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#35

 煙の向こうから姿を現したのは、開放状態の聖剣を携えた、アレスにも見覚えがありすぎるほどにある人物だった。

「隊長! どうしてこんな所に?」

 アレスが驚きの声を上げると、アルンハイム隊長は物言わぬティダーの骸を見下ろしながら答えた。

「どうも深淵党が暴れまわっているというから、彼らの後を付けて行ったりして、アジトを制圧した訳だ。まあアジトと言っても大きめの山小屋みたいなもんだったがな。隊員にご……尋問して、ここに転がってる親玉の動きと、そして目的を突き止めたというわけだ」

 飄々と告げるその様子に、アレスは思わず戦慄する。いかにティダーが弱っていたとはいえ、融合状態にすらなっていない聖剣の一撃で、あの恐るべき魔剣の耐久力を削り切ってしまったのだ。

「ところで……そちらの彼女、ずいぶんと辛そうじゃないか?」

 言われてふと目を向けると、レイチェルの顔色が目に見えて悪い。ただでさえアレスの聖剣が融合状態になっている上に、更に隊長が開放状態の聖剣を構えているのだから、当然と言えば当然かもしれない。

「いや、これは……」

 アレスが口を挟もうとしたところで、突然隊長の全身が輝き――そして次の瞬間、全身が金縁の白に輝く鎧に包まれていた。

 そこから放たれた聖なる力に耐えきれなくなったのか、レイチェルはその場にへたり込み、顔面を蒼白にしている。

「隊長、一体どういう――」

「残念ながら……やっぱりあいつらから聞き出した情報は正確だったみたいだな。で、お前も既に事情をある程度掴んでいる、と」

「まさか……」

 アレスは息を呑む。

 まさかこの隊長までもが、レイチェルの命を狙うとでも言うのか。

「お前にとって、彼女が一番大切だということはわかっている。だから今更お前を説得してどうこうする気はない。無駄だと分かり切っているからな」

「本当に、レイチェルを殺すつもりなんですか?」

「ああ。俺にとって一番大切なのは、この国の平和と民の命だ。彼女を消すことで内乱の危険を減らせるなら、女子供だろうが王族だろうが、斬ることに躊躇いはない」

 言うや否や、隊長は問答無用とばかりに斬りかかって来る。ルティアやティダーなどとは比べ物にならない速度に、アレスはギリギリのところで受け止めるのが精いっぱいだった。

「くっ!」

「ほう、今の一撃を受けるとは、一年でだいぶ腕を上げたな」

「隊長は――まさか、王族の血を引く者を皆殺しにするつもりですか!」

「必要とあればそうするさ。だが、今のところ継承権持ちとして複数の陣営に知れ渡っているのは彼女だけだ。他もリストの写しが出回っていたりするが――」

 そこまで告げたところで距離を取り、再びとんでもない速度で斬りかかって来る。

「調査資料の原本を燃やして、あとは偽リストでも大量にばら撒けば真相を知る手段はなくなるわけだ。そうなりゃ後は王家の傍系に養子入りした、悪魔の血を引いてない継承権者をどうにかして祭り上げれば何とかなる。一旦そうなっちまえば、後は世間にバレたところでどうにかなるさ」

 理屈の上では通ってはいるが、実現の難易度はとてつもなく高そうで、だいぶ時間もかかりそうな計画である。

「そこまでして――一体、何を恐れているんです!?」

「大将軍派の狙いが判明したんだよ。奴ら、彼女の身柄を確保した上であの力を発現させて、悪魔の血を引く証拠として衆目に晒す気らしい。深淵党はその情報を掴んで、先手を打って『保護』すべく動いてたという話だ」

 仮にそれが事実だとして、大将軍の真の目的が権力奪取なのか、それとも敬虔な武天使信徒としての使命感によるものかは不明だが――いずれにせよ、そんなことをすれば王国の情勢は今以上に混沌とし、下手をすればそれこそ内戦一直線だろう。政治にそれほど詳しくないアレスでもその程度のことはわかる。

「本当ならお前の口も封じておくべきなんだろうがな、さすがにお前が自分から触れて回るとも思えんからな、あえて殺しまではしないさ――しかしその剣は砕かせてもらうぞ。為すべきことの最中で、寝首を掻かれでもしたらたまらない」

 そう言うと、隊長はひときわ強力な一撃を打ち込んできた。回避が間に合わず、アレスは何とかこれを防ぐ。しかし、力の余波を防ぎきることができず全身に痛みを覚え、同時に脳裏に小さな悲鳴のようなものが聞こえてきた。

