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美少女窃盗団「ティータイム」の謎  作者: 倉山雪乃
第二章 毒りんご
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青葉の季節

小説本文  今朝も食堂には、春の日差しが差し込み、穏やかな波の音が聞こえてくる。私は、シャツに皺がないのを確認して、そこでいつものように朝食を召し上がっている伯爵に歩み寄った。

「おはようございます。ご主人様」

 伯爵に新聞、手紙、コーヒーを手渡す。毎日のことだ。

 彼はいつものように返事もせずに受け取り、コーヒーをすする。

「ふむ。これは?」

 今朝届いた手紙の封筒を伯爵はつまみ上げた。

「さぁ。伯爵宛でしたので、中身は存じません」

 伯爵は封筒を開けて、中身を確認する。

 徐々に彼の顔は青ざめていく。その手から封筒がこぼれ落ち、床に金色の髪が散った。

「ご、ご主人様! 一体何が書かれていたのですか!」

 伯爵は、はっとして床を見ると、そこにひざまづいて散らばった髪の毛を拾い集め始める。

「シャーリー、シャーリー、っは、は」

 彼は手にいっぱいその髪を握り、胸に押し当てた。

 私はテーブルに落ちた手紙を手にし、その内容に驚愕した。


  シャルロッテ・セイレン・ラメール嬢が逝去されました。


 お嬢様は、外出中に賊に襲われ、誘拐された挙げ句殺されたという趣旨だった。

「嘘だ! そんな、でたらめ信じない」

「アーノルド様!」

何度も、何度も拳を叩きつけ、伯爵の手は赤くなっていた。

最愛の奥様を亡くしてからというもの、伯爵は感情を表に出すことをやめてしまった。後に残されたシャルロッテ様をも遠ざけ。幼いお嬢様には酷だったろう。しかし、そのお嬢様の命まで。

伯爵は、何度も何度も「信じない」と繰り返した。

「ジョシュ。私の荷物をまとめろ。王都へ向かう」

「仰せのままに」

伯爵の目は、怒りと憎しみに燃え、体はふるふると震えていた。それは、ちょうど十年前に奥様が亡くなられた時と同じだった。



「いらっしゃいませー」

振り返ると、上質な背広と、帽子にステッキという出で立ちの紳士がいた。

「シモンさん。今日は何になさいますか?」

彼は帽子をかけると、いつものカウンター席についた。

「今日の店番はベルちゃんでしたか。それでは、アールグレイを頂こうかな」

彼はそう言うが、ここのところ毎日店番は私だった。そして、彼も毎日のように来てはアールグレイを飲んで帰る。しかし、今日は少しちがった。

「新聞は読んだかね?」

「ええ。驚きましたね。まさか王様に弟君がいらっしゃるなんて」

そう。サフランが正式に公爵となり、そのニュースが国内の全紙面を飾ったからだ。

「ふむ。それもそうだが、ここを」

テーブルに広げた新聞の三面、小さな記事を指差して、彼は私にこう言った。

「ラメール伯爵家の一人娘が誘拐されたそうだ」

「誘拐!? 死んだのではなく?」

私の言葉に、シモンさんは、おや?と目を丸くしてみせた。

「い、いえ、確かそういう噂がありましたから」

「ああ、確か二週間前くらいに、そんな噂がありましたね。しかし、死体は発見されず、伯爵令嬢のものと見られる髪の毛が送りつけられただけだそうで」

そりゃそうだ。私はこうして生きているのだから。

「年はちょうど、ベルちゃんと同じくらいだね。髪の色も。痛ましい事件だよ。犯人からの要求もなく、警察も足踏み状態らしいよ」

「そ、そうですか」

シモンさんは、知ってか知らずか、先ほどから核心をついてくる。

「でも、だとしたら刑事事件でしょう? どうして三面記事なんです?」

「うむ、これも噂なんだけどね、どうやら伯爵の狂言じゃないかと言われているんだ。再婚したばかりで、前妻との子供が邪魔だったんじゃないか、というね。根も葉もない噂だが、これが息子だったら話も違ったろうと言われていてね」

女性が家督を継ぐのは、禁じられてはいないが、慣例としてはやはり男子が継ぐものだ。

「ゴシップ扱い、ですか」

シモンさんは肩をすくめた。まぁ、噂も事実なとこあるし、仕方ないけど。

「まぁラメール伯のお嬢様といえば、うちの店に唯一来ていないご令嬢だからね、本当に存在していたのか、とそっちのほうが驚きだがね」

意外と彼はおしゃべりだ。洋服店の経営者だからか、貴族の世界にも精通している。ウヴァは彼がどっかの貴族の次男坊だと言っていたっけ。

「本当にシモンさんのお店は女性たちに人気ですものね」

「ありがたいことにね。そうだ、ベルちゃんも店においで。秋服を作ってあげよう」

 シモンさんは、私に申し出てくれるが、彼のお店は貴族令嬢御用達ということもあって、お値段もお高めだ。そんな考えが顔に出ていたのか、シモンさんは笑った。

「ベルちゃん、お金のことは気にしなくていいんだよ。ああ、できれば新作のモデルになってもらいたいくらいだけどね」

 私はモデルの話はやんわりと断って、ありがたく服を作ってもらうことにした。

「今日もありがとうございました」

 シモンさんを見送ると、もう日が傾きかけていた。

 カップやソーサーを洗い、店じまいの準備をする。ちょうど棚拭きをしようと思っていたところ、店の扉が鐘の音をさせて開いた。

「いらっしゃいませ……あ」

 振り返ると、サフラン・ピエ・ボヌールが立っていた。夕焼けを背にして立つ彼の顔は逆光でよく見えなかったが、不思議とそれがローリエではなくサフランだということははっきりと分かった。

「おう。元気か」

 まぁ、国王はふらっと店には来れないわよね、と苦笑しながら、彼に席を勧めた。

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