#26
既に日は傾きかけており、診療所に二人を迎えに行くと、二人とも既に元気を取り戻しているようだった。とはいえ、ルティアはともかくレイチェルの方はまだ万全とは言い難い状況らしく、顔色も好調の時と比べるといくぶん紅みが少なく見える。
今晩はこの街に宿を取ることも考えたが、出入りの警戒が緩いモフトの街では、寝込みを襲われる危険が無いとも言えない。それであれば、少なくとも襲撃されれば気付くであろうティティスの村の方がまだ安全度は高いと思われる。
だが、あの山道をレイチェルに歩かせるのは厳しいだろう。というわけで――
「お兄様、もう自分で歩けますわ。こんな姿をルティアに見られるなんて……」
アレスに背負われたレイチェルが抗議の声を上げるが、アレスは聞く耳を持たない。
「それでまた倒れられたらかなわんからな。大人しくしていろ」
相変わらず不安になる軽さと細さのレイチェルを背負いながら、アレスは疲れを見せない足取りで山道を登って行く。
「アレスさん、さすがに往復ずっとは大変でしょうから、途中で代わりましょうか?」
「いやまあ、いくら軽いとは言っても大して身長の変わらない君が背負うのは――」
そう言いかけたアレスの声を制するように、レイチェルが慌てた口調でまくし立てる。
「そ、それには及びませんわ。この手のことはお兄様に任せておけばよろしいのですわ。る、ルティアに背負われて運ばれるなんて、そ、そんな恥ずかしいことは」
「いいから落ち着け」
これはルティアと別れる際に一悶着あるだろうな、とアレスは心の中でため息をつく。もしもルティアが男性であれば、レイチェルの将来の嫁ぎ先の有力候補になっただろうに、などと益体も無い考えに至ったところで――
「……ルティア、そこを動かないでくれ。レイチェル、俺の背中にしがみついていろ。――そこで隠れている奴、出てこい」
アレスが道のわきの茂みに向かって告げると、隠れるのは無駄と悟ったのか、顔に布を巻いて隠した四人の男が歩み出てきた。
先日、ルティアと二人で街に行く途中に出てきた連中に似ているが、あの時退いたにも関わらず何故再び出て来たのか――そう考えいてたところに、奥から五人目が姿を現した。
「久しぶりだな聖剣士。いや、聖剣を失った今はただの剣士か。あの爆発でまだ生きていたとはな」
「お前は、あの時の魔剣士――」
姿を現した五人目の男は、他の四人と同じように顔を布で隠しているが、その眼光と、そして右手に構えた禍々しい朱色の刀身を持つ魔剣は見間違えようもなかった。
「てっきり街に泊まるのかと思って、寝込みでも襲ってやろうと思ったんだがな。まさかこんな途中でばったり出くわすとは思わなかった」
「――お前は何者だ? 何故俺たちを狙う?」
アレスの問いに、魔剣士は「ハッ!」と嘲るような声とともに、布で隠されたその顔に獰猛な笑みを浮かべた。
「貴様の質問などに答えてやる義理はない……とはいえ、俺の襲撃を受けて生き延びたのは貴様が初めてだ。褒美に、これから貴様を殺す人間のことくらい教えておいてやろう」
そう告げると、魔剣士は自らの顔を隠していた布を剥ぎ取り、その場に放り捨てた。中からは毒々しい紫色に染めた髪と、比較的新しいと思われる火傷の跡を持つ顔が現れた。年の頃はおそらくアレスと同年代のように見えるが、金色の瞳が宿すその光は、あきらかに堅気の世界で生きる者のそれではなかった。
「俺は深淵党の魔剣士――そうだな、ティダーとでも呼んでもらおう。この魔剣レベリオンで、いくつもの聖剣・霊剣・魔剣を、その持ち主もろとも砕いてきた」
そこまで詳しく話せと言った覚えはないのだが、もしかしたら自己顕示欲が強いのかもしれない――アレスは思ったが、ここは黙って喋らせておくことにした。
「そして、俺が貴様らを狙う理由は二つ。一つは同志レイチェルの保護、そしてもう一つは――貴様を始末するためだ」
「同……志? どういう意味だ? レイチェル、お前は何か知ってるのか?」
アレスが訊ねるが、レイチェルはあからさまに嫌悪感をにじませた声でこう答えた。
「あのような気色の悪い連中に、同志呼ばわりされる理由など思い当たりませんわ」
しかし、魔剣士ティダーはレイチェルの言葉に動じた様子もなく、相変わらず獰猛な笑みを浮かべたまま告げる。
「詳しい話は俺たちのところに来てからさせてもらおう、同志レイチェル。だがその前に――そこの『元』聖剣士を始末してからだ」
言うや否や、ティダーは魔剣を構えたまま、猛烈な速度でアレスの元へと飛び込んできた。慌てて腰の剣を抜き放ち、最初の一撃をギリギリの所で受け止める。
瞬間、剣を持つ手に凄まじい衝撃が伝わり、同時に金属が軋むような嫌な音が聞こえてきた。
「ほう……ただの開放状態とはいえ、俺の魔剣の一撃を受けて折れないとは、とんでもない業物だな」
とはいえ、こんな攻撃を何度も受け続けていたらいずれは折れてしまうだろう。その前に何とかして突破口を開きたいところだが、既に残りの四人が周囲を囲むような位置取りを抑えており、こうなってしまってはそう簡単に逃がしてはくれないだろう――元よりレイチェルを連れて逃げ切るのは、どうやったところで不可能に近いが。
せめてルティアだけでも逃がし、村に助けを呼びに行ってもらえば――そんな考えも束の間、ティダーは残りの四人に向かって実に的確な指示を飛ばした。
「そこの娘を確保しろ。できれば殺さないに越したことはないが、逃がすくらいなら確実に殺せ」
これはまずい、とアレスの心中に焦りが浮かぶ。いくらルティアの運動神経が良くても、四人の手練れを相手に村まで逃げ切るのはいくらなんでも無理だろう。
ルティアも同じ考えだったらしく、かすかに聞こえる程度の小声で告げてくる。
「さすがに逃げ切る自信がないので、何とか時間を稼ぎます。融合状態なる瞬間を狙えば――」
アレスはルティアの言いたいことを瞬時に理解した。基本的に聖剣や霊剣と融合状態になる際は、ほとんどの攻撃を受け付けない無敵状態になる代わりに、自らも攻撃に転じることのできない「間」が訪れる。それは数秒にも満たない程度でしかないが――それだけあれば、四人の取り巻きを片付けられる可能性は十分にある。
アレスは無言で頷き、そして即座に反撃に転じる。
同時に四人の取り巻きが、抜身の剣を構えたまま徐々に包囲を縮めてくるが、なんと先手を打ったのはルティアだった。密かにどこかに隠し持っていたらしい懐刀を抜き放つや否や、四人のうちの一人に向かって、小細工無用とばかりに真正面から全力で打ちかかったのだ。
あまりにも思い切りの良い攻撃に避けるのが間に合わなかったらしく、斬りかかられた一人は手にした剣でその一撃を受け止める。おかげでいきなり致命傷を負う事態は避けられたが、引き換えにその剣は根元から断ち切られていた。




