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極相色彩のケイオスライン  作者: 路崎舞
第一章『遡行する運命』
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第一章5話『消せない光』

 ――レティシアの仕事はテロの規模に見合わないほどあっさりと終わった。


 まず、拠点と反対の方角へと一直線に進み、道中の殲滅を終えた後、ソファラ地区の内周を半周し、都度殲滅。

 そうして再びハーミアー広場に戻ってきた頃には既に、レティシアが任されていたソファラ地区北部の制圧が完了していた。任務中、特に苦戦を強いられるようなことはなく、レティシアは普段通り肉を『侵色』して回った。


 ハーミアー広場の噴水前に立ち、今一度辺りを見回す。生き残った王国兵達も南部へ後退を始めているようだ。一般市民も彼らに護られながら避難中である。

 この場所でのレティシアの役割は終わったと見ていい。


「サンドラ達と合流しないと」


 とどのつまり、レティシアもソファラ地区南部に位置する仮拠点へと全力疾走を始めた。



   □■□          □■□



「え、早過ぎない?」


 とは、仮拠点に到着し、一般市民の避難誘導をしていたサンドラの元に駆け寄った時の言葉だ。


「えっと、あれから四十分くらいしか経ってないよ? レティー、ちゃんと指示聞いてた?」


「聞いてたよ。仮拠点から遠ざけるように誘導して手当り次第殲滅する、でしょ? その場で染めちゃえば誘導の必要も無いから、一通り北部を回ってその場で上塗りしてきたよ」


「――はぁ、やっぱすごいなぁレティーは。アタシの常識をいつも真っ正面から打ち破ってくるっていうか」


 と、サンドラが呆れたように溜息をつく。彼女の評価には思う所があるが、ともあれそれはレティシアのセリフだった。


「私からしたらサンドラの方がすごいよ。だって、美味しい料理を沢山知ってる」


「うーん、そういう事じゃないんだけどな〜」


「あはは〜……」と、力無く笑うサンドラだが、レティシアには何故微妙な反応をされたのか、分からなかった。


「――お勤めご苦労。無事任務を果たし帰還したな、レティシア」


 と、そこへヴァインが顔を見せる。欠損した左腕の付け根を血に染めた彼は、レティシアの奮闘を労いながら、いつもの堅苦しい面持ちで正面に立つ。


「隊長……腕、もう戦えない?」


「今は厳しいな。だが、中央区に戻り、適切な治療を受けさえすれば、戦場で死なない程度には復帰できるだろう」


「だから気に病むな」と、そう繋げるヴァインだったが、レティシアの目でも分かるくらい顔から血の気が引いていた。かなりの無理をしているのが見て取れる。


 その事について、レティシアなりに指摘しようとしたタイミングで、更に思わぬ参入者が現れた。


「――なんだ、お前らいたのか」

「……ニックさん?」「ニックっ!?」


 これまで存在を確認できなかったニックが、全身傷だらけの状態で会話に加わってきた。


 そもそも今回の鎮圧に参加しているかどうかすら不明だったのだが、その風体を見るに相当な修羅場をくぐってきたことが窺える。

 自慢の金髪は血で汚れ、息も絶え絶え。正しく満身創痍といった有様だった。


「悪ぃ、医療班はいるか? ちょっとヘマやらかしちまって……って隊長!? その腕、どしたんすか!?」


「お前と同じだ、ニック。ちょっとヘマをやらかしてしまった」


「へ、ヘマの次元が違いすぎる……!」


 絶え間なく応酬される軽口の、そのテンポに反した内容の物騒さだが、とにかくニックの無事は確認できた。


 しかしそれはともかく、ニックが何かを話す度に、サンドラの顔が段々と赤に染まっていくことに、レティシアは気付いていた。


「いやー、流石の俺も今回ばかりは死を覚悟しましたよ。隊長も命は落っことさなかったようで何より」と、死にかけの男が言葉を続けた瞬間、拳を強く握り締め、身体を震わせている桃髪の少女が、ヘラヘラしているニックに向かって遂に爆発した。


「な……な……何度言えば分かってくれるのっ!? ねぇニック、アタシ前にも言ったよね? 任務も大事だけど、何よりも自分の体を大切にしてって! その傷、どーせまた荒っぽい戦い方したんでしょ」


