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極相色彩のケイオスライン  作者: 路崎舞
第二章『波紋に歪む理』
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第二章3話『再会』


 気絶したフォレオスを看病するミネアに先に行くよう促され、レティシア達は王城近くのモニーファ広場に向かっていた。


 のだが――、


「……綺麗だわぁ」

「きゃーーっ、あの男の子かっこよすぎ!! どっちが彼女なのかしら……」

「いやいや、あの子女の子でしょ……」

「なぁ、あの子たち可愛くね?」

「綺麗に着飾って三人でどこいくんだろう……」


 道行く人々の注目がレティシア達に一挙に向けられている。その視線を一身に浴び、レティシアは未知の感情に首を捻る。


「なんだろう……居心地が悪い?」


 上手く言葉にできないが、それが一番近そうだ。


「イリスは大丈夫なの?」


「えぇ。職業柄、民衆の注目を浴びるのには慣れていますから」


 そう豪語するイリスは濃紺のドレスを身にまとっている。単純な作りだが、華奢なイリスの可憐さを引き立たせるようにすらりとしていて、よく似合っている。


 ――式典に参加するにあたり、レティシア達はフォレオスとミネアの力添えにより装いを新たにしていた。


『追悼式典もあるから、華美なのは着れないんだけど……』


 と悲しげにミネアは話していたが、レティシアにとっては十分すぎるほどにオシャレに感じていた。


 レティシアは今、白いシャツの上に黒服を着ている。ザレンが着ていたみたいな、使用人が着ているような物と少し似ている。青色のネクタイに、すっと決まった黒色のズボン。


 男の子に間違われてしまったのには納得がいっていないが、ミネアのセンスがいいことには同意している。


「れ、い、なんか……はずかしいよ……」


 その傍ら、もじもじしているサンドラに薄く微笑む。


 黒を下地にした、こちらもシュッとしているワンピースだ。イリスの方は淑女らしさが引き立っているが、サンドラの服装は可愛さが引き立っていていかにも彼女らしい。

 やはりミネアのセンスは間違いない。

 

「あと少しの辛抱だよ。ほら、見えてきた」


 俯くサンドラに声をかけ、指を指した先に視線を向かせる。

 目的地――モニーファ広場はすぐ目の前だった。


 そうして入口まで歩き、門番に自己紹介しようとする。


「――レティシア・パレット様、サンドラ・ミリエスタ様、イリス・ミリネス様ですね。どうぞ、ご案内いたします」


 が、こちらの顔を見た兵士がそう言って先導を始めてしまった。

 その背中を追って、レティシアたちも後に続いた。



 □ ■ □



「おう、来たな」


 騎士の誘導に従い関係者列に案内され、騎士が並んでいる人混みの中、こちらに気付き綺麗な歯を見せる金髪の騎士――ニックに手を振る。


「久しぶり、ニックさん。調子はどう?」


「良いように見えるか? あの後すぐ副団長を引き受けたのを後悔したくらいだぜ」


「などと言っているが、実際は部下に酒をたかられて困窮しているだけだ。戦争も終結した今、騎士団が担う負担は格段に減った。――同時にニックの財布の中身も無くなったがな」


「ちょっ、団長それは言わないでくださいよ!!」


 ニックの抗議に肩をすくめるヴァインは、隻腕を青のマントで隠してた。騎士団の正装(私服みたいなものだ)を身にまとっていることから考えるに、元騎士団長として来ているのだろう。


「とにかく、元気そうで安心したよ」


「はん、それは俺のセリフだぜ、レティシア。いやまぁ? イリスの嬢ちゃんもいるし、サンドラ含めてそんなに心配はしてなかったけどな?」


「ふ、お前たちにも聞かせてやりたかったな。お前たちが帝国へ赴いてからというもの、三時間に一回は孤児院を訪ねて『あいつら、大丈夫っすかねぇ』と零していったぞ」


「団長それわざとやってます!?」


「だから私はもう団長ではないと言っているだろう」


「俺にとっては団長は団長なんすよ! あ、勿論レティシアが現団長なのは知ってますよ? でも、俺はやっぱりあんたのことは団長と呼びたい。で、レティシアのことはレティシアって呼びたいんです」


 そう捲し立てるニックに、サンドラが耳を塞いで苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「に、うるさい……」


