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回想録 <イプス>

「――さて、どうするか」


 受け取ったばかりの報酬を大事に仕舞い込んで、イプスは大通りを見回した。

 クアンバド王国に併合される前は小競り合いの絶えなかった国境付近は、今では単なる領境に成り下がっている。のんびりした田舎町そのものの空気に、イプスは唾を吐いた。


(儲け話は無さそうだ)


 用心棒稼業には不向きな町だった。ここから王都に向かう道は整備が行き届いていて、巡回の警備兵までいる。隊商は多く集まっているが、みな専属の護衛を連れていて、素性の知れない日雇い用心棒に声が掛かることは少ない。


(まあ、祭りも近いし、一応覗いてみるか)


 顔見知りの商人でもいれば口をきいてくれるかもしれない。淡い期待を抱いてイプスは大通りを歩き出した。


「――どういうつもりなんだ!」


 いきなり罵声が聞こえて、イプスは身構えた。が、怒鳴られたのは通りの反対側にいる黒髪の男だった。怒鳴っているのは、小柄な男で、そいつが怒鳴る度に一人二人と周囲から仲間が集まってくる。どうみても、面倒事が起こっているのは明らかだ。


「どういうつもりかと言われても」

「言い訳するならこっちでじっくり聞いてやる」

「それは――」

「――おい、ちょっと待ってくれ」


 黒髪の男を路地に引き込もうとしていた小柄な男を、イプスは出来る限り丁寧に引き留めた。


「連れが面倒を掛けたみたいで、すまねえな。話なら俺が聞くからよ」


 イプスが浮かべた『親しみのある笑顔』は、想像以上の効果を発したとだけ、記しておく。


***


「お前はバイアム神についてどう思う?」

「別に。なんにも思わねえ」


 黒髪の男は、シャグマと名乗った。イプスとしては、小銭でも貰って別れるつもりだったのだが、シャグマは是非、礼をしたいと言って聞かなかった。それなら飯でもおごってくれと、広場の隅の酒場に入り込む。テーブル席に座ると、最初の一杯が来るより早く、シャグマは一人で話し始めた。


「そもそもバイアム神とマルティド神は、揃って初めて全能の存在である」

「へー、そうかい」

「はいよ、煮付け、おまちどおさん」

「どちらも完全なる人の世を作り上げるために――」

「お、旨いな。ねえちゃん、これ、もう一つくれ」

「はーい」

「世に乱れが生じれば即座に世界の修正に手を掛けられ――」

「なあ、あんた、それ食わないなら貰うぞ」

「好きにしろ。我々は本来の神々を取り戻すべく聖獣を――」

「ねえちゃん、もう一杯持ってきてくれ」

「はーい」

「お前、聞いているのか?」

「ああ、聞いてるぞ」


 給仕の女性が運んできた酒を呷って、イプスは頷いた。


「聖獣ってのはあれだろ、トクリム山脈に棲んでるっていう獣だろ」


 はっきり言って、シャグマの話にまったく興味は無かった。神について議論したところで、明日の食事と寝床は保証されない。適当にあしらって、飯を食い終わったら、とっとと別れるつもりだ。


「そうだ。よく知っているな」

「こう見えても俺は昔、あの辺で育ったんでね」


 言いながらイプスは自分の髪を指す。ハベト族に赤毛は珍しい。生まれ故郷では、身体も大きい赤毛の乱暴者と疎まれて育ったことまで思い出して、イプスは床に唾を吐いた。


「ほう」


 シャグマは今気づいたとでも言うように、イプスの髪をまじまじと見つめた。


「ではお前は、あの山を案内することが出来るのか?」

「案内?」

「そうだ。我々はあの忌々しい獣を見つけなくてはならない」

「あんた、頭は大丈夫か? 聖獣なんて、山脈周りのどの村の奴でも滅多に見たことは無いぜ」


 もちろん、イプスだって実際に見たことは無い。ひい爺さんは遠くから見たことがあると言っていたようだが、本当かどうか怪しい。

 だから案内なんて無理だと、暗に匂わせたつもりだったが、シャグマはまったく気づかなかったようだ。


「山を案内してくれれば大丈夫だ。あとは、神の加護とお導きがあるからな」


 それなら案内なんて要らないんじゃないかと言いかけたイプスの前に、シャグマは懐から取り出した小さな袋を置いた。ごとり、と重たい音がする。


「お前が私の前に現れたのも、神のお導きだ」


 袋の口からこぼれたのは、金貨と宝石の輝きだった。


***


「聖獣を狩ったら世界が良くなるなんて、あんたも本気で思ってるのか?」


 シャグマが提示した報酬は、予想以上だった。ぶんなぐって宝石と金貨だけ奪って逃げることもちらりと考えたが、シャグマが常に『我々』と言っていたことを思いだして踏みとどまった。ついて行けば、案の定、複数の部下が、あるいは信者か同志か、とにかく仲間が待ち構えていた。


「本気でなければシャグマと共に歩いてはいない」


 トクリム山脈へ向かう道すがら、イプスはシャグマに付き従う人々にことあるごとに問いかけた。大抵はシャグマの言葉を疑うなんてと憤慨されたが、今日話しかけたメザヤという男は、冷静に聞き返してきた。