「――あー悪かった、悪かったって! でも、今回ばかりは仕方ねぇだろ? 俺が捨て身の特攻してなきゃ、相手が雑兵とはいえ死人が増えてたぞ」


「それはそれっ! これはこれっ! アタシが言ってんのはそういう事じゃないのっ!」


「と、とりあえず落ち着けよサンドラ……ほら、なんつーか、居心地悪ぃから。な?」


 周囲の目を理由にしてとりあえず宥めようとするニックは、サンドラの逆鱗を思いっきり踏み付けた。


「はぁぁぁァ!? 何それ。そんなに体裁が大事? 自分の命よりも? ――何でアタシが怒ってるのか、分かってて言ってる?」


「それは分かってるけどよぉ、ここで言うことじゃなくねぇか? 周りの視線が痛いぜ、全く。それに、俺はこの通り生きてる。それで充分じゃねぇか」


「だーかーらーっ! それがっ! ダメだってっ! 言ってんでしょうがっ!」


 猛犬のように噛み付くサンドラに、ぐぅのねも出ないニックはたじたじだった。「そもそもねぇ、あんたは昔っから――」と詰め寄るサンドラを、「コホン」と横からヴァインが制止し、各々の注目を集める。


「主要人物が揃った所で、戦況を整理しよう。現在、南部では仮拠点から同心円状に鎮圧を行っている。あと少しで制圧できそうな所まで進んでいるな。そして北部はレティシアが殲滅してくれた。北部にいた兵士の情報でも、現段階では表面化された敵は確認されていない」


「流石だな、レティシア! あとでウサギのぬいぐるみ、部屋に届けとくぜ」


「……いらない」


「そうかぁ? っかしいなぁ……サンドラはあんなに喜んでたってのに……」


「ニ・ッ・クっ!!」


「――続けるぞ。被害状況だが、確認できているだけでも、死者は民間人含めて百五十三名、負傷者は二千人に及ぶ。ソファラ地区全域で同時多発的に攻撃されたため、鎮圧にも時間がかかり、被害も増大してしまった。これからは、衛兵の配備方法にも気を配る必要があるな」


 ざっくりと、ヴァインが現状を纏めてくれたものの、レティシアには細かい事は分からなかった。


『余計なことは考えてはならない。指示に従え』――そう教わった通り、余計な事は考えなかった。


「――あ、そうだ!」


 と、そこで唐突に何かを思い出したのか、サンドラが手を叩く。


「レティーとニックは知らないよね。あの黄色い旗が立ってるのが臨時の避難所……ソファラの人が避難してる場所ね。で、あっちの赤い旗が医療班の仮テント――ニックはあとで絶対に行くこと。適切な指導をアタシから頼んでおくから、逃がさないよ。……そして、あの青い旗が兵士の仮テント。私達の寝泊まりする場所でもあるんだよっ」


 そうして、サンドラが一つ一つ指で指し示しながら、仮拠点の設備を教えてくれる。

 途中、鋭い眼光で睨みつけられたニックが渋い顔をしていたが、それはさておき、レティシアはサンドラの指を追うように、それぞれの施設へと目を向ける。


 ――と、兵士の仮テントから誰かが出てきたのが見えた。その左手には、血に塗れた剣が握られている。

 年はレティシアより少し若いくらい。背の小さな少年兵が、ポケットに手を入れながら辺りをキョロキョロと見回している。


「……ねぇ、サンドラ。あれ、何かおかしいよ」


「ん〜? どーした……の……」


 恐る恐る、そう告げたレティシアの指摘にサンドラは徐々に言葉を失う。


 ――それなりに遠く、視線の先の少年兵が、右手で何かを持って掲げたのが確認できた。そうして震える右手を無理やり抑えて、暫しの硬直の後、それを一思いに口に放り込んだ。


「おいおい、なんだ? あれは……」


「――――まさか!」


 困惑するニックの横で何かに思い至ったのか、ヴァインが戦慄している。

 遠方、(くだん)の兵士が大きく胸をそらし、深呼吸したのが見える。――その後、口の回りを手で包み、叫んだ。


「『侵色』はいるか! ――いいか、僕は今爆弾を飲み込んだ。僕が死ぬとここ一帯は吹き飛ぶし、死ななくても三分後には爆弾の外装が溶け、起爆する! 死にたくなければ『侵色』を差し出せ! そうすれば、このボタンで爆弾を不活性化してやる!」


 そう見せびらかすようにボタンを掲げ、兵士――に扮した伏兵が、高らかに脅迫する。


「……チッ、なんて卑劣な」


 ニックの舌打ちが虚しく響き渡る。その表情からは、普段のおどけた要素は跡形もなく消え去っていた。


「レティシア、絶対に行くな。今から対処法を考える」


 一方ヴァインは緊迫した状況下で、持ち前の頭脳を総動員して対処法の考案を始めた。だが、五秒経っても沈黙は破られなかった。





 

「――なーんだ、そういう終わり方か」


 呟きが――弱くか細く、しかしとても明瞭で澄んだ呟きが、レティシアの隣から聞こえた。


「……サンドラ?」


 けたたましい警鐘がレティシアの脳内で響き渡り、込み上げる衝動に突き動かされるまま、サンドラの横顔を見る。


 僅かに(うつむ)き、虚空(こくう)を見つめるその瞳は、まるで得体の知れない何かを悟っているかのようだった。

 そして、いつもの輝きが失われた退廃的な微笑が、そこにはあった。


「ね、レティー。アタシ達が出会った時のこと、覚えてる?」


 心臓がうるさい。嫌な予感が、消えて無くならない。


「忘れるはずが、ないよ。あの時傷だらけで街路を歩いてた私を――」


「うんうん、覚えてるなら良かったっ! ――ねぇ、レティシア。あんたは生きること以外の全てを無駄だって言うけどさ」



 