「――おいおい、まさか記憶無くしても俺の扱いは据え置きかー? そこんとこどうよ、教育担当さん」


「私は何もしてないよ」

「私もですね」


「容赦ねぇな!?」


 と声を裏返らせるニックだが、サンドラに他意はなく、多分純粋にうるさかっただけなんだと思う。これまでも、特にそれ以外にニックに対して不満な様子はなかった。




「――あ、いたいた! ヴァインさーん!」


 そうして歓談(?)していると、どこからか陽気な声が聞こえてくる。


 目を向けると、見覚えのある人が二人こちらに走ってきていた。確か……。


「ソファラ地区の?」


「あ! 『侵色』ちゃんにサンドラちゃん、お久しぶりでーす! お元気でしたか?」

「おいメーバル、馴れ馴れしすぎるぞ……うちのバカがすんませんほんと」


「ううん、気にしてないよ」


 とはいえ、話したのは初めてだった。


 陽気な声の持ち主はメーバルというらしい。

 薄い緑髪の刈り上げ。赤みがかった黄色の瞳。モヴティックと比べるのも失礼なほど朗らかな笑顔。それと、右耳に包帯がしてある。


「……あれ? サンドラちゃん、雰囲気変わりました?」


「んー、さのこと、しってるの……?」


「メーバルさん、これは……」

「――うん、知ってますよ! なんてったってあなたは俺の命の恩人ですから! というか今のサンドラちゃんも可愛いですね!」

「おいメーバル、もう少し騎士としての誇りを持て……うちのアホがすんませんマジで」


 素朴な疑問を浮かべるメーバルに感じたレティシアの懸念が見当違いだったと分かり、心の中で胸を撫で下ろす。


 ――サンドラの事情は、関係者以外には伝わっていない。サンドラの訃報は国王の隠蔽工作だったとし、そのおかげでサンドラは何不自由ない生活を送れている。

 サンドラが治癒魔法で九死に一生を得たと伝われば、非難が何処へ向かうか分からない。



 杞憂だったと分かり気が緩んだのと、親友が褒められたのとで、思わず口角が上がってしまった。


「……レティシアさん、この方達は?」


「うーん……説明が難しいんだけど、テロの時に共闘したヴァインの部下だよ。名前は……えっと」


「ヴィーダムです、『侵色』さん。――あいつらを弔いに赴いてくれて、感謝っす」


「……うん」


 禿頭の騎士――ヴィーダムに短く頷く。


 茶色の瞳で、目つきが鋭い。ずっと眉間に皺が寄っていて、顔と首にテロの時に負わされたであろう傷痕が色濃く残っている。


「それにしても悔しいなー。リノのやつが生きてれば、二人と会話しているこの状況に卒倒する様が拝めたんすけどねー」


「……ソファラ地区で共に戦った同僚っす。俺らと同じヴァインさん直属の部下で、『侵色』さんと『紅光』さんの熱狂者でした」


「…………そう」


 ねっきょうしゃ、が何を意味しているのか分からなかったが、胸がチクリと痛んだ。


「ま、あいつも今頃空の上で発狂してることでしょう。なんてったって、憧れの二人に祈りを捧げて貰えるんすから!」


 そう言ってメーバルは空を見上げる。晴天、日に向けられた彼の顔は曇り一つなかった。でも、その目元に光るものがあったのを見逃さない。


「……間に合わなくてごめん」


「それは違うな、レティシア。そもそもの話をすればテロを未然に防げなかった私の落ち度だ。むしろ、休暇中にもかかわらず緊急要請に応じてくれたこと、感謝する」


「団長の言う通りだぜ。つっても、部外者の俺が言うのはお門違いだろうがな。お前ら二人は良くやったよ」


「……ありがとう、二人とも」


 レティシアの感謝に、ニックはにひっと笑い、ヴァインは短く頷いた。


「俺らも同じ意見っすよ。それに、リノやエンデ、ラーリあたりは湿っぽい雰囲気は嫌いなんです。なんでここは、頑張ったね、偉い偉いって気持ちで迎えて欲しいっすかね!」

「――そこは俺も同意っす。騎士の役目を果たしたあいつらを、讃えてやってください」


「……うん。分かったよ」


 二人のお願いに、レティシアは頑張って微笑む。

 メーバルもヴィーダムも、満足そうに口角を上げていた。


「んじゃ、俺らはそろそろ行くっすね」


「ここに来たやつら全員に声掛けてるんすよ、こいつ……」


 眉間の皺を更に増やし、ヴィーダムが呆れ顔。


「――その前に少しいいですか?」


「イリス?」


 先程まで会話に混ざらなかったイリスが、別れ際にメーバルに近付いて――、


「――これは?」


「……すみません。元には戻せませんでしたが、中身は修復しました。もう痛みを感じることは無いかと」


 イリスの言葉に理解が追いついていないのか、メーバルは「ええと……どゆこと?」と一部欠損している右耳に触れて困惑をあらわにしている。それを後目に、イリスはヴィーダムへと手をかざす。


「――体が癒えていく温かい感覚。もしかして、治癒魔法っすか?」


「あなたにかけたのはその応用ですね。傷、もう塞がっていたので、代わりに細胞の代謝を促進させました。しばらく体が軽く感じるはずです」


「おぉ……確かに。ありがとっす」


「えぇ、お気になさらず」


 優しく微笑み、イリスが三歩ほど後ろに下がった、


「――いやダムっ! 治癒魔法だぞ!? どうしてそんな反応!?」


「相手が誰だろうと関係ないだろう……。俺たちは彼女に癒された。それだけだ」


「……あー、確かにそうっすね。すみません、俺が悪かったっす。癒してくれてありがとうございます……えっと、イリスちゃん、で合ってます?」


「はい。お役に立てて良かったです」


 そう優しく微笑むイリスに頬を緩め、メーバルとヴィーダムが顔を見合せた。


「またね、メーバルさん、ヴィーダムさん」

「またね! め、ゔぃ!」


「にへへー、また会いましょう!」

「おいメーバル、だらしない顔をするな……」

「しかたないだろーダム。俺がお二人に手を振られたって聞いたリノの反応を想像しちゃったんだから。ほら、『はぁぁぁ!? 私でさえまだかわわなご尊顔を近くで一回しか拝めてないんだけど!?』って地団駄踏んで悔しがるんだ。――優越感、すげーだろ?」