「お前こそ、思っていないのに我々に同行したのは何故だ?」

「そりゃ、金払いが良いからだな」

「つまり我々の信仰については特にこだわりが無いというわけだな」

「そうだな」

「ではさっきの質問と、そこから得た答えはお前に何の意味があるのだ?」

「そうだなあ……」


 陰気そうな奴だと思っていたが、メザヤと言う男は、シャグマ以上に議論好きだったらしい。逆に質問攻めに遭って、イプスは日頃使わない頭をひねり回した。


「いやあ、大した意味は無いけどな。ほんとにみんな、そう思ってるのかと気になっただけだよ」

「……本気で無ければ、シャグマと共に歩いてはいない」


 メザヤは繰り返すと、話は終わったとばかりに前を向いてしまった。もう、イプスが横にいることすら忘れているかのようだった。


(なるほど)


 イプスがメザヤを用心し始めたのは、このときからだった。


***


「みぃ」

「今度はそっちか」


 可愛らしい鳴き声を道先案内に、イプスは再びトクリム山脈の山中をさまよっていた。


「みぃー」

「わかってるよ。俺はお前みたいにそんなに速く歩けねえんだよ!」

「みぃー?」

「前に歩いたからって今も同じに歩けないんだよ。昔は……もっと若かったしな」

「みぃ」

「その同情的な鳴き声はよせ。殴りたくなる」

「み」


 ティーネは了解したとばかりに短く鳴いて、イプスの前を跳ねるようにして進んでいく。

 イプスは大きく息を吐いて、足を前へと踏み出した。

 いま、イプスはティーネと一緒に山歩きの最中だった。早く帰ってきてねと、しょんぼりと見送ったミオンの顔が脳裏から離れない。どんなに急いでも十日はかかる行程なので、最初はミオンも一緒に行くと言って聞かなかった。しかしこの山歩きは街育ちの少女には無理だ。アビアナと、アローザとティーネにまで説得されて、ようやくミオンは留守番を承諾した。

 別にイプスだって、ミオンからティーネを引きはがしたいわけではなかった。

 かつての仲間ですら分からなくなってしまったシャグマの墓の場所を、聖獣なら分かるのではないかとアローザに相談したのが、事の発端だった。

 結論から言えば、聖獣たちは正確な場所が分かると答えた。しかし、どの獣も案内したがらなかった。過去に剣を向けられた遺恨もあるし、単純にイプスが怖いという理由もあった。

 唯一、イプスに対して遺恨も恐怖も抱かなかったのが、ティーネだけだったのだ。ティーネは仲間から場所を教わると、一度も訪れたことも無いのに迷わず進んでいく。これが獣の勘なのかと、イプスは舌を巻くばかりだ。

 しかし問題が一つだけあった。聖獣の子供は成長が遅い。離宮に越してきてから数ヶ月経つが、ティーネはまだ子猫サイズから脱していない。おかげでちょくちょく見失うのだ。


「おい、ちょっと待て。先に行きすぎだ」

「みぃ」


 木の陰からひょっこりと顔を出したティーネは、得意げに見えた。


「なんだその顔は……まさか、ここか?」

「みぃ!」


 ティーネが顔を出していた木に手を掛けて反対側を覗けば、唐突に開けた場所になっていた。木が数本倒れて交差した奥に、目印のように石が乱雑に積み上げられている。


「……」


 誰かに迎えられたような気がした。だが誰もいない。気のせいだ。

 ゆっくりとイプスは進んだ。ティーネはちょこんと座ったまま、動かない。そうか、二人きりにしてくれるのか――幼い獣の心遣いに感謝しつつ、イプスは石積みの前に立った。


「よう。ここにいたのか」


 イプスは背負っていた荷物の中から一瓶の酒を取り出して、どっかりと座り込んだ。


「驚いたか? 俺を連れてきたのは、お前が狩ろうとしてた聖獣の仔なんだぜ?」


 瓶の蓋を開けて、石積みの上から惜しげも無く振りかけた。滅多に酒を飲まなかったシャグマが、特別な日にだけ飲んだ、極上の酒だ。


「あんたにいろんな事を教わったな。俺も、一つだけあんたに教えてやれることが出来たよ」


 立ちこめる酒の香りが、様々な過去を蘇らせた。狂信的で、理性的で、誰よりもバイアム神のために祈っていたシャグマのために、イプスは祈った。


「神様ってのは、意外と小心者だったぜ。あれは好きかこれは好きかって、いちいち出来映えを訊いてくるんだ。俺に花のことを訊くなんて、笑っちまうだろ?」


 最後の一滴まで掛けると、イプスは一時、目を閉じた。巫女であれば、風の囁きに乗せられた神の言葉を聞き取れたのかもしれないが、イプスにはまだ無理だ。

 また来ると囁いて、イプスは目を開けた。


「――よし、帰るか」

 第一回墓参りはこれで終了だ。空瓶を閉まって振り返れば、小さな灰色の獣が元気に返事をした。


「みぃ!」


 その声は、離宮で待っているミオンの耳にも届いた、かもしれない――。

前回から長くあいてしまいましたが、お読みくださってありがとうございました。

書いた本人も予想外のイプス回想録です。

ちょっと格好つけすぎたかもしれませんが、たまにはいい所も書いてあげないとですね。

そろそろ他の作品も書いてみたいと思い始めているので、次回の予定は未定と言うことで。

ありがとうございました!

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