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#25

 半ば引きずられるように連れて行かれた喫茶店で、アレスは再び紅茶を、隊長は今度は紅茶とスペシャルフルーツケーキのセットを頼んだ。

「で、彼女の容態はどうなんだ?」

「とりあえず、命に係わるようなものではなさそうです」

 今のところは、とアレスは心の中で付け加える。

 思えば、ここまでの逃避行で、レイチェルにはかなりの無茶をさせてきた。元々虚弱な体質であるか云々以前に、ろくに旅の経験もないような一般人がいきなり挑むには、いささか厳しすぎる行程だったのは間違いない。

 ルティアの家に長居ができるなら、その間に回復も見込めるが、しかしこれ以上この近辺に居座るのはあまりにも危険だろう。目の前の隊長のみならず、あの厄介な魔剣士にも村まで突き止められてしまっている現状でここに留まれば、後から後から援軍がわらわら押し寄せて収拾のつかないことになる可能性が高い。

「しかし、そろそろ無理があるんじゃないのか? このまま逃げ続けるのは」

 隊長はアレスの悩みをピタリと見ぬき、そう告げてくる。

「追っ手本人に言われては世話が無いですね」

「本人といえば、だ――彼女本人は一体どう思ってるんだろうね?」

 その一言に、アレスははっとして息を止め、そして思わず紅茶をむせ返しそうになる。

「その反応、ひょっとしてお前、彼女に何も話してないのか?」

「――追われる具体的な理由については、俺自身も部分的にしか把握してないですからね」

「具体的な理由はともかく、大元の原因についてははっきりしているだろう。いくらあのブルワージュ学院の特待生だからって、それだけが理由であんな殺し屋集団に狙われるわけが無い」

「そして宰相閣下が聖剣士隊の隊長を動かしてまで身柄を確保しようとする理由もない、ということですか。まさかとは思いますが、こうしている間に他の奴がレイチェルを連れ去る手はずだったりはしないでしょうね?」

 アレスの問いかけに対し、隊長は鼻で笑って返す。

「そんな、後で間違いなくお前に闇討ちされるような真似をするほど、宰相閣下も阿呆じゃないさ。身辺警備に複数の聖剣士を使えるほど、うちは余裕がある状況じゃないんでね」

「むしろそんな余裕がある状況なら、安心してレイチェルの身柄をお任せできるんですがね――もちろん本人さえ良ければ、の話ですが。どちらにしろ、あの件は話さないといけないですね……」

 アレスは深々とため息をつく。

 実を言うと、その話をアレスが知ったのは聖剣士になってからで、しかも当時の国王から直々に聞かせられた話であり――初めて聞いた時には、国王の御前であるにも関わらず、あまりの驚きに声が裏返ってしまうという、今思い出しても実に恥ずかしい有様を晒してしまったものだ。

「しかし、それにしても何故レイチェルなんです?」

「王太子殿下の行方が知れない今、王位継承権第二位である彼女に回って来るのは当然のことだろう」

「そんなことはわかってます。同率第二位が何百人もいる中で何故よりによってレイチェルに、って聞いているんですよこっちは」

 アレスはいらだたしげな視線を隊長に向ける。

 本来、王位継承権の第一位は、先代国王エドワード六世の一人息子である王太子ギルバート三世のはずだった。しかしながら、彼は数年前にふらりとどこかに姿を消して以来、王軍の懸命な捜索活動にも関わらず、いまだにその行方が掴めていない。

 先代国王には他に娘が何人かいたが、既に他国の王家に嫁いでいるため、継承権は失われている。となると、次に継承権を持つのは国王の孫、中でも王太子の子が第二位となるはずなのだが――

「まったく王太子殿下も、とんでもないことをしてくれたものだ。市井の娘を手当たり次第に食い散らかして、ご落胤をそこらじゅうに撒き散らすなど、まるきり正気の沙汰じゃない」

「……俺も一応王軍騎士なんで、今みたいな発言を聞いたら、隊長を不敬罪でしょっ引かないといけなくなってしまうんですが。そういう面倒くさいことはやめて下さい」

 王太子の女癖の酷さについては、王軍騎士を含む宮中の人間であれば、誰もが知っている周知の事実ではあった。しかも市井ですら、おおっぴらにそんなことを話せば不敬罪に問われるにも関わらず――実際にしょっ引かれて独房で一晩過ごした上に反省文まで書かされる者は後を絶たない――尾ひれがてんこ盛りではあるが、核心の部分については概ね事実通りの情報が噂されている。

「俺が最悪だと思ってるのは、夫や子供のいる女まで権力をかさに手籠めにして、いろんな人間の人生をぶっ壊したことだ。この件についてはむしろ、お前が一番怒っていいんじゃないのか」