「知らん」


 とかなんとか騒ぎながら刈り上げと禿頭の騎士は去っていった。



「す、すごい賑やかな方でしたね」


「――ふ」


「ヴァインさん……?」


 面を食らった顔をしているイリスの感想に、先程のやり取りを静観していたヴァインの口元が微かに緩んだ。

 イリスの呼びかけにヴァインは肩をすくめ、


「いや、何でもない」


 とはぐらかした。


「あ、そうだ。ヴァイン、これあげる」


「ん? ……剣か」


「帝国のお土産だよ。ヴァイン、剣振るの好きかなって」


「――感謝する。大切にしよう」


「ゔぁ、うれしそう! れ、よかったね!」


「うん。喜んでもらえてよかったよ。――ニックさんも……そうだ、サンドラ。これをニックさんに渡してくれない?」


「うんっ……あう、ちょっと、おもい……。でも、がんばるよ!」


 予想外の重さによろめくサンドラだったが、すぐにニパッと切り替え、よろよろと歩き、


「はいっ、に! おみやげ、だよ!」


「――。ん、ありがとな、サンドラ。――おぉ! こりゃ酒か!?」


「帝都シャラド産のお酒みたい」

「度数がかなり高いので、大量の水で割って飲むことをおすすめします。――とは、……父の受け売りですが」


「最高じゃねぇか! すげぇ嬉しいぜ。――聖女ちゃんの父親さんとは話が合いそうだな!」


「えぇ、きっと。お時間ある時に、帝都の教会に是非いらしてくださいね」


「おう、そうさせてもらうわ。団長、そん時は騎士団のことは任せました」


「……レティシア騎士団長がいるだろう。それに今の私はパレット孤児院の二代目院長だ」


「ふふっ」


 ヴァインの訂正に思わず笑ってしまい、今もなお真顔なヴァインに怪訝な目で見られる。「あはは、ごめん」と断りを入れて、


「サンドラが言ってた通り、ヴァインはバカ真面目だなって」

「ブフッ!」


 ニックが盛大に吹いた。


「サンドラの評価も気がかりだが、その反応、お前も思っていたのか? ニック」


「だはははっ!! だ、団長っ……俺を笑い殺す気ですかっ、いひひひひっあー息ができねぇっ!」


 狂ったように笑い転げるニックを一瞥し、ヴァインが瞠目する。


「……。聖女殿の所見を伺いたい。騎士とはかくあるべきだと思うのだが」


「そこについては同意します。しかし、親しい間柄の相手に対してはもっと砕けてよいかと」


「――そうか」


 イリスの助言に重々しく頷き、今もなお抱腹絶倒の最中にあるニックに体を向け、


「ニック。私はお前と親しい間柄か?」


「……すみません、団長。やっぱ、ぐふふっ、団長はそのままの方が面白いっすっ」


「私は面白さなど求めていないんだが……」


 その返答に再びニックが爆笑し、他はくすくすと笑った。本人は解せないといった表情だったが、それも含めて面白い。



「――お、陛下がお見えになったようだぜ」


 刹那、先程の爆笑が嘘のように切り替えたニックの指摘に、壇上を見上げる。


 黒系の礼装に身を包んだ、淡い黄色のハイライトのある濃い赤短髪の男性――フォレオス。

 同じく黒系のドレスで着飾っていて、橙色の長髪をお団子みたいに首上で纏めた碧眼の女性――ミネア。


 国王夫妻が揃って登壇し、騎士を除く民衆は動揺に包まれる。

 それを一瞥し、フォレオスは咳払い。

 真剣な面持ちで、今一度民衆に視線を向けた。


「誇り高き騎士よ、余の最愛の国民よ。此度はよくぞ集まってくれた」

「彼女はミネア・ソランデュー。演説で話した余の最愛の妻であり、余の罪だ」


「ミネアです。夫の所業について、私からも謝らせてちょうだい。――その上で、これからよろしくね」


「ここでまず、一つ宣言する。王国は帝国と和平を結び、協調する運びとなった。我が愚父が始め、余が引き継いだ三十年にも及ぶ大規模な戦争はここに終結した。皇帝との協議の結果、この戦争は『暗愚王』三十年侵攻と命名された」

「この結果は王国のために身を削り血を流し命を散らしたそなたら国民一人一人が掴み取ったものだ。そなたらの献身なくして、王国は存続できなかった――それを利用したのは余だが、献身の価値は変わらない」


「和平……戦争が……本当に終わったですって!?」

「詭弁だな。私利私欲のために俺らの命を使ったんだろ」

「まさか数日で公約を一つ実現させるとは……今後に期待ですね」

「いや待て、その代償は? まさか自動無線機だけなんて事ないだろ?」


 ――そういえば、モヴティックは帝国との国交が回復したことを知っていた。一国民にすぎないと自称していた彼が、帝都に赴いた人しか知らない情報を保持していることに違和感が拭えない。

