憑き物落とし-1
神社には子供たちが集まりつつある。紙芝居の小さな劇場を備えた自転車を駐めて、初老の男が錆びた鐘を鳴らす。自分は本殿の前の階段に腰を下ろし、目の前を通り過ぎる子供たちを見送っていた。
「お客様ー」
紙芝居の人だかりの中から澄江さんが走り寄ってくる。両手にはカルメ焼きと水飴を持っていた。
「本日のおやつです。と言っても私が食べたかったのもありますけども。はい、お好きなのをお選びください」
「ありがとうございます。いただきます」
自分はカルメ焼きを選び、澄江さんは水飴を手にして自分の隣に座る。子供たちの中にさっきの少女が混じっている。後ろで人と触れ合わない程度の距離を取っていた。澄江さんがあげた梅ジャムせんべいを頬張りつつ紙芝居に夢中だ。
「あの子は大丈夫ですか」
「ええ。体調も悪くなさそうですし、駄菓子も受け取ってくれました」
少女は何も覚えていないようだった。目を覚まして体に異常がないか心配する自分に、きょとんと呆けていたのだ。記憶はどうあれ怪我もしていないので安堵していると、少女は何かに気が付き、立ち上がって路地裏を出た。通りに紙芝居の読み聞かせをしている初老の男と、それにつられた子供たちが賑やかに神社へと向かっていたのだ。男は大きな鐘を鳴らし、子供たちはその音に負けないキャラキャラと甲高い声で騒いでいる。紙芝居が行われるであろう神社へ引き寄せられていく少女の後を慌てて付いて行き、今に至るのだ。
喜々として子供たちの中に混ざった少女の行動に、理解できずにいる自分の後ろから澄江さんは言った。
「本日のおやつはこちらで取りましょうか」
返事を待たずして紙芝居のおじさんの所へ行ってしまい、そこで駄菓子を買った。
どうしてあんなことがあったのに、この人は日常にあっさりと戻っているのだろう。それが不思議でならない。隣で水飴を美味しそうに味わう澄江さんに恐る恐る訪ねた。
「・・・澄江さん。聞きたいことが、ですね。いくつかあります」
「はい、なんなりと」
意外にもあっさりと聞いてくれるようで拍子抜けしてしまう。
「あの猫、らしきものは一体・・・?」
「亡霊の類です」
ああ、ここでは本当に次元の違う暴露ばかり聞いている。それはここが異次元だからなのだろうか。
「空腹を訴えていたことから、餓死を遂げてしまった猫が化けて出たものと考えられます。恐らく、あの子の寂しさを自分の食欲と重ね合わせて体を乗っ取った。食べ物と隣人への渇望。根を辿ればどちらも欲の枠に括られますからね。きっと求めずにはいられない欲だったのでしょう」
困惑する自分を置いてけぼりにして、淡々とあの猫が亡霊であること前提で話を進めている。ああ、だとか、へえ、と力のない相槌をまるで気にしていないらしい。こちらにも疑いの余地をくれて欲しい。
「あれが亡霊なら、それを簡単に倒してしまう貴女は・・・何者ですか」
聞いてはいけないことかもしれない。でも何でも聞いて欲しいと言ったのは澄江さんだ。当の澄江さんはうーん、と言いづらそうな素振りを見せる。しかし全く困ったような表情はしていない。
「これはこの世界について話した時のように真剣な話ですよ?」
「はい」
「実は私は女中兼、憑き物落としを生業としております」
昨日の話と同じような衝撃が来ると思っていたが、違った方向で衝撃を受けた。
憑き物落とし。名前を聞いたことはあるが、その意味は曖昧だ。人に取りつく人ならざるものを特殊な力で払う能力だった気がする。この人は霊能力を持っているというのか。澄江さんは少し気恥ずかしそうにしていた。こちらの戸惑いを察してくれたらしい。
「憑き物とは文字通り、憑いて離れない異形のことです。主に霊のことを示しますが、感情を憑き物と形容することもあります。私の専門は前者。人に憑いてしまった霊を払う力を持っているのです」
普通なら苦笑いで深入りしないように流すべき告白だろう。だが自分はその憑き物落としの一部始終を目に焼き付けてしまった。思い返すととんでもない説得力だ。
「ごめんなさい。突然こんな話をしても信じられませんよね」
「いや、あんなすごいところ見たら信じざるをえませんって。それに記憶がない自分からしたらこの世界の話の方が信じがたいです」
やんわりとこの世界の話を否定しているが、心の奥底に潜んでいるものは違っていた。正直に言えば境界の世界を信じかけている。最初はあんなにも泣いて否定していたのに、今は悲しむことも恐れることもない。この世界を信じてしまえば自分の死まで認めてしまうことになっても平然としている自分がいることだろう。
「お伝えすべきではと思っていたのですが、いつもお客様にこのことをお伝えする頃合に迷ってしまうのです」
「確かに。自己紹介の時に話されても驚くか苦笑するしかないです。でも、澄江さんのおかげで助かりました。本当にありがとうございました」
「いえいえ。ご無事で何よりでした。お役に立てていたのなら光栄です」
「役に立つもなにも、自分は澄江さんにお世話になりっぱなしですよ」
食事や生活を世話してくれたり、命を助けられたり。一日を過ごして痛感できる。彼女は自分と絹子さんたちに最高の生活環境を整えるための仕事に全力で奮励してくれていた。
澄江さんだけじゃない。富助さんは庭師の仕事と美味しい漬物の提供をしてくれる。武之さんは外で仕事を持ち、彼らのへの指揮や統括を絹子さんがしているんだ。皆が協力して、より良い生活にするために、助けになるために、仕事を持っている。
自分は何ができた?
「・・・澄江さんはすごいですね」
「お客様ったら。お世辞を言っても今夜のおかずが一品増えるだけですよ」
増やしてくれるんですか。笑いながらそう返せば楽しい会話で済んだはずなのに口角が上がらない。
「お世辞じゃないです。憑き物落としも、家事もできて。みんなの助けになれる澄江さんが、本当に・・・」
あんなに何でもできるなら、自分が手伝う必要はなかっただろう。
「だから・・・自分が情けなく思ってしまいます」
じゃあ自分はただの木偶の棒じゃないか。
「お客様?」
「たまに、本当にたまに。ふと感じるんです」
ここにいるのは居心地が悪いって。




