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極相色彩のケイオスライン  作者: 路崎舞
第一章『遡行する運命』
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第一章6話『一枚の布切れ』


「おかえりなさい、三百九十六。随分と来るのが遅かったですね。今回は不問としますが、以後気を付けなさい。ご苦労でした」


「――――」


 サンドラが死んでから二日後。


 パレット孤児院に帰り、レティシアはお父様に無事を知らせる。

 しかし、足取りはフラフラで前も向けない。


 ――サンドラが、死んだ。

 死んだ、死んだのだ。

 もう戻ってこない。

 もう会えない。

 会えない、なら今日は何の服を着ればいい?

 何を買えばいい?

 分からない。

 分からない。

 何を食べればいいのかも。

 人とどう接すればいいのかも。

 彼女を感じられるのはこの「形見」だけ。

 それ以外、彼女の残り香はこの世に存在しない。


 無だ。

 世界の全てが無へと変わり、レティシアも暗闇のどん底に落下し続けている。

 ……いや、元々そうだった。

 レティシアは元々暗闇で生きていた。

 お父様が教えてくれた「光」に沿って動くだけで、レティシアも暗闇の一部だった。

 だから、何も失ってなどいない。

 ただ元の状態に戻っただけ。


 そう、そうなのだ。

 そうに違いない。

 そうでなければおかしい。

 この感情は――いや、これは感情なのか。

 感情とは何なのか。

 レティシアには無駄なものだっただろう。

 知る必要は無いと教わっただろう。

 教わった、そう、教わった。


 だから、何も考えず教えられた事だけを遵守していればいい。

 それが本来レティシアの在るべき姿『いつの日か、何もかもがしっちゃかめっちゃかになって』であ


「――――」


「か、ぁ、ぅ」


 苦しい。

 息ができない。

 下を見る。

 太い腕があった。

 レティシアの首に繋がっている。

 つまり、今、お父様に首を持ち上げられている。

 痛い。

 痛い?

 痛みは制御できるものだ。

 そう教わった。

 戦場かお父様と対面していれば、どんな傷でも無痛だった。

 なのに、レティシアは今、苦痛を感じている。

 声にならない声で喘ぎ、手足を無意味にジタバタさせている。


「教えたはずです。『戦場から戻り次第、お父様に顔を見せなければならない』と」


「ぁ…………ぃ…………」


「お前は最高傑作だ。私が教えた『生きる術』を忠実に守っている。――では、何故今もなおこの掟を破る? 何故、私に顔を見せずに下を向いている? お前からは死への渇望を感じない。だというのに、どうして生を捨てようとしている?」