「――その無駄は、案外楽しかったっしょ?」


「――ぁ」


「じゃ、行ってくる。レティーはどうか分かんないけど……あんたと過ごした時間は、アタシにとっては有意義で必要な無駄だったよ」


 顔だけ振り向き、陽光の如き明るい笑顔でレティシアに言葉を残す。その目元からは陽光を反射する雫がつーっと下に流れ落ち、その水滴が地に触れ破裂する前にサンドラは走り出してしまった。


「『紅光(こうこう)』!? 勝手な真似はよせ! どう考えても罠だ……ッ!」


「……ぁ? おい、おいおいおいおいおいバカドラてめぇ何やってんだ早く戻れッッ!!」


「な、く、来るなぁぁ!! し、死にたいのか!?」


「それは、こっちの、セリフっ! あんたの声、震えてんじゃんっ。それに――アタシが、お求めの『侵色』だよっ」


「――くふ、あっははははははは! そっかそっか、お前があの……!」


 このままではサンドラが死ぬ。そのぐらいのことはレティシアにも容易に想像がついた。しかし、彼女の選択に横槍を入れるという「訓戒」は教わっていない。


 ――『仲間との必要最低限の会話は欠かしてはならない。ただし、仲間が危険に晒されたとしても助ける必要はない』


 更に言えば、彼女が死ぬ事でレティシアの命が守られる。「生存」する事ができるのだ。

 だから、ここは見て見ぬふりをするのが正しい。黙って、一人の少女が爆風に晒され木っ端微塵になるのを見届ければ、それでいい。それがいい。それ以外の全てが悪い。




「待って……! サンドラ……っ!」


 だというのに、レティシアの体は教わっていない行動に出た。


「いか、な……ぇ」


 しかし、右足を踏み出した途端に体制を崩し、前のめりに倒れてしまう。

 これまでの無茶が祟り、ついに鮮やかに穿たれた内傷が無痛の内に爆発した。白肉の突貫治癒魔法で傷口こそ塞がっているが、医療班の診断通り、内部はぐちゃぐちゃのままだった。


 だが。それでもなお、レティシアの体は歩みを止めようとしない。前へ、前へと、死に向かうサンドラへと腕を進めて、必死に追い縋る。

 だが、間に合わない。致命的に、決定的に間に合わない。


 片腕を失ったばかりのヴァインは機動性に欠け、傷だらけのニックは全力疾走しようとするも、体が動かない。彼女の殉死を止められる者はいなかった。


「戻って、きて……死なないで、サンドラぁ」


 自分でも信じられないような情けない声で、疾走中のサンドラに懇願する。しかし、返ってきたのは沈み行く太陽の後光に照らされた、『紅光』の異名に恥じない退廃的な笑顔のみだった。


「――――」

「ぇ」


 サンドラの視線がレティシアから特攻肉へと移る間際、彼女の口元が僅かの間動いた。それが、どんな意味があるものだったのかは分からない。知る由もない。それを知るには、あまりにもこの絶叫飛び交う環境がうるさすぎた。

 しかし、レティシアの目に最後に映ったサンドラは、どこか満足しているような、優しい目をしていた。


「待っ」て欲しい。死なないで欲しい。何でそう思うのか分からないけど、離れないで欲しい。


 これまで感じたことの無いものが、一挙に押し寄せてくる。いつものように、美味しいお店を紹介して欲しい。いつものように、明日着る服を教えて欲しい。いつものように、距離は離れていても同じ戦場で違う肉を共に切り結んでいたい。


 ――いつものように、笑顔なサンドラが見たい。でも、その笑顔は今のサンドラが見せたような表情じゃない。だから、ねぇ。待って。やめて。遠くに、いかないで――。




「――っ! 伏せろぉぉぉぉッ!」


 背後から隊長の余裕のない怒号が聞こえた。しかし、無意識にサンドラの方へと伸ばした右腕は、なおも少しでも彼女に近付こうとする。そして、視界が白一色に染まり、その腕は吹っ飛んだ。――いや、吹っ飛んだ腕を幻視した。


「――ぁ」


 力無く、漏れ出た声。レティシアはそれを自覚できなかった。


 焦点がおぼつかない。口が震えて言う事を聞いてくれない。前へと伸ばした腕はストンと地に落ち、しかし胴体との接続は絶たれていなかった。




 ――サンドラの放つ眩い光の球体が、辺り一帯を無に均さんとする爆風を防ぎ切った。その中には、爆散した特攻肉と『紅光』がいた。

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