#37
この状況では街で夜を過ごす気にもなれず、二人は戻って来たばかりのテントで野営する形で夜を過ごした。
翌日、街に着いた二人は腹ごしらえのため、この街に最初に来た時に立ち寄った酒場へと足を運んでいた。
「とりあえず、剣の代金の支払い方法について取り決めをしなければならないわけだが……さすがにこの状況で直接会うわけにもいかないからな。手紙でのやり取りで可能だろうか?」
「そもそも、あと何日ほどこの街に居られるんですの?」
「三日後……いや、できれば明後日には発ちたいな。こういう時は、やはり剣工ギルドを頼るのが筋だろうか?」
現金を一括で口座に振り込めるなら苦労は無いが、そのためには領地を担保にして金を借りる他に無い。それこそ手続きに最低でも二週間はかかるであろうことを考えると非現実的だ。
となれば、分割払いとして定期送金する取り決めを行う必要があるが、商会相手ならともかく、個人の職人相手にそのような契約を行うのは初めてだった。
そんなことで悩んでいると、一人の青年がいかにも軽い感じで声をかけてきた。
「おや、この間の剣士さんじゃないか。無事、お望みの剣は買えたのかい?」
「あら、あの時の……確か残念奏のヴィンさん、でしたかしら?」
「二重奏だよ二重奏。ひょっとしなくてもわざとやっているよね?」
レイチェルのあまりといえばあんまりな言い草に対して苦笑する青年に、アレスは丁寧に頭を下げる。
「あんたのおかげで助かった。期待を大きく超える品を手に入れることができた」
「お礼なら結構、代わりに工房の名を世の中に広めてくれれば十分さ。ついでに、良かったらその剣を見せてくれないかい?」
「ああ、実は二本あるんだが――」
まずは腰から吊っている霊剣もどきを鞘ごと外し、青年に手渡す。受け取った青年がそれと途中まで抜いた瞬間、それまでの軽薄そうな表情から一点、見るからに真剣そのものの表情となった。
「これは……ひょっとして、元は八闘神向けに作った霊剣じゃないのかい? 何故霊剣になっていないのかが謎だけど……ってこの刃こぼれは一体どうやって作ったんだい? まさか、何か強力な聖剣とか魔剣とかと切り結んだりでもしたんじゃないだろうね?」
「いやまあそのまさかなんだが……よくわかるなあんた」
青年は剣を鞘に戻してアレスに返してきたが、その手が若干震えている。
「で、もう一本の方はその背中のやつかい?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
今度は背中の剣を外し、少しだけ鞘から抜いた状態で青年に手渡す。
「その渡し方をするということは、これは霊剣……いや違う、これは聖剣か! それも……これはただの聖剣じゃない……いや、聖剣がどうとかそういう範疇ではない……」
先程よりも目に見えてガタガタと震える手で、青年はアレスに聖剣を返した。そしてやおら立ち上がると、空に向かって――実際には室内なので天井に向かって――大きく吠えた。
「俺はやったぞ! 親父めざまあ見ろ! てめぇができなかったことを俺はやったんだ! この失敗者め! 成功したのは俺だ! 勝ったのは俺だ!」
他に客がいなかったのが幸いだが、店員は明らかに迷惑そうな表情で耳をふさいでいる。
「……残念を通り越して、ついに壊れてしまいましたの?」
本気で心配そうに訊ねるレイチェルをよそに、アレスは何となくこの青年の正体に気付いていた。そして高笑いを続けながら店を出て行くその背中を、ただ黙って見送った。