「…………?」


 分からない。

 何をお話されているのか、分からない。

 レティシアは今でも生に固執している。

 生きる為に、それ以外の全てを切り捨ててきた。

 教えられた「生きる方法」を厳守し、それを守る為だけに活動してきた。

 だからこそ、分からない。

 生を捨てようなどと、考えた事すら無いのだ。

 お父様は、どうしてそのように思い違いをなさったのだろう。


「自覚なし、か。――疑念の余地は残りますが、まぁ、いいでしょう。あなたはまだ壊れていない。帝国肉を黒に染める絵筆としての機能は健在でしょう」


「く、ぅ! かひゅ……けほっ、かほっ……」


 痛い。

 地面に落ちた。

 骨盤が悲鳴を上げている。

 背中を衝撃が垂直に貫く。

 激痛に支配される肉体とは裏腹に、新鮮な空気を求める肺はなりふり構わず呼吸を強行させる。

 まだ開き切っていない喉を酷使し、無理やり活動源を吸入させる。

 苦しい。

 とても苦しい。

 お父様が、見ている。

 冷たい目で、目の奥に暗闇を宿して、見下ろしている。


「次はありません。くれぐれも、私が教えた『生き方』を忘れないよう」


「けほっ、けほ…………は……ぃ」


 お父様は後ろを振り向き、自室へと戻っていく。

 無理やり体を起こすも、まだ苦しみは消えない。

 制御不能だ。

 辛い。痛い。サンドラ。苦しい。痛い。サンドラ。悲しい。分からない。サンドラ。分からない。分からない。分から




「――三百九十六ねぇね、大丈夫?」


 奥歯を噛み締め、痛みを耐えつつ振り向くと、四百五十二が後ろにいた。


「……分からない。何もかも、分からない」


「そっかー。んーとねー、しーも分かんない! だからねー、お揃い! やったー!」


 両手を伸ばし破顔する少女はまだ九歳。

 育ち盛りで好奇心旺盛、楽観的で常に笑っている。

 笑って――笑う、笑うって、何だったっけ。


「お父様すごかったね! あのねあのね、三百九十六ねぇねの体がフワーって浮いちゃってたー!」


「……そう、だね」


「んー? どうしたのー? ねぇね、元気ないよ?」


 四百五十二がレティシアの顔を下から覗き込む。

 純粋な目が、焦点の合わない黒瞳を見つめている。


「問題……ない。ほら、皆の所に戻って」


「はい、これあげる!」


「私は、大丈夫だか――え?」


 締められた喉も回復してきたし、あとは時間が何とかしてくれる。

 だから私に構う必要は無い、という意図だったのだが、レティシアの頼みには反応を示さず、突然四百五十二が手のひらを差し出してきた。


 何かが乗っている。これまで見たことのない物体だった。


 意表を突いた行動と謎の物体に困惑するも、期待の眼差しに耐え切れずに訳も分からないまま受け取った。


 よくよく見ると、人型の何かのようだった。


「これ、は、何?」


「三百九十六ねぇねのお人形さん! さっきね、四百四十四くんと作ったの!」


「じしんさくー、えへへー!」とまたもや破顔してみせる彼女をよそに、レティシアは手元のお人形さんとやらを見る。


 レティシアを模した、とは聞いたが、お世辞にも似ているとはいえなかった。

 目は半円、口は一直線、手足は鋭利な三角形。


 それに――、


「そうなんだ……似て、るね」


「へへ、でしょー?」



 



 その粘土は、色褪せていた。



   □■□          □■□



 孤児院を後にした後、生命維持の為にレストランへと向かった。


 以前サンドラが紹介してくれたお店だ。

 あの時嗅いだクリームシチューの香りは今でも忘れられない。

 それとあの美味しそうな白色の海にも惹かれ、レティシアもいつか食べてみようと心に決めていた。


 だから、不思議だった。


「ねぇ、これ味しないよ」


 あの時と同じお店で、あの時と同じ座席で、サンドラと同じメニューを頼んだ。

 なのに、鼻腔は何も捉えず、舌は液体と固体の違いを感じ分けるばかり。


 挙句の果てには見た目も看過できない程に変貌を遂げていた。

 灰色、と言うのだろうか。あの時見た真白の水面の面影はどこにも無かった。



 半端に残したまま立ち上がり、代金を机に置いた後、無色の飲食店から脱出する。

 取り残されたクリームシチューからは、淡く湯気が立ち上っていた。



 □ ■ □    



 あてもなく、街路をふらつき歩く。


 王都――中央区の街並みも以前とは異なり、やはり灰色か黒か無色かの単調な色彩で構成されている。

 道行く人の服装の色合いも種類が限られていて、レティシアの知らぬ間に世界が丸ごと一変したかのようだった。


「――ん? お、おお、おぉぉ! お前、『侵色』だよな!?」


 黒色の裏路地に足を踏み入れた時、肩に感触を感じた。

 振り返ると、禿頭の大男が目を大きく開けて口を動かしていた。


「……そうだけど、何?」

「何って、そりゃ、知る人ぞ知る生ける伝説を道端で見かけたら声かけたくもなるだろ!? 俺の憧れなんだよ、あんたは!」


「……そう」


「むかっ腹の立つ帝国の野郎共をばったばったと『侵色』するそのお姿、一人で一部隊を壊滅させるその圧倒的な力、それでいて凛とした佇まいであられるその優美さ!! ……はぁ。俺も、あんたのような力があれば、ウザってぇ邪魔な奴らをぶっ潰せるってのに……」


