姫とは全く思えぬ様子で、大姫は足音も高らかに寝殿へと駆け込んできた。
そして、愛しい従兄の姿を認め、ぱあっ、とそれはそれは輝かしく嬉しげな笑みを満面に浮かべる。
「ああ、本当に中納言様だわ! 良かった、ようやくあの泥棒猫のもとから戻ってきてくださったのね!」
「大姫、そなたは謹慎していろと言ったはずだ! それに、中納言殿に対し無礼が過ぎるであろう、即刻下がれ!!」
十代の若者ならば男でも震え上がるであろう剣幕の大納言にも、慣れているのか単に無神経なのか、大姫は毛ほども動じることなく中納言の傍に腰を下ろし、父親に向かって言い募る。
「どうしてですの? せっかく中納言様が、あの卑しい小娘を捨ててわたくしのところへいらしてくださったのに。中納言様が小娘と過ごされたのはまだ二夜だけですもの。正式な妻とするには三夜続けて通う必要がありますけれど、今日こちらにいらしたということは、それは取り止めるおつもりなのでしょう? 当然ですわよね。だって中納言様はわたくしの夫になるのだと、昔から決まって──痛っ!!」
ばしっ!!
しなだれかかろうと伸ばした大姫の手は、衣にすら触れることはなかった。
深窓の姫君らしい白い繊手が、畳んだ扇で音高く弾かれ、痺れるほどの衝撃を受けて真っ赤になる。
「──どういうつもりかは知らないが、気安く触らないでいただこうか」
「え……中納言、様? 一体何を仰いますの。わたくしは……」
「それはこちらが伺いたいことだ。貴女の夫になるなどという突拍子もない話に、いつ、どこで、他にどなたがいる状況で、私が自分の口から同意の言葉を発したのか、是非教えていただけるかな。少なくとも私の記憶には、どこを探してもそんな過去は存在していないのだけれどね」
抑えた怒りがありありと分かる声音だが、大姫は状況を理解できていないらしく、目を白黒させている。
ぱちぱちと瞬く目元は異母妹によく似ているが、澄んだ穏やかな水面を思わせる小姫の瞳とは違い、大姫のそれは不安定に揺らめく光を宿していて、記憶にある亡き叔母の目にあった確かな光とは正反対の頼りなさだった。
「いつ、だなんて……だって、お父様が約束してくださいましたわ。わたくしが大人になって、立派な姫君になれば、間違いなく中納言様に求婚していただけるから頑張るように、と。そのためにお父様も力の限りを尽くすから、わたくしもきちんと努力を欠かさず続けるべきだと……」
「ほう? 努力を欠かさず続けた結果が何故、小姫に身代わりとして琴の演奏をさせていたことに繋がるのかな」
「何ですと!? 大姫、それはどういうことだ!!」
初耳だった大納言が叱りつけるように娘を問い質すが、大姫は真っ赤になって同じく大声で言い返す。このあたりは実によく似た父娘である。
「っ、お父様には関係のないことですから、黙っていてくださいませ! それは、女房に代筆や歌の代作を任せるのと同じことです! そのことと、わたくしが努力をしていないことは全く違う話ですわ! 他家の姫君でも、自分が不得手なことを得意とする女房に代わりを頼むなどよくある話ですのに、何故わたくしだけが責められなければいけないのですか!」
「流石に演奏の身代わりをさせるなんて話は、よくある話などでは全くないだろう。それに、もしも私が貴女と結婚した場合、私の歌への伴奏を頼んだとしたらどうするつもりだった?」
「それは──っ! ですが、中納言様はどうなのです!? ご自身の妻に様々な不得手があることに、我慢がお出来になるとでも!?」
「人間ならば誰しも不得手があるものだし、手掛けた香が尽く破壊的な代物になるというのでもなければ、大抵のことは許容出来るよ。妻を愛していれば尚更で、我慢だとかいう話ではないね。小姫も実は絵が大の苦手だと判明したが、そこがまた可愛らしいと言うか」
