#38
それから二日後――
ついに、再び旅立つ日がやってきた。
剣工ギルドの仲介を経て、ルティアに送った支払いに関する手紙の返事が届き次第、二人は街を出発することになっている。
ギルドの待合室で、出された茶を飲みながら待ち続けていると――
「アレスさん、レイチェルさん、お久しぶりです!」
その声に、アレスは思わずお茶を吹き出しそうになり、レイチェルに至っては気管にお茶が入って大変なことになってしまった。
咳き込んで何も喋れないレイチェルの代わりにアレスが訊ねる。
「ルティア! 俺たちに接触して大丈夫なのか? その、村での立場とか――」
そう言いかけたところで、アレスはルティアの格好が明らかにおかしいことに気付いた。
これまで見たどの服とも違う、とにかく丈夫さを重視した厚手の服装は、不思議と似合ってはいるものの普通は街中で着るようなものではない。
そして何やら大荷物を積んだ荷車を牽いているが、積んでいるのは材料の類などでは、身の回りの道具類が入っていそうな袋だった。更には売り物と思しき剣も何本かと、鍛冶道具セットのようなのもまで積まれている。
「ひょっとして、村を出るつもりなのか? まさか俺たちのせいじゃ――」
「あ、いえ、村を出るのはその通りですが、アレスさんたちのせいっていうのとはちょっと違うんです」
その表情から察するに、どうやら追い出されたとかそういう話ではないらしい。冷静にルティアの立場を考えれば、村としてみればむしろ必死で引き留めようとするのが普通ではないだろうか。少なくともアレスが村長の立場ならそうする。
「実は私、昔から夢だったことがあるんです。この街や村だけではなく、もっと別の大きな街なんかを巡って、いろいろな剣の工法や、実際の作品なんかを見て回りたいんです」
「ええと、何故わざわざこのタイミングで?」
「理由は三つあります。一つは、アレスさんたちと会っていろいろ刺激されてしまって、どうしても外の世界を見て回りたくて我慢できなくなったんです。二つ目は、アレスさんのおかげで路銀の目途が立ったことです。今までは食べて行くことと工房を維持することで精一杯だったんですが、これで少し将来的にも余裕ができました」
十万ソルという金額は、聖剣という戦略兵器につけられる値段として考えれば破格の安さかもしれないが、一般人から見れば間違いなく「一財産」だ。うまくやりくりすれば、確かに年単位で旅に出ることも可能だろう。
「そして三つ目なんですが……アレスさん! レイチェルさん! どうか、私を連れて行って下さい!」
「……は?」
アレスは思わず間の抜けた声を出してしまう。
「いや、あの、俺たちの旅は……」
「アレスさん、聖剣士様でありながら現役の用心棒でもあるんですよね?」
「ま、まあ用心棒ギルドには所属しているから、そういうことになるのかな」
「でしたら、是非仕事を依頼させて下さい。行く方法やルートはアレスさんに任せます。報酬は、聖剣の代金分から差し引くという形でいかがでしょう?」
言葉に詰まるアレスに向かって、ルティアは更に畳み掛けてくる。
「私がアレスさんたちに付いて行って、街に立ち寄った時を見計らって各地の親方さんを訪ねたり、いろいろな武器を見て回ったりするんです。さすがに一人旅が無謀なのはわかっているので、護衛を兼ねてお願いしたいんです!」
実を言えば、用心棒に頼む依頼としては――アレスが王国聖剣士であるという点を差し引けばの話だが――そこまで無茶な依頼ではない。行き先が用心棒側の裁量に任せられるというのはあまり例がないが、これはむしろアレスの側の事情を汲み取っての申し出だろう。
「……もし、断ったらどうするつもりだ?」
アレスがそう訊ねると、ルティアは少し声のトーンを落として答えた。
「その時は、街の用心棒さんたちに頼みます。ちょっと心配な人たちですが、他に手はありませんので……」
その答えに、アレスは嫌な予感を覚える。そもそも用心棒というのは、ならず者と紙一重の存在である。確かに街から街へ一般人が移動するとしたら、何かしらの形で用心棒を雇うのが当然ではあるのだが、アレスが見る限りでは、この街の用心棒というのは、他の地方と比べてもどうにも質が悪すぎる。若い女性が一人で護衛を依頼するという状況に限って言えば、危険度は「ちょっと」どころでは済まないだろう。
ようやく咳き込み終わったレイチェルも、似たような考えに至ったらしい。話に割り込み、そして妙に自信満々に告げてくる。
「それはあまりにも危険すぎませんこと? わたくしがその用心棒の立場なら、間違いなくルティアを人気のないところに連れ込んであんなことやこんなことをしてしまいますわ」
「うん、お前はいいからお茶でも飲んで落ち着いてろ」
アレスはレイチェルの頭をぽんぽんと撫でながら、しかし一般論としてはレイチェルの言うとおりだとも思った。いくらハンマーで返り討ちにできる可能性が高いとはいえ、その後の対応を考えると大変な事態であることに変わりはない。
この場で依頼を断るのは簡単だ。しかしこれまでの行動から推測できるルティアの性格から考えて、彼女の旅立ち自体を思いとどまらせるのはおそらく不可能だ。
その前提で考えると、今後も大将軍派やら深淵党やらの追っ手が迫ってくることを考慮に入れたとしても、実は自分が連れて行くのが「比較的」最も安全である、という結論はどうやっても覆せそうにない。それどころか、本来の護衛対象であるレイチェルの身の安全という点から考えても、仮にも霊剣士であるルティアが仲間になれば、道中の安全度が飛躍的に増すのは間違いない――そもそもからして、二人旅より三人旅の方が安全なのは当たり前である。
「――わかった。とりあえず報酬や細かい条件について詰めて――」
「アレスさん、ありがとうございますっ!」
「あら、お受けになるんですの? し、仕方ありませんわね、そういうことならこのわたくしが面倒を見て差し上げますわ」
「いやいやまだ受けると決まったわけではないぞ。あくまでこれから条件を詰めてだな――というかレイチェルも嬉しいのはわかったから泣くな!」
今まで以上に疲れる旅になることを予期――というより確信しながら、アレスは大きくため息をつき――
そして条件を記すための紙をテーブルの上に広げ、最初の一文字を書き記した。
-完-
本編はこれにて完結となります。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。
(次話以降はおまけの設定資料集となります)