 矢継ぎ早に黒色の音を浴びせられるも、頭に入ってこない。


「……あー、それにしても、『侵色』さんも誇らしいよなー」


「――は?」


「なにせ、戦友が後世に語り継がれる大英雄になったんだ。生前も他の追随を許さない――あ、あんたもだぜ?――そんな凄まじい活躍ぶりだったが、あの散り様は見る人の心を掻き立てる素晴らしいものだった! 自らの命を呈して、人々の、仲間の、戦友の未来を守り切る! そんな無私の心と固有の魔法を兼ね備えた彼女は本物の英雄でしかありえない! この戦争が終わったら国も『紅光』さんの偉業を認めるしかねぇ! きっと式典には国内外問わずおびただしい凡人共が集うだろうぜ。ともかく、俺ぁ新しい英雄の英雄たる様を間近で見」


 斬った。反射だった。何も考えず、斬った。



 □ ■ □          



 ――走る、走る、無心で走る。

 ここでは無いどこかへ、がむしゃらに。


 もう、どうでもいい。

 何がどうなっても、知らない。

 考えたくない。

 何もしたくない。

 呼吸すら億劫に感じる。

 もはや全てがどうでもいい。


「は……は……は…………」


 心臓がうるさい。

 息すら煩わしい。

 いっそ潰してしまおうか。

 もう「生存」すら無駄であるように感じてならない。

 立ち止まって、忙しなく鼓動する薄胸を一突きするだけでいい。

 それだけで、この苦しみから解放『自らの意志で死んではならない』……。


 なら、何もかも『侵色』してしまおう。

 視界に映っては消えていく灰色の物体、それらを「黒」に染めてしまえば。

 そうすれば、この未知の耐え難い苦しさも消え『不要な殺人をしてはならない』……。


 ――そうだ。

 レティシアは「訓戒」に従わなければならない。

 それがレティシアの存在理由である。

 逸脱は許されない。


「……何で?」


 どうして、「訓戒」に従う必要があるのか。

 だって、サンドラは死んだ。

 見るもの聞くもの全てが無意味で無駄なものとしか思えない。

 なら、その無駄が無駄を終わらせる行為を制限する謂れがどこにある。

 この、体に大きな穴が空いたような、胸に手を突き刺して中にあるもの全部引き摺り出さなきゃ気が済まないような感覚から、一刻も早く開放されたい。


 ――違う。

 どうしてレティシアは、「訓戒」とサンドラを結び付けた?