どのくらい苦手かと言えば、猫を描いたはずがやけに丸っこい鬼に見えるくらいである。
ついつい吹き出してしまい、「ですから苦手だと申し上げたではありませんか! そんなに笑わないでくださいませ!」「い、いや、すまない。まさかここまでとは……っ! ぷっ、くくくく」「中納言様っ!……もうっ、知りません!」と、思いきり拗ねられたのが昨夜のことだった。
ふっと表情を緩めた上での返答に、大納言は驚きに瞬きを繰り返し、大姫は何を勘違いしたのか、うっとりと頬を染めて中納言を見つめている。
「まあ……中納言様は、そんなにもわたくしを愛してくださっているのですね……」
どうやら、後半の小姫に関するくだりは都合よく右から左へ抜けていったらしい。
盛大に的を外した戯れ言をほざかれ、中納言は一転、凍りつくほどに冷たい目で従妹を見る。
「恐ろしいまでの勘違いをしてくれるものだな。私が唯一愛しているのは小姫であって、その血も涙もない姉姫などではないよ。万が一があって他の女性のもとに通うことになったとしても、貴女だけは何が起ころうとも絶対に選びはしないと断言できる」
「そ、そんな、酷い……! わたくしは心から中納言様を愛しておりますのに、何故中納言様はわたくしを愛してくださらないのですか!? あの卑しい泥棒猫とわたくしと、何がそんなに違うと言うのです!!」
「……その泥棒猫とやらが誰を指すのかは知りたくもないが、少なくとも小姫が、他人をそんな風に呼ぶことは絶対にないね」
「泥棒猫を泥棒猫と言って何が悪いのですか! あの卑しい小娘は、わたくしから亡き母の関心をはじめ、あらゆる物を奪い去っていったのですよ!? それこそ手蹟や歌の才、琴の腕前までも! 挙げ句の果てには、中納言様の妻の座まで!」
あまりにも支離滅裂な言い分だった。
小姫の多才ぶり(*絵を除く)については、彼女の実母が才女と名高い女性だったそうなので、そちらから受け継いだものだと中納言は思っているが、大姫は聞く耳など持たないだろう。
そうでなくとも、言うべきことは他にいくらでもある。
「ほう。つまり大姫、貴女の言い分はこういうことか。事実に基づく呼び名であれば、他人をどんな名で呼ぼうと咎められることではない、と。──ならば私は以後、喜んで貴女を『鬼姫』と呼ばせていただくとしようか」
無論、この場合の『鬼』は小姫の描いた愛嬌のある猫もどきではなく、文字通りの鬼女のことを指している。
「──っ!? な、何故わたくしが、鬼などと呼ばれなければならないのです!?」
「だって貴女は、ただ父親に誉められたというだけのことで、妹の髪を八つ当たりで笑いながら切り落とすような、理不尽かつ残酷な姫だろう? そんな振る舞いを恥じることさえない姫を呼ぶのに、『鬼姫』ほど相応しい名はないと考えたんだよ。そうは思いませんか、大納言殿?」
「……うむ。確かに」
「お父様!?──きゃあ!」
味方だと思っていた父親にまで鬼呼ばわりを肯定的されてしまい、大姫は蒼白になって大納言にすがりつくが、無情にもあえなく振り払われてしまう。
「お、お父様……?」
震える声で呼び掛けるものの、見返してくる大納言の目は、中納言と同じほどに冷たい。
「……大姫。そなたはいい加減に、自らの振る舞いが常軌を逸していることを自覚せよ。そなたの昨日の朝の言動が、既に宮中に知れ渡ってしまっているせいで、私は皆に嘲笑われる羽目になっているのだぞ」
「えっ──で、でも、お父様はあの時、何もお止めにならなかったではありませんか! だからわたくしは──!」
「申し訳ないが、責任のなすりつけ合いはお二人だけでしていただきたい。私はこの後も所用がありますのでね」
一声かけて中納言が立ち上がると、大姫が彼にもすがりつこうとしてきたので、さっと数歩離れて間合いを取った。
