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ツカリーゼは、逞しくも恐ろしげな迫力満点の見かけに相違し、中身は、大変な乙女で、趣味は球体関節生き人形作り、それも若くて見目麗しい少年や、青年をモデルにしたものが中心だった。彼の専門は傀儡術なので、もちろん術用に使う人形も作るのだが、気に入ったモデルで作るときは、強力な守護魔法を付与し、本人を守護する生き人形として制作するのだ。そして、それが、ツカリーゼの密かな生きがいでもあった。
ドルーアの事件で中止になった復位式を、ドルチェン猊下は諦めきれなかった。自分がうっかり情に負けて閉関してしまったばかりに、明妃には非常な辛苦を与えてしまったのだ。悔やんでも悔やみきれない過ちを挽回するため、そして、自分自身も美しく装った明妃の姿を見たいがため、復位式をやり直すことを望んでいた。その意を受けた宰相府の儀仗式典局は、パパディの総指揮のもと、復位式さらにはパレードまで実行した。
ちょうどその頃、たまたま休暇を取り、都の中の手芸用品店で人形製作に使うあれこれを買い求めたツカリーゼは、偶然そのパレードを見かけ、中央の美しく飾られた花車の上に立って、沿道の人々に優雅に手を振る明妃を見かけたのだ。そして、雷で撃たれたような天啓を受けた。
(この女、そうよ、この女だわ、この女をモデルに製作したら、私の最高傑作になること間違いないわっ)
早速、魔導士学院へ飛んで帰り、製作に励んだのだ。ところが、明妃を見たのは遠目で、それに極薄地のヴェールが頭から全身を覆っていたので、ぼんやりとしか姿が見えず、ただその優婉な微笑みと輝く紫眸の美しさが強く印象に残るばかりで、作りかけたまま製作は中断していた。
(なるほど、リーユエン先生も紫眸なのね。珍しい色だわ、まるで宝石みたいに光っている。でも、顔の表情がなさすぎるわ、あれじゃあ、人形を作っても美しく作れないわね)
ツカリーゼは、すっかり人形作家目線でリーユエンのことを観察していた。ツカリーゼの周囲に腰掛けた教師たちは、
(ツカリーゼ教授が、新入りの先生へ眼を飛ばしているぞ)
(傀儡術で操るつもりなのか?一体、何をしでかして怒らせたんだ)と、目線で会話を交わし合った。
晩餐は粛々と進み、デザートとハーブ茶が運ばれてきた。
もう、その頃には、リーユエンはうんざりしていた。皆から、珍しい動物を見るような視線がチラチラ飛んできて、全然落ち着かなかったのだ。特に酷いのが、エスメルの視線で、血に飢えた虎みたいな視線だし、あともう一人、やたら目つきの鋭い大男から、何度も視線が飛んできたのだ。そんな視線は、もの珍しいからだろう、今日だけの辛抱だ、と思い、じっと我慢したものの、デザートの季りんごシロップ煮のアイスクリーム添えを食べたら、生徒たちを連れてさっさと帰ろうと思っていた。
デザートを食べる頃には、教師たちは打ち解け、会話も気の置けない内容に変わっていた。ところが、そこへまたもや、エスメルの耳障りな声が響いた。
「リーユエン先生、ちょっとよろしいかしら」
(全然よろしくない、喋っている間にアイスクリームが溶けてしまう、話しかけないでほしい)
内心では、ぼやきながら、視線をエスメルへ向け「何でしょう?」と、尋ねた。
「先ほど、十八号に聞いたら、あなたの使役獣になったのは、あなたが最強だからと話してくれたわ。でも、それって本当なのかしら?」
リーユエンは、無言で李りんごを一口食べた。
(ああ、これこれ、この味、久しぶりに食べたけれど、やっぱり魔導士学院のデザートは最高だわっ)
しっかり味わって呑み込むと、ナフキンで口元を上品な手つきで拭い、エスメルへ視線を向けた。
「ソアラスの判断ですから、彼がそういうのなら、彼にとってはそうなのでしょう」
横で学院長とパオディン、ヨーディンがうんうんとうなずいた。
学院長は、ヨーダム太師から、リーユエンの数々の武勇伝を聞いていたし、玄武の二人は、実際に間近かで大牙の宴の顛末を見ていたから、全くその通りだと肯定したのだ。けれど、そんな事を全然知らないエスメルは納得できなかった。
「魔獣の判断だなんて、逃げるのはやめてちょうだい」
「逃げる?」
アイスクームをすくいかけたリーユエンの手が止まった。その一瞬、あたりに現れた殺気に皆、震え上がった。けれど、魔獣を手に入れたい、リーユエンに負けたくない一心のエスメルは、その殺気に全く気が付かなかった。また、黙ったままデザートを食べ始めたリーユエンへ、エスメルは声を荒げた。
「だって、そうじゃないっ、十八号は、使役獣にしたいって人気があるのよ。それなのに、あなたが一番強いなんて、訳のわからない理由で契約されたら、誰も納得いかないわ。それほど強いというのなら、客観的に証明してちょうだい」
(さっきから、ごちゃごちゃうるさい女だな。デザートぐらいゆっくり味合わせてくれ)
リーユエンは、食べ終わったデザート皿へスプーンをそっと置き、ハーブ茶に口をつけた。
そこへ、黙っていればいいのに、好奇心の強いパオディンが口を挟んだ。
「客観的に証明するって何をするんだい?」
「決まってるわよっ、戦うのよ」
エスメルは、パオディンをきっと睨み据えて答えた。
エスメルの属する家門、ドロメルの一族は、代々戦闘攻撃術に優れた魔導士を輩出する名門だった。エスメルにとって、戦うのは呼吸するのも同然の行為だった。けれど、リーユエンは、
「魔導士学院内では、魔導士同士の死闘は禁止でしょう。まして、教師同士で戦うなんて、有り得ない。生徒や学生に示しがつきませんよ」と、冷ややかに却下した。
「あら、そんな事ないわよ、何事にも例外ってものがあるわ」
優しげな口調に似合わない、重々しい低音が突如響いた。ツカリーゼが発言したのだ。