『あたっ! うーん、これはまずいね』

『どうした?』

 天使フィリエルの心の声に、アレスも心の中で語りかけるようにして返す。幸いにして読み取ってくれたらしく、彼女は続けて語りかけてくる。

『向こうの剣に宿っている天使、どうもボクより明らかに上位っぽいんだよね。キミたちの言う所の、ええと、弐次元天使ってやつ?』

 言われてみれば、隊長の持つ聖剣は誰がどう見てもわかるほどの、とてつもない高級品であるようだ。おそらく刀身は純聖銀製、細かな意匠にも並々ならぬこだわりが見られる。アレスが前に使っていた聖剣も確か同じ弐次元天使が宿っていたはずだが、それとは明らかに格の違う代物だろう。

『ひょっとして、このまま受け続けると危険なのか?』

『まずい点は二つあるんだ。一つは、このまま何度もぶつかるとボクが剣から叩き出されちゃうかもしれないっていう危険性。同系列の上位だったら一発だけでもヤバかったけど、異系列だからまだ何とかなってる。もう一つは、あまり長引くとレイチェルちゃんが持たないかもしれない。ボクの力はできるだけそっちに向かわないよう抑えてるけど、あっちはお構いなしだからね』

「くっ!」

 アレスは思わずレイチェルの状態を確認したくなるが、さすがにそんな隙を見せられるような生ぬるい相手ではない。あくまで剣の技量に関して言えば、まともに勝負して勝てるはずの相手ではないのだ。

『だから、何とかして短時間でこの状況を打破するしかないよ。ボクが叩き出されるのが早いか、レイチェルちゃんが力尽きるのが早いか、それとも――』

『仕方ない、勝負をかける! 頼むからしばらく耐えてくれ!』

 アレスは決意すると、隊長の懐に飛び込むくらいの勢いで猛然と打ち込んだ。格上相手に確実性の低い勝ちを拾いに行く戦法で、とにかくガードをこじ開けるべく遮二無二攻撃を仕掛けて行く。

 これにはさすがの隊長も面食らったようで、一時的とはいえ防戦一方に回っている。だが、このような無茶な攻めは消耗が激しく、そう長く続けることはできない。向こうはそれを承知で、とにかく確実に防いでしのごうという腹なのだろう。実際それは極めて有効な対処法ではあるのだが。

 だが、何とか無理矢理こじ開けた一筋の隙間に、これまた無理矢理すぎる突きの一撃――先日、グレンに対して放ったものより更に鋭さを増したものをねじ込むことに成功した。隊長の頭を右下から狙うような角度で、もちろん生身であれば即死コース、融合状態とは言えかなりの深手を狙うことができるだろう。

 これが間違いなく最初で最後のチャンスである。アレスは渾身の力を込めてこの一撃を突き通す――

 しかし、隊長は紙一重のタイミングで反応し、上体を強引に逸らして回避を試みる。抉り込むように突き出されたアレスの剣先は、隊長の兜の表面を深く削り取ったものの――この兜の聖剣の一部であるためダメージは入るのだが――戦闘不能に至るほどの傷には至らなかったようだ。

 体勢が崩れたアレスに、隊長は最大のチャンスとばかりに最大威力の攻撃を叩き込むべく振りかぶってくる。回避は絶対不可能、防ぐにしても天使が聖剣から叩き出されるか、そうでなくても防いだ剣ごと押し込まれて頭をかち割られる可能性が非常に高い。

 だが、この状況に活路があるとすれば――

『先に言っておく――痛い思いをさせて申し訳ない』

 そう天使に謝ると、アレスは隊長の振り下ろしを真正面から、しかも全力で迎え打つ構えに入った。

 隊長はおそらくこの一撃で、確実にこちらの聖剣を叩き折るつもりだ。もちろん、この一撃で天使が叩き出されてしまえばそれまでだが、そうでなければ――少なくとも剣本体は、あのルティアが全力で作ったこの作品ならば、きっと一撃に耐えて残ってくれるだろう。

 そうなれば、再び反撃のチャンスが訪れる可能性もゼロではない。そのためには、ただ耐えるだけでなく、それこそ弾き返すつもりの一撃で迎え打たねばならない。もちろん、そのことによって剣が折れる確率は高くなるが、そこは信じるしかない。

 覚悟を決めたアレスは、振り下ろされた隊長の聖剣に対して全力の一撃を叩き込み――

 何かが音も無く断たれたような感触とともに、アレスの頭上に無情な攻撃が迫る。

 それはアレスの脳天に直撃し――アレスが知覚することのできた事象は、そこで終わっていた。


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