その距離に大姫は涙目になり、今までの行状を知らなければうっかり絆されてしまいそうなほどに憐れを誘う風情で、切々と訴えを紡ぎ出す。
「中納言様……どうかお願いいたします。わたくしを貴方様の妻にしてくださいませ! それが叶うのなら、わたくしに出来ることは何でもいたします。ですからどうか……!」
「……何でも、と言ったね?」
言下に断られるかと思いきや、前向きに取れる反応を得られたので、途端に大姫の表情が明るくなった。
「はい!……あ、ですがわたくしは、大納言家の姫としては著しく評判を落としてしまっているようですので、そこのところは考慮していただけると……」
「大姫! そなたは何を甘いことを!」
「大納言殿も、他人事のように仰るのは如何なものかと存じますよ。……ですが、そうですね。大納言殿にもご協力いただけるのならば、何とか悪評を払拭できるように、父にも進言してみましょうか。大姫を妻とすることも、まあ考慮するくらいはいたしますよ」
中納言の言葉に、義理の叔父の顔にも光が灯る。所詮は甥の思惑の内だとは知らずに。
「本当ですか、中納言殿! 良かったな、大姫!」
「ええ! 中納言様、わたくしたちは何をすればよろしいのでしょう?」
「簡単なことだよ。──大納言殿。是非とも貴方自らの手で、大姫の髪を切り刻んでいただきたい」
「────え?」
──空耳か、はたまた質の良くない冗談か。
そうとしか思えずに二、三度まばたきをし、大姫は未来の夫の顔を窺うが、彼は真顔のまま表情を一切崩さない。
何とか笑顔を作り話しかけるものの、望む反応は得られなかった。
「……い、嫌ですわ、中納言様。そのようなお顔で冗談を仰られても、面白くなどはございませんわよ?」
「誰が冗談などと言ったかな? 私は徹頭徹尾、本気で言っているというのに。大納言殿はきちんと理解してくださっているようだよ」
「……お父様? まさか、実行はなさいませんわよね? いくら我が家の評判の回復のためとは言え、わたくしの髪を切るだなんて……」
父の顔を見上げると、その頬には一筋の汗が伝っており、葛藤の浮かんだ目が忙しなく甥と娘との間を行き来している。
紛れもない危機を感じた大姫は、何とか中納言の方を説得しようと無駄な努力を試みた。
「──中納言様! お願いです、どうかそれだけはお許しください! そうでなければわたくしは到底、貴方様の妻になどなれませんわ!」
「うん? つまりは、つい先ほど『何でもいたします』と言ったのは嘘ということか。貴女の私への愛とやらは、所詮はその程度のものなんだな」
「そんなことはっ……! ですが、髪を下ろすだなんてことは、わたくしは……!」
「『髪を下ろす』? 私はそうは言わなかったはずだよ。切り刻めとは言ったが」
「き──!?」
切り落とした髪を髢にもできぬように、原型を留めないほどにせよ──という正確な意味をようやく理解したらしく、大姫の顔から色というものが完全に消える。
あれほどはっきりと愛していると宣言したはずの相手から、震えながらじりじりと後ずさっていく彼女に、中納言は場違いなほどに柔らかな笑みを浮かべた。
「ああ、ようやく私から離れることを選んでくれたか。最初からこのくらいのことを言っておけば良かったのかな」
「……つ、つまり。今の中納言殿のお言葉は、大姫を遠ざけるための方便ということですな?」
「まさか。私はただ、小姫が夜にうなされて、目を覚ましてからもしばらく震えが止まらないほどの恐怖を抱いた経験を、少しでもその加害者たちに実体験してほしいだけのことですよ。無論、直接手を下していないからと言って、大納言殿が加害者ではないという言い分は通用しないのでそのつもりで」
「ひぃっ……!!」
言い放った青年の背後に何を見たのか、大姫は細い悲鳴を上げ、腰を抜かしたかのようにへたり込んだ。
