交差点
全然、異世界真田太平記とは違う内容になってますが、こちらの作品もお読みください♪
あと、こちらの作品は火曜日と木曜日に更新させていただきますのでよろしくお願いします。
アチシの名前は門脇月。六歳。
アチシね、野球が大好き!
パパと見る、お兄さんたちの野球が大好きなの。
ホームランも好きだけど、一番好きなのはピッチャー!
大きくなったら、アチシもあんな速い球を投げてみたい!
あとね、好きなことがもう一つある。
お家の近くにある、大きな交差点で人を見ること。
ママには、
「一人で外へ出ちゃ駄目よ」
って言われてるから、幼稚園のバスが来るまでの少しだけ。
でも、その時間がアチシは大好きだった。
人を見ていると、不思議と分かることがある。
このお兄ちゃんは、足が速そう。
あのおじさんは、頭が良さそう。
どうして分かるのかは、アチシにも分からない。
でも、それが面白くて、アチシは毎朝交差点へ行った。
◇
十年後。
「ふぁぁ……」
学校帰り。
私は自転車を押しながら、いつもの交差点へやって来た。
幼稚園の頃から続いている、私の日課。
人を見ること。
今日も交差点は、大勢の人で賑わっている。
学校帰りの高校生。
買い物帰りのおばあちゃん。
足早に歩く会社員。
楽しそうにスマートフォンを構える外国人観光客。
いつも同じ交差点なのに、同じ人の流れになる日は一度もない。
私は歩道の端に腰を下ろし、ぼんやりと行き交う人たちを眺めた。
あの人は、これから家族と晩ご飯かな。
向こうのお姉さんは、これから誰かと待ち合わせかも。
そんなことを勝手に想像していると、時間はいくらでも過ぎていく。
気がつけば、辺りは少しずつ暗くなり始めていた。
「そろそろ帰ろうかな」
立ち上がり、自転車へ手を伸ばす。
その時だった。
交差点の向こうから、小さなどよめきが聞こえてきた。
何だろう。
人々の視線を追いかけ、私は空を見上げた。
ビルの間に、大きな満月が浮かんでいる。
街の明かりにも負けないほど白く輝き、交差点を静かに照らしていた。
その月明かりの中を、一人の少女が歩いて来る。
しゃなり。
しゃなり。
長く艶やかな黒髪。
幾重にも重なった十二単衣が、歩くたびにゆっくりと揺れる。
まるで千年前の絵巻物から、そのまま現代へ抜け出してきたようだった。
コスプレだろうか。
そう思ったのは、一瞬だけ。
衣装だけじゃない。
歩き方も、立ち姿も、周囲に漂う空気さえ、私たちとはどこか違っていた。
そして何より。
その少女は、この世の者とは思えないほど美しかった。
私は、いつものように少女を見た。
「……え?」
何も見えない。
一度、目をこする。
もう一度見る。
やっぱり、何も見えない。
こんなことは初めてだった。
どうして?
何がおかしいの?
戸惑う私をよそに、交差点のざわめきは大きくなっていく。
「Beautiful!」
「Amazing!」
外国人観光客たちが、次々と少女を取り囲んだ。
興奮した様子でスマートフォンを向け、写真や動画を撮り始める。
悪気があるわけではない。
けれど少女は突然現れた壁に行く手を塞がれ、困ったように辺りを見回していた。
「……?」
どうやら、自分が何をされているのか分かっていないらしい。
私は考えるより先に走り出していた。
「すみません! ちょっと通してください!」
人混みをかき分け、少女の前へ飛び出す。
そして、その白い手を掴んだ。
「こっち!」
少女が驚いたように目を見開く。
構わず、その手を引いて走った。
交差点を抜け、人の少ない細い路地へ飛び込む。
いくつか角を曲がったところで、ようやく足を止めた。
「はぁ……はぁ……」
膝に手をつき、乱れた息を整える。
運動には自信がある私でも、十二単衣を着た人を連れて走るのは、なかなかの難易度だった。
少女はというと、息一つ乱さず、重なった袖を静かに整えている。
その落ち着きが、ちょっとだけ腹立たしい。
やがて少女は私へ向き直り、小さく頭を下げた。
「助かった。礼を申す」
「気にしなくていいよ。困ってたみたいだから」
少女は柔らかく微笑んだ。
さっき見た満月よりも、目を離せない笑顔だった。
「私は門脇月。あなたは?」
「かぐやじゃ」
「かぐや……」
ずいぶん珍しい名前だ。
でも、目の前の少女には不思議なくらい似合っていた。
「それで、かぐやはどこから来たの?」
かぐやは少し考えるように目を伏せた。
そして、静かに夜空を見上げる。
「宇宙じゃ」
白く細い指が、空を指した。
私もつられて顔を上げる。
その先には、大きな満月が静かに輝いていた。
あの満月が、この夏を忘れられないものにすることを、この時の月はまだ知らなかった。




