#27
動揺する四人に向かって、アレスは追い打ちをかけるような言葉を投げかける。
「そいつが持っている剣は、俺が今使ってる剣と同じ製法で作られた代物だ。普通の剣でまともに打ち合えると思うなよ」
あてずっぽうではあるが、おそらく事実だろう。それを察した四人の動きが、目に見えて及び腰なものになる。これでだいぶ時間を稼ぎやすくはなっただろう。
とはいえ、ルティアは「剣という道具」の扱いには非常に精通しているようだが、「戦い」そのものの玄人ではない。一人の武器を折ったとはいえ、稼げる時間はおそらくわずかだ。それに、先程から黙って背中にしがみ付いているレイチェルの体力にも限界がある。あまり戦いが長引くと、力尽きた彼女を振り落としてしまうかもしれない。
一気に形勢を逆転させるべく、アレスは猛然とティダーに向かって打ち込んだ。斬り込みを防がれるたびに剣から嫌な音が響き渡るが、この場は剣の耐久力を信じて突き進むしかない。
そのあまりの攻勢に、ティダーも半ば呆気に取られるような様子で、じりじりと押し込まれていった。どうやらこの魔剣は純粋な破壊力に特化されているらしく、その一撃を身に受けることがなく、かつ剣がへし折られたりすることでも無ければ、魔剣であるが故の有利というものが特段存在するわけではない。
つまりは純粋な技量勝負ということになり、これはレイチェルを背負っているという不利を差し引いたところで、なおアレスの方にわずかながら分があるようだった。しかし念には念を入れ、いち早く融合状態を引き出すため、更に挑発を重ねるべく情報を聞き出しにかかる。
「そういやさっきお前は、俺を始末すると言っていたな。レイチェルを連れ去るってのとは別に、だ。一体どういうつもりだ? こいつをさらうために俺が邪魔、というだけではないのか?」
「……」
その問いにティダーはしばし無言だったが、やがて歯を食いしばるようにしながら返答を発する。
「……貴様のような奴が」
「……何だ?」
「貴様のような奴が、人殺しの腕だけでのし上がったような奴が、日の当たる所で英雄面しているのを見ると反吐が出る! 世の中のゴミどもが抱いている幻想が、幻想に過ぎないことを証明してやるため、俺は貴様を殺す」
ティダーの言葉に、アレスは思わず深い理解と共感を覚えていた。
実際、ティダーの腕前は見事なものだった。捧武会に出れば、その年のレベルにもよるが剣聖の座を狙うに足るだけの力は秘めているだろう――だが彼にはおそらく何らかの、日の当たる世界に立つことのできない理由があるのだ。
そもそもアレス自身にしたところで、「父親が反逆者」というレッテルにより、下手をすれば日の当たる世界で生きることを禁じられていたかもしれない。そうならなかったのは先代国王による温情措置をはじめとする、数々の要因により薄氷の上で成り立った因果によるものである。
だが、その上であえてアレスは、その考えと裏腹の言葉を口にする。
「要するに単なる僻みだな。これだけの腕がありながらどうして自分はチヤホヤされないんだ、といったところか? その程度の実力で笑わせるな」
そして、精いっぱいの冷笑を浮かべて見せる。普段のアレスを知っている者からすれば見え見えの演技だが、しかし既に頭に血の昇っているティダーに見抜けるはずがなかった。
「……殺す」
何とかそれだけの言葉を絞り出すと、ティダーは魔剣を真上に掲げた。するとその刀身が光り輝き、そこからあたかも朱色に輝く液体のようなものが溢れ出し、彼の全身を一気に包み込もうとする。
この瞬間を待っていた、とばかりにアレスはティダーに背を向け、ティダーの様子に気を取られていてた四人のうちの一人に一気に距離を詰め、顎の先に剣の柄を叩き込む。
顎を砕かれた男が倒れるよりも先に、二人目の男の目の前に踏み込み、左の拳で鳩尾に重い一撃を叩き込む。次いで、斜め後ろにいた三人目の側頭部に蹴りを放ち、正確に命中させて昏倒させた。
残る四人目が我に返り、蹴りを放ったばかりの姿勢のアレスに横から斬りかかるが、事態を察して動いていたルティアの懐刀の刃先が、一瞬早く首筋に突き付けられて動きが止まる。振り返ったアレスが手早く男の手から剣を叩き落とし、そのまま左手で首筋の血管を圧迫して素早く締め落とす。
そして包囲が完全に解かれたと見るや否や、ルティアは村に向かって全速力で駆け出した。
一瞬遅れて、ティダーの融合が完了する。全身がぎらついた半透明の朱色の甲冑に覆われた、どことなく昆虫を思わせるような姿は、狙うべき相手を探すべくぎょろりとした視線を辺りに彷徨わせた。
ルティアの逃げ足はそう簡単に追いつける速度ではなかったが、融合状態になった者は時折とんでもない運動能力を見せることがある。万が一を考え、アレスは進路に割って入ろうとする――
が、ここでティダーは思わぬ動きを見せた。どこかに隠し持っていたと思しき一本の太く長い針を取り出すと、全速力で逃げ続けるルティアの背に向けて投げつけたのだ。
ルティアもさすがにこれには気づくはずもなく、針はルティアの左腰のあたりに命中し、それなりに深く突き刺さっていた。一瞬痛みに身をよじらせながらも、何とかそのまま駆け抜けようとするが、数歩進んだところで目に見えて足取りが重くなる。
「まさか――毒かっ!?」
「ただの痺れ薬だ、人によっては呼吸や心臓が止まることもあるがなっ!」