 弱り切ったフレディから聞き出した線も考えられるが、どんな体調でもフレディはフレディなので、そう簡単に口は割らないだろう。


 だとしたら、一体どうやって彼は情報を手に入れたのだろうか……。謎だ。


「皆も気になっているであろう和平交渉の中身は主に六つ。帝国と王国との恒久的な不可侵条約の締結。年に四回、国家元首が交互に茶会を開く。出入国の規制緩和。帝都・王都間の道路整備。ネヘランドミルを交えた自動無線機の共同研究。そして交換留学制度の実施だ」

「賠償金については演説の通り、ネヘランドミルが王国名義で融通してくれる運びとなった。これにより王国の財源が蝕まれることは、ない」


「……ってことは、増税の心配もない……のか?」

「戦争に引き続きこちらもですか。なるほど、今後に期待ですね」

「フォレオス王すっげー!」


 謎と言えば、レティシアの足に穴を開けた射出物もそうだ。あの怪我のせいであの時レティシアはサンドラに追い付けなかったのだから、思い返せばあの時『侵色』した廃棄肉――ではなく帝国兵がサンドラを殺したと言えなくもない。本人からすれば酷い言いがかりだろうが。

 武器関係についてはナフィリンが調査してくれているらしいが、やはり気になる。


「交換留学生について、まず皆に心得て欲しいことがある」

「怨恨を晴らすのは難しい。許すことができないのも分かる。だが、そこにいるのは同じ人だ。会話ができる。笑い合える。手を取り合える」

「痛みを忘れる必要は無い。余がそなたらに望むことは一つだ。どうか偏見を取り払って、等身大の彼らを見てはくれまいか?」


「…………」


 ナフィリンは手紙をくれると言っていたが、いつ届くのだろう。レティシアもお返事を書いた方がいいのだろうか。

 あ。そういえばサンドラに文字を教えていなかった。読みと会話は優先順位が高くて集中的に取り組んでいたが、代筆で賄える書きは練習していなかった。

 本人の希望が最優先だが、後日取り組むことにしよう。

 その時はイリスに帝国の文字を教えてもらって

「――少し、行ってきますね」


「……ぇ? あ、うん」


 と、あれこれ考えていたらイリスが肩に手を置き、そう言って離れていった。


 周囲を見る――までもなく、辺りは静寂に包まれている。壇上にはフォレオスとミネアがいて――イリスが壇上に上がり、フォレオスの隣に立った。


「彼女の名はイリス・ミリネス。帝国の聖女だ」


「……今、なんて仰った?」

「帝国の聖女……あの『純白』の……!?」

「どういうことだ……? 何故ここに?」


「イリス・ミリネスには交換留学一期生として来国してもらっている。――詳しくは話せないが、余は彼女に救われた」

「本日騎士団長に任命するレティシア・パレットもそうだ。彼女は戦争の真っ只中なご時世に、敵対国民――それも主戦力と国王へ手を差し伸べた。そんな彼女の望みは一つ」


「……世界から、戦争をなくすことです」


「立場は違えど、見ている景色は同じだった。――そなたらがそうであるように、帝国の民も戦争を強制されていた。誰一人として本意では無い。余と我が愚父を除いて、戦争中も望む未来は同じだったはずだ」

「今一度、余は望む。帝国人へ向ける先入観を脇によけ、等身大の彼らを知る努力をして欲しい」


「……酷なことを仰る。弱い人間にはできないでしょうに……」

「可愛い……どうやったら入信できるんだろ」

「帝国の聖女が王国の騎士団長と浅はかならない仲とは……恐らく陛下が取り持ったのでしょうね。今後に期待です」

「……俺も、少しなら…………頑張って、みようかな」


 式典中終始無言を貫く騎士団を除いた周囲の反応を見るに賛否両論といった風だったが、最初はこんなものだろう。

 フォレオスや騎士がこれから身を以て示していけば、皆にもきっと伝わるはずだ。


「うむ。――ではこれより、『暗愚王』三十年侵攻の中で尊い犠牲となった百二十七万五千六百八十一名もの英霊に、祈りを捧ぐ」

「ここでは、百名ほどの名を抜粋して読み上げる。だが、この抜粋は地位や名誉を意味しない。英霊は例外なく英霊だ。誰もが国に、国民に殉じた英霊だ。どうか初めて聞く名には等しく、そなたらの知人にはより親しみを込めて、哀悼の意を伝えて欲しい」



「ダリウス・パレット、エリック・ボナポル、シェーガーー旧名四百十五、リノ・センゼル、モノ・ザーリエス、エンデ・モニン、ラーリ・ツェ、モネネ・ミカデリア――――」


 そうして百名の死者の名をフォレオスが読み上げた後、皆で黙祷した。



 

 ――お父様。見ていますか。

 私、騎士団長になっちゃった。慣れないことばかりだと思うけど、私頑張るよ。

 ヴァインはね、孤児院の院長になったんだ。皆に人としての名前をくれたり、私の力になるって言ってくれたり……お父様みたいに優しいの。

 あとね、私、親友が二人できたんだ。サンドラとイリスって言うんだけど、お父様にも紹介したかったな……。

 ……私、ちゃんとお父様を救えたかな? お父様に恩返しができたかな?