「……分からない」


 何もかもが分からない。

 自分の思考が分からない。

 サンドラと「訓戒」は関係ない。

 因果関係がぐちゃぐちゃだ。

 違う、因果関係が分からない。

 因果関係がどういうものだったのかを思い出せない。


「……いや、そうじゃない……何で私、考えてるの?」


 思考――それは「生存」を妨げる無駄である。

 「訓戒」に従う以外の全ては無駄であり、思考はそのあらゆる無駄を生じさせる根本原因だ。


 それを今、行っている。


「……」


 これは必要な無駄でもない。

 無価値で、レティシアを蝕む害悪だ。

 これまでのように思考を放棄――できない。

 とめどなく、支離滅裂な言葉が無造作に無意味に無遠慮に無秩序に行き交って制御ができない。消えない。


「わた……しは…………」


 ただ教えられた「生き方」に従うだけで良かった。

 それ以外は与えられず、持たず、要らなかった。

 なのに、サンドラが死んだ。

 たったそれだけの事で「生き方」を考えられなくなるだなんて、思いもしなかった。


 レティシアが「生き方」を一時的にでも忘れてしまう大罪を犯したのは、これで三度目だ。

 一度目は白肉、二度目はサンドラが捨て身の突進を敢行した時。

 そして反射で人を斬ったのが三度目。


「……」


 なんで、こうなったんだろう。

 以前は味方が死んでも何も感じず何も変わらなかったのに。

 何が原因でレティシアは今こんなにしっちゃかめっちゃかな状態に――、


「――白」


 そうだ。

 あの時の白肉なら。

 レティシアに温もりを与えてくれたあの肉なら、その答えもきっと教えてくれるはずだ。

 サンドラについても、きっと、優しく教えてくれるに違いない。


 ふらふら、ふらふらと頼りない足を前へ前へと置き、重力に押し潰される身体を無理やり進ませる。






「――え? あの、お嬢さん? どうなさいました?」


 気付けば門の前に立っていた。

 重力に従い俯いた顔を僅かに上げ、音の発生源へと目を向ける。

 顔が文字通り曇った、灰色の人がいた。


「ひぃ! な、何なんですか! 何でそんな怖い目で睨みつけてくるんですか!? 僕あなたに何かしました!?」


「……何も?」


「余計怖いんですが!?」


 事実を言ったまでだが、納得がいってないようだった。


「えっと……お嬢さんは何の御用でこちらに?」


「白」


「へ?」


「白に会いたい。会わなきゃいけない。だからそこをどいて」


「じゃないと斬るよ」と腰に携えた剣の柄に手を伸ばす。白との接触を阻むのならば『侵色』するまで。


「ちょ! 話が見えないんですが!?」


「二」


「いや待ってく」


「一」


「あーーーもうわっかりましたよ!! 退けばいいんですね? 退けば!」


「うん、それでいい」


「…………はぁぁぁ。帰国したら、ちゃんと責任取ってくださいよ? 先日あんなテロがあった後なんですから、警備体制も通行許可も厳しくしてるんです。それなのに身元不明目的不明のお嬢さんを国外に送り出す僕ぁきっと、謹慎処分どころじゃ済まないんですからね?」