「だからこそシャレにならないんですよ」

 アレスの生まれた家は、王都に住む何の変哲もない、どちらかといえば貧しい家具職人の家だった。母親は近所でも評判の美人で――しかしそれ故に、毎日のように王都中をぶらついて物色している王太子の目に留まってしまったのだ。

 まさか一般市民が王族の要求を拒否できるはずもなく、一夜を共にしてからおよそ一年弱――生まれた娘はどう見ても王族譲りの、銀色の髪と青い瞳を有していた。

 しかし出産が極めて難産だったことにより、母子ともに危険な状態に陥り――夫はなけなしの財産をかけて救おうとしたものの、助かったのは娘だけだった。

 それ以来、夫は正気を失った。そして数か月後に、ナイフ一本を抱えて王宮に忍び込み、白昼堂々王太子に斬りかかるというとんでもない事件を引き起こしたのだった。

 夫はその場で衛兵に斬り殺されたものの、これを機に王太子の行状がようやく国王の耳に入るに至り、以来王太子は「身辺警護」という名目の下、事実上の軟禁生活に置かれることになった。それは十年以上に渡り、それこそ王太子が失踪する時点まで継続して実施されていたという。

「まあ要するに、今更王太子殿下が戻ってきて王位を継ごうもんなら、更にとんでもないことになるってことだ。今度こそ誰も止められる者がいないからな。で、問題はここからだ」

 スペシャルフルーツケーキを頬張りながら、急に表情を引き締めて隊長は告げる。

「確かにそんな状況だから、王位継承権第二位はそこら中に転がっていて、形式上は『彼女』もそのうちの一人に過ぎない、ってのは事実だ。で、とりあえず宰相派の総力を挙げて記録を当たって、何とか追える範囲で調べた限り見つかったのが全部で一八〇名、うち半分近くの生存が確認できたんだが……」

 ここで、隊長は苦々しげに表情を歪める。

「王太子殿下は、面倒事を避けるためか、それともそういうタイプが好みだったのか、あんまり裕福じゃない……はっきりと言えば貧乏な娘ばかりを狙っていたんだ。更に悪いことに、殿下の子を産むに至ったところは、どこもかしこも家庭がぶっ壊れていた――当たり前っちゃ当たり前だがな」

「すると、もしかして……」

「ああ、まともに食うことにも事欠いて、生き延びてるだけでもまだマシといった感じだな。もちろん教育なんてまともに受けてないし、大半がどこかに身売りされているか、さもなくば後ろ暗い仕事で食いつないでいる有様だ。何人かは獄中にいたな、そういえば。そんな状況で生きている者に、いきなり国王なんて勤まると思うか?」

「幼い子供をお飾りにすれば――とも思いましたが、時期的に考えて十二歳より下は居ないはずですよね」

 王の勅命があらゆる法に優先するこの国において、下手な者を王位に就けることは致命的な事態を招きかねない。一応、王が十五歳の成人を迎える前であれば摂政による拒否権が行使できるが、仮に十三歳の国王にしたところで、たった二年間の猶予のうちに国王としてふさわしい教養や倫理観を叩き込むなど不可能に近い――ごく一部の例外を除けば。

「なるほど、それでレイチェルが第一候補に上がってきた、ってことですか」

「非常に惜しいが、第一候補ってのは正確じゃないな。事実上、唯一の候補だ。おっと、別に過大な要求なんてしてないぞ。最低限の『新約語の』読み書きと、表面上だけでもまともな社会性を有してる、って条件だとこうなっちまうんだ」

「……大丈夫なんですか、この国」

 王国内で最も豊かなはずの王都でさえそんな有様では、他の地方などは更に酷いことになっているだろう。街道が山賊だらけになるのも頷ける――もっとも、そのおかげで用心棒時代のアレスは仕事に困ることがほとんど無かったわけだが。

「そんな状況を改善するためにも、次の国王陛下には頑張ってもらわないといけないわけだ」

 アレスとしても、隊長のその意見は実に正しいと認めざるを得ない。レイチェルが女王としてこの国を治めれば、兄馬鹿を差し引いて考えたとしても、少なくとも今よりはマシな状況になるだろうとは確信できる。

「とりあえず、本人に話してはみます。ですが、仮にその話を受けるにしろ、今すぐ王宮入りするのはさすがに危険でしょうけどね。その点、何か解決策はおありですか?」

「……努力はしてみる、としか言いようがないな。それでは本人を説得する件、くれぐれも頼んだぞ」

「どさくさに紛れて『説得』まで押し付けないで下さい。あくまで情報を伝えて本人の意思を確認するのみ、です」

 二人はそのまま席を立ち、店を後にした。


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