 訓練は辛かったし、「訓戒」も覚えるのが大変だった。でも、あれもこれも全部、王様の監視下で私たちにできる最大限のことをしてくれてたんだよね。じゃなきゃ、六歳まで人として扱うなんてしないでしょ?

 ――ねぇ、お父様。

 私、ちゃんと人として生きているよ。

 やってしまったことを償うために、死なずに息をしているよ。

 それでね、この前二人と帝国で一緒に寝たんだ。サンドラとはいつも一緒にいるけど、イリスとは初めて。普段言わないようなことまで沢山話し明かしちゃって、あ、ちゃんと夜更かしはしなかったから安心し――話が逸れちゃった。

 どうしよう。どんどん話したいことが溢れてくる。

 でも、ふふ、『情報伝達は簡潔にしなければならない』だもんね。

 だから。えっと。その。一つ、わがまま言っていい?

 ――お父様の手料理、もう一度食べたいな。




「――以上を以て、追悼式典を閉幕とする。一連の式典が終わり次第、このモニーファ広場を追悼の場として解放する。慰霊碑への献花はそこでお願いしたい」


 フォレオスの静謐な声に顔を上げる。


 左隣では可愛らしく手を合わせて一生懸命祈っているサンドラが、右隣ではお淑やかに手を合わせ神聖な雰囲気を醸し出しているイリスが、同様にそれぞれ顔を上げた。


「続いて、勲章授与・任命式に移行する。これから順次名を呼んでいくので、呼ばれた者は登壇して欲しい――サンドラ・ミリエスタ」


「さ!?」


 いきなりのご指名にサンドラの声が裏返る。

 目をまん丸くさせてこちらに恐る恐る振り向くサンドラに「ふふっ」と頬を綻ばせつつ、


「行っておいで」


 と優しく声掛けた。

 サンドラはしばらく下を向き、もじもじとしていたものの、真剣な面持ちで小さく頷いた。


「わかった……さ、がんばる」


「いつものサンドラさんでいいですからね。応援、しています!」


「い……っ!! ありがとうっ!」


 イリスの温かな激励にサンドラの目が潤み、サンドラは勢いよく駆け出していった。



「ふぉ! おまたせっ!」


「おぉっ、サンたんらしい派手な登壇だな。コホン――サンドラ・ミリエスタ」


「はいっ!」


「『紅光』という異名で親しまれるそなたは、その特異な魔法で数多の同胞を救ってきた。そしてソファラ地区襲撃事件の折には避難民を庇い致命傷を負い、死の淵をさ迷った末に生還を果たした。――彼女の偉業はここでは紹介しきれないほど数多くある。故に、騎士勲章を授けると共に名誉騎士に任命する」