「……そうなんだね」


「……はぁ。まぁ、良いですよ。門番である前に、僕は国民を守る王国の兵士なんですから」


 ゆっくりとため息を吐き、やれやれ、といった様子で人が道を空ける。


「で、えーっと、お嬢さんは王国を出てからどちらに向かわれるので?」


「白」


「うーん、そうですかぁ――参ったなぁ、会話が通じない。これじゃ情報確認を怠った罪で首切られても文句言えないぞ……」


「どうせなら今切っとく?」


「切らないけど!?」


 どの道切られることになるのなら、恐怖が増幅される前にやっておいた方がいい。

 そう思っての提案だったが、人には食い気味に断られてしまった。

 納得が行かない。

 でも仕方ないので抜きかけた剣を鞘に戻す。


「――最後に一つだけ、お聞きしてもいいでしょうか?」


「何?」


「その……ケープというんでしょうか、それは、どこで手に入れたのですか?」


「――――」


 人に指摘されたのは、肩甲骨より少し丈の長い黒色のケープだ。

 首元で桃色――今は灰色にしか見えないが――のリボンを結び、上着が見える様にカーブを描いている、そんなデザインの代物。


 元の持ち主はレティシアではない。

 そもそもオシャレに興味のないレティシアは、自ら服を購入する事がない。

 自室のクローゼットに閉まってある鮮やかな服の数々は、全てサンドラの審美眼によるものだ。


 そしてこのケープは、そのサンドラの私物だった。



   △▼△          △▼△



 サンドラが死んでからというもの、レティシアは丸一日騎士団寮の自室で塞ぎ込んでいた。


 目を開けても瞑っても、サンドラが見せた最後の笑顔と、口の動きしか分からなかった遺言が、脳裏に焼き付いて離れない。

 お腹が空いても何かを食べる気力が湧かない。

 眠くなっても横になろうと思えない。


 ただ、部屋の片隅で蹲り続けているだけだった。


『――ねぇ、行く宛てが無いんだったらアタシの部屋に来ない? というか来てっ! 痛々し過ぎて見てらんないからっ』


『こういう風に、手を丸めて側面に当てる感じで…………そうそうっ、上手上手っ!』


『は〜〜っ、疲れた〜っ! レティー肩揉んで〜〜っ』


『……ねぇ、レティー。この戦争が終わったら、さ…………ううんっ、やっぱ何でもないっ! それよりスープ冷めちゃうから早く飲もっ』


 その間も、サンドラにまつわるあらゆる記憶が鮮明に蘇っては消えていった。



 その翌日の朝、つまり今日のことだ。

「……いるか?」と扉を軽く叩く音が三度部屋に響き渡る。

 声からしてニックだと分かり、動かない体と心を無理やり動かし戸を開けた。


「……予想はしてたが、いざ見ると……なんだ、辛いな」


「何か用……?」


「食事は一日三食、夜更かし厳禁、体を動かし朝日を浴びよう……なんて、そんな状況じゃねぇのは分かってる。俺も、似た様なもんさ。だから、お前を訪ねたのは違う理由だよ」


 そこで一拍置き、ニックが普段の気怠げな顔を引き締めつつレティシアの双眼の奥深くを見つめて、言った。


「今のお前に問うのは酷かもしれねぇ。だが、聞かせてくれ――お前にとって、サンドラはどういう存在だ?」


「……いつも一緒にいる人? 私を助けてくれるし、美味しいご飯も教えてくれる。でも、おかしいんだ。私の『生き方』には関係ないはずなのに、サンドラが死んじゃってから、何をすればいいのか分からなくなっちゃった」


「――そうか。なら、大丈夫だな……レティシア、後ろを向いてもらえるか?」


「こう?」


「あぁ、助かる。ちっと我慢してくれよ……」


 と言いながら、ニックは背を向けたレティシアの首に後ろから手を回す。

 そして首元で手を動かし始めた。

 時々喉元に手が触れるのでこそばゆかったが、言い付け通り我慢していた。

 その間、初めてやるのか耳元で「違うのか」「こっちか?」「なら下か?」等とブツブツ独り言を呟いていたことには触れなかった。


 そして「よし! もういいぞ」と何かを終えたニックは体を戻すよう促し、意気揚々と手鏡を取り出した。


 そこに映る自分を見ると、片方だけ輪っかの大きい桃色のリボンで留められた、黒いマント状の何かを羽織っていた。


「どうだ? ちっとリボンに手間取ったが、なかなか見れるだろ」


「――これは、何?」


「ケープっつーらしい。王都を出る前バカドラに託されたんだよ。『もしアタシがレティーの隣にいられなくなったら、これを渡してくれない?』ってな」


「サン、ドラの……」


 眼下、不格好なリボンに触れる。

 それだけで、彼女の片鱗を感じられる気がした。――不格好なのはニックの仕業だが。


 まだ彼女の温もりがここに宿っている気がしてならなかった。


「自分の服は自分で見繕えるようになれよ? じゃなきゃ、あのバカドラのことだ。監督不行届で俺が説教されちまう」 


「昔っから俺にだけ当たりキツイんだよなぁ、あいつ」と斜め上を向き過去を懐かしんでいるニックだが、その声は震えていた。


「ま、そんなわけだ。困った事があれば俺を頼れ。辛かったら話は聞いてやる。服だって一緒に見てやんよ。――いい歳したおっさんが女物の服見てるだなんて絵面最悪だが、まぁいいだろ。だから……辛い時は泣いて良いんだぞ」



   ▽▲▽          ▽▲▽



 そう、そうだ。

 このケープはサンドラの物だ。

 生前彼女が好んで着ていた装飾だ。

 戦闘時以外は常に羽織っていたし、なんなら騎士団の制服の上からも着ていた。

 だから人――門番も気になったのだろう。

 普段サンドラが着ている物を何故レティシアが着ているのか。


 なら、こう答えるのが適切だろう。


「貰った」


「――そうですか」


 堂々としたレティシアの返答に、ふっと門番の表情が緩んだのが分かった。


「では、ご達者で。――旅路の果てに目的が果たせるよう、祈っていますよ」


「……」


 門番の敬礼を目に映し、開かれた門へと一歩踏み出す。


 石造りの歩道の脇、みずみずしい緑が広がっている。青の澄む空には赤い太陽が白光を放っていて、黒い影法師が後ろに伸びている。後ろは振り返らない。


 先程よりは落ち着いた足取りで、レティシアは門をくぐった。

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