猫と少女-1
「―――――・・・」
「?」
「―――――――――」
「・・・泣いてる?」
外から誰かのすすり泣く声が聞こえる。微かに聞き取れたこの声は子供だ。蔵から顔を出して声がする方に耳を澄ます。この家の外からだ。サンダルを履いて庭を横切り、門から顔を出す。
塀を背にして泣いている、花柄ワンピースを着た少女がいた。自分の腰元にも達しない背丈だ。黒い髪をおさげに結い、紅葉の手のひらで溢れ出る涙を拭っている。近付いて声を掛けようとしたが、先ほどの澄江さんを思い出す。体を屈ませて少女と目線が合う様にした。
「君、大丈夫?」
「っく、うぇえ」
「どうしたの?お母さんは?」
「ふ、ひっく、うぅ」
いくら問いかけても少女は泣いているだけ。やはり少女よりも大きい男である自分では警戒されてしまうのか。だとしたら自分ではどうにもならない。他の助けが必要だ。とりあえず澄江さんか、絹子さんを呼びに行こう。富助さんも考えたが、ここは女性の方が少女も話しやすいかもしれない。
少し待ってて、と少女に声をかけて家に戻ろうとする。
「行っちゃったの・・・」
「え?」
初めて少女が言葉を投げかけた。驚き振り向くと、少女は後ろを指さしている。
「誰が行っちゃったの?」
「お友達・・・猫ちゃん、逃げちゃった・・・」
少女は可愛がる猫が行方不明で泣いていたのか。猫は縦横無尽に行き来できる動物。下手をしたら少女の足で探し出すのは無理がある。ここまで探している内に疲れて泣き始めたのだろう。
「じゃあ、一緒に探そうか。ね?」
「うん・・・」
「どの辺りに行ったの?」
「こっち・・・」
少女は指さした方向へ歩き出してしまう。言葉で伝えられると思っていた自分は慌てて後に続く。
少女が進むままに道を辿り、角を曲がる。何度も繰り返しているうちに、いつの間にか完全に絹子さんたちがいる家は見えなくなった。もう五分程は歩いている。
「まだ先になるのかい?」
「・・・・・」
「君のご両親はどこに?」
「・・・・・」
「そうだ。お友達の猫の毛色とか教えてくれないかな」
「・・・・・」
こちらが声をかけても少女は返事をしてくれない。先程までのすすり泣く声もぴたりと止んで、ただ歩き続ける。自分はその後ろを付いて行くことしか今はできない。絹子さんたちに一言声をかけてから出かければ良かった、と後ろ髪を引かれていると少女の足が止まった。
「・・・ここ」
少女は人気のない通りの前で立ち止まる。
人が住んでいそうな建物が並んでいるが、気配も声も全く感じられない。突き当たりには神社と赤い鳥居が見える。
すぐ右手前の家には隣接する家との間に細い路地裏があった。少女は迷わずそこを目指して歩いていく。路地裏の前で立ち止まり、少女が遥か先を指さす。正にトンネルと見まごうばかりの暗い道だ。
「この奥に猫が行ってしまったんだね」
「うん・・・」
「ついて来るかい?」
「暗いの、いや・・・」
「そっか。なら、ここにいて。僕が探してくるから」
さっきまで泣いていた少女を放置するのは忍びないが、暗さに怯えて再び泣かれても困ってしまう。この暗がりは自分も少し引けてしまうが、意を決して足を踏み入れる。
そこはたった数歩進んでだけで異空間であることを感じさせた。まだ昼過ぎにも関わらず夕刻程に薄暗い。それでも猫を探さなければ。おっかなびっくりの気持ちを押し殺して歩を進める。
気味の悪い路地裏だ。両脇には廃れた家具やビール瓶が転がっていて、雰囲気の暗さを助長させる。そこの影から何かが驚かしに出てきそうでならない。早く猫を見つけて戻ろうと足が早まる。
名前を呼んだら出てきてくれるかも。しかし猫の名前を聞いていない。そう言えば少女も猫を名前で呼んでいなかった。野良猫を親に隠れて飼っている事情を抱えているのだろうか。
ちりりん―――――・・・
鈴の音が静かに響く。