「めいよきし……?」


「――――」


 首を傾げるサンドラにミネアが耳打ちしている。


 ミネアの話した内容は分からないが、名誉騎士については多分、サンドラが騎士でありながら戦わなくてよいとする口実作りの側面が強いのだろう。


 今のサンドラが騎士として再び危険に身を投じるかもしれないことに恐れを抱いていたレティシアにとって、望外の喜びだった。


「ミネア」


「えぇ、任せて。ほら、サンドラさん、こちらに」


「うん!」


 ミネアに呼ばれ近づいたサンドラの胸元に、煌びやかなバッチが付けられた。

 騎士団の正装に身を纏った騎士が剣を構えている装飾だ。


 光をキラキラ反射するバッチに視線を落として、サンドラの笑顔がよりニパっとした笑顔に変わった。


「これ、かっこいい! み、ふぉ、ありがとうっ!」


「ふふっ、おめでとう、サンドラさん!」


「おめでとうだ、サンドラ・ミリエスタ。では、レティシア・パレットの元に行ってきなさい」


「うんっ! 行ってくるね!」


 サンドラはるんるんと階段を下り、レティシア達のところに戻ってきた。


「サンドラぁ……俺……俺ぁ……っ!」


「に……? どーしたの……?」


「気にするな。発作だ」

「酷いっ!」


 何もかもが大袈裟なニックに苦笑し、かっこいいバッチを付けたサンドラを出迎える。


「おかえり、サンドラ」


「ただいま! ……ねぇ、れ……さ、ちゃんとできてた?」


「うん。満点。ほら、イリスも保証してくれてる」


「当然です。立派でしたよ、サンドラさん」


「ほんとう……?」


「――事実だ。現に……見ろ」


「くぅぅぅ……あのお転婆が…………こんな立派になっちまって…………」


「な?」


「……なんか、別の意味も含まれてそうなんだけど」


 具体的に言えば、サンドラの記憶喪失とか。


「いや。そういう時のニックはこうした泣き方をしない。もっと荒々しい」


「……これも、十分荒々しいと思いますが……」


 レティシアの目にも、ニックが目を腕で擦りながら豪快に泣いている姿が映っている。


「――フヤーヤ・ソイカン」


「は、はい……!」


 ――と、メーバルやヴィーダムを含む幾人かの騎士や兵士、国民が呼ばれていき――ヴァインが叙勲を受けた後、


「――ニック・バリウス」


「お、次は俺か」


 ニックが呼ばれ、足早に登壇する。

 その間にミネアがフォレオスに剣と鞘を渡していた。


「剣を」

「は」


 差し出された抜き身の剣と鞘を、ニックは頭を垂れてゆっくりと譲り受ける。


「ニック・バリウス。そなたを第五十七代王国騎士団副団長に任ずる」


「――」


 渡された剣を縦に構える。きらりと反射する剣に、金髪が映り込んでいるのが遠目にも分かった。


「我が忠義、御身に捧ぐ」


 それを逆手に持ち、丁重に鞘へと押し込んでいき、納剣したそれを腰に差す。

 そうしてニックは壇上を後にした。

 


「――レティシア・パレット」


「……はい」


 そして遂に、レティシアの番だ。


「自然体で大丈夫ですからね」「れ、おうえんしてる!」


「ふふっ、ありがとう、二人とも」


「レティシア――嫌だったら断っていいんだぞ?」


「ううん。これは、私がしたいことだから。心配してくれてありがと、ヴァイン」


「――そうか」


 短く応じたヴァインに頷き、ニックと入れ違いで壇上に足を乗せる。


 フォレオスを見る。厳かな表情をしている。

 ミネアを見る。薄く微笑んでいた。

 騎士の方を見る。サンドラが手を振っていて、イリスの短い頷きに緊張がほぐれた。

 ニックは泣きながら見ていて、ヴァインは直立不動。なんだかおかしかったけれど、何とか笑うのは耐えた。


「レティシア・パレット。そなたは『侵色』の異名に恥じない比類なき力と忠誠心、そして勇気を以て、我が国の未来を切り開いてくれた。――そして何より、国王たる余を『侵色』してくれた」


「――」


「その活躍、王国最高位の勲章であるソランデュー勲章を授与するに値する。国王として、感謝を申し上げると共に祝福しよう」


 そう言ってフォレオスは、レティシアの頭の左上辺りに何かを付けてくれた。

 その後フォレオスはミネアから剣を受け取り、


「次いで、ここに宣言する。この者、レティシア・パレットを第四十七代王国騎士団団長に任ずる!」


 ニックの真似をして受け取り、剣を縦に構える。

 見慣れない髪型の見慣れた自分の顔が映った。


「――王国の皆のために頑張るね」


「――」


 一瞬、瞠目するフォレオス。だが、すぐに取り直し、力強い眼で頷く。


「うむ。期待しているぞ」


 軽く頷き、逆手に持った剣をゆっくりと鞘に仕舞い、腰に差す。

 そうして色んな人の視線を、万雷の拍手を浴びながら、階段を下り、皆のもとに戻った。


「おかえりなさい! かっこよかったですよ!」

「れ! すごい! かっこよかった!」


「ふふっ、ありがとね」


「レティシア……俺ぁ……俺ぁ…………っ!」

「さっきからずっとこんな調子だ。気にしないでやってくれ」


 さっきよりも悲惨になっているニックに苦笑し、


「うん――ありがとう。ニック、ヴァイン」


「レティシア……ぐぅぅっ!」

「気にするな。――前も言ったが、困った時はいつでも言え。私は全てを賭してお前に尽くそう」


「それは嬉しいけど……家族の皆のことは放っちゃわないでね」


「ふ、無論だ。片腕でも、そのぐらい手は伸ばせるだろう。いいや、――必ず伸ばしてみせる」


「団長……あんた、そんな言い回しできたんですね……っ」


「ニック、お前は私を何だと思っているんだ……」


 依然として号泣しているニックの揶揄にヴァインの眉が下がった。


「――これを以て、勲章授与・任命式を閉幕とする――最後に、皆には余の告解と謝罪を聞いて欲しい」


「……謝罪?」

「もう戦争も終わったし、それについては謝ってくれてたよな?」

「国王陛下、俺らは平和、全然待てますよー」


「――。とある孤児院についてだ」


 それからフォレオスは、詳細な情報を省略して自身の罪を端的に語った。


 レティシアと孤児達について――関係者以外には分からないよう情報は隠しながら――戦争の道具として育成していたこと。

 先代院長を脅迫して洗脳教育をさせていたこと。

 人の名前を与えなかったこと。


「これらは全て、愚かな余の過ちだ。決して許される所業ではない」


 そう明言した上で、これからのことを話し始める。


 関係者を院長とし、孤児たちに必要な支援を授ける。

 全員に再命名する――これは既に行った。

 個別の支援が必要な孤児には国の方で対応する。

 孤児たちが人として生きていけるよう、支援を厭わない。


「無論、失われた命も時間も人生も戻らない。余の犯した罪の重さは変わらない。だからくれぐれも、これを理由に余の評価を改めてはならない。余が罪人であることに、変わりはないのだから」