そう告げると同時に、融合状態となったティダーはアレスに一撃をお見舞いした。アレスは何とか剣で防ぐが、先程までに数倍する威力の攻撃を受け、身体ごと大きく後ろに吹き飛ばされる。
「しまった!」
アレスは何とか背後のレイチェルを下敷きにしないよう、身体をひねって着地することに成功したが、その間にティダーは動きの鈍ったルティアに一気に追いすがり、そのまま首筋を捕まえて地面に引きずり倒した。
そして、うつ伏せに組み伏せたルティアの首筋に剣先を突き付けると、アレスたちに向けて宣告する。
「あははははは! 仮にも『元』聖剣士様ともあろう奴が、小娘の身一つ守れないとはな! というわけで取引と行こう。こいつを殺されたくなければ……要求は二つだ。同志レイチェルの身柄と、そして――貴様の命、と言いたいところだが、この場で貴様自身の右腕を斬り落としたら、命だけは助けてやろう。その馬鹿みたいに頑丈な剣を使えば、左手でもそのくらいはできるだろう?」
しかし、アレスが何かを言うよりも早く、先に動いた者がいた。
いつの間にかアレスの背中から降りていたレイチェルが、ふらふらとした足取りで、ルティアに剣を突き付けたままのティダーの方に向かって行く。
「……ルティアを……その子を返して……」
「待てレイチェル!」
アレスがレイチェルの肩に手を伸ばして止めようとするが、その動きに反応したティダーが剣の切っ先をルティアの首筋に触れさせた。
「貴様は邪魔をするな。無駄な血を流したくなかったらな」
「……深淵党は、レイチェルを連れて行って一体どうするつもりなんだ」
「同志を保護するためだと言っているだろう。そして我々と理想を共にし、かつての栄光を取り戻すのだ。愚かな先王エドワード六世は歴史を忘れ、同志を裏切り、我々に散々辛酸を舐めさせた。そして太子であったギルバート三世をも我々から遠ざけ、我々の衰退を永遠のものとすべく企んだ――二度と同じ轍を踏んではならない」
「……? 一体何がどういう……」
「どうやら貴様は何も知らないらしいな。エドワード六世と違い、発現度の高かったギルバート三世は何とか我々の側に引き込もうとしたが――その試みは自体惜しくも失敗したが、念のために打っていた手が功を奏したというわけだ」
そうこう話しているうちに、ふらふらと歩みを進めていたレイチェルは、間もなくティダーの間合いに入りそうな位置にまで達していた。
「そしてその成果を、ようやく同志として迎え入れること――がっ!?」
突然、胸を抱えて苦しみ始めたティダーの様子に、アレスは最初何が起きているのか理解が追いつかなかった。
一瞬遅れてわかったのは、どうやら何か細いものに胸を貫かれているらしいということ、そしてそれは融合状態の産物である半透明の鎧ごと突き抜かれている、ということだった。
ひょっとしてルティアが隙をついて懐刀を突き刺したのかとも思ったが、いくら業物とはいえあの鎧を真正面から突き抜くほどの貫通力を、ただの鋼が持ちうるはずもない。だが、他にそんなことができる者など――
そう考えるアレスの目前で、レイチェルはゆっくりと右手を引いた。人差し指から長細い針のように伸びた爪が、ティダーの胸から引き抜かれる。
いつの間にか、レイチェルの銀色の髪がゆらゆらと舞い上がり、ほのかに紅い光を帯びている。そして開口一番、わずかにかすれた低い声でこう告げた。
「返せと言ったのが聞こえなかったのですか」
一方、胸を貫かれたティダーは、組み伏せていたルティアを放置したまま慌てて距離を取り、レイチェルに向かって魔剣を構える。融合状態であるため、実質的なダメージは魔剣が負っているのだろう。細い針状のもので胸を一度貫かれた程度では、まだまだ耐久度に余裕があるはずだ。
「くっ……まさかこのタイミングで覚醒するとは……だがどれだけ発現度が高かろうと、魔剣相手に素手で立ち向かうなど」
「誰が喋っていいと言ったのですか?」
レイチェルはそう告げると、無造作に右手を振るった。今度は四本の爪が伸び、ティダーの胸元に四筋の深い傷を刻み込む。
「ぐっ!?」
ティダーはたまらず膝をつきそうになるが、しかし一方的にやられていたばかりではなかった。レイチェルの四本の爪のうちの二本が、目にもとまらぬ速さで振るわれたティダーの魔剣によって断ち切られていた。
「ほう……わたくしに傷をつけるとは。死にたいのですね?」
「レイチェル、その姿は一体……?」
アレスが問いかけるものの、レイチェルの耳にはまるで届いていないようだった。
「ふん、覚醒したくらいで調子に乗るな、同志レイチェル。貴様にはいろいろと教えねばならんことがある。力ずくでも来てもらうぞ」
「――どうやら何も弁えていないようですが、教育する時間も惜しい。潰します」
そう告げつつレイチェルが一歩進み出た瞬間――
「あそこだっ! この間の悪魔野郎で間違いない!」
「おい、あそこで倒れてるのルティアちゃんじゃないか!?」
そんな声とともに、遠くから二人ほどの足音が聞こえてきた。どうやら全速力でこちらに向かって走って来ているようだ。
「あの声は、村の霊剣士どもか――さすがに多勢に無勢だな」
ティダーは小さく舌打ちすると、一気に後ろに向かって跳躍した。そしてそのまま身を翻し、生身の人間では出せない速度で駆けて行き、あっという間に姿を消した。