屋敷の主であるはずの彼女の父は、やはり一歩も動けずに、自分の年齢の半分以下でしかない甥をただただ見つめることしかできずにいる。
そんな父娘に僅かながらも溜飲を下げた様子で、中納言は軽やかに身を翻して二人に背を向けた。
「私はこれで失礼しますが、お二人にはどちらを選択していただいても構いません。大納言家の悪い噂がこれ以上蔓延しようがしまいが、私や右大臣家には何ら不都合のないことですから。──ですが、もしも本当に大姫の髪を切り刻むのなら、それが間違いなく実行されたかどうかは、私の目で直接確かめさせていただくことをご承知願います」
それでは、と立ち去る背後で、人が倒れたような重い音がした。
続いて、女房たちが慌てて大納言父娘に呼びかける声がするが、中納言には果てしなくどうでもいいことだった。
「お帰りなさいませ、中納言様。──きゃっ」
帰宅した彼を迎えてくれた妻の優しい笑顔に癒しを覚えつつ、細くも柔らかな体を抱き締めれば、実に可愛らしい悲鳴が上がる。
「ただいま、小姫。貴女の琴を四条からもらい受けてきたよ」
「まあ……ありがとうございます。ですが、それでお疲れのご様子なのですね。夕餉まではまだ間がありますから、少しお休みになりますか?」
「いや、実は左大臣邸へ少し顔を出さなければいけないんだ。……でも正直、今日はもう外出したい気分ではないな。右大将にはすまないが文を書こう」
中納言の無事が分かれば問題はないらしく、右大将からはすぐに了承の返事があった。
そういうことで遠慮なく、新婚夫婦は二人きりの優しくも甘いひとときを存分に過ごす。
「……小姫」
「はい……?」
親密な触れ合いの余韻に、まだ少しばかり息を切らしている妻の肌をそっと愛でながら、中納言は万感の想いをこめてささやく。
「愛しているよ」
「わたくしも、貴方を心から愛しておりますわ」
一切の偽りのない愛情を告げられ、二人はそのまま互いの唇と体を、心とともに再び重ね合うのだった。
そして二人は、末永く幸せに暮らしましたとさ。
というわけで完結しました。最後まで読んでいただきありがとうございます。
スピンオフなのに、本編と設定を合わせたよりも長くなったのは我ながらどうかと思いますが。
その後の源大納言家は、どちらを選ぼうが没落一直線です。仮に大納言父娘が要求を呑んだとしたら、中納言も一応右大臣に進言はしますが、「父上。源大納言が評判の回復にお力を貸してほしいそうですが」「知らん、捨て置け」で終わりますし、そうなることは予測済み。大姫を娶ることもただ「考慮する」だけで、すぐに却下して終了。
どちらにせよ、悪い噂の大半が真実なので、否定も何もできないまま周囲の人間に遠ざけられ、婿どころの話ではなくなり、使用人にもどんどん去られてしまうことに。
最終的には源大納言は出家。大姫も髪を下ろすか、場合によってはどこかに女房として拾われるくらいはあるかもしれませんが、前者の方が平穏に過ごせそう。本当の意味で愛してくれなかった父親や、劣等感の対象である異母妹とは遠く離れた場所にいれば、段々と歪みも治っていくでしょうし。
ただ、仮にその選択肢を提示されて、大姫がどちらを選ぶかと言うと……そもそも中納言のせいで、髪を切ることにトラウマっぽい感覚を抱いてそうなんですよね。自業自得だけど。
「丸坊主にしろと言いたいところを、切り刻めで留めたんだから感謝してほしいくらいだぞ」
まあそうなんだけどね。その顔は小姫に見せないようにしてね、怖いから。
……で、そうなると路頭に迷うか女房仕えしかないわけですが。よく考えたら、あの性格で他人に仕えようとか考えるはずもないから、やっぱり詰んでますね、うん。
「それを知ってそのまま見捨てられる小姫じゃないから、彼女については何があろうと秘密にしておくべきだな」
そこはお任せします、はい。