 そう結ぶフォレオスに、民衆はしばしの沈黙の末、各々の反応を見せる。


「……まぁ、合理的ではあるけどな」

「もういいっすよ陛下……あなたの反省は伝わってるんで、もっと自分を労わってください……」

「自嘲してれば許されるってか? 泣き落としは通用しねぇぞ」

「言葉だけでなく、既に実行したものもありますか……今後に期待ですね」

「今更何もかも遅いわ……。さっきの戦死者の中にもその孤児たちがいたんでしょう……?」




「――。――ッ、団長、この後時間ください」


「――あぁ」


 短い応答が、重く、重く、沈み込んでいった。



 □ ■ □



 式典が終わったあと。


「で、この後はどうする予定なんだ?」


「ふふん、さたち、はんばーぐたべるの!」


「おぉ、ハンバーグか! そりゃいいな!」


「その前に、お城に戻って着替えなきゃなんだけどね」


「少し面倒ですが……この格好で食べるというのも変ですしね。仕方ありません」


 嘆息するイリスの頬をぷにっとしたくなるが、それでイリスがニック達の前でぽんこつになるとややこしくなるので、必死の思いで右腕を抑える。


「んじゃ、また会おうぜ。色々と楽しんでこいよ?」

「土産、ありがとな。皆にもくれたのだろう? ――休みたくなったら寄っていけ。相応にもてなそう」


「うん。ありがとう、ニックさん、ヴァイン」

「に、ゔぁ、またねっ!」

「またお会いしましょう」


「おう、またなー」

「ふ、また会おう」


 大きく手を振るニックと肩をすくめるヴァイン。対照的な反応で見送る二人に手を振り、レティシア達はモニーファ広場を後にした。



 □ ■ □



 そうしてレティシア達が――騎士と民衆が去っていった後。


「何で……何で、話してくれなかったんすかっ!!」


「……」


「黙ってねぇで答えてください――団長っっ!」


 密閉された個室で、男の怒声が響き渡る。

 それを一身に浴びる隻腕の男は固く口を閉ざしている。


「……何か裏があると思ってはいたんすよ。普通に育って、あんな思考になるなんて考えられねぇ。いくら戦時下だからといって、才能や世界情勢で説明のつく次元じゃねぇと、前から思ってたんすよ」


「……」


「でも……何で…………他でもないあんたがっ! 騎士道を貫く手本のようなあんたがっ! それに加担してやがるんだよっ!」


「……」


 金髪の男の激昂に隻腕の男はやはり黙するだけ。

 ――僅かに、口を開いた。


「加担……ではない。私が、父を脅迫し、監視して無理やり言う事を聞かせていた」


「は、ぁ……ッッ!?」


「見せしめとして孤児に――弟弟子に手を下したのも私だ。父の逃げ道を塞ぎ、精神的に追い詰めていたのも私だ。加担ではない」


「――」


 絶句。言葉すら出なかった。

 だがそれは肯定を意味しない。


 真顔を崩さない青髪の男の胸ぐらを乱暴に掴み、壁に押し付ける。


「だから訳わっかんねぇっつってんだよっ! それであんたに益があったのか!? レティシアを、痛みを感じない化け物にしてっ、自分の気持ちを認識できない怪物にしてっ、泣き方も分からない戦士に育てて……っ、それであんたは何を得たっっ!! あんたの言う崇高な騎士道を歪めてまでした価値があったのかっっ!? それで良心は……痛まなかったのかよ……っ」


「……姉様が救われた」


「あ゙゛?」


「姉様が救われた。価値は、あったさ」


 殴打。青髪の男の頬に渾身の一撃が叩き込まれる。


「ふざけてんじゃねぇッ!! 何がどうなってあいつの犠牲があんたの姉様の救いとやらに繋がるっつーんだッ!! 訳わっかんねぇこと抜かすんじゃねぇッ!!」


「……」


 再び押し黙る男に、至近距離での怒鳴り声は止まらない。


「価値? ある訳ねぇだろんなもんッ!! 年頃の女にあんな顔させる行いに大義も何もあったもんじゃねぇだろッ!! ……今あいつが笑えているのは結果論だ。あんたはレティシアを泣けねぇ怒れねぇ笑えねぇ女に――恥の概念を知らねぇ女に育て上げた。俺ぁ、あんたを許せねぇよ。もう一発殴らせろ」


「……好きにしろ」


「――ッ!」


 殴打。鈍い音が響き渡る。顔面を真っ直ぐ貫いた衝撃に、鼻の骨が折れる音がした。


「……それ、後でイリスの嬢ちゃんに治癒してもらってください」


 胸ぐらを離し、鼻血が流れる男をその場に残したまま、扉の取っ手に手をかける。




「……俺はあんたを信頼していましたよ。尊敬もしてました。あんたに誇れる騎士で在りたいって、常々思ってたんです」


「……」


「――良い関係だと思ってたのは、俺だけだったみたいっすね」


「……待て、ニック。それは」

「もういいっすよ、ヴァイン・パレットさん。あんたはもう騎士じゃない。ただの一般人だ」


「……っ」


「だが、最後にこれだけは言わせてください」




「――あんたの隣で初めて戦えた時、俺は……。俺は、本当に嬉しかったんすよ」


 それを最後に、金髪の背中は見えなくなった。




「……」


 一人残された男は、流れる鼻血を意に介さずに額に手をやる。そのまま壁にもたれかかるように座り込み、静かに息を吐く。


「私は……」



 □ ■ □



 式典後、王室にて。


「それにしても、あのモヴティックという青年には何か礼をしなければいけないな。ひとまず謁見申請は通すか」


「面目ないです……」


「いや、いい。そなたが余らのために動いてくれたことは分かっている。だが、次からは余らの気持ちも考えるのだな」


「そうよ、フレ君。フォレ君ったら心配のあまり部屋の中をずっと歩き回ってたんだから」


「そういうミネアこそ、取り乱して慌てふためいていた姿が、不謹慎にも愛らしくて可愛かったぞ」


「……もう、フォレ君ったら」


 目の前で愛を交わす国王夫妻に頬を緩めつつ、フレディは自分の行いを省みて、頷く。


「分かりました……次から気を付けます」


「うむ。ともあれ、そなたが無事で安心したぞ。――無理した分、二日はゆっくり休んでもらうからな」


「うっ……」


 言外に圧をかけられ、毛布の中で身体を震わせる。


「では、余は此度の顛末を国民に報せる文を考え――」

「フォレオス陛下っ!!」

「む」


 突如、扉を叩くけたたましい音と共に落ち着きのない大声が聞こえた。


「そう何度も叩かずともよい。急用だな?」


「はい……しかし、それが……」


 言い淀む伝令に、フォレオスは無言で次を促す。

 やがて意を決したようで、伝令の震えた声が再び王室内に木霊した。








「それが……っ、元騎士団長殿の――ダリウス・パレット殿のご遺体が見当たりません!」


 未曾有の凶報が、ソランデュー国王の元に届けられた。



   □■□          □■□



「ふふ、美味しいね」


「ですね。口に含む度に肉汁がぶわって溢れてきて、濃厚な味わいです。キノコと一緒に食べるともっと美味しそうな味をしています」


「それは……どうなんだろ……」


 相変わらずのキノコ愛を見せるイリスに眉を顰めつつ、いつもの私服に戻っているサンドラの方を見る。


 先程からサンドラは、ハンバーグに全意識を集中させている。その集中力たるや、レティシアとイリスの声掛けにもピクリともしないほどだ。

 イリスとサンドラ、そしてレティシアの胃袋を鷲掴みにしたハンバーグを提供しているこのお店も、以前レティシアがサンドラに連れて行ってもらったレストランの一つだ。


「――ねぇ、レティシアさん」


「ん? どうしたの?」


 見ると、イリスが頬に微かな朱を差しながら、ちらちらと忙しなく視線を行き来させている。

 口がもごもごしていて、赤らんだ頬が急激に紅潮していき、視線を外して消え入るような言葉を紡ぐ頃には顔全体に広まっていた。



「……っ。…………っ。――今日、お、お泊まりに……伺っても……いい、ですか?」


「……うん! 勿論だよ。ね、サンドラ」


「――ごちそうさまでしたっ!! え、れ、どうしたの?」


 元気よく手を合わせるサンドラに和みつつ、優しく伝える。


「イリスが今日お泊まりに来てくれるんだって」


 瞬間、サンドラはパァっと破顔した。


「ほんとうっ!? い、おとまり、してくれるのっ!?」


「え、えぇ……! そ、そうですよ……! サンドラさんさえよければ、ですが……っ」


 そう答えるイリスの顔はまっかっかだった。


「やったぁっ!! さね、すごいうれしいよ!!」

「わ」「きゃっ」

「きょうも、たーっくさん、たのしもうねっ!!」


 突如立ち上がり、サンドラがレティシアとイリスの間から顔を出し、二人の肩を引き寄せた。


「ふふっ」

「あははっ」

「えへへっ」


 それがなんだか嬉しくって、つい顔を見合せ、至近距離で笑い合った。



 □ ■ □



 それから騎士団寮への帰路に着くところで、イリスから申し出があった。


「すみません。私はここで」


「何か用事でもあるの?」


「ええ。少々所用がありまして。心配なさらずとも夜には帰ります。――帰宅次第、お部屋にお邪魔しますね」


「うん! 待ってるよ」

「えへへっ、たのしみ、だな〜っ!」


 そうしてイリスと別れ、浮き足立つサンドラと二人で街道を歩く。


 日中ということもあり、人が多い。それに服の種類も様々だ。式典の帰り道なのかドレスを身にまとっている人や、軽装に身を包む人、大きな荷物を背負っている人に、フードを被っている人も――







「――ぇ」

「れ……?」


 歩いていた足が、止まる。


 目を疑う。外套で身を覆い隠しているものの、僅かに覗かせる青髪が、歩き方が、佇まいが――レティシアの心の臓を鋭く突き刺してくる。


「お父……様…………?」


「――三百九十六……」


 こちらを振り返り、立ち尽くすお父様が――レティシアの剣によって命を落とした孤児院の元院長が、そこにいた。

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